Workplace
Jan. 6, 2021
「テクノロジー × ヒューマン」で
スマートビルはどう変わるのか
[PLP Architecture]London, UK
スマートビルの設計事務所と言えば、まず「PLPアーキテクチュア」の名が挙がる。ジ・エッジ、22ビショップスゲートを手がけたのも同社だ。PLPのこれまでと、彼らが見据える未来のオフィスについて尋ねた。
PLPの設立は10年前のこと。代表のリー・ポリサノ氏ともう一人の共同パートナーはかつて世界的な設計事務所KPF(コーン・ペダーセン・フォックス)で仕事をしてきたが、フィロソフィーの違いから離脱を決めた。以来、都市とのコラボレートやパブリックスペースの使い方、人が集まるスペースのつくり方を考えてきたのが彼らである。「私たちが信じているのは、『優れたイノベーションや関係、アイデアというものは、2人の人間がコミュニケーションをしなければ起こらない』ということです」。そんなコミュニケーションに貢献できるビルをつくれたら、それは世界のコミュニティに貢献していることになる。
「世界の医療研究を20年進めた」と言われるクリック・インスティチュートを設計したのもPLP。クリック・インスティチュートには2019年にノーベル生理学・医学賞を受賞したピーター・ラトクリフ氏をはじめとするノーベル賞クラスの研究者を含む1,250人が集まり、新しいがん研究を行う施設だ。その信念はここでも裏付けられている。
リサーチをベースに設計を進めるのも、よく知られるPLPの特色だ。都市や文化、ビルの利用者、テクノロジーを自ら研究し、その都市、そのビルにふさわしいコンセプトを開発する。「建築家の役割を少し考え直す、というところではないでしょうか」。通常、建築家は多くの専門家の知識をまとめる人間として存在する。だが、ポリサノ氏が描く建築家像は違う。「未来に向けて社会を前進させる役割を、建築家が担えると思っています。また、建築家のようなヒューマニスティックなアプローチをしている人がその役割を果たさなければ、テクノロジー中心のアプローチをしている人が社会を独裁していくという懸念もあります」
この言葉から察しがつくように、ポリサノ氏の関心は「テクノロジー」ではなく、「人」に向かっている。スマートビルを設計するにあたっても、中心には人を置く。振り返ってみれば、ジ・エッジからテクノロジーを取り除いたとしても美しいビルであり、ワーカー同士が出会い、予期せぬ相互作用が生まれる場所であることには変わりがない。しかし、そのビルとテクノロジー、スペシャルなコンセプトを組み合わせることで、テクノロジーの可能性がより広がる。「私たち建築家には、そんな想像ができるんです。テクノロジーの力も、スペースの力も理解している。その力を合わせたときにどうなるかも、理解しているからです」。例えばそれが、環境性能の向上による「持続可能なビル」であり、ウェルビーイングを取り入れることで人々がより幸福に働けるビルなのである。
PLP本社オフィス。スマートビルを数多く手がける彼らの住処は予想を裏切るクラシカルなアールデコ調のビル。ロンドンの所員は約150名でワンフロアを占有している。
刺激的なコミュニケーションを求め、
各分野のトップとのコラボレーションを重視
もっとも、すべてを独自にリサーチしようとはしていない。やはり刺激的なコミュニケーションを求めて、各分野のトップとのコラボレーションを重視する。リサーチ・プロジェクトは「PLP Labs」として、一部が公開されている。例えば、ケンブリッジ大学の自然素材イノベーションセンターとのコラボレーションにより「Oakwood Timber Tower 2」と題した高さ130mの木造建築の提案が話題を呼んだ。またPLPは、カーボンゼロを目指したロッテルダムの高さ140mの木材ハイブリッド・ビルの国際コンペティションにも勝っている。
PLPは今後、どのようなポジションを築いていくのだろう。スマートビルが普及するに従って、強力なコンペティターとなる設計事務所も現れるはずだ。「コンペティションにどう勝つかとか、そういうことをあまり考えていないですね。考えるのはどうやって差別化できるか、どうしたら楽しんで仕事ができるか。どうやってこの組織を第2のステージへ成長させるか、世界が向かっている変化にどう対応するか、そんなことです」
だが、ポリサノ氏はこうも言った。
「会社として私たちが物理的、経済的にだけでなく知力的にも成長するための施策が、日本に事務所を開くことでした。日本の社会は新しいアイデアや研究に基づいて次世代の商品やアイデアに役立つ情報を提供しようとしています。だからこそ私たちもそこにいることで日本に貢献しながら学びを得ることができると感じたのです」
PLPアーキテクチュアが見据えるスマートビルの未来
