このエントリーをはてなブックマークに追加

2050年、日本は持続可能か? カギを握るのは「地方分散」

人口減少社会において必要な視点と政策

[広井良典]京都大学 こころの未来研究センター 教授

いま、日本の持続可能性が危ぶまれています。その背景には大きく3つの問題があると考えられます。

1つは財政です。医療費や社会保障費の増大などで、財政赤字は1000兆円、GDPの約2倍という、先進国の中で突出した規模に膨れ上がっています。この状態が放置されているのは、増税を急がなくても景気が良くなれば経済が成長して税収が増え、借金もおのずと減っていくだろうという、高度経済成長時代の考え方が染みついているからでしょう。しかし経済は停滞したままで、結果としてこのツケは将来世代へと先送りされ、世代間継承性にも悪影響を及ぼしています。

2つ目の問題が、格差拡大と人口減少です。生活保護を受けている人、すなわち貧困層の割合は、1960年代から90年代まで減り続けていきましたが、1995年を谷として上昇を続けています。若年層の雇用や生活が不安定になることは未婚化や晩婚化の要因ともなり、さらに出生率の低下、人口減少を加速させると考えられ、社会の持続性に悪影響を及ぼします。

3つ目の問題が、コミュニティやつながりの希薄化です。国際比較調査を見ると、家族や集団を超えた社会的なつながりが、先進諸国の中では日本が一番低いんですね。つまり、社会的孤立が深まっているということ。かつての農村にあったような古い共同体が崩れて、それに代わる新しいコミュニティができていないということです。

3つ目の問題は、最初に挙げた財政問題と無縁ではありません。他者と支え合うことへの忌避感が税や社会保険料を支払うことをためらわせ、ひいては社会保障システムの不全、政府の債務残高の増大につながっているとも考えられます。


京都大学 こころの未来研究センターは、心理学、認知科学、認知神経科学、公共政策、美学・芸術学、仏教学など多彩な専門分野の研究者が集い、こころに関する学際的研究を進め、その成果を社会に発信する研究組織。2007年4月創立。
http://kokoro.kyoto-u.ac.jp/

「2050年、日本は持続可能か?」

これらの要素が、日本の持続可能性を危うくしているのではないかという問題意識から、私たちの研究グループ* はAIを活用して将来シミュレーションを行い、その結果を踏まえた政策提言を2017年9月に公表しました。

この研究におけるメインテーマは、「2050年、日本は持続可能か?」というものです。現在とこれからの日本社会において重要と思われる人口、高齢化、GDPといった149の社会的要因をピックアップして、その因果連関モデルを作りました。そこからAIを通じて約2万通りの日本社会の未来をシミュレーションしたわけです。

結論をいうと、8~10年後(2025~2027年)のあたりに、東京一極集中のような都市集中型か、地方分散型かという分岐が生じて、それが日本社会の未来にとって一番大きな分岐になるというAIのシミュレーション結果が出ました。

厳密には、17~20年後(2034~2037年)ぐらいに、地方分散型の中でも相対的にパフォーマンスがいいものとあまり良くないものの分岐がもう1回生じるという結果が出たのですが、大きくは都市集中か地方分散かの分岐が日本社会の持続可能性を決定づけるだろうと。すなわち人口、健康、幸福、格差などさまざまな面でパフォーマンスがいいという結果が出たんです。

* 広井氏を代表とする京都大学の研究者4名と、2016年に京都大学に創設された日立京大ラボのメンバー数名からなる研究グループ。

ここで述べられているAIを活用した社会構想と政策提言の研究には、各地から大きな反響が寄せられた。広井氏らは、長野県庁、岡山県真庭市、文部科学省などと個別に発展的研究を続けているほか、宮崎県高原町では自然エネルギーの自給自足など地方分散型社会のあり方を探る実証実験も進めている。

拡大・成長の価値観を抜本的に変えることが望まれている

個人的にこの結果はやや意外でしたが、考えてみれば、なるほどとうなずけます。

先ほど挙げた3つの問題の根底にあるのは、「人口も経済も、際限なく拡大・成長するはずだ」という価値観です。昭和時代はこの価値観に人々も企業も染まり、経済成長というゴールに向けて、みんなが一丸となって1本の坂道を登っていきました。そうして世界に類を見ないスピードで拡大・成長を果たし、ジャパン・アズ・ナンバーワンとまで言われたわけです。

その後のバブル崩壊で日本経済は失速しましたが、人々や企業の意識・行動は大きく変わることはありませんでした。全てが拡大・成長していくという昭和的な発想から抜け出せなかったために、経済が成熟化し人々の価値観やニーズも変わっていく状況に適切な手を打てないまま平成が過ぎていった。だから平成は「失われた30年」といわれるわけです。

人口の減少はかねてから日本社会の懸案とされてきましたが、令和はいよいよこれが本格化していく時代です。大きな転換点にいるいま、昭和から平成に続いた、集団で1本の道を登るような発想や行動様式を抜本的に切り替えていくことが望まれているのです。

