Workplace
Jan. 16, 2012
独自技術の発信拠点が他社とのコラボをつくり出す
防水透湿性素材Gore-Texをつくる
[Gore]Newark, Delaware, USA
- 事業拡大で四散したナレッジを集約したい
- 自社技術の見える化と、理念を共有し顧客と創発する場を用意
- 社内と社外の交流が深まり、コラボが誘発されるようになった
ゴアテックス?として知られる防水透湿性生地は、ePTFE(expanded polytetrafluoroethylene)から作られている。軽さと強度を併せ持つこの素材は、創業者ビル・ゴアの息子であるボブ・ゴアによって発明された。ゴアのビジネスは、ePTFEやフッ素重合体に対する深い理解に基盤をおいている。事業分野は拡大を続けているが、一方でゴアの全体像を知ることは難しくなりつつある。
そうした中で2007年につくられたのがケイパビリティ・センターだ。会社の原点から現在の取り組みのすべてを知ることができ、商談、社員教育、大規模な見本市である「ゴア・イノベーション・デー」などのイベントの機能をここに集約。そうした文脈の共有から生まれる対話をゴアは重視している。
PTFEの魅力を集約した施設が対話を深める
ニューアークのバークスデイルにある施設はかつてゴアの工場があった場所を改築したもの。ゴアの魅力を伝える施設を作るのに一番ふさわしい立地はどこかと探したとき、まっさきに浮かんだのがここだったという。その中心を占めるのがケイパビリティ・センターだ。PTFEの性質や医療や化学など派生したプロダクトを説明する計6つのブースが円形状に並んでいる。新規のビジネスパートナーにはここを巡回して案内することでゴアの持つバリューを効率的に伝えられ、コラボレーションが誘発されるしくみだ。施設内には他にもゴア製品が買えるショップや、社員研修のための多目的ルーム、食堂、オフィスエリアなどがある。社内外の人間が自然に集まってきて、交流できる場所として設計されている。
ケイパビリティセンターの様子。「物理」「化学」「医療」「電磁気」「PTFE.1」「PTFE.2」の6つのブースに分かれ、事業内容の説明や商談、社内研修などに使われる。毎日のように顧客やパートナー、社員が訪れ、コミュニケーションを深められるようになった。
耐熱性に優れ、化学的不活性という特徴をもつPTFEは、ホタル石という鉱石からつくられる繊維。宇宙服や医療器具、アウトドア用品など様々な素材になる。
新しい挑戦が
“この指止まれ”で始められる
ゴアには階層的な管理手法は存在しない。「事業分野を超えて、誰にでもどんな質問でも電話をかけられる組織だ」とジーン・カステラーノさんはいう。ゴアにおけるビジネスのゴールは、インテグリティを持った革新的商品を生み出すこと。PTFEをもとに、他の製品には真似できない、長年通用するものをつくることを最優先している。そのためのイノベーションに大きく寄与すると考えられているのが社員の働く環境だ。「小さなチームで働くこと、できるだけインフォーマルな管理手法をとること、データベースよりもフェイストゥフェイスの情報共有を大切にしている」。
とくにチームのしくみはユニークだ。社員は希望する複数のチームに所属することができ、合意したコミットメントを達成するために働く。「お互いにどう働くか、どういう成果を出すか、そのチームにどれだけ時間を割くかを決定するのに、それぞれの社員が重要な役割を担う」。
ゴアにはいわゆる”上司と部下”という概念がなく、従業員のことをアソシエイツと呼ぶ。一般の企業で上司と呼ばれる役職は”スポンサー”と呼んでいる。アソシエイツが会社に最大限貢献できるよう導く存在だからだ。また、ゴアではアソシエイツがリーダー的な役割を担うこともある。リーダーには、同僚に尊敬され、フォロワーを惹き付けるだけの能力が必要とされるが、最初から何らかの権限を与えられるわけではない。自分のアイデアを売り込み、決定事項を根拠づけて説明し、他のメンバーの賛同を集めなければならないのだ。そして、人事評価は社員同士がお互いを評価するしくみを採用している。「所属するプロジェクトやチームに関する周囲からの提案はあるけれど、誰が何をするという指令はとくにないんだ」。
このしくみがうまく機能している前提には、ゴアの4つの基本理念の1つ”コミットメント”が共有されており、いったんチームに所属したら、そこに積極的に関わり、成果に対してお互いに責任を持つ、という暗黙のルールの存在がある。それがあるからこそ、すべてのアソシエイツはそれぞれの”コミットメント”において、自らの能力や興味に合致し、事業目標にも合うような機会を探す自由が保証される。さらに、メンバーとして誰を採用するのかも裁量を許されている。社員同士がいい距離感をもった状態で”この指止まれ”の新しい挑戦ができるというわけだ。
4つの基本理念の浸透が、チームに良い関係をもたらす
