Innovator
Nov. 16, 2020
消費者マインドの変化が食の未来を大きく動かす
外出自粛期間中の私たちに起きたこと
[曽根清子]『料理通信』編集長
コロナ危機は食の世界に大打撃を与えました。苦境に立たされた飲食店経営者や料理人の中には、違う職業に転向した人もいると思います。
でも、前編でお話ししたように、大変な状況でも食の世界で踏ん張る人たちがいます。そういう人たちにめげない理由を聞くと、「まあ、長く店をやっていればいろいろあるよね」とか「やっぱりこの仕事が好きだから」なんて、ひょうひょうとした答えが返ってきたりする(笑)。でも、気持ちの奥底にはおそらく「食の仕事は自分たちが生きていく上で大事にしないといけない、守らないといけないものだ」という気概があるんじゃないかと思います。
株式会社料理通信社では、雑誌『料理通信』の刊行、“食で未来をつくる・食の未来を考える”をテーマにしたウェブサイト「The Cuisine Press」、食を取り巻く社会課題に向き合うアクションを行う活動体「or WASTE?」の運営などを手掛けている。2005年11月設立。
https://r-tsushin.com/
食の世界には使命感や誇りをもって働く人が多い
食の仕事って命に直結した仕事で、そこを深く理解している人ほど簡単に他の業種に鞍替えできないということなんでしょう。使命感や誇りをもって仕事をしている人が、食の世界には比較的多い気がします。
というか、私たち自身もそうなんですよね。雑誌の販売が苦戦する時代で、しかも食となるとなかなか広告が入らないんですけれども(笑)、じゃあ別の分野にスライドしようかというと、それはないわけですよ。
私たちの活動の軸が、作り手(生産者)・使い手(料理人)・食べ手(消費者)の循環を結ぶところにあるから、ピンチの時こそたくましい人々の姿を伝えることで、何とかその循環が途切れないようにしたい。経済とは違う価値が、食の世界には濃厚に漂っている気がします。
「食べ支える」ことを消費者が強く意識するようになった
例えば、外出自粛期間が終わって、カフェでコーヒーを1杯飲む、それだけで生き返ったような気持ちになったという人がいて、私もその気持ちが痛いほど分かります。外食の機会が断たれたことでその価値を改めて痛感したし、食の豊かさを享受することは実は不要不急どころか、暮らしに不可欠なものだと突き付けられた。
裏を返せば、馴染みの飲食店や生産農家がもしいなくなったら、自分たちの食が痩せ細ってしまうことに気づかされた。「食べ支える」ことを以前より強く意識するようになったし、それは食べ手の側の大きな変化だと思います。
買い物って大切にしたいものに一票を投じることと同じというけれども、自分は何に一票を投じるのかという意識で口に入れるものを選ぶわけですね。消費者のこういう姿勢は未来の食にとってすごく大事なこと。それによって売れるもの、作られるものが変わってくるわけですから。
これまで日本の生活は利便性や安さばかりが重視されてきたけれども、コロナ禍を機に食べ手の意識が少しでも変われば、これから先、作り手や使い手にも大きな影響を与えるのではないかと思います。
料理する楽しみを伝えるのも料理人の役割
在宅時間が増えて自炊することが多くなったことも、消費者の変化といえるでしょう。
食材に触れればそれだけ関心が湧くし、その延長線上には「意外と料理って楽しい」という発見があるかもしれないし、「他の食材や味付けを試してみようかな」という探求心にもつながるかもしれません。
一方で、例えば働くお母さんたちからは、自炊が増えて負担が増したという声もあがりました。そこに手を差し伸べる料理人もいて、この機会にYouTubeデビューして、レシピを公表したり、プロの包丁さばきをネットに投稿する人もいました。それを見たユーザーが反応して、さらにシェアの輪が広がるという動きもありましたね。
家にこもらざるを得ない生活者に、料理する楽しみを伝えるのも料理人の役割ということです。そういう形で食の世界を豊かにしていった人たちもいました。
生きていく根幹として食がとらえられるようになる