明治期以降に中央集権的な統治が確立。
人口の増加と社会構造の変化は関連する

ここでまず問い直してみたいのが、人口減少は果たして本当に社会にとってマイナスなのか、ということです。

古くからたどると、そもそも日本の人口はそれほど多くありませんでした。平安、鎌倉、室町時代のあたりまでは800万人前後でほぼ横ばいに推移し、江戸時代の前半に1200万人、江戸の後半は3000万人強となって、そのまま明治期まで安定していたんです。

あまりにも人口が減り続けることは問題ですけれども、定常人口というものを意識するならば、私は人口減少はある程度進むことは避けられないし、人口がある程度減っても、それ自体はさほどのマイナスではないと思っています。

また、これは非常に重要なことですが、人口の増加と社会構造の変化は密接な関係があります。江戸時代までの日本は幕府という政体はあったけれども、各地で藩が独自の自治を行い、それぞれに存在感を放っていました。いわば地域の個性が豊かな分権型社会で、全体の統一性はそれほど強くなかったのです。

それが明治期に入って富国強兵が掲げられ、政治の面でも経済の面でも中央集権的な統治が確立していきます。このあたりから日本社会のあり方が大きく変容していったわけです。人口が急激に伸び始め、第2次大戦が終わった頃は7000万人ぐらいに膨れ上がっていました。

地方の人口減少問題は、高度成長期の負の遺産

第2次大戦後も国を挙げての経済成長で、人口はハイペースで増加していきます。同時に、農業中心の社会から工業化へという産業構造の変化を背景に、農村や地方から都市部へ、あるいは工場地帯へと人口が大移動しました。

農業が基本的にローカルな性格であるのに対して、鉄道や道路の敷設、空港や港湾の建設など社会資本の整備はローカルな地域の範囲を超えるもので、国レベル、あるいは中央集権的なプランニングに馴染みやすい性格のものです。いわば工業化の時代には「経済の空間的ユニット」が広がったということですね。明治期以降、特に高度成長期を中心とする拡大・成長の時代に東京を中心とする集権的構造が強化されたのは、こうした背景があったからだと考えられます。

地方から都市への大移動のピークは昭和30年(1955年)代ごろでしょう。1975年にヒットした『木綿のハンカチーフ』という歌謡曲が、この流れを象徴しています。付き合っていた男性が上京したきり、都会の色に染まって帰ってこない。地方に残された女性が心変わりを悲しんで、涙を拭く木綿のハンカチーフをくださいという内容の歌です。

まさに時代背景を色濃く反映していると思います。こんな風に無数の若者が、故郷を離れて東京などの都会に根を張っていった。現在の地方の人口減少問題は、高度成長期に起こったことの負の遺産という側面が大きいという認識も必要でしょう。

「地域からの離陸」の時代から、「地域への着陸」の時代へ

平成に入って20年目の2008年に、日本の人口は1億2000万人でピークを迎えます。数年間の上がり下がりを経て、2011年以降は減少の一途をたどっています**。現在の出生率(1.42)が続けば、2050年過ぎには1億人を切り、さらに減少が続く見込みです。

人口曲線で見ると、いまは頂点を過ぎたばかりで、いってみればジェットコースターが落下するとば口にいるようなものです。そういう意味でも、私たちは文字通りターニングポイントにいるといえます。

空間的にも、人の移動という意味でも、あるいは意識のうえでも、全てが東京に向かって流れていった人口増加時代から、いままさに人口減少時代に入っていくということは、これまでと逆の流れが進んでいくと考えられます。

例えば、学生などを見ていて、近年の若い世代にはローカル志向が見られます。東京から地方へ向かう流れ、「地域からの離陸」ではなく「地域への着陸」というべき現象には、希望が感じられます。

** 2020年4月に総務省が発表したデータ(2019年10月時点)によると、日本の総人口の推計は1憶2616万人で、9年連続の減少。65歳以上の高齢者は3588万人で、全人口に占める割合は28パーセントと過去最高となった。少子高齢化に拍車がかかっていることが分かる。

資本主義と科学の流れの先に、経済の空間的ユニットの変化を展望

では今後、経済の空間的ユニットはどう変化するのか。そのヒントは、資本主義の発展と科学の発展の大きな流れの中にあります。

科学の歴史を振り返ると、17世紀に科学革命が起こり、物質や物体の運動を分析するニュートン力学などが成立しました。いわば「物質(マター)」が基本コンセプトだったわけです。17世紀前後は資本主義の勃興期で、モノの流通や国際貿易が拡大していきます。

科学の分野では次第に熱現象や電磁気などニュートン力学では説明できない事象へと注目が移り、19世紀半ばにエネルギーという概念が物理学で定式化されます。それは工業化、すなわち産業革命とつながっていて、電力や石油からエネルギーを生成するエネルギーの時代に突入するわけです。

さらに、1950年ごろにはアメリカの電気工学者であるクロード・シャノンが、ビットという情報の最小単位の概念を体系化。0と1の組み合わせで世界を説明するという情報の基礎理論を作り上げます。その技術的応用と社会的普及の結果がコンピュータであり、さらに1990年代以降のインターネットの普及、スマホの普及へと発展していきます。


