Innovator
Nov. 9, 2020
コロナ禍は新商品開発のチャンス。「クリエイティビティ」の光る飲食店
作り手・使い手・食べ手で価値が循環する豊かな食を
[曽根清子] 『料理通信』編集長
食の世界は、「食材の作り手=生産者」「食材の使い手=料理人」「料理の食べ手=消費者」がつながって成り立っています。
食材は全て、肉も魚も野菜も果物も生きものです。生産者から使い手へ、そして食べ手へと届かなければ、その命が生かされません。使い手である料理人は技術や知識、ホスピタリティで食べ手のお腹と心を満たし、食べ手は得られた満足を経済的対価や感謝の言葉で料理人や生産者へフィードバックしていく。
食を大事にするということは、作り手・使い手・食べ手の間で価値を循環させることなんですね。そんな考えに基づいて、『料理通信』はこの三者を結ぶことを基本の姿勢としています。
株式会社料理通信社では、雑誌『料理通信』の刊行、“食で未来をつくる・食の未来を考える”をテーマにしたウェブサイト「The Cuisine Press」、食を取り巻く社会課題に向き合うアクションを行う活動体「or WASTE?」の運営などを手掛けている。2005年11月設立。
https://r-tsushin.com/
コロナ危機によるインパクトは、東日本大震災の時より甚大
ところが、新型コロナウイルス(COVID-19)のパンデミックが三者の関係を分断しました。
お客さんは外食を楽しむ機会を奪われ、飲食店は営業の休止・縮小を余儀なくされ、生産者からの食材の流通もストップしてしまう。循環が途切れたことで、食の世界全体に影響が及びました。
2011年の東日本大震災も打撃でしたけど、インパクトはコロナの方が大きいです。大震災では、特に放射能の問題から社会的に食の安全への意識が高まりました。小さな飲食店やバルでも産地や生産者を表示するようになりましたよね。つまり震災のときの意識の変化は“安全性”にあったと思うんです。
一方、コロナは人と人との接触がリスク要因となるわけで、誰もが当事者です。世界が一斉に経済活動を止めないといけないくらいの状況で、飲食業全般へのダメージは計り知れません。
コロナ前とは違う営業形態で活路を見出す店も
実際、コロナ禍をきっかけに閉店したお店も少なくありません。飲食店向けのウェブサイト「飲食店.COM」では、4月からテナント募集の物件数が急激に増えました。それだけ撤退したお店が多いということです。
厳しい状況ではありますが、それでもこの難局をたくましく生き抜いている飲食店や生産者がいます。それも、ただ生き延びるというだけでなく、コロナ前とは違う営業形態で活路を見出し、新しい価値を世の中に提供している人々が少なくありません。
『料理通信』ではそんな人々を取材して、2020年7・8月号以降、連続で「未来のレストランへ」という特集を組み、さまざまな取り組みをレポートしています。
帝国データバンクの「新型コロナウイルス感染症に対する企業の意識調査(2020年8月)」では、飲食店の93.7%が「マイナスの影響がある」と回答した。
また同社の「飲食店の倒産動向調査」によれば、2020年上半期における飲食店事業者の倒産は398件。年換算で過去最多ペースとなる可能性があるという。
食で医療機関を支援した「スマイルフードプロジェクト」
コロナ危機が起きて、料理業界で見られた最初の動きは、医療機関への食事の差し入れでしょう。特にフランスなどヨーロッパで目立ちました。
感染の危機にさらされながら不眠不休で治療に当たる人たちは、心身ともに極限状態にあり、医療崩壊が危惧されるほどでした。そこで何かできることをしようと立ち上がったのが、星付きも含めたレストランのシェフだったんです。その中にはフランス在住の日本人シェフもいます。
彼らはSNSで食材の提供を呼びかけ、それに呼応したスーパーや卸が食材を送り、一般の人はお金を寄付しました。いま一番求めている人のために料理人が腕を振るい、無償で食事を届けたわけです。いわば連帯の象徴のような形で食が機能したんですね。
その動きが日本の料理人にも波及していきました。その1つが、フレンチレストラン「sincere(シンシア)」(東京・北参道)のシェフ・石井真介さんが主導した「スマイルフードプロジェクト」です。
