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ビヘイビア・デザインで
世界をリードするウェルビーイング・オフィス

[Lendlease]Sydney, Australia

2016年7月。それまで5つの別々のオフィスにいた約2,000人のワーカーを1カ所のグローバル本社に集める移転が行われた。オーストラリアを代表する世界的な不動産デベロッパーであるレンドリースの、この大規模な移転プロジェクトから約4年。移転1年後の社内調査によれば、「訪問者に対して自分たちのビルを見せることを誇りに思う」と答えたワーカーは全体の92%を占めた。同じく、「フレキシブルな仕事を支援するカルチャーだと思う」が88%、「ワークプレイスを生産的だと感じる」が73%と、極めて好意的に受け入れられた移転だったということがわかる。

新オフィスが位置するのは、レンドリース自身が再開発を担当したバランガルー・サウスだ。シドニーCBD(中央業務地区)の北西部にあるビジネス中心街である。レンドリースが11フロア分を占有している本社ビルはグリーンスターの6つ星を獲得しており、WELL認証のプラチナも取得。ビル内の1万もの観葉植物とチルドビーム型の空調設備によって常に新鮮な空気が流れ、揮発性有機化合物(VOC)の排出量も低く抑えている。さすがは、ウェルビーイングに関わる不動産開発に長けるレンドリースだ。ワーカーの働き方のみならず、本社オフィスも時代の先端を行く。

彼らの設計プロジェクトには1つ、ユニークな点がある。心理学を用いたウェルビーイングへのアプローチだ。「我々が長い時間を過ごす場所は、我々の健康にも影響を及ぼします。たとえば、普段から果物や食物繊維の豊富なスナックに囲まれた環境に身を置いておけば、お腹が空いた時に、クッキーなど糖分の多いスナックではなくヘルシーな食べ物に手が伸びる可能性が高くなります。同様に、エレベーターの横に階段があるビルでは、階段を使う傾向が強くなるのです。ビルの設計は健康に影響を及ぼします。私たちはそうした心理学的アプローチとビヘイビア・デザインをビルの設計に取り込んでいるのです」。

こう語るのは、レンドリースのヘルス&ウェルビーイング部門でワークプレイス・ヘッドを務めるダンカン・ヤング氏だ。オフィスにおいて「ソーシャル・コネクション(社会的つながり)」を重視している点も興味深い。「ナレッジは、eメール経由ではなく、人から人へ伝わっていくもの。そのためにも、オフィスにおいてソーシャル・コネクションを育むことが大切なのです」(ヤング氏)

実際にオフィスを見てみよう。アジャイル・ワーキングをベースにしたセッティングになっており、デスクが各人に配分されているわけではない。スタンディング・デスクの設置など様々な工夫により、ワーカーの「座る」時間を削減することに成功した。1日45分以上座りっぱなしのワーカーを減らすというレンドリースの取り組みは、医学誌にも掲載されたほどだ。

ウェルビーイングの一環で、ワーカーの食事にも気を配る。環境面としては、まず各人に自分のデスクから離れて昼食をとることを推奨。また、制限はしていないものの、健康的な食べ物をとることを求めている。「各フロアにはヨーグルトや果物、ナッツなどのヘルシーなスナックを用意しています。これはヘルシーなマインドのためのものです。スパークリング・ウォーター(炭酸水)も各フロアに置いていますよ」(ヤング氏)。清涼飲料水や甘いお菓子からヘルシーなスナックに誘導することで、砂糖の消費量を1年で1,100キロも減らすことに成功した。

こうした取り組みは常にデータを見ながら調整される。レンドリースでは太ももにつける医療グレードのモーションセンサーを使って2,000日分のワーカーの座る、立つ、寝るといったデータを蓄えているほか、プログラムに同意したワーカーにウェアラブル端末をつけてもらっているそうだ。また、年に1度の健康診断では血液検査や血圧測定、生活習慣に関するアンケート調査などを行う。その結果が翌年のプログラムに影響するというわけだ。さらに、インフルエンザの予防接種や、オーストラリアでは深刻な皮膚がんの検査を医師を招いて行っているため、検査のためにわざわざ病院に出向くこともない。


レンドリース
ヘルス&ウェルネス
ワークプレイス・ヘッド
ダンカン・ヤング

Duncan Young
Head of Workplace
Health & Wellbeing
Lendlease

  • グリーン・ウォール。土の中にある微生物が空気の浄化に貢献してくれる。

  • グリーン・ウォール。土の中にある微生物が空気の浄化に貢献してくれる。

  • 執務フロア。15〜20人の小さなグループでワークスペースが組まれており、セッティングのうちの41%がスタンディング・デスク、もしくはシット・アンド・スタンド・デスクになっている。

