Management
Jan. 18, 2021
70歳まで働くには、常に可能性を探り、人生の選択肢を増やすこと
よりよい「未来の働き方」につながる6つのアクション
[リンダ・グラットン]ロンドン・ビジネススクール教授、Hot Spots Movement創立者
2020年12月1~25日、コクヨ株式会社は「2021 KOKUYO FAIR」を開催し、さまざまなウェビナーを配信した。
本稿ではそのうちの1つ、リンダ・グラットン氏のプレゼンテーションを紹介する。
私の研究テーマは「未来の働き方」なんですけれども、当然ながら「未来」は既に私たちの目の前で起きています。未来に紐づく要素として、「テクノロジー」と「長寿化」の2つが特に注目されます。
テクノロジーは私たちの生活も働き方も大きく変えています。多くの仕事が今後自動化されると見込まれ、人間の仕事の60パーセントはAIやロボットが担うようになるともいわれます。
一方で、新たな仕事の急増も見込まれます。2030年ごろまでに2,000万~5,000万の新しいデジタル関連職が生まれると予測されています。
テクノロジーの進化で、人間には対人・認識スキルが問われる
自動化できる仕事は機械が行うようになるということは、私たちにはより人間的なスキルが求められるようになるということです。情を持って接したり人の話を聞いたりする対人スキルや、決定や判断に関わる認識スキルがそうですね。機械は過去の集積データがあって初めて機能しますが、人間は未来を想像し、イノベーティブかつクリエイティブに働くことができます。これは人間ならではの素晴らしい能力です。
それを最大限発揮するために、私たちは一生学び続けるマインドを持たなければなりません。勉強は若いころに済ませておしまいなのではなく、年代を問わず継続して学ぶ必要があります。テクロノジーは働き方を変え、私たちのスキルも変容させるということです。
これからの人生は直線的に進むのではなく、多様な生き方が混合するようになります。フルタイムで勉強をした後にフルタイムで働き、引退後は余暇を楽しむという3つのライフステージから、勉強、労働、余暇というそれぞれの領域で出入りを繰り返すマルチなステージへ移行します。
異なる世代へのエンパシー(共感)が問われる長寿化社会
「未来の働き方」をけん引するもう1つの要素が長寿化です。
多くの人たちが健康を保ちつつ長生きするようになりました。60代~80代は人生の最終ステージでなく、生産的なステージになってきます。同時に、子どもの数が減っています。高齢化と少子化により社会全体が老齢化しています。
日本は世界で長寿化が加速している国の1つで、2050年までに5人に1人が80歳以上になる見込みです。同じ動きは中国にも起きています。世界のどの国も今後、長寿化社会になっていくと予想されています。例えば孫の顔を見ることができて、なおかつ親もまだ元気でいるという状況になる。多くの世代が共に生きる時代になっているのです。
『LIFE SHIFT』* にも書きましたが、経済的な基盤を維持するためには70歳まで働くことが一般化すると思われます。ですから健康を保つこと、そして年齢にまつわる固定観念を打破することが求められます。バースデーケーキに飾るロウソクの数は、生物学的な年齢に過ぎません。その数にとらわれず、どんな生き方を選ぶかが重要です。
例えば60代はデジタル機器を使いこなせないといった偏見がありますけれども、コロナ禍でどの世代もデジタルツールを使いこなせるようになったのは喜ばしいことです。ステレオタイプの押しつけと戦いつつ、70代、80代に対して、あるいは10代、20代に対しても同様に、異なる世代や立場の人を理解しようとするエンパシー(共感)が問われます。
ライフ・ストーリーを作り、「あり得る自分」=人生の選択肢を増やす
このようにテクノロジーや長寿化は将来に大きなインパクトをもたらします。では私たちは未来へ向けて発展するために、どう過ごせばいいのでしょうか。その方法として3つの柱があると私は考えています。
1つ目は、新しいライフ・ストーリーを作ること。親世代などの旧世代とは異なるライフ・ストーリーを創造し、自身の人生の「語り手になる」のです。
人生について考えることは「あり得る自分」、すなわち人生の選択肢を増やすことにつながります。その選択肢は人生のある時点で過去にやってきたことが、現在の自分につながってもたらされます。
つまり選択肢を持つにはプラットフォームを作り、「あり得る自分」のスタート地点を設けなければならないということです。プラットフォームは身につけてきたスキル、知識、ネットワークやコネクションからできています。それらが今後の「あり得る自分」を可視化してくれるわけです。
年をとった自分を新しい視点で考える
そうやって自らの手で紡いだライフ・ストーリーを生きていくわけですが、その道のりもまた多様化しています。かつてはフルタイムで勉強して、フルタイムで仕事をして、そして引退するという具合に、人生のステージは大きく3段階に分かれていました。しかし、いまは直線的な道のりではなく、多彩な移行があります。そのようにして人生に備えるのです。
まずは多様なネットワークを形成しましょう。自分と同じような人たちと一緒にいると、未知の可能性を想像するのが難しくなります。自分と異なる人、可能性を示唆してくれる人と多様なネットワークを築き、選択肢を広げていくことに価値があるのです。
