Workplace
May. 10, 2021
オーストラリアの玄関口に新たなコミュ二ティを生む
バーティカル・ビレッジ
[Quay Quarter Tower]Sydney, Australia
シドニー湾に面するサーキュラー・キーは、ヨーロッパからの開拓移住団がオーストラリアで最初に到着した地。周囲にはオペラハウス、アートギャラリー、博物館など数々の文化・芸術施設が点在し、古い金融街もある。つまりシドニーにとっては歴史的、文化的に貴重なエリア。しかし「ここ何十年も何の変化もなく、全体的に古く落ちぶれた雰囲気を醸し出していました」とAMPキャピタルのデベロップメント・ディレクター、マイケル・ウィートリー氏は言う。
進行中の再開発プロジェクトは、サーキュラー・キーの良さを残しながら活気ある街としてリニューアルしようというもの。この土地を60年以上所有するAMPキャピタルがデベロッパーである。まず動いたのは、シドニー市からの開発許可を取ることだった。それには周辺の歴史的な建造物に日陰を落とすような悪影響を及ぼさずに開発を行う必要がある。
「そこでシドニー市とは、1970年に建てられたもともとの建物のコアの68%を利用してそのまま残し、周辺の景観には悪影響を及ぼさないようにする方針で合意しました」(ウィートリー氏)
ビルの名前は「Quay Quarter Tower(キー・クォーター・タワー)」。外観を見ての通り、5つのボリュームを積み重ねた「バーティカル・ビレッジ」がコンセプトで、村のようなコミュニティ感覚をビル全体でつくろうという意欲的なものになっている。それぞれの層はアトリウムと階段でつながれ、テナント企業のコミュニケーションと一体感を高める。5つの層を少しずつツイストさせながら重ねたのは、高層部に対しては、眺望の変化と各ボリュームの屋上にテラスを設け、低層部の地域に対しては威圧感を抑えるため。市民が自由に楽しめるパブリックスペースを十分に確保するようにも配慮され、ビルの東西南北がつながるよう路地や遊歩道をつくり、人の往来を促している。完成予定は2022年。こうしたテナントや地域へのコミュ二ティ意識は市場に好意的に受け止められ、すでにAMP本社やデロイトのオーストラリア支社など、総面積の75%にあたるテナントが決まっている。
エーエムピー・キャピタル
デベロップメント・ディレクター、
キー・クォーター
マイケル・ウィートリー
キー・クォーター・タワー
シニア・デベロップメント・マネージャー
ブライアン・ドネリー
最新のビルでありながら
テクノロジーへの姿勢は慎重
過熱するテクノロジーのムーブメントについてはどうだろう。「人はやはり、すでに存在するアプリ、慣れ親しんだアプリを使うことを好みますよね」とウィートリー氏。続けて、「英語に『白い象をつくり出す』という言い回しがあります。巨大なものをつくったものの、時間が経てば何の役にも立たないという意味です。アプリは柔軟で、すでに日常の一部であるもののほうがシームレスに使用されます」と言う。「現在使われているテクノロジーと同じものが2年後に使われているとは限りません。(ビルの)完成が近づいた頃に、将来的にアップグレードが可能な優れたテクノロジーを取り入れていきたいと思います。テクノロジーの変化のスピードは建築業界のスピードとは全く違います。それが理由で、今までそれらをうまく合わせることに成功した人はいません」と、最新のビルでありながらテクノロジーに対する姿勢はいたって慎重である。
環境配慮の方針も抜かりはない。企業の環境負荷を評価するグリーンスターにおいて、ビルデザインで最高レベルの「6」を獲得している。一方、ビルのオペレーションについては評価が一段落ちる「5.5」だが、彼らにそれを気に留めている様子は全く見られない。フォーカスしているのは、環境よりもまず「人」だからだ。
「例えばハーブガーデンをつくれば、グリーンスターには認めてもらえるかもしれませんが、コミュニティの場としては全く意味を成しません」(ウィートリー氏)
キー・クォーター・タワーのシニア・デベロップメント・マネージャーを務めるブライアン・ドネリー氏が続ける。「私たちは階段やアトリウムなど、人が『使いたい』と思うスペースに投資することで、健康とウェルネスに対して、より純粋なアプローチを心がけています。階段はちょっとした運動になりますし、ほかの人とすれ違うこともできるので、交流を促進させる役目も果たします。会社にとっても、非常に重要なインフォーマルな情報交換の促進にもつながります。ですが、(そういったヒューマンサイドのアプローチは必ずしも)現在の評価ツールではポイントとは結び付かない。そういうことですね」
text: Yusuke Higashi
photo: Hirotaka Hashimoto
WORKSIGHT 16(2020.7)より