Management
Jun. 14, 2021
「健全な衝突」を促し、強いチームへと導く「心理的安全性」
「それ、おかしくないですか?」といえる風土へ
[石井遼介]株式会社ZENTech 取締役、一般社団法人日本認知科学研究所 理事、慶應義塾大学システムデザイン・マネジメント研究科 研究員
仕事で分からないことがあっても上司に質問しづらい。指示されたことに違和感があったけれども意見できず、後になってトラブルになる――。こうした経験を持つ方は少なからずいるのではないでしょうか。
「ちょっと分からないので教えてもらえませんか」「それ、おかしくないですか?」「私はこうした方がいいと思います」といった具合に、組織やチームの成果に向けて、地位や経験に関わらず誰でも率直にものが言える状態、すなわち「心理的安全性」を確保することが、メンバーの意欲、能力、個性を引き出し、ひいては組織やチームを強くすることにつながります。
変化が激しく、複雑さを増すこの時代、心理的安全性を育むことはマネジメントの1つの要諦であると思います。
意見を戦わせ、生産的でよい仕事をすることに力を注げるチーム
「チームの心理的安全性」を最初に提唱したのは、ハーバード大学教授のエイミー・C・エドモンドソンです。1999年に発表した論文では、心理的安全性の定義は「チームの中で対人関係におけるリスクをとっても大丈夫だ、というチームメンバーに共有される信念のこと」とされていました。
これを仕事の現場に馴染むように表現するならば、「メンバー同士が健全に意見を戦わせ、生産的でよい仕事をすることに力を注げるチーム・職場のこと」となるでしょう。
そんなことは当然実行できているというマネジャーやチームリーダーは多いと思いますが、果たして本当にそうでしょうか。対人関係のリスクを恐れて、率直に意見したり素朴な質問をしたりすることをためらうケースは、実は非常に多くの職場に見られます。特に日本の企業はその傾向があります。
正解のない時代、新しい価値を生み出すために
日本と世界の国々のカルチャーを比較すると、個人主義の傾向が欧米は高く、日本は低いです。また、日本は権力の格差が大きいということで、つまり集団にヒエラルキーが生まれがちといえます。トップダウンでコミュニケーションが行われたり、下位の人が上位の人を慮ったりすることが多いということです。
率直に意見を言うのではなく、上司の顔色を窺うというのは、まさに忖度でしょう。忖度には良い面と悪い面の両方あって、上役が細かいところまで指示・命令しなくても現場で動いてくれるのは良い面といえます。
けれども、それは世の中そのものや自社が提供するサービスが不変であることが前提でなければなりません。いつも通りのことをいつも通りやっておくという、コミュニケーションのコストの低さが忖度する文化につながっているわけですが、特にコロナ禍という大きな変化に直面している中で、過去のうまくいかない部分を改善しよう、刷新しようということすら言えないような状況は、組織が生き延びるうえで障害になりかねません。
正解のないこれからの時代、新しい状況で新しい価値を生み出していくためにも、日本企業には心理的安全性が必要とされているのです。
(トップ写真:Etienne Girardet on Unsplash)
株式会社ZENTechは、禅の智慧と最新のテクノロジーを融合し、チームの心理的安全性を構築するための各種サービス、企業向教育研修サービス、心理的安全性計測サーベイ・アプリの開発といった事業を展開している。
https://zentech.jp
石井氏。取材はオンラインで行った。(写真提供:石井氏)
「高い心理的安全性」と「高い仕事の基準」はワンセット
心理的安全性が高いと聞くと、クオリティの低いアウトプットでも怒られない仲良しクラブのような職場を連想する方がいるかもしれません。実際、心理的安全性が高いだけでは、必ずしもチームの成果や学習に結びつきません。パフォーマンスを生み出すには「高い心理的安全性」と「高い仕事の基準」がセットになっている必要があります。
心理的安全性の高低と仕事の基準の高低を掛け合わせたものが次のマトリクスです。
(石井氏の著書『心理的安全性のつくりかた』の図版を元に再作成)
4象限の左上、心理的安全性が高くて仕事の基準が低いのが「ヌルい職場」です。メンバーは互いに意見したり協力したりして、仕事も楽しそうに取り組みますが、仕事の基準が低いので進捗が遅い、目標が未達でも危機感がないといったことが起こり得ます。心地よさはあるものの、仕事から充実感が得られる職場とはいいがたいでしょう。
