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スマートシティは市民主導の3.0から新たな地平へ

人間の「スマート化」に必要な目利き能力

[武邑光裕]メディア美学者、「武邑塾」塾長

インターネットにあふれる情報は玉石混交で、フェイクニュースや政治的洗脳広告、何者かの思惑で物事が動いているという陰謀論などもあります。また、ソーシャルメディアの中には根拠のない攻撃や中傷なども見受けられます。プライバシーの暴露もまた深刻な問題です。

こうした状況と、世界的な自殺者の急増は無縁ではないでしょう。日本でも著名人の急死が相次いでいて、本当のところはわからないけれども、どうやら自死らしいという方は少なくありません。もし自殺だとしたら、その有名人を死に追い込んだ原因の1つは暴露報道によるプライバシー侵害であるとも考えられます。

あえてプライバシーを開示することで公益に役立てる

その人がなぜ、どうやって亡くなったかを人々は知りたがります。暴露報道は加熱する一方で、このままいくと死因の追求までもがスタンダードになりかねません。しかし、行き過ぎた報道に嫌悪を示す人々もいます。

前編で、人々が自分のプライバシーを大事に思う一方で、デジタルツールを安易に使ってしまう「プライバシー・パラドックス」について説明しましたが、自殺を巡るこうした状況も一種のパラドックスです。プライバシーが大きな死を呼び起こし、同時にその死の原因を知ろうとすることで、自分自身のプライバシーの大切さを痛感する。このパラドックスも今後、大きな意味を持つようになるのではないかという気がします。

ただ、これは別の側面から見ると、社会的な公正性をプライバシーの観点から是正することにもつながるでしょう。例えばLGBTQに対する差別や社会的不適合に苦しんで死を選ばざるを得なかった人がいたなら、その死を社会に示すことで差別を是正していけるかもしれません。所属組織の不正に抗議して死を選んだ人がいたら、それを明らかにすることで組織のゆがみを我々に知らしめてくれるかもしれない。

一人の人間の死を無駄にしないためにも、そんなふうにあえてプライバシーを開示することで公益に役立てるという側面もあると思うんですね。

プライバシーを軸にワーカーと会社の関係を再定義する

個人が集団に対して、自分のプライバシーをどう保護するか、あるいは開示するか。この問題を再考することは、ワーカーと会社の関係を再定義することにもつながります。

ヨーロッパでは、プライバシーの保護にとどまらず、就業環境から雇用主との関係に至るまで、従業員の権利が認められています。その背景にはGDPRという強力な規制があり、なおかつそれが反トラスト法などのさまざまな法的な枠組みと連携していることもあるでしょうけれども、突き詰めればヨーロッパが市民社会であることが最大の要因だと思います。市民社会を生み出すためにヨーロッパはまず個を確立したわけですが、それは大変な格闘を伴うものであったわけです。

翻って、日本は社会全体が同質的で、同調圧力も強く働く中で、まだ人々が個として自立していないという印象を強く受けます。自立している人もいますが、フリーランスやクリエイターなど一部の人に限られます。

企業は企業で、従業員の健康状態、家族の構成、親の介護状態など社員の個人情報を吸い上げ、疑似家族のように社員を抱え込んで経済活動を前進させてきました。そうすることによって社員もまた終身雇用や厚生年金などの恩恵にあずかってきた歴史があるわけです。

人生の一部に仕事があると考えるヨーロッパのワーカー

仕事もプライベートもひっくるめて面倒を見るというような、ある種の母系的な会社組織の中で働くということが、日本人の個人としての自立を難しくしている面もあるのでしょう。

それはワーク・ライフ・バランスという言葉にも如実に表れています。仕事と人生を分離して考えることは果たして適切なのか。ヨーロッパではワーク・ライフ・ブレンディングとかワーク・ライフ・インテグレーションといいます。つまり仕事と人生は分離できないもので、人生の一部に仕事があると考える。人生を充実させるに足る仕事を、自分自身で作り出していこうとするわけです。

