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衛生要因を超えた成果を出すには“深い思想”が必要になる

思想がはっきりすれば、戦略も明確になる

[柳澤大輔]面白法人カヤック 代表取締役

ハーズバーグの説でいうと、「働く環境」というのは衛生要因なんです。つまり、「働く環境」を改善しても、社員の不満解消には役立ちますが、満足感やモチベーションを上げることにはつながりにくい。いくらカッコいいオフィスをつくったところで、衛生要因としての効果以上はあまり期待できないということです。

ただ、ライバル企業がオフィスをカッコよくしたら、人材採用で勝てなくなるおそれがあるので、こちらもカッコよくせざるをえない。そういう意味では、「働く環境」がよくないことは、それだけでも十分にヤバイことではあります。でも、それでは「最低限他社に負けないオフィスにしよう」というくらいになってしまう。「いや、そうじゃなくて、本業のモチベーションにも影響を与えるようなオフィスをつくりたい」というのであれば、やはりもうちょっと深い思想がないとダメだと思うんです。そのためには、業種や闘い方に合った空間をつくることが大事になってきます。

「働く環境」を考えるということは、いい椅子を買えば、みんながやる気が出て仕事の効率が上がる、といった表面的な話ではありません。「うちはこういう思想だから、こういうオフィスをつくるんだ」という根っこの部分を考えることが重要なんです。それを考えていくことで、会社の戦略的な部分もはっきり見えてきます。

鎌倉の中でどんどん「回遊」していきたい

「働く環境」によって社員のモチベーションを上げるためには、引越しも効果的だと思います。正直新しいところに移るとやる気が出る。そうはいっても現状では頻繁に引越すと費用がかかるし、登記変更などの手続きも面倒です。頻繁に引越す効果とコストのバランスを考えないといけません。世の中がもっと、会社が移動しやすいシステムになっていればいいんですけどね。会社が大きくなったらオフィスを変えていきたいのは当たり前なので、敷金や礼金がかからずに気軽にどんどん変えていけるようにするべきです。そのほうが経済は活性化するし、日本全体がよくなると思います。

オフィスのマッチングをしてくれるインターネット上のマーケットプレイスのようなものがあればいいですよね。多くの会社のオフィスがネットワーク化されていて、その中で自由に移っていけるような。たとえば、50人規模だった会社が100人規模になったときに、ちょうど100人規模から150人規模になって引越す会社があれば、そのオフィスに簡単に入れるような仕組みです。同じくらいの規模の会社がオフィスを交換するのでもいい。交換でも十分やる気が出ると思いますよ。そういうシステムが整えば、当社は鎌倉の中でどんどん「回遊」していきたいですね。

席替えやチーム替えでも「環境」は変わる

「働く環境」を変えるという意味で、オフィスの改装や模様替えも価値がないわけではないですが、費用対効果を考えると微妙です。どのくらいオフィスにお金をかけるべきかというのは、それぞれの会社によっても違うと思いますが。

当社の場合、改装などはあまりしませんが、席替えはよくやっています。毎日顔を合わせている人たちをチームとすると、平均3カ月くらいでメンバーが入れ替わっていると思います。席替えは費用をかけずに「働く環境」を変えられるのでお勧めですね。結局、企業は変われることが重要なんです。会社の中で働いている人間も同じ。即席のチームでもすぐに闘えるように、変化に対応できる人材でなければなりません。

衛生要因
アメリカの臨床心理学者、ハーズバーグは、仕事に対する満足をもたらす要因と不満をもたらす要因が異なるという「二要因理論」を提唱。前者を動機づけ要因、後者を衛生要因と呼んだ。動機づけ要因には、仕事の達成感、責任範囲の拡大、やりがいのある仕事などが挙げられ、衛生要因には、会社の方針、管理方法、労働環境などが含まれると説いた。

本社の様子。フロア全体が見渡せるように、仕切り板はすべてガラスでできており、開放感がある。

鎌倉駅前オフィスは2011年に新しく作られた。エントランスには、透明な波板とカラーボールで作られたオブジェがある。横軸の1~12の数字は月次、カラーボールは目標を表している。

