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フレキシブルなワーカーが
自ら考えたビジョン「Living Arup」

[Arup]Melbourne, Australia

ロンドン発のエンジニアリング、プランニング、デザイン会社アラップが、新しい働き方を提示している。3つのフロアを2つのメザニンでつなぐ構造もユニークだが、よりユニークなのは、独自のカルチャーだ。「(株式の)所有構造ですね。会社は従業員によって所有されているのです」とアラップのワークプレイス・リーダー、キャメロン・マッキントッシュ氏は言う。従業員が所有する組織として、アラップは外部の株主の意向に左右されず、実施するプロジェクトを自由に選択することができるのだ。また、エンジニアの会社としては珍しくABWを実践しているのも自らの発案だ。アラップは建築設計事務所ハッセルとともに2015年、オーストラリア地域のオフィス向けに、会社のフィロソフィーを踏まえた働き方のガイドラインを開発した。それをどう導入するかは各拠点に委ねられている。ここメルボルンでは「Living Arup」というビジョンを掲げ、サステナビリティ、ウェルネス、コネクティビティ、フレキシビリティを重視すると決めた。

彼らの新オフィスはその「Living Arup」の表現といえる。そして、それはまた彼らの横断的でフレキシブルなカルチャーをサポートする役割も果たすものだ。マネージャーはすべてのミーティングに参加し、プロジェクトでのすべての決定は彼らの議論を経て下された。「例えば500個のロッカーを『ロッカーの森』みたいに1つの場所に置くことについて、最初は緊張しましたが結果的にはうまくいきました」とマッキントッシュ氏は言う。

建物外観。立地はオフィスビル、レジデンス、商業施設などからなるメルボルンの再開発エリア「メルボルン・クォーター」。その中のOne Melbourne Quarterに入居する。

  • 3層のフロアと、それを緩やかにつなげる複数のメザニン(中間フロア)。仕切りにガラスではなく金網を用いることで視認性の向上とメンテナンスフリーを実現している。

  • エントランスの横にあるワークラウンジ兼カフェスペース。社会的企業STREATに委託運営されており、恵まれない環境にいる若者をトレーニングし、社会復帰を促す場でもある。

  • オフィスの目前、地上11mにはスカイガーデン(空中庭園)が広がっており、昼時はワーカーたちの憩いの場になる。一帯の開発が完成すると規模がさらに拡大される予定だ。

  • 最上階のオフィススペース。ABWを運用しつつ部署ごとに大まかなゾーンが割り当てられている。4カ月に一度、ゾーンの入れ替えを行いコミュニケーションの固定化を防ぐ。

  • 「ガーデン・ラウンジ」では自然光や風を感じながら打ち合わせが行える。600を超える植栽がオフィス内に置かれ、視覚的にも、新鮮な酸素供給の面でも健康を支える。大気汚染物質の屋内空気質も常にモニタリング。

  • スタッフがすぐに対応してくれる、ホスピタリティあふれるレセプション。奥に見えるのがカフェ兼ワークラウンジのSTREAT。

テクノロジーはツールであり、
結果ではない

3つのフロアを独立させるのではなく、複数のメザニンを挟んだのは「3次元の体積」としてオフィスを捉えるため。2,000㎡の広さがあっても各フロアが視覚的につながっている。「個人的には2FからGF(地上階)までコーヒーを取りにいくのは面倒ですが、ビジネスや健康から考えたらいいことだと思います」(同氏)。執務エリアはゾーン別のグループアドレスとしているが、4カ月に一度移動する。ワーカーはラップトップを抱えてオフィス内を自由に移動できるが、ランチはキッチンで。「ここは私たちの『ホーム』。電子レンジ、ストーブ、冷蔵庫があり、みんなで一緒に話をしながらランチを食べています。自分のデスクで食事をしてはいけないというルールはないですが、できるだけみんなと食べるように勧めています。また、上階のカフェでは外部イベントが開かれることがあり、そうした場合にもこのキッチンがみんなの居場所になります」(同氏)

サステナビリティのために掃除には化学薬品を使わず、電解水を使う。自転車で通勤するワーカー向けにはシャワー付きでユニセックスの更衣室をつくった。いつでも運動できるようにとヨガやピラティスなど体を動かせるスペースもある。

テクノロジーについてはどうだろう。「テクノロジーはツールであり、結果ではありません。レセプションも実際に人間が受付をしていて、大きいモニターなどがあるわけではありませんし、実際に人間味があってほしいと思っています。例えば、ビルの入退室からロッカーの施錠までを1つのカードで可能にすることで、よりシームレスなエクスペリエンスを実現させることができる。ロッカーを電子ロックにすることで、今後11年間はキーの管理をせずに済みます。データも見えるので、もし誰かが6カ月ロッカーを使っていなかったらまだ必要か確認できますし、来客に1週間貸すこともできる。テクノロジーを通してオペレーションを改善することができるのです」(同氏)

以上すべてが従業員の働き方を考慮に入れて決められた。「かかったのは大きな金額ではないですが、みんなに大きな影響を与えています」とマッキントッシュ氏は胸を張る。おかげで評判は上々。移転3カ月後の調査では、ワーカーの98%が「満足」と答えたという。移転当時453人だったワーカーが1年で520人まで増えたという事実も、新オフィスの成功を証明するに十分だ。

数々のデザイン賞に加え、アラップのメルボルン・オフィスはグリーンスターの6つ星を獲得している。さらに、WELL認証の新たな評価基準であるWELL v2のプラチナ認証を受けたオフィスの1つに輝いた。これはオーストラリアのみならず、世界で初めての快挙である。

アラップ
ワークプレイス・リーダー
キャメロン・マッキントッシュ

  • キッチンスペース。食事は各自の持ち寄りだが、フルーツやサラダはここで提供される。「今後は朝食の提供や料理教室なども検討しています」(マッキントッシュ氏)

  • 500人分のロッカーを1カ所に集約。サポートセンターも併設されており、ワーカーはロッカーから私物を出し入れしにいくついでに、相談ごとを済ませてくる。
    写真提供:Arup

  • 自転車通勤するワーカーが多いため、更衣室、シャワー、80台以上の自転車置き場などを備えたスペースを用意。オーストラリアではこうした設備は「エンド・オブ・トリップ・ファシリティ」と呼ばれている。

  • 自社オフィス内の実験設備の充実も、新オフィスの大きな目的の1つだ。ここはさまざまな照明器具の状態をテストするライトラボ。

  • 物件の建設前に空間の音響をテストするためのサウンドラボ。デザイン計画をまとめる前に効果を体験することができる。

  • 学生生活に関する各種サービスをワンストップで提供する「RMITコネクト」。都市型キャンパスで通学時間もかかる忙しい学生のためにクイックかつ的確にサポートするための仕組みが充実している。

  • 最上階からGF(地上階)のキッチンスペースを望む。自然光の取り込みはもちろん、オフィス内の照明はサーカディアンリズム(概日リズム)を再現したシステムを導入し、ウェルネス向上を狙っている。

  • すべてのフロア、チームが視覚的につながり、より良いコミュニケーションに寄与している。「電話やメールを使うことなく、スタッフは簡単に顔を合わせることができます」(マッキントッシュ氏)

text: Yusuke Higashi
photo: Hirotaka Hashimoto

WORKSIGHT 16(2020.7)より

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