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カフェはオフィスの「内」でなく「外」につくるべき

街とカフェの相互作用で磁場が生まれる

[飯田美樹]カフェ文化、パブリック・ライフ研究家

前編で、パリのカフェが時代をつくってきたこと、革新的な価値やイノベーションを生み出す場として機能してきたことをお話ししました。

このところ、社内のコラボレーションや社外とのオープンイノベーションの場としてカフェのような空間をつくる企業が増えていますが、パリのカフェにはそうした動きにも役立つヒントがちりばめられているように思います。

場の運営者はイノベーションを企図してはいけない

価値創出を促すカフェには、いくつかの特徴があります。

1つは、場を運営する側がイノベーションを起こそうと考えていないことです。運営者と参加者の目的がずれていても構わないし、むしろずれている方がいいとも考えられる。逆説的かもしれませんが、これは重要なからくりだと思います。

例えば、文学カフェ* を作ろうとするとたいてい失敗するといわれています。参加者からすると、変に運営者からお膳立てや助言を受けると、それが彼らの創造性や自由さを押さえつけるプレッシャーとなり、かえって新しいものが生まれにくくなります。

前編で、前衛芸術家たちを受け入れたカフェの主人が、彼らの“作品”でなく“存在”を認めたことが価値創出にプラスに作用したと説明しましたが、それも同じ意味合いです。場の運営者はできるだけ余計な介入をしない方がいいのです。

そう考えると、イノベーションを目的にオフィス内部にカフェを設ける企業が増えていますが、同調圧力から自由になるという意味では、オフィスの内部ではなく一歩離れた外部にあるカフェの方が、オフィスのコードから離れることができるため、より大きな可能性を持つのではないかと思います。

通りに面したテラスは新規顧客の獲得に有用

イノベーションを育んだカフェの特徴としては他に、新参者が入りやすい雰囲気があることが挙げられます。

カフェの場合、その役目を果たしているのがテラス席です。路上の一部のような感じなので、誰でも座りやすいのが特徴です。パリのカフェが異邦人を始めとする新規顧客を次々と獲得したのは、テラスがあることが大きく影響しているでしょう。

想像していただくとよく分かると思うのですが、日本のクラシカルな喫茶店もテラス席がないことが多いですよね。しかも高級店ではコーヒーの値段が結構高い。中の様子が分からないのは不安だし、安くないお金を出して失敗するのは嫌だから、じゃあ別のお店に行こうとなるわけです。

その点、テラス席は店の様子が一目で分かります。そこで他のお客さんが楽しそうにおしゃべりしていたり、コーヒーをおいしそうに飲んでいたりすると、その光景自体が看板となって、一気に敷居が低くなるんですね。都市改革で有名なヤン・ゲール氏は、コペンハーゲンのカフェはテラスを導入してから売り上げが5倍になったと語っています。

スペースに異なる機能を持たせて使い分ける

パリのカフェはテラス、店内席、カウンターという、大きく3つのエリアで構成されています。テラスは観光客や一見さん、あるいは開放感を味わいたい常連客の利用が多いです。

店内席はそれなりに店に通っている客がゆっくり過ごすのに適した場所で、店主やギャルソンと落ち着いて会話したり、読書や思索にふけったりできます。カウンターも常連客向けの場所ですが、特に店主との会話を楽しみたい人や時間の余裕のない人に向いています。

そんな具合に、スペースに異なる機能を持たせて使い分けができる仕組みは、顧客の獲得・維持に非常に有効です。カウンターや店内席だけでなく、テラス席という大きな間口を設けることで、どんな人も歓迎していますよというサインを示すわけです。

特にパリのカフェのテラスは、基本的にいすが路上を向いています。パブリックとプライベートが半々で、独特の開放感と連帯感のある空間なんです。ひとりでいても孤独を感じない。個でありたいと思いながらも、誰かの気配は感じられる。まさに自由を満喫できる特別な場所なんですね。

最初の取っ掛かりとして入りやすい雰囲気をつくることが重要で、そのためにテラスが果たす役割は計り知れません。

(トップ写真提供:飯田氏)


飯田氏のウェブサイト。カフェの社会的役割、パリのカフェの歴史や特徴の他、イタリアや日本、イギリスのカフェ文化なども含めて、豊富な情報が掲載されている。
https://www.la-terrasse-de-cafe.com/

* 作家やその卵たちが集って語り合う、文学的アカデミーのような機能を持つカフェ。


飯田氏。取材はオンラインで行った。

  • パリのカフェのテラス席。街に向けて開かれており、初めての客でも利用しやすい。(写真提供:飯田氏、他2点とも)

  • テラス席の看板でメニューや価格帯を確認できるのも、一見の客にはありがたい仕組み。

  • カウンターは店主との距離が近く、会話を楽しむことのできる常連客向けのスペースだ。

新参者が常連になるまでのプロセスで
アトラクターと媒介者は重要な役割を担う

新参者が入りやすい、定着しやすい雰囲気をつくるという意味では、カフェにいる人々のフォローも大きいです。

店主は他のお客さんもいれば、こなさなければならない仕事も抱えているので、ずっと1人のお客さんをもてなし続けるわけにはいきません。そこで重要なのが「アトラクター」と「媒介者」です。

アトラクターは、あるカフェを「ここを自分たちの集まる場所にしよう」と決め、多くの人を実際に集める力を持った人のことです。友人や知人を引き付ける魅力があり、それなりの知名度や実力があって影響力を有している、カフェという開放空間にいることを好むといった特徴があります。店主やイベントの主催者は場を物理的につくり、アトラクターはその場に活力をもたらす、そんなイメージでしょうか。

