Workplace
Jun. 17, 2013
製品のベースにある思想を自分たちの働き方に反映する
あらゆる情報をクリップできるクラウドサービス企業
[Evernote]Redwood City California , USA
- 組織の規模拡大に則したコラボレーティブな環境の再構築
- 異なる部署間の交流がオープンにできる空間・制度を設計
- コア・バリューを強固に共有し、フレキシビリティと生産性を両立
テキストや画像など様々なデータをクラウド上に直感的にクリップし、手元のデバイスからいつでも管理・編集ができる「Evernote」。2008年のサービス開始以来、わずか4年で会員数3400万人を超える世界的なインターネットインフラに成長している。
Evernoteが広く支持を得た理由は、日進月歩で変化するネットの技術トレンドにいち早く対応し、情報整理のツールとして使い勝手を洗練させている点にある。しかし、それは単に多機能化・ハイスペック化という道を進んだのではない。独自の世界観にもとづきアップデートを繰り返してきた結果だ。
会社と製品は同じもの すべてはつながっている
CEOのフィル・リービン氏は「オープンでコラボレーティブであること。エバーノート製品がそうした魅力を持つのは、私たち自身がそうした生き方・働き方を追求しているからだ」と語る。違う会社がエバーノートと同じ製品を作ることはできない。会社と製品は同じもので、すべてがつながっていると考えている。
競争の激しいクラウドサービスの中で、唯一無二の製品を育てあげるのは容易ではない。小手先のマーケティングに頼っていれば、短期的な支持は得られるかもしれないが、Evernoteほどの熱い支持は得られない。ユーザーの期待を裏切らない成長をしてこられた背景には、根底に流れる価値観に社員が普段から馴染んでいる働き方がある。
とはいえ、当初は試行錯誤もあった。最初のオフィスはパーティションで細かく区切られていた。社員はそれぞれが隔離されていた印象を持ったため、不評だった。そこで次のオフィスはオープンスペースにして、周りを見渡せば誰とでも話ができるようにした。コミュニケーションがとりやすく、コラボレーションも生まれる空間で、とても評判がよかった。だが、会社の成長が早すぎて、じきにスペースは足りなくなってしまう。
レッドウッドシティは、オラクルやエレクトロニック・アーツといった有名企業も本社を置く都市。新オフィスは、もともとは銀行が入っていた5階建てのビルを改装したもので、2階、3階には現在は別の会社のオフィスが入っている。大きな特徴であるオープンスペースは、マウンテンビューにオフィスがあった時代から継続して採用している。1〜2階は吹き抜けになっており、ロビーは光が溢れる空間になっている。
創業:2007年
従業員数:230人
利用者数:約3400万人
拠点:アメリカ合衆国、日本
フィル・リービン
Phil Libin
CEO
ソフトウェア開発のATG社のプログラマーを経て、eコマースソフト開発のEngine5社を設立、CEOに。同社を売却後、CoreStreet社を設立。2007年、エバーノートを創業した研究者に出会い参画、CEOに就任。現在に至る。
フロアをつなぐ階段を
社員を結ぶ社交スペースに活用
2012年7月に移転したばかりのレッドウッドシティの新社屋は、エバーノートにとって3つめのオフィスとなる。ビルの1階、4階、5階の3フロアを借り、1階はジムやカフェテリア、大きなミーティングスペースなどを配置した共有スペース、4階と5階は社員が働くオープンスペースにした。現在の社員数は200人だが、500人まで増やせるキャパシティがある。
普通に考えれば、オープンであること、コラボレーティブであることは、組織の規模が大きくなるほど維持がむずかしくなる。とくに今回のオフィスのようにワークスペースが4階と5階に分かれるときはなおさらだ。社員の結びつきがバラバラになってしまう恐れがある。
しかし、「個々のチームを小さく保ち、ワークスペースで座る席も、一つの島に同じ部署から4人以上が固まらないこと、異なる部署のミーティングに積極的に参加すること、などをルール化。4階と5階の間の階段はむしろオープンな社交の場としてコミュニケーションの要にする」(リービン氏)。