駅前オフィス内の柱はすべてホワイトボードか、書棚になっている。また、机や椅子はチーム編成が変わるたびに自由に席替えを行えるよう、すべて可動式になっているのが特徴だ。

カヤックが最高に面白い
オフィスをつくったらどうなるか

以前は僕自身もオフィスのデザインに全面的に参加していました。カヤックの本社も2年に1回くらい引越していましたし、子会社もいくつかありますから、オフィスデザインには計10回以上関わってきたと思います。

鎌倉本社の場合は、当時の会社規模より少し大きくなることをイメージしたときに、自分がオフィスデザインにフルコミットして最高に面白いものを作ったらどうなるかというチャレンジをしてみたんです。その結果、ここまでやったらここまで変わるんだというものがある程度分かったし、なんとなく限界も見えました。限界というのは具体的に言うと予算のことですね。当時売上10億円に満たないときに本社に1億円近くかけたんですよ。リターンを考えると、それはかけすぎだなというのも分かった。オフィスの減価償却は5年以上かかりますが、賞味期限は2年くらい。そのくらいでみんな飽きちゃうし、ユニークなオフィスとして雑誌などで取り上げられる宣伝効果も、できてから2年くらいですから。

現在、新しいオフィスをつくるときは総務が担当しています。僕はほとんどタッチしていません。ただ、どのオフィスにも共通の大きなコンセプトはありますね。チームワークの会社なので、基本的に全体を見渡せること、みんなでワイワイできる設計、席替えが自由にできること、天井が高いこと、そのあたりは共通しています。天井が高いと開放感がありますよね。鎌倉には高い建物があまりないから空が広く感じられて好きなんですが、天井が高いというのは、それに通じるものがあるかもしれません。

次はキャンパス規模のオフィスをデザインしてみたい

今度僕がフルコミットしてオフィスデザインをするとしたら、もっと大きい規模になったときですね。キャンパスのような空間で、そこに託児所や社員食堂やジムなどがあるような。スティーブ・ジョブズはアップルの本社になぜ中庭をつくったのかという話があるじゃないですか。それは、エンジニアとデザイナーが融合したプロダクトを作っている会社だから、中庭で両者が交流できるようにしたかったからだという。こういうのは会社の思想がオフィスデザインに深く影響を及ぼした例だと思いますね。

まあ、狭い空間だったらワンフロアにすればいいという話になってしまうんですけど、キャンパスのような広さになるともう少し空間的にいろいろと考えていかなければならない。そういうことは面白いかなと思っています。当社がそういうフェーズに進んだら、またオフィスデザインにチャレンジしてみたいですね。

場所はもちろん鎌倉です。土地がもう限られていて、ちょうどいい広さの物件がなかなか空かないのですが、やはり鎌倉にこだわってきたし、会社が面白いってどういうことなの? という部分をこの街で突き詰めていきたいです。

WEB限定コンテンツ
(2011.12.15 同社・鎌倉駅前オフィスにて取材)

社員同士のコミュニケーションは活発。エンジニアが多いフロアでは、通常ヘッドフォンをつけて作業する人が目立つが、同社には耳を塞いでいる人はほとんどいなかった。

カヤックの経営理念は「つくる人を増やす」。つくることは「自分と向き合うことであり、同時に人に楽しみや喜びを与え、より多くの人とつながること」だと柳澤氏。同社が目指すのは、社内に留まらず世界中に「つくる人」を増やすために、クリエイター向けの事業も展開している。

柳澤大輔(やなさわ・だいすけ)

面白法人カヤック代表取締役。1974年香港生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業後、ソニー・ミュージックエンタテインメントに入社。1998年、学生時代の友人とともに面白法人カヤックを設立。著書に『面白法人カヤック会社案内』(プレジデント社)、『アイデアは考えるな。』(日経BP社)、『空飛ぶ思考法』(サンマーク出版)など。http://www.kayac.com/

 

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