「スマート」といえばデジタルテクノロジーのみを指していたのは昔のこと。今やあらゆる形でワークプレイスを改善し、人間がよりよく働くためのファシリティすべてを意味するようになった。PLPファウンディング・パートナーのロン・バッカー氏はそう考えている。
スマートビル実現の手段も移り変わる。「5年前、ワークプレイスで重要だったのは快適さや持続可能性、きれいな空気、それからある程度の技術でしたが、今は神経科学や社会科学、また人と人のコラボレーションの仕方へと変わってきています」(バッカー氏)。また、働き方の変更も見逃せない。デジタルが手作業を代替したことで、人はより創造的で、コラボレーションを必要とする「人間らしい仕事」に注力するようになった。「オフィススペースは、従来の『仕事のため』のスペースではなくなり、ますます『人間のためのスペース』になっています」
それでも、テクノロジーが役割を終えたわけではない。センサーが二酸化炭素濃度や室温、照明、自然光を測定することも重要だ。しかしより重要なのは、そうして得られたデータをどう使うか。「本当にスマートなビルでは、単に環境だけを測定するのではなく、環境と仕事の質、そして人々の幸福との関係を見て、理解しようとします」。それが成功すれば、よりよい仕事、よりよい幸福を得る方法が見えてくる。
「空気中の二酸化炭素が多すぎると、頭が痛くなり、仕事のペースがスローダウンしてしまう。それなら二酸化炭素を測定し、調整するのがいいでしょう。また自然光はいいものと思いがちですが、自然光でストレスを感じる人もいて、そういう人は薄暗い部屋の方が快適です。このように、テクノロジーのおかげで環境と人間をよりよく理解できるようになる。これが未来だと思います」
とはいえ、誰にとっても健康なビルが実現できるかといえば……。「いい質問ですが、はっきり言って無理です」とバッカー氏。さまざまな人のさまざまなニーズに応じて、さまざまな空間をつくる。必然的に、働く場所の選択肢はより増える方向へと進むだろう。にぎやかな場所にいたい人も、静かな場所で働きたい人もいる。その両方のニーズに応えなければならない。
「そうでないとおかしいでしょう。会社にとって最も高価なものは人です。自動車を製造していれば違いますが、オフィス環境の中では、家賃よりも、家具よりも、テクノロジーよりも、食べ物よりも、コーヒーよりも、一番お金をかけているのは人間です。人間が最も高価で、最も重要です」
インペリアル・カレッジ・ロンドンが人間の幸福度に影響を与える要素を研究したところ、「人を最も不幸にしているのは仕事」という結論が出た。だからこそワークプレイスの改善は難しい。逆に幸福度や生産性の鍵になるのは「エンゲージメント」だったという。エンゲージメントとは、自分も組織の一員であると感じるかどうか、自分が評価されているかどうか、ということ。要するに「自分の仕事にとても興味があり、仕事に対してワクワク感があった方が明らかにいい仕事をします」。そしてエンゲージメントには、ワークスペースや建築のクオリティ、ロケーションなどが影響する。
PLPパートナーの相浦みどり氏も、これから「スマートテクノロジー」「サステナビリティ」は当たり前のものになるため、むしろスマートビルには「ソーシャル・インタラクション」「プレイスメイキング」「ビジネスとレジャーの融合」がより重要になると語る。生活の延長線上に仕事を位置付け、ワークプレイスを都市にちりばめ、人間中心の場をつくることがエンゲージメントを高める方向に作用するだろう。
「ある神経科学者によれば、人が窓を開けたり、家具を動かしたりして自分の環境を変える機会を与えれば、その人の認知過程が25%改善するとのこと。人々がともにワークプレイスをつくる『co-creation』が将来のキーワードになると思います」(バッカー氏)
PLPアーキテクチュア
ファウンディング・パートナー
ロン・バッカー
Ron Bakker
Founding Partner
PLP Architecture
PLPアーキテクチュアの共同創業者。建築におけるテクノロジーの役割や、都市に与える影響に造詣が深い。世界中の大学や、不動産、都市開発、TEDxを含む建築のデジタルテクノロジーに関するフォーラムで講演している。
PLPアーキテクチュア
パートナー
相浦みどり
Midori Ainoura
Partner
PLP Architecture
イギリス、アメリカ、ヨーロッパ、中東、アジアの各地で、オフィスや住宅、学校、マスタープランニング・プロジェクトなどの設計に20年以上にわたって従事。アムステルダムのスマートビル「The Edge」の建設ではデザインを主導した。
text: Yusuke Higashi
photo: Rikiya Nakamura
WORKSIGHT 15(2020.3)より