  • アジャイルにコミュニケーションができる打合せブースが執務エリアに多数設置されている。

  • ストレス緩和のために設置されたマインドフルネス(瞑想)専用ルーム。

  • 会議室。レンドリース本社のすべての会議室には、壁に沿って「リーン・レール」が付けられている。立ったまま腰かけることができ、立ちっぱなしでいることによる腰への負担を減らすことができる。

  • 会議室。レンドリース本社のすべての会議室には、壁に沿って「リーン・レール」が付けられている。立ったまま腰かけることができ、立ちっぱなしでいることによる腰への負担を減らすことができる。

  • イノベーション・ラボ。技術的なアイデアを自由に実験できる場であり、現在レンドリースでは、ここを使ってアマゾンと共同でプロジェクトを進めている。

  • レセプション。にこやかなスタッフが迎えてくれる。

  • 通路脇に設けられたキッチンスペース。ヘルシーなスナックが置かれている。

  • レンドリースが入居している11フロアのうち、9フロアは執務フロア。残る2フロアのうちの1フロアは来客用のミーティング・スペースとなっている。

  • レンドリースが入居している11フロアのうち、9フロアは執務フロア。残る2フロアのうちの1フロアは来客用のミーティング・スペースとなっている。

  • もう1つのフロアには、ITサポートデスク、ウェルネス・ハブ、カフェテリアなどの機能が集められている。

  • もう1つのフロアには、ITサポートデスク、ウェルネス・ハブ、カフェテリアなどの機能が集められている。

  • もう1つのフロアには、ITサポートデスク、ウェルネス・ハブ、カフェテリアなどの機能が集められている。

心身のウェルビーイングで、
世界で起きる変化に対応

ウェルビーイングが注目を集めるようになった背景について尋ねると、ヤング氏はこう答えた。「全世界における死因の第4位は、『体を動かさないこと』です。我々はみんなに動いてほしいんです。たとえば自転車通勤、ジョギング通勤、徒歩通勤をしてほしい。これをアクティブ・トランスポート・トゥ・ワークと呼んでいます」。この言葉の通り、本社ビルには「エンド・オブ・トリップ・ファシリティ」、つまり移動の終点にあたる場所(オフィス)で通勤のサポートをする施設を充実させている。バランガルー地区にある最大1,100台を収容できる駐輪施設のほか、シャワー室、貸し出し用のタオルなど……。自転車通勤をするワーカー、昼休みにランニングをするワーカーが増えたそうだ。

さらに、「心身のウェルビーイングで毎日の生活に起きる浮き沈みにうまく対応できるようになります」とヤング氏。「健康であれば世界で起きている変化に対応できます。これは、私生活でも仕事でも、です。『健康』と一口に言っても、これは体のことだけでなく、感情も含みます。どういうマインドセット(気持ちのありよう)でいるかに関わっているのです」。成長するマインドセットを持つ人のほうが、凝り固まったマインドセットの人よりも成功する。ウェルビーイングこそが、よりよいビジネスにつながるというわけなのだ。

さらに、「モチベーションの理論を見ると、目的や生きがい、何かについて常にスキルを磨こうとする『熟達(mastery)』、仕事をしたいときにしたい人とできる『自律性』といったキーワードが挙がります。いずれにしても大切なのはフレキシビリティです。我々はそれぞれのワーカーにいい仕事をしてほしいので、目標を設定します。ですが、やり方は彼らに任せます。これは心拍数モニターを使っての調査でわかったのですが、自宅やオフィスなど働く場所を選べると、生産性は向上し、ストレスは低く抑えることができるようです」とヤング氏は続ける。ワーカーのウェルビーイングに気をかけることが、それぞれの生産性を上げることにも寄与しているのだ。

ただもちろん、会社側だけがウェルビーイングを一方的に求めても、うまくはいかない。レンドリースはそれをよくわかっている。「3つの大切な要素があります」とヤング氏は言う。「1つは、『気付き』。ウェルビーイングとは何なのかをワーカー自身に理解してもらい、会社としてどんな風にワーカーをサポートできるかを考えます。2つ目は、『好奇心を持ってもらうこと』。調査結果を見せると、大抵のワーカーはウェルビーイングに興味を抱いてくれます。そして3つ目が『コーチング』ですね。1日を振り返ってもらって、よりウェルビーイングな生活をするために何をすればいいか、どんなに小さなことでも良いので、自ら考えてもらうようにしてもらいます」。

