Workplace
Aug. 3, 2020
スマートビルに「エクスペリエンス」を
取り入れたパイオニア
[The Edge] Amsterdam, The Netherlands
スマートビルの新時代を切り開いた存在と知られるジ・エッジ。旧来の「スマート=サステナビリティ」という図式に、ワーカーに豊かな「エクスペリエンス」をもたらすテクノロジーを導入した。ワークスペースの確保も、同僚の居場所の検索も、ロッカーやドアの解錠も、アプリ1つで。ジ・エッジは、ビル内で展開されるワークスタイルが1つのモバイルアプリで完結できる「APPセントリックワーク(アプリ中心主義の働き方)」の走りとなった。
ジ・エッジはテナントビルだが、フロアの6割にデロイトが入居する。そのためビルの基本設計はデロイト仕様。前述のモバイルアプリも、デルフト工科大学発スタートアップだったMapiq(マピック)とデロイトとの共同開発だ。その恩恵をすべてのテナントが享受している。アプリ以外にも数社のスタートアップが提供するシステムでビル全体がマッシュアップされている点も新しい。「屋根がかかったコンピューター」の愛称通りの常にソフトウェアがアップデートされていくビルなのだ。
ジ・エッジをスマートビルたらしめているのは、サステナビリティ、ウェルビーイング、スマートテクノロジー、ソーシャル・インタラクションの4点だ。
まずサステナビリティについて、環境性能は、ヨーロッパの環境指標BREEAMで98.4%という世界最高水準の数値を示す。太陽熱の負荷が少ない北側にアトリウムを開き、ファサードの開口部を大きく確保。内部空間の配置を工夫したことで、約70%のデスクに日光が降り注ぐ。再生可能エネルギーも導入した。帯水層を使った地下130mの蓄熱冷暖房システムは、夏場に蓄積した温かい水を冬場に利用するもの。季節が変われば、そのプロセスを逆に。これにより膨大な量のエネルギーを節約できる。
ウェルビーイングについても抜かりはない。ふんだんに降り注ぐ自然光は,ワーカーの幸福感、生産性、創造性の向上をもたらしてくれるもの。高級感あるレストランでは地域で生産された新鮮な食材が調理され、照明や室温は前述のアプリを通じてワーカー一人ひとりが調整できる。
空間利用も効率的だ。実は、ビルの設計段階ではデロイトのワーカー3,100人に対してデスク数3,100席、床面積は5万㎡を想定していた。しかしその後リーマン・ショックに見舞われ、広さとコストのバランスを再考。4万㎡に1,000席、3,100人を収容する空間に見直された。その結果、ワーカー1人あたりの面積は減ったものの、業務内容に合わせてデスク、ソファ、スタンディング・デスク、ブースなどの作業空間を選べるABW(アクティビティ・ベースド・ワーキング)を導入し、働き方の自由度を高めた。贅沢なフィットネス・ルームなど、アメニティの充実も目を見張る。
ジ・エッジ外観。ソーラーパネルが置かれた屋根は、太陽に向かって22度の角度で傾斜している。
エネルギーや清掃の効率を最適化し、
利用者の満足度や生産性を向上させる
そして、冒頭で説明したアプリと、それが可能とするAPPセントリックワークは、スマートテクノロジーの産物ということになる。「スマートビルについて語るとき、多くの人がエネルギーの話をしますが、それはほんの一部にすぎません」とエリック・ウベル氏は言う。オフィス建築当時にデロイト側の責任者として企画にあたり、現在は、かつてOVGとして知られていたデベロッパーであるエッジのCTOに就いている。清掃やメンテナンスにかかるコストまで削減しつつ、利用者の満足度や生産性、ユーザーエクスペリエンスを向上させることがスマートテクノロジーの真の狙いだ。
それを可能にするのは、天井に取り付けられた4種類、2万8,000個ものセンサーだ。この建物内ではあらゆるものがネットでつながっている。ワーカーのロケーション情報はもちろんコーヒーマシン1つとってもIoT化されており、階下のケータリング会社が管理している。清掃されているか、ミルクは十分か、コーヒー豆は補充されているか。答えがイエスなら、メンテナンスの手間も省けるというわけだ。同じように、誰もいないフロアは電気をシャットダウン。使われていないトイレならば、掃除をしない。
「コーヒーマシンやコピー機が壊れていたり、トイレが汚かったりしたら、人はハッピーな気持ちでいられません」
「私たちは、センサーを使って人を追いかけたりしているわけではありません。そう思う人もたくさんいますが、そういうことではないのです。建物がどのように使用されているか、どのようにエネルギーや清掃の効率を最適化し、利用者の満足度や生産性を向上させられるか。そこが大切です」
最後に「人をつなげる」ソーシャル・インタラクション。これは、スマートテクノロジー、サステナビリティ、ウェルビーイングの3点が高いレベルで維持されたとき、もたらされるものだという。例えば、空間をロスしているようにも思えなくもない巨大なアトリウム。だがここは、エネルギー効率の観点から見れば、温熱を建物全域に送る巨大な煙突の役割を果たしている。
「それに、たくさんの人々が働く姿を見渡せることで、建物自体が生きているような雰囲気があります。普通は、地上60Fにいる同僚がどんなふうに働いているかなんて、わかりませんからね。その同僚と直接話す機会がなかったとしても、姿が見えることで、同じ組織の一員だと思える。そのような感覚を、働く人たちは楽しんでいます」
デロイト自身は、このスマートビルからどのような恩恵を受けたのだろう。グローバルカンパニーはいま地球規模でタレントの争奪戦を繰り広げている。彼らはいまや、「単なる大企業」で働こうとは思わない。特にミレニアル以降の若い世代が求めるのは、楽しく過ごせ、生産性や満足度を向上させ、環境意識の高い職場なのだ。つまりそこでリアルに感じ取れる体験価値の高さこそがものを言う。
ジ・エッジは、若者たちの期待に応えるに十分だった。デロイトの人材募集には以前に比べ2.5倍の応募が来る。ワーカーの欠勤数は45%減少し、生産性は向上。一般的なビルに比べて、保守管理コストは40%減、電力消費量は70%減。竣工から5年を経て、スマートビルの効果は立証済み、と言っていいだろう。
text: Yusuke Higashi
photo: Rikiya Nakamura
WORKSIGHT 15(2020.3)より