過酷な医療現場をサポートしようと石井さんがFacebookで呼びかけたところ複数の企業が名乗りをあげ、ケータリング用のキッチンや冷蔵車、協賛金などが寄せられました。1週間後には医療機関にお弁当を提供し始めるという見事なスピード感で、2020年4月8日の発足後から計21,086食を無償提供。同年7月17日にプロジェクトは終了しました。
以下、■印は『料理通信』/「The Cuisine Press」の関連記事
■「Smile Food Projectが示唆するシェフの力」
https://r-tsushin.com/feature/movement/smallfoodproject.html
食材を食べ手に届けることに役割を見出した店も
料理人が生産者と食べ手を結ぶパイプ役として、それまで以上に力を入れるようになったことも見逃せない動きです。
その流れ自体は数年前からありました。いい食材があっても、流通やマーケティングの問題でなかなか世に出回らなかったりする。それを何とか食べ手にまでつなげたいという気持ちでレストランを経営する料理人も実はたくさんいるんです。
そういう土台があったところへコロナ禍が降ってわきました。料理店の中には食材の仕入れを継続するために、売り上げは二の次でテイクアウトやデリバリーに切り替えたところもあります。イートインに比べれば手間もかかるし、お客さんと接触することでレストランとしても感染リスクを負いますが、ともかく食材を食べ手に届けることが自分たちの役割だととらえたわけですね。
自らが持つ技術や人脈を棚卸しして
創造力を発揮できた人が突破口を開いた
取材でよく耳にしたのが「正解がない」という言葉でした。ウイルス対策をどうすればいいのか、時短営業にすればいいのか、それとも完全休業か、業態を変えて営業するべきか……。
コロナ危機で暗中模索の状況に放り込まれたことが、自らが持っているものを棚卸しする機会になったということなんでしょう。自分たちの技術やファシリティー、ノウハウ、人脈を、どう組み合わせたらこの危機を切り抜けられるのか。そして、店やスタッフを守っていけるのか。そこにおける工夫の仕方は、本当に一軒一軒違っています。
未曽有の危機に際して具体的にどうすればいいのか、手をこまねいている人も多かったはずで、では突破口を開けた人に何があったのかといえば、それは“創造力”ではないかと思います。
『料理通信』のキャッチフレーズは“eating with creativity”
『料理通信』のキャッチフレーズは“eating with creativity”です。クリエイティビティにフォーカスすることで、食の世界で働く人たちの価値を伝えたいと思っています。
例えば、2020年4月号の特集「新・魚仕事のABC」では、締め方を工夫することで鮮度の落ちやすい魚の価値を高める魚屋さんや、料理人と一緒になって鮮魚の新たな流通を生み出す漁師さんなどを紹介しました。
食におけるクリエイティビティというと、どうしても調理法、味付け、盛り付けなどお皿の上でのクリエイティビティをイメージしがちですけど、課題の切り抜け方、自分の役割を見極めてそれをどう具体化するかといったところにクリエイティビティが問われます。
いろいろなところで働く人のクリエイティビティを知ることで食べる側のクリエイティビティが刺激され、それが最終的には作り手、使い手、食べ手の循環につながり、豊かな食文化を築くことになると私たちは考えているんです。
『料理通信』の創刊準備号(2006年)で「eating with creativity/クリエイティブに食べよう!」という言葉を掲げ、活動の基軸を鮮明に打ち出した。
体験を売ることに比重を置き、四方よしの仕組みを開発
コロナ禍でクリエイティビティが発揮された事例の1つが、イタリアンレストラン「クインディ」(東京・代々木上原)の塩原弘太さんの取り組みです。
ソムリエに料理に合うワインを選んでもらう感覚を自宅で味わってもらおうと、クインディでは4月から100mlワインの量り売りを始めました。誰かが選んでくれたワインを飲むという楽しさは体験価値の提供ですよね。それを店に来てもらわなくても、例えばみんなでZoomでつながって飲み会をすれば盛り上がるのではないかという発想です。
さらに、インポーター(ワイン輸入業者)の協力も得て、Zoomを使ったワイナリーツアーも行いました。オンラインショップへの動線もあり、気になるワインは購入できます。消費者は自宅にいながらにしてワイナリーを訪れているような高揚感が得られる。営業活動ができずに困っているインポーターは助かる。もちろんワインの作り手にもうれしい仕組みだし、お店としても在庫が回転するのでありがたい。