ちなみにウェルビーイングについての考え方は世代間で異なっており、ヤング氏が言うところによると、若い世代のほうが自分がどんな経験をしたいか理解していて、目的もはっきりしているとのこと。「いいビジネスとは、目的がはっきりしていて、かつワーカーの好むやり方と能力を引き出せる環境ができていることです」。若い世代は仕事に深く関与した経験を求め、また仕事と私生活の両面でのウェルビーイングを求めているそうだ。

ただし、いい仕事を遂行するにはストレス状態からうまく回復させる必要があるという。「ストレスやバーンアウト(燃え尽き症候群)が話題になっていますが、ストレスがあること自体は悪いことではありません。回復が伴えば、ストレスがあってもいいのです。回復のないストレスは慢性的なストレスに変わっていきます。今後は良質な睡眠が重要視されていくでしょう」。レンドリースではトップ・アスリートのメソッドを取り入れ、睡眠指導も行っているという。ワーカーを「コーポレート・アスリート」(ヤング氏)ととらえて、サポートを拡充していく方針だ。さらに、「ウェルネス休暇」と称した休暇制度も実施。ウェルビーイングに向けて能動的に過ごすための有給休暇であり、年間3日取得できるという。「メンタルヘルスの救急、睡眠クリニック、栄養学の勉強など、さまざまな施策を打ってきましたが、今後はグロース・マインドセット(経験や努力によって人は成長できるという考え方)、ポジティブ・サイコロジー(人や社会の強みを研究対象とする心理学)などを付け加えていきます。ウェルビーイングへのアプローチは今後、さらに洗練されていくでしょう」(ヤング氏)

【追加質問: コロナ後の働き方について】

Q1: オフィスへの出勤状況について教えてください。何割の人がどのくらいの頻度で来ていますか?
A: レンドリースの従業員は、社の幅広い業務の内容を反映して、多様な職環境で働いています。バランガルーを拠点にする1800人の従業員の大半は、COVID-19の期間中、遠隔で勤務しています。自宅から仕事のできない人の中には出勤している人もいます。

Q2: テレワークの状況について教えてください。どの職種で行っていますか、また勤怠管理はどうやっていますか?
A: 従業員の大半はナレッジワーカーで、それまでと同じ業務を続けています。唯一の大きな違いは、会議や会合、そして接続の方法です。その大部分をMicrosoft Teamsを使用して行っています。

Q3: スムーズに対応できていますか? またあらかじめテレワークへの準備はしていましたか?
A: 従業員はほとんどラップトップと携帯電話、そしてサーバーとの接続環境を持っていますから、どこからでも仕事をすることができます。初期には、自宅勤務の環境を整えるのに苦しい問題も起きましたが、従業員の大半は迅速に適合し、それまでどおりの業務を遠隔でこなせるようになりました。

Q4: テレワークの面白さはどのように感じていますか?
A: 従業員の多くは、リモートワークをすでに経験していましたが、COVID-19が起きてからは、それが長期的なものになりました。個人的に気がついたのは、普段の環境では存在する、仕事の習慣を導いてくれる周囲からのキューがないことで、日中、体を動かすことを忘れてしまいがちだということです。通勤によって区切られてきた就業時間がなくなったことで以前より長く働く傾向もあります。同時に、栄養価の高い食事を自炊する、毎日エクササイズする、前よりよく眠るなど、ウェルビーイングを追求する絶好のチャンスを与えてくれてもいます。

Q5: テレワークの難しさはどのように感じていますか?
A: 協業で行われる業務が多いため、対面のほうがやりやすいという側面がある一方で、遠隔でも意義のあるコネクションを作ることが可能だということがわかりました。これを可能にするためには、全員が参加して、視覚的コネクションを築くことに注力しなければいけません。

Q6: コロナ後は、働き方を元に戻しますか? あるいはテレワークを残しますか?
A: 先進的な企業はすべて、これから、オフィス、自宅、または第三の場所から、従業員が一番働きやすいワークスタイルを混合させる可能性が高く、その傾向は将来的に加速すると予想しています。

text: Yuki Miyamoto
photo: Hirotaka Hashimoto

WEB限定コンテンツ
(2019.10 シドニーにて取材)

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