この境界を越えたコラボレーションが可能になっている背景には、ケイパビリティ・センターから16km(10マイル)以内に19のゴアのオフィスが集まっている地の利もある。自転車や車を使って短い時間で移動できるからこそ、複数のチームに所属しながらも責任を持って働くことができる。じつは同センターもそうしたプロセスでつくられたのだという。
「このアイデアは2004年に1人の社員から始まった。当初は”コペルニクス・プロジェクト”と呼ばれていて、『コペルニクスが世界を違った形で見たように、ゴアを違った形で見ようじゃないか』という理念から提唱されていた。2005年にプロジェクトは2人になり、ゴア夫妻の娘さん、ベティ・スナイダーも加わり、2005年終わりには私も加わった。そこで本社やスポンサーからの承認を得て、”プロジェクト”から正式な”チーム”になった。実際に予算を得て、ここにいるアレクシスのような他の社員をメンバーに入れられるようになったんだ」。
創業者の娘がプロジェクトに入っていても、チームになるために同センターの合意プロセスをクリアしなければならなかったところに、ゴアの強い理念があるとジーンさんはいう。このプロセスはとても大事にされており、ゴアの4つの基本理念「自由」「公平さ」「コミットメント」「節度」は、チームとして良い関係を作り上げるうえで独自素材PTFEと同じくらい重要な役割を果たす。会社の現在までの文脈と強みを共有したうえで、社員の自律性を最大限に許容するインフラづくりにゴアは力を入れているのだ。
防水性に優れたトレッキングシューズ。防水加工を施した靴やジャケット、リュックサックなどのアウトドア用品は、同社の人気商品の一つでもある。
PTFE自体は柔らかいが、特殊な加工をすることで強度が増す。そのため、海底油田の掘削機のケーブルなどにも使われている。
写真右の女性が創業者ゴア夫妻の娘ベティ・スナイダーさん。ケイパビリティ・センター設立メンバーの一人でもある。
エントランスに飾られた基本理念のタペストリー。理念は大きく4つある。FREEDOM(自由)、FAIRNESS(公平さ)、COMMITMENT(コミットメント)、WATERLINE(節度)だ。
会議室「CHESTNUT(栗の木)」の様子。顧客との対話やアソシエイト向け研修会は毎日、活発に行われている。写真はスポンサー(上位職)向け研修会の一幕。同センターはショールームというより、パートナーや顧客を招いて外部とともにアイデアを出す場なのが特徴だ。
ePTFEの技術を様々な分野に
応用できるのがゴアの強さ
ゴアの経営課題は「PTFEという素材をどう売るか」。アソシエイツには「応用力」や「展開力」が求められる。同社の商品開発の一端を紹介する。
01 延伸多孔質体PTFE
ゴアの中核をなすePTFEは、化学的不活性、耐熱性、電気絶縁体、柔軟性、摩擦抵抗性など多くの特性を持つ。その特性をどの分野に活かすか。アソシエイツに課せられたミッションの1つが技術拡張だ。
02 撥水・防風に長けたジャケット
防水耐久性、透湿性、防風性に優れたファブリクスはアウトドア製品などに使われている。「パックライト?・シリーズのジャケットは登山家と協力して開発された製品です」(ジーンさん)
03 医療器具への応用
疎水性、化学的不活性という特徴に着目して開発された人工血管などの医療器具。そのほか血管を拡張するステントや人工硬膜などにも応用されている。これらは従来の外科手術で使われていたカテーテル類よりはるかに低侵襲だ。
04 錆びにくいギターの弦
ギターやベース、マンドリンなどの弦「エリクサー?・シリーズ」もゴアの製品。丈夫で錆びにくい同製品は、業界トップシェア。開発者は、人工心臓血管開発の傍ら、空き時間でこのプロジェクトを進めたという。
05 コンピュータ用のケーブル
柔軟性、摩擦抵抗性、絶縁性に優れているため、コンピュータや戦闘機用のヘルメット、工場のロボットなどのケーブルにも利用されている。ケーブルを曲げてもデータ搬送量がほとんど変わらないのが特徴だ。
06 宇宙服の素材も開発している
防火服や宇宙服、化学工場で使われる防護服など、過酷な環境で使われるワークウェアにもゴアの繊維が使われている。宇宙服の場合、生地だけでなく通信用のケーブルなども同社の技術が応用されている。
WORKSIGHT 01(2011.10)より
ジーン・カステラーノ
デュポン社を経てゴアに入社。繊維素材部門に携わり、ゴアテックス・パックライトやアウトドア用のジャケットなど、数多くの新商品を手掛ける。ケイパビリティ・センター設立メンバーの一人。
アレクシス・コックス
アプリケーション・エンジニア、新規事業開発などを経てケイパビリティ・センターへ。現在は宇宙関連商品の開発や、家電メーカーとのコラボレーションプロジェクトに携わる。ケイパビリティ・センター設立メンバーの一人。