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自然なテクノロジーでワーカーを支える
世界最高のスマートビル

[Woodside]Perth, Australia

世界最高レベルと呼ばれるスマートビルがオーストラリア西部の観光都市パースにある。エネルギー大手ウッドサイドの本社ビルだ。先住民の遺産に敬意を表し、かつての指導者の名前から「Mia Yellagonga(ミア・ヤラゴンガ)」、つまり「ヤラゴンガの場所」と名付けた。石油・ガスの埋蔵場所を探し当てるのがウッドサイドの事業だ。テクノロジーの活用で競合に差をつけていたが、彼らは、ワークプレイスにもテクノロジーを導入しようと考えた。それはスピーディに効率よく決断を下し、会社に未来をもたらすためである。

「まず必要だったのは世界最高のベンチマークです」と語るのはワークプレイスの設計を手がけたユニスペースのグローバル・デザイン・ディレクター、サイモン・ポール氏。世界30カ所以上の最新ビルを訪問し、アメニティ、サステナビリティ、ウェルビーイング、ワークスペース、コネクティビティ、そしてテクノロジーとイノベーションを1つのキャンパスに取り入れる方法を模索した。「彼らは、このプロジェクトがこの先の15年を見据えたものであることを望みました」。ビルのリースは15年契約。ならばオフィスのコンセプトも15年の間もちこたえるものにしなければならない。すると「Mia Yellagonga」は15年先の未来のオフィス、ということになる。

特筆すべきは、ビル全体を統一的に管理する「テクノロジー・エコシステム」だ。これには同社のビジネスそのものが関わる。「Mia Yellagonga」のプロジェクトが始まる3年前のこと。ウッドサイドは世界各地の精製プラントとそこを行き来する船や輸送列車からなるプラットフォームをスマートに遠隔操業するために、AIを取り入れた。全情報をIBMの「ワトソン」に放り込み、最適解を導こうとしたのだ。続けて音声インターフェイス「ウィロー」を開発。アマゾンのアレクサなどのように、話しかければ答えてくれるコグニティブ・アシスタントだ。「石油やガスのこと、ビジネスのやり方などを学習させなければなりませんから」

このシステムを基盤に、シーメンスのミドルウェアなど各種のビルマネジメントシステムをつなぎ、統合したものが彼らの言うテクノロジー・エコシステム。ビルマネジメントにおいてもワトソンが最適な答えを導くのである。「Mia Yellagonga」が世界最高レベルのスマートビルたるゆえんだ。

「Mia Yellagonga」はビルディングAからDまで4つの構造からなる。全32フロア、最大5,000人が働けるスペースに現在は約3,200人が働く。敷地内にはイノベーションセンター、リテールマーケット、アトリウム、チャイルドケアセンター、ウェルネスセンターなどが含まれる。

  • ビルディングAにある19のフロアをつなぐ階段。フロアごとに分断されがちなワーカーの行き来を促し、偶然の出会い(bump)をつくり出す「バンプファクター」。単調にならないよう、複雑に構成されている。

  • 「ファミリーゾーン」。ワーカーの家族ならいつでも利用可能。学校帰りの子どもが立ち寄り、宿題を済ませる。12歳以下の子どもだけで留守番させてはいけない法律があるこの国では重要な機能だ。健康的な食事を提供するレストランも完備。

  • エグゼクティブ用のフロア。以前は閉鎖的なオフィスで働いていた彼らだが、「情報をすばやく共有したい」との希望により個室を廃止し、オープンな仕様に刷新された。

  • 「アドバンスド・オペレーション」。外部のパートナーが出入りできるスペース。AI、VRを活用してリアルタイムで3D設計を共有し、全員でスタディすることも可能だ。

  • クライアントをもてなすVIPルーム。フルコースを提供できるレストランも入っている。

  • テクノロジー・ハブ。ラップトップとスマートフォンで動き回るワーカーのために、ワンストップでIT機器の修理・交換などに応じてくれる。

  • 低層階にある、ワーカーやその家族が利用できる「24/7 Cafe」。24時間365日アクセスでき、リラックスした作業環境を提供する。

  • 「ラーニング・アンド・ウェルネス」フロア。研修用の部屋やライブラリー、仮眠スペースなどがある。「Wi-Fi not」スポットでもあり、テクノロジーから離れ心を休ませるデジタルデトックスの場所。

ライトスペース(正しい場所)という
新しいワークプレイス・フィロソフィー

例を挙げよう。テレビ/Web会議のシステムにはシスコの「スパーク」が導入されている。人数計測システムによりビル内のどこに何人いるのか察知可能だ。例えば12人用の会議室を5人で使用しているデータをワトソンに渡すとどうなるか。次回以降は別の会議室を使うよう指示を下し、大きな会議室は別のチームへ回すのだ。

もっとも「Mia Yellagonga」はテクノロジーをこれ見よがしにアピールするビルではない。むしろテクノロジーは自然で「見えないもの」であるよう配慮されている。入退館は非接触の生体認証(顔、指紋、静脈)を採用し、立ち止まることなくスムーズに通れる。センサーと専用アプリを通じてワーカー同士のリアルタイムの位置を把握することも可能だ。「テクノロジーはあくまで意思決定を手助けするものであり、目に入ってほしくないのです。ビルの中にはフレンドリーな雰囲気をつくりたい。そのためにウェルビーイングと仕事と生活のシナジーに力を入れました」とポール氏。

例えば、19フロアを階段でつなげ、各階を行き来するワーカー同士の偶然の出会いを生み出す「バンプファクター」。社員がオフィス内で自由に働く場所を選択できるよう、ワークスペースは可能な限りフレキシブルに。ユニスペースはワークスペースを4つのモードで捉えている。1人で作業に集中するフォーカスワーク・モード、他社とのコラボレーションワーク・モード、学習に重きを置いたラーニング・モード、同僚と交流するソーシャライジング・モード。それを1つのワークスペースでまかなえるものではない。彼らはABWやオープンスペースではなく「ライトスペース(正しい場所)」というワークプレイス・フィロソフィーを掲げ、60以上の多様なワークセッティングを用意している。さらにインテリアには先住民の文化である6つの季節に応じたカラー、マテリアルの変化もつけている。ただでさえ、ウッドサイドで活躍するワーカーは多種多様。旧世代のエンジニアもいれば、大学を卒業したばかりの若いデータ・サイエンティストもいる。「だから異なる世代の人々が働くことができ、かつ将来を見据えたワークスペースをつくらなければならないのです」(ポール氏)

  • ビルディングAは10Fから27Fまでが標準仕様になっており、4つのスペースに分かれている。階段に接続されたフロア中央の「ローム」はインフォーマルなコラボレーションワークの場所。「リザーブ」はプロジェクトルーム。「マージ」は可変性のあるコラボレーションブース。「フィールド(写真)」は集中業務を行うための場所。

  • ビルディングBにはスポーツジムや研修施設など、ワーカーの学びや健康を支える施設がまとめられている。ビルディングCは大学など外部とのコラボレーションのための施設で、ビルディングDはNASA、MITとともに設計したロボティックスのラボを備えたビルだ。

  • 「Mia Yellagonga」への入居から9カ月後にワーカーへ行ったPOE(入居前/入居後施設調査)の結果。コミュニケーション、コラボレーション、モチベーション、生産性※など多くの項目で数値が向上している。
    ※作業工程工学の測定結果をもとに、時間の半減を実現した

text: Yusuke Higashi
photo: Woodside

WORKSIGHT 16(2020.7)より

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