ヨーロッパがそういう考え方にシフトしている一方で、日本の企業ではプライバシーの概念が希薄なままだとするならば、従業員の個を確立するとか、個人が創造的に自分の仕事を作り出すといったことが、さらに難しくなるのではないかと思ったりもします。

実際、日本の多くの企業では副業も兼業も禁止され、何かビジネスアイデアを生み出したらそれは全部会社のものとされてしまう。そういう発想は創造性の抑圧につながります。時間給の見直しなど就業規則から変えていかなければ、組織として生産性や創造性は向上していかないのではないでしょうか。

オフィスにプライバシーを重視した環境を確保する動き

オフィスのあり方もワーカーのプライバシーを大きく左右してきました。例えば、コロナ前はフリーアドレスを推進したりコワーキングスペースを活用したりと、オープンオフィスがトレンドでした。社外の人たちとコラボレーションしたり、業種を超えていろんな新しいアイデアを語り合うことができたという意味で、この流れはポテンシャルがありました。

ですからヨーロッパの大企業は、立派な自社オフィスがあるにもかかわらず、従業員をコワーキングスペースにどんどん送り込んでいたわけです。その結果、それなりの投資をしてオフィスを自前で持つことの意味合いが薄れてもいたのです。

しかし、新型コロナウイルスのパンデミックがあって、安全かつスムーズに業務を遂行するには、やはりオフィスが大事だという揺り戻しが起きています。とはいえ、単に以前のオフィスにそのまま回帰するのではなく、オフィスの中にプライバシーを重視した環境を確保しようとする動きが顕著です。

フリーアドレスやオープンオフィスに特化するのではなく、一人になりたい人のために、例えば個室を増やしたり空間に仕切りを設けたりといった工夫が、ヨーロッパのオフィスでは多く見られるようになりました。

コロナ禍はオフィスのさまざまな課題を顕在化した

リモートで仕事をする人が増えて、都市から郊外や地方へ住まいを移す動きも目立ちます。僕の友人でも家賃の高いサンフランシスコから、自然が身近な環境を求めてオレゴンに引っ越した人がいます。どこにでもオフィスは分散的に存在できるんだという考え方も、コロナがもたらした1つのトレンドでしょう。

ただ、それは都市が廃れることを意味するわけではありません。これからは都市の価値を再考していく時代になると思います。

リモートオフィスという分散志向への流れが鮮明になったけれども、都市の中心部に本社はやはり必要だという考え方もありますし、そもそも社会を支えるエッセンシャルワーカーの中にはリモートワークができない人も少なくない。いろいろな参照点が出てきているタイミングということなんでしょうね。

働く環境や、オフィスの分散と集中のバランス、過剰なジェントリフィケーション(都市の富裕化)の抑制といった要素を踏まえて、都市機能をどう整序していくのか。コロナはさまざまな課題を顕在化させています。


「武邑塾」は、インターネット時代にメディアと人間との関わりはどう進化するかという課題意識のもと、塾長である武邑氏の講義や各界の第一線で活躍するゲストを交えたトークセッションなど聴講できる知的なプラットフォーム。2013年開塾。
http://www.takemurajuku.com


武邑氏によれば、ヨーロッパではデスク間隔を6フィート(1.8メートル)取る「6フィート・オフィス」も人気という。密を避けると同時に、ゆとりある空間でワーカーのプライバシーも確保するわけだ。

住民データを利活用するスマートシティは
プライバシーに影響を及ぼす可能性も

DXの推進と都市機能を絡めて考えると、注目されるのがスマートシティなんですが、これは市民のプライバシーに影響を及ぼす可能性もあることに注意が必要です。スマートシティはリソースの全体最適を図るために住民の行動データを利活用します。それがある種の監視機能を高めることにもつながるからです。

実際、グーグルが進めていたトロントのサイドウォークというスマートシティプロジェクトは、世界屈指の規模として耳目を集めましたが、結局中止になりました*。

パンデミックにより資金調達が困難になったことが原因とされましたけれども、実際はトロント市民の猛烈な反発が障壁になったと見られます。プライバシーの管理・運用に不透明な要素があったことから、このプロジェクトには市民の激しい抗議が長く続いていたんです。