左下、心理的安全性も仕事の基準も低いのは「サムい職場」といえそうです。メンバーは目立つ行動や積極的な改善策を取ろうとすると罰を受けるかもしれないと感じていて、そのうえ仕事の基準も低いため、リスクを冒してまで他のメンバーと積極的に関わる必要はないと考えがちです。互いに無関心な職場ということになります。
右下、心理的安全性が低く、仕事の基準は高い場合は「キツい職場」です。心を開ける人が職場におらず、なおかつ高いノルマが課せられる営業チームや、上司のマネジメントが厳しい職場などが該当します。
こうした職場では、必要な意見や目的の確認などはないがしろにされるため、上司が監督しきれない細部の仕事はクオリティが低くなったり、罰を避けるためにメンバーが努力するなど「上司対策」に時間が浪費されるといった弊害を招きます。
高い創造性や収益性の源泉となることをGoogleも発表
4象限の右上が、心理的安全性も仕事の基準も高い「学習して成長する職場」です。社会の変化にうまく対応して、挑戦から多くを学び、結果的に成果を出しやすくなります。
このタイプの職場では、「職場のサポートが得られる」「仕事の意義が示され、やりがいや成長の実感が味わえる」「努力に対して承認や感謝が見返りとして得られ、より適切な行動を促してもらえる」「適材適所の配置で、自発的・自律的に努力できるようになる」という4つがモチベーションとなり、「健全な衝突(ヘルシー・コンフリクト)」が促進されます。それによりメンバー自身が学習し、パフォーマンスの改善がもたらされ、中長期でパフォーマンスを上げることにつながっていくのです。
Googleは4年かけて効果的なチームのありようを研究* し、その結果、心理的に安全なチームこそパフォーマンス、創造性、収益性が高く、メンバーの離職率が低く、また多様なアイデアを効果的に活用することができるといった結論を得ています。
他にも、米国組織行動学会を始めとするさまざまな学会誌でチームの心理的安全性の研究成果が示されています。「イノベーションやプロセス改善が起きやすくなる」「業績向上に役立つ」「意思決定の質が上がる」「情報・知識が共有されやすくなる」「チームの学習が促される」など、ビジネスへのさまざまな好影響が指摘されています。
(石井氏の著書『心理的安全性のつくりかた』の図版を元に再作成)
* 2012年にスタートしたプロジェクト・アリストテレスでの研究。
チームの心理的安全性の因子は4つ。
「話しやすさ」「助け合い」「挑戦」「新奇歓迎」
では、心理的安全性をどう測ればいいのでしょうか。
私たちの研究チームは、日本版「チームの心理的安全性」の因子として、次の4つの因子を抽出しました。
1.話しやすさ
2.助け合い
3.挑戦
4.新奇歓迎
1つ目の「話しやすさ」は、知らないことや分からないことがあるとき、あるいは問題やリスクに気づいたとき、すぐに声をあげられるということです。ネガティブ情報の報告がフランクに上がってくるかどうかもポイントですね。「何を言っても大丈夫」とメンバーが思えることで、多様な視点からの意見とアイデアを引き出すことができます。
2つ目の「助け合い」は、トラブルに迅速・確実に対処するときや、普段より高いアウトプットを目指すときに重要です。例えば、リーダーやメンバーがいつでも相談にのってくれる、問題が起きた時に人を責めるのではなく、建設的に解決策を考える雰囲気がある、目標達成に向けて互いに教え合ったりフォローし合ったりするといったことが該当するでしょう。
チームの現状や傾向をよく把握して、足りない因子を補う
3つ目の「挑戦」は、前例や実績がなくても取り入れる姿勢がある、チャレンジすることが損ではなく得だと思えるといった行動を指します。「とりあえずやってみよう」の精神ですね。
挑戦して成果が出たら褒めることは多くのリーダーが実践していると思いますが、成果が出る、出ないの前に、そもそも新しいことに挑戦したこと自体を歓迎しているかどうか。これはチームに活気を与え、時代の変化に合わせて新しいことに取り組むために重要な因子です。
「挑戦」因子より人に焦点を当てているのが、4つ目の「新奇歓迎」因子です。
工業化社会では定型業務が多かったですけれども、いまは個性や独自の視点を生かした仕事が求められています。それを生み出すのがこの因子で、メンバーが所属するチームの中で、強みや個性を発揮しても大丈夫だと思っているか。常識にとらわれず、さまざまな視点を持ち込んでもいいと思っているかといったことのバロメーターとなります。個々のメンバーの才能を掛け合わせ、多様性を成果へと結びつける役割を、この因子が果たすわけです。
