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データ分析がワークプレイス・デザインに
もたらす変化とは

[Zaha Hadid Architects]London, UK

「データはオフィス設計をどう変えるか」。ザハ・ハディッド・アーキテクツの「Analytics + Insights」はこの問いを探求するプロジェクトだ。ウリ・ブラム氏と彼の同僚、アルジュン・カイカー氏とで2015年にスタートさせた。彼らは建築家だが、コーディングと計算の才能を持ち合わせていた。「データのないデザインは単なる装飾。さらに、データなしに設計することは、目隠しして運転しているようなものです」とブラム氏は言う。「ワーカーの健康とパフォーマンスへの影響を分析せずにデザインを決定することは、方向性に欠け、危険ですらあります」

彼らのアプローチは、Netflixのような企業が時間の経過とともにユーザーの好みを学習して改善する方法と似て、ユーザーデータをマイニングするオンラインサービスから学習してユーザーのニーズと好みを予測すること。これは、機械学習を使用して、職場の満足度と好みに関するデータを継続的に分析することにより、オフィスに応用できる。

「そのようなオフィスがあったら、それがより幸せで、健康的で、より成功に近いワーカーとビジネスを生み出すと強く信じています」

昨今のオフィスはセンサーを導入し、ビルの使用状況に関してデータを集めようとしている。しかしそのデータから、ビルだけでなく働く人のパフォーマンスの最適化に役立つような識見を見出すことには至っていない。

「ビルのライフサイクル・コストは1%が建設費用で、9%がメンテナンスとエネルギー、そしてワーカーへの給与が90%です。つまり、働く人の満足度や生産性を10%向上させることは、ビルを10 棟建てるのと同じ効果があるということです」

データは、人々のコラボレーションや育成にも好影響をもたらす。「たとえば、MITのトーマス・J・アレン教授は、デスクの位置が離れるとコミュニケーション率が下がるという研究結果を発表しています。8m離れるとコミュニケーションは減少し始め、24m以上離れるとほとんど会話は生まれません」。彼らはオフィスのデスク間の距離を測るアルゴリズムの開発を通して、レイアウトの微妙な変化がオフィス内の交流に影響することがわかった。また、フロアの角にあたるエリアにはあまり人が集まらないということも発見した。「残念ながらたいてい、企業はその位置にボスの席を置きます」。皮肉にも、最もコミュニケーションが起きにくい位置に、だ。


オフィス外観。ロンドンのデザインファームが集積するクラーケンウェルにある元小学校を改修したもので、事務所開設から一貫して入居している。ロンドンだけで約400名の所員が働く。

  • ザハ・ハディッド・アーキテクツ コンサルタント ウリ・ブラム
    オランダの建築会社OMA Asiaに勤務し、ゲーリー・テクノロジーズの香港オフィスのプロジェクト・ディレクターとして2011年にザハ・ハディド・アーキテクツ(ZHA)に入社。現在は以前Foster + Partnersのパートナーだったアルジュン・カイカー氏とZH Analytics + Insights(ZHAI)の共同経営者を務める。

  • ザハ・ハディッド・アーキテクツ本社オフィスのエントランス。レセプションとカフェテリアが一体となっており、所員のリフレッシュやパートナーとのミーティングなどに使われている。

  • 本社オフィスのボードルーム。クライアントとの重要なミーティングにも使われる。

  • 本社オフィスの執務スペース。2016年に亡くなったファウンダーのザハ・ハディッド氏が使っていたデスクが当時のまま置かれている。

  • 複雑なデータ分析を実行するために、元となる空間利用に関するデータを収集する。
    【1】デスク形状によって視線や距離がどのように変化するかを示した図。
    【2】データを応用すると、レイアウトによってワーカー同士の距離感がどれだけ変化するか理論値を算出できる。
    【3】センサーを使うことで温度、大気質、机の占有率などの変数を監視して、机が実際にどのように使われているかをリアルタイムで測定できる。
    画像提供:Zaha Hadid Architects

  • 【4】ギャラリーで実施したセンサーによる行動データ取得。空間の利用頻度が高い部分が赤く「ヒートマップ」として表示される。
    【5】ヒートマップを分析することで、利用シーンを科学的にグルーピングすることができる。
    【6】外部形状とコアの位置を機械的に分析し、一瞬で数万通りの解析を行うことができる。
    【7】建築のコアをどの位置に持ってくるのが最適か、日光までの距離と可視領域をもとに分析した図。
    画像提供:Zaha Hadid Architects