広井氏の著書『人口減少社会のデザイン』(東洋経済新報社)。研究内容を踏まえ、日本が持続可能な社会へ転換するための論点と提言がまとめられている。

消費の価値の軸は「物質」→「エネルギー」→「情報」→「時間」へ

つまり、資本主義の勃興以降、技術革新や消費構造における基本コンセプトも、科学における基本コンセプトも、「物質」→「エネルギー」→「情報」と変遷してきたわけです。

鉄道や道路など、社会資本の整備の水準をグラフ化すると、S字カーブを描きます。初めは徐々に普及して、ある時期に爆発的に増加し、やがて成熟段階に達して横ばいになることを示しますが、私は「情報」もS字カーブの成熟段階に入ってきていると思います。情報産業の筆頭であるGAFAも最近は利益が伸び悩んでいるといわれます。ポスト情報化の時代をこれからは考えていく必要がある。それが何かといえば、「生命/生活(life)」です。

ここでいう生命というのは、生命科学のような狭い意味の生命というよりは、人生や生活というものを含んだ個人レベルのライフであり、かつまた、地球の生態系や持続可能性、環境といった大きな意味での生命も含んでいます。

消費という面から見れば、「物質の消費」→「エネルギーの消費」→「情報の消費」ときて、これからは「時間の消費」が主軸となるでしょう。消費行動で何を大事にしたいかという価値の軸が時間へとシフトしていくということです。

例えばスマホを見ることは情報の消費だけれども、もうこれ以上スマホを見る時間を増やしたくないと思っている人は多いのではないでしょうか。いま求められているのは、充足的な時間を過ごすことだったり、コミュニティや自然の中でせわしない日常を忘れるといったことで、それは生命やライフに重きを置く考え方に通じます。

(『人口減少時代のデザイン』p.145の図版を元に作成)

発想を転換すれば、人口減少はチャンスにもなる

人口の増減のカーブを山登りにたとえれば、高度成長期に急な坂をみんなで、しかもハイペースで登る時代というのは、相当な無理を重ねる時代でもあったと思います。例えば過労死は、それが表面化したものではないでしょうか。また、山頂という1つのゴールを目指していたわけですから、どうしてもコースが限られます。つまり働き方や生き方の選択肢が少ないことを意味します。

いまの日本は、物質的な豊かさを実現するという、いってみれば山頂到達を終えたところです。これからは山を下りていく時代です。となると、目指す場所はどこでもいい。360度に選択肢が広がっているわけです。

しかも集団で行動するというよりは、個人が独立して、それぞれのペースで歩いていける時代でもあります。広々とした平地で、本当に自分の好きなことに取り組める。人口減少社会はそういう時代であるともとらえられるのではないでしょうか。

発想をそうやって転換していけば、人口減少はむしろチャンスでもあり、本当の意味で人々が幸せを感じられる、プラスの未来が開けるのではないかと思っています。

WEB限定コンテンツ
(2020.3.9 港区のANAインターコンチネンタルホテル東京にて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Rikiya Nakamura

広井良典(ひろい・よしのり)

京都大学こころの未来研究センター教授。1961年岡山市生まれ。東京大学・同大学院修士課程修了後、厚生省勤務を経て96年より千葉大学法経学部助教授、2003年より同教授。この間マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員。16年4月より現職。専攻は公共政策及び科学哲学。社会保障や環境、医療、都市・地域に関する政策研究から、時間、ケア、死生観等をめぐる哲学的考察まで、幅広い活動を行っている。『コミュニティを問いなおす』(ちくま新書)で第9回大佛次郎論壇賞を受賞。その他の著書に『ケアを問いなおす』『死生観を問いなおす』『持続可能な福祉社会』(以上、ちくま新書)、『日本の社会保障』(第40回エコノミスト賞受賞)『定常型社会』『ポスト資本主義』(以上、岩波新書)、『生命の政治学』(岩波書店)、『ケア学』(医学書院)、『人口減少社会という希望』(朝日選書)、『人口減少社会のデザイン』(東洋経済新報社)など多数。

RECOMMENDEDおすすめの記事

個人を尊重する社風づくりで電力業界の競争を勝ち抜く

[Essent (An RWE company)]s-Hertogenbosch, Netherlands

シブヤ大学の人脈とノウハウを企業や地域活性化に役立てる

[左京泰明]特定非営利活動法人 シブヤ大学学長

マルチステークホルダー・プロセスを成功に導くのは「弱いリーダー」

[齋藤貴弘]弁護士法人ニューポート法律事務所 パートナー弁護士、一般社団法人ナイトタイムエコノミー推進協議会 代表理事

TOPPAGE
2022年7月、「WORKSIGHT[ワークサイト]」は
「自律協働社会のゆくえ」を考えるメディアへと生まれ変わりました。
ニュースレターを中心に、書籍、SNS、イベント、ポッドキャストなど、
さまざまなチャンネルを通じてコンテンツを配信します。

ニュースレターに登録する