これら4つの因子は、チームによって強弱がばらばらであるのが通例です。例えば、「話しやすさ」と「助け合い」の因子は高いけれども、「挑戦」が低いといった具合ですね。一方で、同じ部署でも隣のチームはたくさん挑戦はするけれども、助け合いの場面はあまり見られないなど、組織の中でもチームによって差異があるものです。リーダーは自分のチームの現状や傾向をよく観察・把握して、足りない因子を補っていくことが望まれます。
メンバー一人ひとりが心理的安全性づくりへ取り組む
組織全体の心理的安全性を包括的に育みたいと考える経営幹部の方もいると思いますが、これは一足飛びにできるものではありません。まずは組織を構成するチームやグループで心理的安全性を高めることが重要です。メンバー一人ひとりが心理的安全性づくりへ取り組む。その結果として組織の変化があると考えてください。それは、経営トップ層であってもそうです。
例えば、経営会議という1つのチームにおいて、参加者の心理的安全性が確保できているかどうか。経営トップがいるような場では、思い切った発言はなかなかできないものです。せっかく各分野のプロフェッショナルが集っているのに、それぞれの視点が生かされないのはもったいない話ですが、それこそまさに心理的安全性が低いということに他なりません。
経営会議がそういう場だと、参加する事業部長クラスのマネジャーも、部下である部課長クラスへの心理的安全に配慮しない傾向が生じてしまうでしょう。さらに部課長は自分が束ねるチームでも同じように振る舞うということで、心理的安全性の低い構造が拡大再生産される状況が多くの企業で見られます。
ですので、組織全体に心理的安全性を広めるには、まず経営会議というチームから変わっていくことが肝心です。経営会議の雰囲気が変わることで、心理的に安全な状況はいいものだ、お互いの意見の言いやすさを担保することで建設的な空気が生まれるんだという実感が得られると、そういうマネジメントを自分のチームでもやってみようと思えます。結果として心理的安全性が全社的に拡大するというわけです。
大企業では、まず経営チームの心理的安全性を担保する
実際、我々が数万人規模の大企業を心理的安全な組織に変えるプロジェクトに取り組む際も、まずは取締役会のみなさんに研修をすることから始めます。
経営トップにお願いするのは、経営チームの心理的安全性を担保すること、心理的に安全で社員が学習するチームを作るというメッセージを全社的に発信してもらうことくらいです。
取締役の方の中から「確かに心理的安全性は大事だ」という声が出てきたら、その方々にさらにノウハウや理論をお伝えしていくなどして、徐々に組織全体に波及させていくという形が多いです。
チームの数が多いほど時間がかかりますけれども、「あのチームは最近雰囲気が良くなって業績も上がり始めた」「あっちのチームは会話が増えて、社内で表彰される企画まで飛び出した」といった具合に芽が出始めると、徐々に他の管理職の方々も積極的に取り入れるようになっていきます。
仕事の基準を高く設ければダラダラしたチームにはなりません。「心理的安全性って意外と悪くないのかも……」「ちょっと試してみるかな」という人が増えていくことが、巨大組織を変えることにつながるということです。
(イメージ写真:Headway on Unsplash)
石井氏の著書『心理的安全性のつくりかた』(日本能率協会マネジメントセンター)。心理的安全性が重要である理由、変革のプロセス、職場への導入のアイデアなど、理論から実践まで情報を網羅した一冊。
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(2021.3.31 オンラインにて取材)
text: Yoshie Kaneko
石井遼介(いしい・りょうすけ)
神戸市出身。東京大学工学部卒。シンガポール国立大経営学修士(MBA)。組織・チーム・個人のパフォーマンスを研究し、アカデミアの知見とビジネス現場の橋渡しを行う。心理的安全性の計測尺度・組織診断サーベイを開発すると共に、ビジネス領域、スポーツ領域で成果の出るチーム構築を推進。2017年より日本オリンピック委員会より委嘱され、オリンピック医・科学スタッフも務める。著書に『心理的安全性のつくりかた』(日本能率協会マネジメントセンター)、『悩みにふりまわされてしんどいあなたへ』(共著、セブン&アイ出版)がある。(写真提供:石井氏)