生身のコミュニケーションをより活性化する工夫
こうした取り組みは、すべての社員が他の部署のことを少しでも知るためのものだ。たとえば、エンジニアがカスタマーサポートの部署で起きていることを理解していれば、開発のヒントになる。社員全員が集まるオールハンズミーティングも毎週開かれ、新しく入社した社員の挨拶、新製品・アップデート情報の共有、優れた成果を上げたチームの表彰などを行う。ユーザーからのフィードバックや寄せられたリクエストなどを共有し、世界中の反応も社員全員で確認している。
Evernoteはもちろん、Skypeなどを使ってネットベースのコミュニケーションも駆使しているが、実際に同じ場所に集まって顔を見合わせながら話をする機会は欠かさない。
創業当時からの社員は「会社が小さい頃と働き方は何も変わっていない」という。自席まわりでのコミュニケーションに加え、大きなミーティングスペースができたり、いろいろな料理を食べられるカフェテリアができたり、身体を動かせるジムがあったり、あらゆる場所でコラボレーションがより円滑に行えるようになった。会社はオープンでコラボレーティブというコア・バリューを失わないだけでなく、より強固にしていく努力を重ねている。
ミーティング・ルーム。壁一面がホワイトボードになっており、自由にメモが書ける。この壁を使いながらディスカッションが行われることが多い。
Evernoteと言えば、印象的な象のロゴ。アイデアウォールなどにも社員が書いた象のイラストが見られる(ただし「Unofficial」との添え書きも)。由来は「Elepants never forgets.」というアメリカの諺。アメリカでは、象は記憶力が良く“絶対に忘れない”動物とされているからだ。
階段スペースは、全社会議やテキサス州オースティンの支社とのテレビ会議、イベントなどにも使われる。
※画像をタップすると360°スライド表示が見られます
タスクの達成以外はすべて自由
だからこそ熱意を仕事に持ち込める
社員たちは自分の与えられた業務分担において、上からの指示ではなく、自主的に判断したやり方で仕事を進めることを推奨されている。タスクベースで仕事を任され、そのプロセスにも裁量を与えられているため、勤務する場所も時間も自由だ。それでも個人主義に陥らず、チームとしての情報共有や、新しいアイデアが各社員から自発的にあがってくるのは、すべての社員が仕事はもちろん、プライベートにおいてもEvernoteを愛用しているからだ。「私たちは当初から変わらずに自分たちが使いたいものを作っている」と社員が自負するように、生活者・ワーカーである自分自身が豊かになるように、Evernoteを使う。そして、気になったことはEvernoteに保存し、共有する。
CEOのリービン氏も「社員がずっと使っていられる、楽しい、便利なものを作ろう」と社員に日頃から声をかけている。そのため、社員同士でその良さを話し合ったり、改善した方がいいという議論が社内のそこかしこで行われる。社員同士の関係性は極めてフラットに保たれ、CEOに話をしたければ歩いているところをつかまえて相談できるし、必要があれば誰にでも協力を求められる。ここでは、いちいちミーティングをセッティングしなくてもいいのだ。
このようにEvernoteという製品は、社員たちの自律的な「もっと良くしたい」という気持ちに支えられて大きく育っている。社員はEvernoteのファンであり、最大の利用者。会社組織はそうした社員の気持ちを共有・コラボレーションするためのコミュニティになるように設計されている。
「私たちは何か、とても重要なものを作っている。この製品が世界を良くしていて、人々の役に立っている」─迷いなくそう実感できる環境にいるから、社員は本気になれる。
WORKSIGHT 03(2012.11)より
会社の顔となるエントランスでは、ロビー、コーヒーショップなどが設置されている。
「ウォーキングデスク」と呼ばれるエリア。文字通り、“歩きながら”仕事をすることができる場所で、ウォーキングマシンにデスクが備え付けられている。社員からはとても人気のあるエリアで、午後はたいてい満員だ。