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「理解する」「巻き込む」「視覚化する」
参加型デザインを進める3つのプロセス

参加型デザインを組織に根付かせるには

[安岡美佳]コペンハーゲンIT大学 IxD研究グループ研究員

前回の記事で参加型デザインの潮流についてお話しましたが、そこに魅力を感じて、「うちでも導入してみよう」と決めたとしても、「ただみんなでディスカッションする」だけではうまくいきません。当然、そこには一定のプロセスが不可欠です。

具体的には、次の3つを繰り返す流れが必要です。まず、現場や人を「理解する」、次に、ディスカッション等で利害関係者を「巻き込む」、そして、得られたアイデアを「視覚化する」。現実のプロジェクトにおいては、通常、デッドラインまでにこのプロセスを2、3回繰り返すことになると思います。

まず、「理解する」手法ですが、これには例えば、統計分析やインタビュー、質問紙調査などがあります。なかでも、汲み取るべきニーズを持った対象の集団に入り込み、観察する「エスノグラフィー*」という手法は重要。その特徴は、インタビューと比較すると特徴がわかりやすいです。インタビューの場合、質問者が質問したこと、あるいは対象者が普段から意識していることしか答えとして引き出せないという限界があります。しかし、エスノグラフィーは、観察者が意図しなかった切り口、あるいは対象者が無意識下で感じていたり、行っていたりする事柄についてもデータがとれるのです。

議論を活発化する「デザイン・ゲーム」

その次の「巻き込む」プロセスについても、いくつかの手法があります。私が研究しているのは「デザイン・ゲーム」という手法です。これは参加者の議論のサポートのための手法です。

エスノグラフィーによって素材を集め、利害関係者を集めたうえで「さあ話し合いましょう」と言っても、普通、ディスカッションは簡単には盛り上がりません。バックグラウンドが違えば、普段使っている言葉も違いますから、話が噛み合わなくて当然です。

そこでデザイン・ゲームの出番となるわけですが、これはいわば、オリジナルにルールを決めて遊ぶボード・ゲームのようなものです。集めた素材を加工し、カードや動画などの「道具」を作り、その道具を用いて、3〜4人が協力しながらさまざまなゲームをプレイするのです。

わかりやすい例でいえば、「ペルソナ」ゲームがあります。製品を開発するときによく「ユーザーのことを考えろ」といいますね。でも、チームのメンバー全員が同じユーザー像をイメージするとは限りません。「東京にいる若い女の子」といっても、渋谷の女の子と池袋の女の子では、意識や志向はだいぶ違います。

ここでいうペルソナとは、ターゲットになるユーザーグループを反映させた、具体的な1つの人格です。例えば、名前はミナコちゃん、渋谷に住んでいて、お父さんはIBMで働いていて、お母さんは専業主婦……。ペルソナゲームでは、こうした詳細な人物像をゲーム形式を通して、みんなで作っていきます。こうして、参加者全員が同じユーザー像を共有できるようになっていくわけです。

もちろん、こうした手間を省いて、誰か一人が「我々のユーザーは、こんなペルソナの持ち主ですよ」と一方的に描写することもできます。しかし、納得度でいえば、参加者が自分たちで画像などを見ながら「ユーザーはこんなタイプじゃないか」などとと話しあいながら作り上げたほうが、はるかに高い。参加者同士、議論の目的も深くシェアできるんです。

最後の段段階となる「視覚化」は、こうして得られた情報を素にソリューションの方向性を視覚化することです。とはいえ、細かく作り込んだアウトプットを意味しているわけではありません。むしろ、モックアップまで作ることはまれ。参加型デザインというプロセス自体が、製品デザインの初期段階に組み込まれることがほとんどですから。議論を円滑に進めるために、目で見える素材、手で触れられる素材をつくる、というのがこの「視覚化」の第一の目的です。

参加型デザインに不可欠なリーダーの機能

ただし、こうしたプロセスを用いればどんな組織でも参加型デザインを実践できる、というのも違うんです。そこにはキーとなる人が必要です。

例えば、参加者のいろんな意見をとりまとめようとすると、初めは尖っていたアイデアが丸くなり、イノベーティブなものが生まれないといったジレンマがよく起こります。これをうまく回避するのは、キーとなる人の手腕にかかっています。参加型デザインの成功事例をみると、参加者全員が積極的に意見を言い合い、納得いくまで話し合った後、最後に「これ」と決めるリーダーがいる。その彼の判断次第で、採用するアイデアの質が決まるわけです。

また、みんなの意見を取り入れるといっても、最終的なアイデアにその意見すべてが反映されるとは限りません。なかには、自分の意見はまったく受け入れられなかった、という人も出てくる。それでも「これだけ議論したのだし、納得でしている」とその人も思えるところにディスカッションを落とし込めるかどうか。その意味では、参加者には、意見の合意よりも、参加型デザインというプロセスに合意してもらうことが大切になるんです。そうした議論の流れに持っていくのもキーマンの役割といえます。

*エスノグラフィー
(ethnography)

本来は、文化人類学・社会学の分野において、集団や社会の行動様式をフィールドワークで調査・記録する手法のこと。近年、マーケティングの分野でもターゲット層の調査や商品開発に有効な手法として注目されている。ビジネス・エスノグラフィーとも。