体験を売ることに比重を置いて、四方よしのビジネスモデルを開発したわけです。
■「いろんな顔を持つ店は強い。」/「クインディ」塩原弘太さん
https://r-tsushin.com/feature/movement/mirainorestaurant_quindi.html
縮小営業期間中に大ヒット商品を生み出す
レストラン「オルランド」(東京・渋谷)のオーナーシェフ・小串貴昌さんも、コロナ禍を機に新しい価値を生み出すことに成功しました。
オルランドでは4月から時短営業のかたわらテイクアウトを始めたのですが、1カ月半に及んだこの縮小営業期間を新商品開発のチャンスととらえたのが小串さんのすごいところです。
5月には露地もののトマトが市場で大量に売れ残っているのを発見し、一番おいしい時期なのに捨てられるのは胸が痛むと、トラックいっぱいに購入。それで作った季節限定の完熟フレッシュトマトソースがお客さんの評判を呼びました。
他にも発酵バターにカラスミを練り込んだ「おとなのカラスミバター」や、アンチョビやハーブ、パン粉などを合わせた「パスタのふりかけ」など、自炊にも役立つ商品をこの期間に次々と生み出しています。中でも大ヒットとなったカラスミバターは商品化の話も進んでいるそうです。
■「いつでも動けるように日頃から備える。」/「オルランド」小串貴昌さん
https://r-tsushin.com/feature/movement/mirainorestaurant_orlando.html
オンラインのソムリエサービスで対面以上の深いコミュニケーション
外出自粛期間中、お客さんとのコミュニケーションについてリアルからデジタルへシフトを試みたのが、「ワインショップ&ダイナー FUJIMARU」(大阪府・東心斎橋ほか)の藤丸智史さんです。
LINE公式アカウントとして「オンラインソムリエByフジマル」を4月初旬に立ち上げ、お客さんの好みや飲むシーンなどをヒアリングして、お勧めのワインを提案。オンラインショップでの購入へと導きました。その結果、4月の通販全体の売り上げは昨年1年間の通販売上高の2倍になったそうです。
先ほど話したシンシアの石井さんも、テイクアウトで商品を買ったお客さんとSNSでつながることで、仮想レストランのような空間ができたと言っていました。
SNSを介したやりとりで、お店で対面しているとき以上に深いコミュニケーションが取れることもあるんです。お客さんの側も、レストランに行くのはただ単においしいものが食べたいからだけではない、お店の人との交流も含めて外食の楽しさなんだと再発見したのではないでしょうか。
■「既存の事業の連携を強めて、新サービスへ」/「ワインショップ&ダイナー FUJIMARU」藤丸智史さん
https://r-tsushin.com/feature/movement/mirainorestaurant_fujimaru.html
知恵を絞れば切り抜ける道はどこかにある
デジタルを介したコミュニケーションはウィズコロナ時代も続いていくでしょうし、デジタル技術の進展によってさらにコミュニケーションのスタイルが変化していくことも考えられます。コミュニケーションという切り口からも、食の進化の道筋が見えてくるかもしれません。
閉店を余儀なくされるお店がある一方で、知恵を絞ってこれまでと違うやり方を考え、新しい価値を生み出すことに成功し、結果として売り上げをキープできているお店もある。
打開策はそれぞれですけど、どれも「その手があったか!」と思わず膝を打つものばかりですね。切り抜ける道はどこかにあるんだということを、誌面を通じて多くの人に知ってもらえたらと思っています。
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(2020.8.31 品川区の料理通信社にて取材)
text: Yoshie Kaneko
photo: Kazuhiro Shiraishi
曽根清子(そね・きよこ)
神奈川県生まれ。国際基督教大学教養学部卒業。経営コンサルティング会社、調理師学校を経て、『料理王国』編集部へ。2006年、仲間と共に『料理通信』を創刊。同誌副編集長を経て、2017年7月より現職。