Innovator
May. 18, 2020
複数パートナーとの合意ある恋愛「ポリアモリー」とは?
アメリカでは一種のムーブメントとして拡大
[深海菊絵]国立民族学博物館 外来研究員
「一対一の愛だけが正しいわけではない」「愛は社会規範が決めるわけではない」と考える人たちがいます。その人たちはパートナーに嘘や隠し事をせず、複数の人を好きになった自分を否定することなく、「誠実」に複数の相手と関係を結ぼうとします。こうした複数愛を実践する人々は、自分たちの愛の形を「ポリアモリー(polyamory)」と名付けました。
交際状況をオープンにして、合意の上で関係を持つ
ポリアモリーとは、「複数」を意味するギリシア語のpolyと、「愛」を意味するラテン語のamorから作られた造語です。1990年代初頭のアメリカで「責任のあるノンモノガミー(非一夫一婦婚)」に代わる言葉として生まれました。
定義は人によってばらつきがあるのですが、最低限に共通する要素としては、自分と親密な関係にあるすべての人に交際状況をオープンにして、合意の上で関係を持つことといえるでしょう。「責任」「倫理」「誠実」「オープン」「合意」「自由」「信頼」「コミュニケーション」「持続的」などが、ポリアモリーを説明するキーワードとして挙げられます。
ですから、複数の相手と同時に付き合うといっても、パートナーに隠れて他の人と関係を持つこと、例えば合意のない二股や浮気、不倫とは区別されるわけです。
国立民族学博物館(通称「みんぱく」)は、文化人類学・民族学に関する調査・研究、民族資料の収集・公開などを行っている。大学共同利用機関でもあり、中核的な学術研究の拠点としても機能している。1974年創設。
https://www.minpaku.ac.jp/
ジェンダーが平等で、宗教とも一線を画すポリアモリー
世界には一夫多妻や一妻多夫の「ポリガミー(複婚)」もありますが、ポリガミーとポリアモリーもまた違うんですね。「ガミー」という言葉は結婚制度を意味していますが、ポリアモリーは結婚制度ではないので、ポリガミーには当たりません。
また、ポリアモリーではジェンダーの平等が強調されています。この点でも一方のジェンダーだけが複数のパートナーを持つポリガミーと異なります。男性だけでなく、女性も複数のパートナーを持つことができますし、男性と女性が対等な立場に立って、よく話し合いながら関係を築いていこうという特徴があります。
さらに、宗教的でないという点も特徴といえるでしょう。例えば、アメリカのモルモン教原理主義者は一夫多妻を実践していますけれども、それは教義に基づくものです。ポリアモリーは自らの意思で複数の相手とパートナーシップを結ぶものなのです。
ポリアモリーを実践する人を「ポリアモリスト」や「ポリー」といいます。その数は正確には分かりませんが、アメリカ人のおよそ4~5パーセントが、何らかの合意のあるノンモノガミーを実践しているのではないかと予測する研究があります。年々、ポリアモリーグループの数は増えていて、ムーブメントとして拡大しているという印象です。
深海氏は2010年から継続的にアメリカでフィールドワークを実施。ロサンゼルスでポリアモリーのコミュニティの交流会に参加し、ポリアモリスト個人へのインタビューや個別アンケート調査などを行っている。
入口はオープン・マリッジを描いた小説。
大学時代に中国の「通い婚」を知る
私が複数の人との恋愛関係に最初に関心を持ったのは、高校時代に読んだ江國香織さんの小説『きらきらひかる』がきっかけでした。アルコール依存症の妻、同性愛者の夫、そして夫の恋人による三角関係が描かれます。妻と夫はお互い恋人を持ってもいいという合意の上で結婚します。このような結婚のあり方はオープン・マリッジと呼ばれ、ポリアモリーのひとつのかたちと見なされています。
小説の中で3人は、愛する人を共有しながら互いに思いやります。当時の私にはその関係が不思議で奇妙なものに見え、こういう世界が現実にあるのだろうか、もしあるならその世界にいる人たちはどんな経験をしているのだろうか、という関心を持ちました。
大学時代には、中国雲南省の納西(ナシ)族モソ人の村を訪れる機会がありました。モソの村では男性が女性のところに通う、いわゆる「通い婚」「妻問い婚」が伝統的な婚姻制度として残っていました。日本でも昔あったものです。婚姻制度も家族形態も現代の日本で生きる私たちとは全く違う世界が実際にあると知り、大きな衝撃を受けました。
「父親」という概念が希薄なモソ人の社会
モソの社会は面白いんですよ。母系社会で、女性に子どもができたら、その女性の家族が養っていきます。父親は子どもの面倒を見たり、経済的に援助したりといったことをしません。誰の面倒を見るかというと、自分の姉や妹など血縁関係にある女性や、その子どもなんですね。私たちがいう「父親」という概念が希薄です。
モソの通い婚では基本的には一対一の関係が多いようですが、中には何人かの男性が通ってくるケースもあると聞きました。そういう日本とは違った家族のあり方を知る中で、自分たちの性愛関係とどう違うんだろう、関係性が変わるのなら愛情のあり方はどうなるのかと、さらに興味をかき立てられました。