初めて市民主導のスタイルが実現したスマートシティ3.0

サイドウォークプロジェクトの頓挫は、海外の消費者主権の強さを示すだけでなく、スマートシティの進化のプロセスを物語る事例であるとも思います。

スマートシティには段階があって、大手テクノロジー企業に丸投げするパターンが1.0といえます。トロントのケースはこれに当たるわけですね。しかし企業任せではうまくいかないということで、行政が主導する2.0へ移行する動きが一時ありました。

しかし結局はいずれのパターンも市民のプライバシーへの配慮が足りず、さまざまな問題が生じました。そこでバルセロナやアムステルダム、ベルリンのように、市民との集合知をうまく活用していく市民参加型のスマートシティが造られるようになりました。これが3.0と位置づけられます。ここで初めて人間中心、市民主導のスマートシティというものが出てきたわけです。

もっともスマートシティは3.0が最終形かというと、そうではないでしょう。いまはテクノロジー、都市機能、市民のプライバシー保護といった課題を高いレベルで止揚する、より発展的な4.0のスマートシティが模索されている段階だと思います。

目利きとキャッチアップの能力で人間もスマートに

気がかりなのは、DXの大きなうねりの中で、スマートになるのはテクノロジーだけでいいのかということです。

スマートシティを始め、スマートテック、スマートアプライアンス、スマート家電など、さまざまなコンセプトがあふれていますけれども、スマートという言葉は本来人間に作用すべきものであるはず。なのに、どこにも人間がいないんですね。

スマートなテクノロジーは本当に人間を賢くしてくれるのか。スマートという言葉の深い意味を、もっと人間側に引き寄せていく必要があるでしょう。

それには我々自身が目利きとキャッチアップの能力を持ち、テクノロジーと実社会とのメディエーター(媒介者)にならなければなりません。

個人も組織も、プライバシーに能動性を与える姿勢が必要

昔はキャッチアップの能力を成長段階の企業に割り当てて、その企業を育成し、経済的な大国に引き上げていく行政機能が確かにあったと思います。

しかし、今の時代は単に技術をキャッチアップするのでなく、それを受け止めて、日本の中でどう具現化できるかという目利き能力が問われます。それが行政の本来の役割だと思いますが、人材不足もあって現状では難しいのが実情です。

状況を打開するには、行政でもデジタルスキルを見える化して、組織にない高度な能力を持つ人、即戦力となる人を積極的に採用するスタンスに切り替えていくことが望まれます。

これは働く側にもメリットのある話で、デジタルスキルを専門的な領域にまで高めることで、自身の人材価値を高めることができますし、プライバシー保護のリテラシーも引き上げることができるでしょう。それは前編で触れたような、自分を選択的に世界に示す力にもつながるはずです。

プライバシーの課題と可能性に光が当たっているいま、無自覚に情報を覆い隠したりさらけ出したりするのではなく、そこに能動的な意味を付与していく姿勢が、個人にも組織にも求められているのだと思います。

WEB限定コンテンツ
(2020.12.4 港区の黒鳥社にて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Kazuhiro Shiraishi

* 2017年、グーグルの親会社アルファベットの傘下企業がトロントのウォーターフロント地区の再開発に5,000万ドル規模を投じると表明したが、2020年5月にプロジェクトからの撤退を決めた。

** ワークサイトでは市民参加でつくりあげたバルセロナのスマートシティプロジェクト「スーパーブロック」を取材している。記事はこちら。
「バルセロナ市民にストリートを取り戻す」
https://www.worksight.jp/issues/1644.html

武邑光裕(たけむら・みつひろ)

メディア美学者、「武邑塾」塾長。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。 1980年代よりメディア論を講じ、VRからインターネットの黎明期、現代のソーシャルメディアからAIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。2017年、Center for the Study of Digital Life(NYC)フェローに就任。著書に『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)、『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版)ほか。現在、ベルリン在住。

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