  • 設計を手がけた北京にあるマルチテナントビル「ギャラクシーSOHO」で実際に使われたデータ分析。ワーカーから見た視認性、移動距離、彩光、眺望などをパラメーターとして変化させることでどのような影響が出るか、何十万というシミュレーションを重ねた。一見、恣意的に見える形状やコアの位置もこうした綿密な分析によって、合理的な解として導き出されている。
    画像提供:Zaha Hadid Architects

  • 同じくZHAが設計した広州にあるオフィスビル「インフィニタス・プラザ」では、ZHAIが開発したアルゴリズムを用いてオフィスレイアウトの自動化を行っている。レイアウトは、利用人数とシーン(集中と会話)に基づいてシフト。センサーでスペースの使用頻度を監視した後、パラメーターを調整し、レイアウトを自動的に更新できる。このプロセスを繰り返すことで、空間自体がセルフラーニングするようになる。
    画像提供:Zaha Hadid Architects

データに基づいたオフィス設計のゴールは
「自動的に最適化されるオフィス」

オフィス空間を最適化するにあたってもう1つ大事なのがデスク同士の関係性だ。当然、自分と向き合っている人とコミュニケーションをとるのは簡単で、また多くの場合、自分からは見えない人に見られている状態を不快に感じるものだ。この視覚的ネットワークは人の心理的快適性に大きな影響を与える可能性があるが、これまでほとんど分析されてこなかった。

「私は中国と香港に住んでいたことがありますが、レストランの丸いテーブルには驚きました。テーブルにいる全員がほかの全員を平等に見られるため、コミュニケーションにプラスの影響を与えていました」。彼らは、さっそくこの事実を反映したアルゴリズムをつくり、さまざまなレイアウトの分析を行っているという。これによりデスクの配置によってワーカー同士の可視性をはかり、それぞれのデスクに視覚的快適性を測るスコアがつけられ、これをもとにオフィスのレイアウトを再構成することができる。

もっとも、データが豊富なら必ず唯一無二の答えが導けるとは限らない。「以前は何か基準をつくってオフィス全体に展開すれば全員が幸せになるはずだという考えがありました」。しかし今日では、むしろ重要なのは多様性だ。照明も室温も人の好みは一様ではない。「ですから、企業は多様な環境を提供しないといけません」

データはオフィス設計をどう変えるか。ブラム氏の提案は「設計者が直感ではなくデータに基づいてよりよい意思決定を行うこと」だ。彼は直感に任せるより、データを用いる方が優れた判断を導き出すと考える。建物は、単純化された仮定や時代遅れのスタンダードに基づいて設計されるのではなく、膨大な量の入力とパラメーターに基づいて設計できるようになった。「テクノロジーを使うことで、設計についてより詳しく知ることができ、よりよい決定を下すことができます」

データに基づいたオフィス設計という新たな分野を独学で開拓してきた彼ら。今、目指すゴールは「自動的に最適化されるオフィス」だ。そしてそれは、センサーに自動設計アルゴリズム、移動式の家具が揃えば可能だ。それぞれのユーザーのニーズに合わせて自ら変化し、セルフラーニングするワークスペースのネットワーク。すべてを備えたオフィスは、まるで生命のサイクルのように変化、進化を繰り返すだろう。「照明が1日のうちに色が変わったりするというのはすでにやっていることです。でも家具の色が変わってもよい。例えば春、桜が咲く頃は白っぽくして秋は土をイメージさせるような色合いとか。冬は鬱々しないよう明るい感じがいいですね」

  • 本社オフィスから徒歩10分ほど離れた、ブラム氏とZHAIが入居するオフィス。建築家のほか、数学者やデータサイエンティストなども含まれる。国際コンペティションのプロポーザルを扱うチームも同じフロアに入居する。

  • GF(地上階)ギャラリー。ザハ・ハディッド氏がデザインした家具やオブジェなどを中心に展示。地下はエキシビションスペースで、いずれも一般に開放されている。

  • Analytics + Insightsチームが入居するオフィスの外観。路面に面した開放的なビルをギャラリー、オフィスとして3フロア使っている。

text: Yusuke Higashi
photo: Rikiya Nakamura

WORKSIGHT 15(2020.3)より

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