選択肢をなぜ持てるかといえば、新しいことを学んだからです。人生で継続して学び続け、選択肢を持てる自分を作ったからです。そして、とりわけ重要なのは、年をとった自分を新しい視点で考えることです。
昔の50歳というと初老のイメージを持つかもしれませんが、その思い込みを抱いたままでは絶好のチャンスを見失い、自分を刷新することができなくなります。昔の50歳とは違うのだという気概で50代を迎えることです。
可能性の追求、移行、学習を行動の中心に据えよ
発展の方法の2つ目は探索です。長寿化とテクノロジーの変革が同時発生していることに目を向け、可能性の追求、移行、学習を行動の中心に据えましょう。
若者がモラトリアム期間に世界を旅することがありますが、同じことを50代、60代の人々がやってもよいのです。いま取り組んでいることをいったんやめて、新しいことを学び、世界で何が起きているのかを探り、自己を刷新する。それは新しい仕事の可能性を探ることでもあります。
人生のどこかで起業家になることはできるか、フリーランスになれるか、新しい職業を考えてみることです。学ぶことは人生の前半で一度だけすることと考えず、生きている限りいつでも勉強できると頭を切り替えてください。
特に最近はオンラインで学ぶこともできますよね。コロナ禍でオンライン学習をする人が激増しました。テクロノジーが新しい学習方法、探索の方法を作り出していることにも注目してほしいと思います。
仕事や余暇の時間に異なる世代との接点を持つ
未来への発展の方法の3つ目の要素が人間関係です。人生は友人、家族、コミュニティなど、大切な人々と直結していることを忘れないようにしてください。
昔は父親がフルタイムで働き、母親は専業主婦という形が一般的でしたが、いまは世界中で働く女性が増えています。ということはすなわち、家庭と仕事の両立のために、新しいパートナーシップのあり方を学ぶ必要があるわけです。新たな責任の分担方法やコミットメントの仕方、子育てのやり方を見出さなければなりません。リモートワークはその流れを助長しています。
世代間の関係も考えなければなりません。Y世代やX世代といったステレオタイプな世代観は捨て、個人として人を理解することです。相手が20歳だからといって、若者世代とレッテルを貼る行為は相互理解をさまたげます。仕事や余暇の時間に異なる世代との接点を持ち、世代間のエンパシーをゼロから作っていくことを意識してみてください。
未来を想像して、その未来が訪れる前に行動する
人間関係を築くうえではコミュニティが重要な役割を果たします。コロナ禍は在宅勤務を増やし、地域コミュニティへの理解を深める契機にもなりました。オフィスに戻る動きがあったとしても、地域コミュニティの重要性は深まっていくでしょう。
地域コミュニティを子育てにふさわしい場にするために、また、これから発展、繁栄できる人生を築きあげていくために、生き方を変えなければなりません。未来を想像して、その未来が訪れる前に行動するのです。
例えば、テクノロジーの進展を見越して新しいスキルを習得していた人は、そうでない人に比べて成功する確率が高いという調査結果もあります。私はいま65歳で70歳まで働きたいと考えています。そこで健康維持のために1日1時間のエクササイズを自分に課しています。これも将来に備える行動といえますね。
(トップ写真提供:グラットン氏)
ロンドン・ビジネススクールは英国・ロンドンにある世界トップクラスのビジネススクール。
http://www.london.edu/
Hot Spots Movementは組織戦略について研究・コンサルティングを行う企業。
https://www.hotspotsmovement.com/
* 『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)――100年時代の人生戦略』(東洋経済新報社)は、リンダ・グラットン氏とアンドリュー・スコット氏(ロンドン・ビジネススクール経済学教授)の共著。長寿化社会の到来に向けて生き方や働き方の戦略を示し、大きな反響を呼んだ。
コクヨフェアのウェブサイト。
https://fair2021.kokuyo-furniture.co.jp/
グラットン氏のプレゼンテーションのタイトルは“THE FUTURE OF WORK”。プレゼン資料の冒頭に描かれたカメレオンからは、「人生の選択肢を広げることで、あなたは何者にもなれる」というグラットン氏のメッセージがうかがえる。
人生が長い1本の道だと考えず、
たくさんの移行や変遷を受け入れる。
人生のどの地点にいても、現在のことだけを考えず、常に先を考えることです。これからの人生を俯瞰して、現在の自分だけでなく、未来の自分に時間を配分しなければなりません。
人生が「勉強」「労働」「引退」という3つのステージで構成されていた時代は、現役世代は余暇を老後の楽しみに取っておいたものです。でもいまはマルチステージの時代です。労働の合間に余暇を配分し、子どもと過ごす時間を増やし、行きたかった旅行に行きましょう。70歳まで働くのですから、働く時間は十分あります。人生の中の今だけを考えるのでなく、全体を考えてください。
先ほど「あり得る自分」の話をしたように、あなたはいろいろな人になり得るし、積み上げてきた1つの人生にこだわることもありません。いろんな自分になれるのです。そのためにプラットフォームを作るのです。