デザイン・ゲームでは、複数の参加者がルールを決めて、ゲーム形式でデザイン活動を行い、商品、空間、サービスのデザインにおける問題解決を図る。例えば、建物内の機械類のレイアウトを考え直すための「レイアウト・ゲーム」では、建物の間取りを表すボードに、機械を模したカードやレゴブロックのようなアイテムを配置しながら、意見を出し合う。

「ユーザー・ゲーム」では、ユーザーの様子を撮影した写真やビデオクリップを用いて、ユーザー像(ペルソナ)の生活を物語として語り合い、理解を深める。「シナリオ・ゲーム」では、ユーザーがサービスや商品を利用した未来の姿を予想し合うことで、利用者の立場・気持ちを疑似体験し、実感を伴った課題の抽出が可能となる。そのほか、ペルソナの周辺環境や活動環境に関する物語を作成する「ランドスケープ・ゲーム」、ペルソナが利用する技術や特性を理解する「技術ゲーム」などの手法もある。
(以上、「新規サービス創出のための参加型デザイン—日本とデンマークにおけるデザインワークショップ実戦事例—」中谷桃子ほか より抜粋。写真はいずれも、NTTサービスエボリューション研究所との共同研究として安岡氏がデンマークで実施したデザイン・ゲームの風景)

組織に参加型デザインを
根付かせるためのステップ

参加型デザインを組織に根付かせるには、まず「小さく始める」ことがよいでしょう。小さく始めて、小さな成果を蓄積させていく。いきなり「今日から参加型デザインを実施します」といって人を集め、議論をしようとしても、まずうまくいきません。時間のかかるプロセスですし、費用対効果を尋ねられても明示できない。そうなるとマネジャー層は「そんなことやって何になるんだ」と消極的な態度をとりがちです。

そこで、「やりたい」と言っている人が主導し、少しでも関心を持つ人たちを集めて、小さなプロジェクトを始めてみるんです。1つでも成功事例ができると、組織の中に「こういうプロセスもあっていいんだ」という意識が浸透していきます。実際に参加した人も増えるにつれ、「もっと大きなプロジェクトでも試してみよう」と盛り上がってくる。

前回の記事で触れたデンマーク政府のポータルサイトも、プロジェクトリーダーは35歳ぐらいの若手なんです。参加型デザインを専門的に学んだ経歴があり、自分から手を挙げて企画をリードしました。逆にいえば、トップダウンで参加型デザインが導入されるというのは考えにくい。仮に導入したとしても、うまくいかないでしょう。参加型デザインは、当事者を巻き込んでこそ意味がある人中心のプロセスですから。そこには現場の熱意なり必然性なりがないと機能しません。つまり、参加型デザインを導入したいなら、当事者が当たり前に参加型デザインに関わる文化の育成こそが、企業の目指すところといえるでしょう。

プロセスを率いる「デザイナー」に必要な資質

先にも触れた、参加型デザイン全体を率いるキーマン、つまり「デザイナー」の存在も重要です。人材像を挙げるなら、当事者たちに対して中立の立場で関われる人。あるいは、現場で新たな発見ができるエスノグラファー的な能力を持つ人。そんなデザイナーがさまざまな当事者をまとめて参加型デザインを進めていくのが理想です。

ちなみに北欧では、デザイン・コンサルティングの企業がたくさんあります。彼らを外部コンサルとして雇い、モノ作りのプロセスに組み入れるのが一般的なのです。さらには、ノキアのように社内にデザイナーを抱える企業もあります。この恵まれた環境は、1980年代からデザイナーを育成するプログラムが存在しているからこそ。そこで学んだ人材が多く世に出ているのが、北欧の強みになっています。

日本国内に参加型デザインを率いる人材が増えるのは、まだ先になるでしょう。ただし、東大のi.schoolや京大など、デザイナーの教育プログラムを新設する大学が出てきています。また、参加型デザインに期待する大企業のなかには、自ら社員を教育し、デザインコンサルを担わせる動きも生まれるはずです。

WEB限定コンテンツ
(2013.1.26 渋谷ヒカリエ8F Creative Lounge MOVにて取材)

日本における参加型デザインを率いる人材開発の先行例としては、東京大学大学院工学系研究科における「東京大学 i.school」と銘打った教育プログラムが挙げられる。横断的・統合的視野を持ち、人間中心のイノベーションを達成できる人間の育成を目的とし、サステナビリティ、社会インフラ、ゲーム、店舗、家電など各種テーマで多様な専門家を招いた参加型イノベーションのワークショップが盛んに行われている。
http://ischool.t.u-tokyo.ac.jp/

安岡美佳(やすおか・みか)

コペンハーゲンIT大学 インタラクションデザイン(IxD)研究グループ研究員、国際大学グローバルコミュニケーションセンター客員研究員、JETROコンサルタント。慶應大学で図書館情報学学士を取得後、京都大学大学院情報学研究科にて社会情報学を専攻し修士号を取得。東京大学工学系研究科先端学際工学博士課程を経て、コペンハーゲンIT大学より博士号を取得。京都大学大学院情報学研究科Global COE研究員などを経て現職。

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