モソ人の性愛観や家族について研究をしたいと考えて大学院へ進学したのですが、修士課程ではポリアモリーをテーマに選定しました。モソの通い婚は社会の規範ですが、ポリアモリーは自らが選択した愛のかたちです。なぜ1対1を社会規範とする社会において、あえて複数のパートナーと生きることを選択したのか、葛藤や嫉妬とどう向き合っているのか、家族のあり方はどうなるのかなど、フィールドワークから探求したいと考えました。こうしてポリアモリーの発祥の地であるアメリカをフィールドとして、研究を続けているというわけです。
夫婦同士でのポリアモリー関係から通い婚へ
ポリアモリストが形成する家族=ポリファミリーの形態は非常にさまざまで、中にはそれこそモソの村のように通い婚のような形の家族もあります。アメリカで私が接触した、あるポリファミリーもそうでした。
キャッシー(女性)とアラン(男性)はともに50代で、結婚15年になる夫婦です。キャッシーは、やはり同じく50代のジャック(男性)と6年前から交際しています。ジャックには妻がいて、アランと交際していました。つまり夫婦同士4人でポリアモリー関係を築いていたんですね。
ジャックの妻が病気で他界した後も、キャッシーとジャックの仲はアラン公認の元で続いていました。キャッシーとアランは、ジャックに自分たちの家で同居しようと持ち掛けましたが、ジャックは亡き妻との思い出が詰まった家を手放す気になれないと伝えます。キャッシーとアランはジャックの想いを汲み取り、近くに引っ越しました。キャッシーの足が悪いため、ジャックが夫妻の家に通うようになり、いまではほぼ毎日夕食を共にするようになっています。そういう形でポリファミリーを築いているケースもあるんです。
パートナーが全員一緒に住んでいるポリファミリーもたくさんあります。そういう同居形態は60~70年代のアメリカのヒッピーコミュニティでも見受けられました。また1人の女性が複数の男性をパートナーにしていてみんなで一緒に暮らしているケースや、1人の男性と複数の女性が一緒に住んでいるケースもあります。
深海氏の著書『ポリアモリー 複数の愛を生きる』(平凡社新書)。アメリカでのフィールドワークなどを元に、ポリアモリーを実践する人々の実像を伝える。
コミュニケーションの方法、ルール、日課などを話し合いで決める
ポリアモリーでは、ルールや日課などを話し合いの中で決めていくという特徴が見られます。ルールは絶対的なものではなく、変化に応じてルール自体も柔軟に変化させている人たちが多いですね。そこで重要になるのは、話し合いです。
ポリアモリストはとても話し合いを大切にしています。一対一の恋人や家族の間でも話し合いはもちろんしますけれども、ポリファミリーの場合、週に1回や月に1回といった具合に定期的なミーティングを設けていることも少なくありません。自分たちの関係や環境を見直す機会を積極的に作っているということです。
ポリアモリーの指南書* でも、話し合いのときに確認するポイントが示されていたりします。例えば、最近あなたは私たちの関係について何か不安になったことがありますか、改善したいことありますかといった具合です。別にそういうものを参考にしなくても、結婚記念日には必ず、いまの自分たちの関係をどう思うか、確認することをパートナーと約束している人たちもいます。そういうことは一対一のカップルではあまり見られないのではないでしょうか。
自分と真剣に向き合うきっかけにもなる
結婚制度にとらわれず、自分の意思で性愛の形や生き方を選んでいこうというフレーズだけ聞くと、性的に奔放な人たちという印象を抱きがちかもしれませんが、私がフィールドワークで出会った人々の印象は、むしろその反対でした。
悩み、葛藤しながら、試行錯誤を重ねて自分たちにとってより良い関係を作っていく。そのために自分や他者の振る舞いを管理もする。むしろ勤勉、禁欲的といった印象さえ与えるほどです。
ポリアモリー関係を維持するのは簡単ではないと思います。実際、パートナーとの話し合いを面倒だという人もいました。それでも「この人たちと生きていきたい」「ありのままの自分でいたい」「所有されない愛のかたちに魅力を感じる」など、自分の価値観や人生で大事にしていきたいことを何とかして守ろうとする。その結果、ポリアモリーを選び取ることになったのだと思います。
ポリアモリストの中にはバイセクシュアルが多いのですが、その中にはもともと異性愛主義と自認していたけれども、価値観が変わり、自身をバイセクシュアルと考えるようになったという方もいました。ポリアモリーを実践する中で、これまで自分が当たり前と考えていたことを、いったん括弧に入れた状態で、「自分にとって愛とは何か?」「自分の望むパートナーシップとは?」「自分の望む生き方とは?」を問う機会が増えたと話す人は多いです。
ポリアモリーはパートナーとの誠実な関係を結ぶだけでなく、自分と向き合い、自分自身とより良い関係を作っていくような実践でもあるのだと思います。
WEB限定コンテンツ
(2020.2.25 深海氏の自宅にて取材)
text: Yoshie Kaneko
photo: Rikiya Nakamura
* ポリアモリーを実践する際のマニュアル本として、Dossie Easton & Janet W. Hardy『The Ethical Slut』や、デボラ・アナポール『ポリアモリー――恋愛革命』(堀千恵子訳、河出書房新社)などがある。
深海菊絵(ふかみ・きくえ)
1980年、札幌生まれ。国立民族学博物館、外来研究員。一橋大学大学院社会学研究科単位取得退学。博士(社会学)。専門は社会人類学。著書に『ポリアモリー 複数の愛を生きる』(平凡社新書)。