20世紀前半のパリでいえば、カフェ「クローズリー・デ・リラ」に人を集めた詩人ポール・フォール、「ロトンド」や「フロール」に人を集めた詩人で芸術批評家のギョーム・アポリネールなどが該当します。ピカソやキスリングもアトラクターの役割を担っていたと思われます。

アトラクターは仮にいなくなっても、その人を慕い、考えに共鳴する人々がいれば、その残り香が機能して場が継続することもあるでしょう。

新参者は承認されたと感じ、参加の心理的ハードルが下がる

一方の媒介者は、その名の通り、カフェと参加者をつなぐ役目を果たします。新参者がカフェに来たとしても、すでに独特の親密な雰囲気が漂っていると、足を踏み入れるのをためらいます。そこで彼らに温かく語りかけ、空間に招き入れる人がいることで、新参者は承認されたと感じ、参加の心理的ハードルがぐっと下がるわけです。

店主や主催者は場をつくることに専念せざるを得ないので、後から来た人の対応やケアを担うのが媒介者というわけです。カフェの場合、媒介者はギャルソンがその任に当たることも多いでしょう。

テラスが新規顧客獲得の窓口で、そこから入ってきた一見さんは、アトラクターや媒介者に助けられて「雰囲気がいいからまた行こう」と思う。そうやって2回、3回と訪ねるうちに店の様子が分かってきて、店主や常連客と言葉を交わすようになっていく。そうやって足繁く通ううちに、気づけば常連の一人になっている。新参者が常連になるにはそういうステップがあると思いますし、そのプロセスにおいてアトラクターと媒介者は重要な役割を担っているわけです。

経験に対する開放性が高いところにクリエイティビティが育まれる

イノベーションの創出ではアイデアをアイデアのまま終わらせない、現実化するための手段を持っていることも重要で、企業はこれを持っている点が強みです。

その強みを持っているにも関わらず、もし思ったようにイノベーションが生まれていないとしたら、自由で干渉されない環境があるかどうかを確かめてみてはどうでしょうか。

オフィスと離れた場所にイノベーションセンターをつくったり、シリコンバレーに支社をつくったりする試みは聞きますが、そこで何かいいものを見つけたとしても本社の了解が得られず日の目を見ないとか、メンバーが外部の自由な空気に魅了されて本社に戻らず、そのまま現地企業に転職するといった話も耳にします。

既存の価値観で凝り固まっている場所と、自由に好きなことができる場所があれば、人が集まるのはやっぱり後者ですよね。かつてのパリはそういう土壌がありました。

社会学者のリチャード・フロリダは、新しいものを面白いと評価する創造性を持った人=クリエイティブ・クラスが経済を主導する地域は競争力が高まり、反対に新奇なものを否定する人が多い地域は発展しないと指摘しています。好奇心が強く、状況から学ぶ気概があり、多様性を志向するといった具合に、経験に対する開放性が高いところにクリエイティビティが育まれます。これは企業風土のあり方にも大きな示唆を与えていると思います。

複数のカフェがシナジーを生み、ミクストユースに近くなる

今後、カフェがまた時代をつくるようなことがあるかどうかは分かりませんが、街とカフェは相互に刺激しあうことで人を呼び込む装置になるということはいえると思います。

一例が池袋(東京・豊島区)ですね。豊島区長が文化を生かしたまちづくりを進めていて、6年で4つの公園を整備** し、その全てにおしゃれなカフェがあります。人を呼び込む場がいくつか用意されていると、何かしら面白いものに出合えるのではという期待値が高くなりますよね。

街にいくら磁場があったとしても、人を受け入れる器が1つだけではだめなんです。だからカフェも1軒ではなく、最低でも2軒、できれば軒を連ねるくらいあってほしい。街が面白くなってくると、遠くからやってくる人も出てくるので、誰でも一息つける場所のあることが重要です。

モンパルナスは、ロトンドが満員で入れなかったらドームに行くとか、選択肢が多くあったのがよかったんだと思います。そうするとその街が目的地になりますからね。カフェがいくつもあることでシナジーが生まれ、ミクストユースに近くなる。そんな戦略も大事なのかなと思います。

さらに、価値創出や多様性の追求ということを考えると、変わった人を面白がる街の寛容さも問われてくるでしょう。それは21世紀の街のキーだと思いますし、そこにいいカフェがあればさらに人が集まります。

都市や街は変えられないというイメージがあるかもしれませんが、実は池袋のように、人の想いや行動によっていくらでも変えられます。この視点に立って、カフェのテラスが持つ可能性や街の活性化の方法論などを探求し、次の著作*** としてまとめたいと思っています。

WEB限定コンテンツ
(2021.1.13 オンラインにて取材)

text: Yoshie Kaneko

** 2016年南池袋公園、2017年池袋西口公園、2019年中池袋公園、2020年イケ・サンパークと、4つの公園が整備され、池袋エリア全体の回遊性向上を図っている。

*** 『都市は変えられる』(仮)。刊行元は未定。

飯田美樹(いいだ・みき)

カフェ文化、パブリック・ライフ研究家。学生時代、環境活動の場づくりを通じて、社会が変わる場に関心を抱く。大学時代にパリ政治学院に留学し、現地のカフェに通うかたわら、カフェの研究を開始。帰国後、大学院に通い、「天才たちがカフェに集ったのではなく、カフェという場が天才を育てたのでは」という視点で研究をすすめ、『カフェから時代は創られる』(クルミド出版)を出版。現在は、街なかでリラックスした時を過ごせるインフォーマル・パブリック・ライフの重要性と、オープンカフェがいかに街の活性化に役立つかという視点で2冊目の本を執筆中。かつてのカフェのように世界の先端の知に出会い、議論し、つながれる場をつくろうと、オンラインで”World News Café”を主催している。Paris-Bistro.com日本版代表。東京大学情報学環 特任助教。(写真提供:飯田氏)

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