もう1つ、消費者心理の変化として、生産する側に近づこうという意識の芽生えが指摘できるかもしれません。
コロナ前は、日本、特に東京に住んでいると、何も考えずに流されていくだけで生活ができました。要は、生きている実感がそんなに湧かなかったと思うんですよね。少なくとも私自身はそうでした。
でも、感染拡大期にはコロナ患者が日に日に増加し、著名人が亡くなり、明日は我が身かもしれないという切迫感を抱きました。そうなったときに初めて生がリアルになったし、生きることにもう少し真剣に向き合おうとも思いました。それはつまり食べることに、より真摯に向き合うということでもあります。
コロナ以外にも、自然災害が頻発して身の安全をおびやかされることが増えています。だからこそエンターテインメント的なグルメとしての消費の対象ではなく、生きていく根幹として食がとらえられるようになるのではないでしょうか。そうやってマインドが変わることで、消費者自身が作るとか支えるといった行為に近づいていくのではないかと思うんです。
実際、消費者の間で食べ物を作ろうという動きは近年高まっていて、アーバンファーミングに注目が集まっていますし、スプラウトのポット栽培も人気です。実は私も栽培ポットを買ったんですよ(笑)。これがあれば非常時でも多少は栄養が補えるかなって。コロナ危機後に庭で野菜を育て始めたという人も周りにいますしね。
消費するだけの立場から、自分でも何か食べ物を作ろうという方向へ意識が変化している。それによって消費のあり方も変わってくるでしょう。ウィズコロナ、アフターコロナの時代は、さらに大きく食の世界が変わるかもしれない。でもそれはいい変化ではないかという気がしています。
鶏の命を全うできるところから逆算して、卵の生産量と価格を決める
食べ物を命ととらえる感覚は、私もまだなかなかつかめていませんが、神奈川県小田原市で農業と組み合わせた地域循環型の自然養鶏を行っている「春夏秋冬」の檀上貴史さんの話は印象的でした。
一般的に養鶏場は食肉販売の免許を持っていないので、産み終わった鶏は廃鶏として処理されています。これに疑問を持った檀上さんは、卵を産み終えた鶏を自家消費し、使い切れる量から逆算して、卵の生産量と価格を決めている。鶏の役目と命を全うできる分だけ生産するという考えですね。
卵は1個150円と決して安価ではないけれど、檀上さんの取り組みを理解して買ってくれるお客さんはパートナーであり、いわば「信用の価格」という言葉にはっとさせられました。
どんな命も粗末にするべきではないし、消費者も実は生産現場に責任を持っているという認識が広まれば、こういう仕組みが他の養鶏場にも普及していくかもしれません。
以下、■印は『料理通信』/「The Cuisine Press」の関連記事
■「信用という付加価値で卵を売る。」/「春夏秋冬」檀上貴史さん
https://r-tsushin.com/people/producer/daichikaranokoe_syunkasyuutou.html
飲食店がメディアとなって
消費者と生産者の接点を生むケースも
4月以降、飲食店だけでなく、食材が生産される現場の声を聞く取材も続けてきましたが、飲食店に比べると、コロナによる生産者側のダメージはそこまで大きくないという印象です。
やっぱり食べ物を作るということは、何ものにも代えがたい役割ですからね。普段から自然を相手に仕事をしているので、コロナのような想定外の出来事に簡単には動じないというのもあります。なおかつ、コロナで人やモノの移動が制限される場合は、地域の食生活を支える、雇用の場を作るという面でも強みを発揮できるでしょう。
とはいえ、流通がストップして、食材が余ってしまって大変といった声は確かにありました。そこで卸し先の料理店を通じて一般の消費者に食材を直接届けるルートを開拓するなど、新たな手を打った人もいます。
テイクアウトをきっかけに消費者と生産者の接点も生まれています。お弁当やお惣菜と一緒に店頭で売っている野菜を買い、自宅で調理するうちに親しみが湧いて野菜の購入をリピートしたり、あるいは生産者から直接取り寄せるようになったり。飲食店がメディアとなって三者の結びつきに変化を起こしているんですね。