そのためには新しいスキルを学び続けること、さらに重要なこととして、会ったことのない人に出会えるネットワークを作ることです。そこで「あり得る自分」にとってのお手本になる人に会えるかもしれません。年齢は固定的ではなく、健康的な身体も柔軟な思考も自分次第で維持が可能です。私たちは自分が何者であるかを自分で規定できます。
人生が長い1本の道だと考えず、たくさんの移行や変遷を受け入れましょう。学び直したり仕事を変えたり、価値観や身体を変えていくといった変化は、将来に向けて発展するために極めて重要です。
雇用や労働時間の見直し、学習支援、年齢差別の排除
個人だけでなく企業にも課題があります。企業は個人の成長を支援しなければなりません。そのために何をするべきか、ポイントが4つあります。
1つ目は雇用慣行の見直しです。マルチステージの人生では30代、40代、50代で就職ニーズが生じますが、企業は門戸を新卒者など若い人にしか開こうとしません。これは貴重な人材を見逃すことになります。企業は雇用戦略を変えて、マルチステージの人生を支援すべく、人生の異なる地点で入社できるようにしてください。
2つ目が、健全な家庭を築くためのサポートです。家族は私たちのウェルビーイングに重要な役割を果たします。子どもにとっては両親が一緒に過ごし、大事に育てられることが必要で、それには特に男性の長時間労働を是正する必要があるでしょう。父親が幼少時を子どもと過ごすと、父子間のつながりが深まるだけでなく、家族の絆が強まることも分かっています。父親の育児休暇も推奨するべきです。
3つ目は、社員の学びを支持することです。個人の継続的な学習を可能にするために、企業は時間を与えるなど支援しなければなりません。中には社員の学習費用を負担している企業もありますが、お金もしくは時間、または両方を提供することで、企業は個人の継続的な学習を支援することが望まれます。
4つ目は、年齢によるステレオタイプ化の排除です。50代、60代、70代の働き手の能力を、必要以上に低く見積もる企業が少なくありません。実は70代は幅広い能力を持っています。個人が長く働くためには、老いに関する年齢差別を撤廃しなければなりません。
人生の選択肢を増やすための6つのアクション
ここまでお話しした長期的なプランの実践に向け、いまやるべき6つのアクションがあります。
(グラットン氏提供の図版を元に再作成)
第一に、将来の「あり得る自分」は何かを考えることに、今日1時間を割いてください。それがいま取り組んでいることなのか。そうでなければ何をしているかを自問してださい。これはロンドン・ビジネススクールでMBAコースの学生に与えている課題です。「あり得る自分」を考えるために、どこから着手するのかを考えるのです。それを今日から始めてください。
第二に、自分と異なる人と会うことです。「あり得る自分」を考えるには、多様なネットワークを作らなければなりません。普段会わない人と会う予定を今週必ず入れてください。あなたと異なる人に会う努力をするのです。
第三に、他人を年齢で型にはめていないか自問してください。私が65歳だと言った時、最初に何を思い浮かべましたか。他人を型にはめていなくても、自身を型にはめていないかも確認してください。
いま、このときから将来の準備を始めよう
第四は、今日か今週、新しいことを学ぶための時間を取ること。本を読むのでもオーディオブックを聴くのでもいいでしょう。私は料理しながらオーディオブックを聴くのが好きです。日本料理を作るのが好きなんですけど、時間がかかるのでジョージ・エリオットの小説『ミドルマーチ』を聴きながら作りました。36時間でした(笑)。さまざまな機会をとらえて継続的に学ぶことを楽しんでください。
第五に、毎日何か違うことをして新しいことを学んでください。コロナ禍が次第に収まり、働き方もリモートワークを取り入れたハイブリッドな働き方に変わっていくと予想されます。いつ、どこで、どのようにして、何を実行できるのか、試行錯誤してみましょう。コロナ禍を、異なる生き方を模索するチャンスとして活かしてください。
そして最後。これが最も大事ですが、今日から行動を起こすことです。人生は長いので「明日やればいい」「40才になったらやろう」などと考えがちですが、先延ばしはやめましょう。いま、このときから将来の準備を始めるのです。
WEB限定コンテンツ
(2020.12.1-25 コクヨフェアのウェビナーを元に記事を作成)
text: Yoshie Kaneko
(グラットン氏提供の図版を元に再作成)
リンダ・グラットン(Lynda Gratton)
ロンドン・ビジネススクール教授。Hot Spots Movement創立者。人材論、組織論の世界的権威。多くの著書は20以上の言語に翻訳され、全体で100万部以上を売り上げている。邦訳された著書は『ワーク・シフト』(プレジデント社)、『ライフ・シフト』(東洋経済新報社)など。最新作はアンドリュー・J・スコット氏との共著“The New Long Life – a framework for flourishing in a changing world”(未邦訳)。活動は世界的に評価され、インドのタタ賞、アメリカのAHRI賞などの受賞歴があるほか、2018年には日本政府の「人生100年時代構想会議」(議長・安倍晋三首相(当時))に起用された。世界経済フォーラムのフェローとしてリーダーシップ評議会を主催。Equinor国際諮問委員会メンバー。(写真提供:グラットン氏)