できることをパズルのように持ち寄ることで自然と循環が生まれた
その一例が、野菜の生産農家「佐々木ファーム」(北海道・洞爺)と、北海道の素材でドーナッツを作る「ヒグマドーナッツ」(東京・学芸大学ほか)の連携です。
コロナを機にヒグマドーナッツの店頭で佐々木ファームの野菜を売るようになったのですが、あるお客さんがビーツの調理法が分からないとSNSに投稿したところ、それを見たヒグマドーナッツの近所の居酒屋さんがビーツを使ったレシピを公開してくれたそうです。
売る場所を提供する人、レシピを提供する人がいて、そうするとお客さんも買いやすくなるからどんどん売れていく。みんなが自分のできることをパズルみたいに持ち寄ることで、ヒグマドーナッツの周りに「佐々木ファームの野菜っておいしいよね」と、思いを共有するネットワークができていきました。1つの循環が自然発生的に生まれていったという、これもすごく面白い事例です。
■「『食は生命』と考えるきっかけ。」/「佐々木ファーム」佐々木麻紀さん
https://r-tsushin.com/people/producer/daichikaranokoe_sasaki_maki.html
地域をデザインしていくという文脈で酪農業を展開
酪農を通して地域をデザインしていくというユニークな取り組みもあります。
中島大貴さんが営む「ナカシマファーム」(佐賀・嬉野)では、酪農で搾った牛乳をチーズ加工にも活用しています。酪農の仕事は力仕事が多くて男性が多いんですけど、チーズ工房では女性の雇用も生み出すことができます。
また、チーズという商品があることで地域としても集客ができるし、ブランディングにもなる。大学で建築を勉強した中島さんは、地域をデザインしていくという文脈で酪農の事業を展開しているそうです。
コロナの影響でチーズ工房のショップは人数制限をしているそうですが、かえってお年寄りや子ども連れの方などはゆっくり買い物ができるという中島さんの指摘は説得力があります。立場の弱い人たちにも優しい社会になっていく、そのきっかけにコロナがなればいいと話をされていたのが印象的でした。
■「折り合いをつけながら、生きていく。」/「ナカシマファーム」中島大貴さん
https://r-tsushin.com/people/producer/daichikaranokoe_nakashima-farm.html
未来につながる食のあり方を継続して伝えていきたい
コロナ以前はSDGsといわれても、なかなか実践には結びつきませんでした。それがコロナをきっかけに向き合わざるを得ない状況であることに気づき、急速に浸透しています。
コロナで何が変わったのか、突き詰めていえば「考えるようになった」ということなんでしょう。どうやって食べていったらいいのか。この先、子どもの代までちゃんとおいしいものが食べられるようにするにはどうすればいいのか。
危機に直面して、初めて人は考えるんですね。コロナ危機でたくさんの気づきを与えられたし、思考停止状態から抜け出して、自分の役割を見直し、違う生き方や新しいビジネスチャンスを模索することにもつながっています。
この気づきを忘れてはいけないし、そのためにも『料理通信』では未来につながる食のあり方を継続して伝えていきたいと思っています。少し落ち着いたら終わりではなくて、その時期その時期で変わっていく状況に解像度を合わせながら、一人ひとりが考え続ける中で生まれるアイデアに注目を促していきたい。それによって世の中全体の変化へとつなげられたらと思っています。
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(2020.8.31 品川区の料理通信社にて取材)
text: Yoshie Kaneko
photo: Kazuhiro Shiraishi
曽根清子(そね・きよこ)
神奈川県生まれ。国際基督教大学教養学部卒業。経営コンサルティング会社、調理師学校を経て、『料理王国』編集部へ。2006年、仲間と共に『料理通信』を創刊。同誌副編集長を経て、2017年7月より現職。