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あらゆるイノベーションはオープン・イノベーションである

イノベーションの果実を手にする企業のあり方とは

[冨山和彦]株式会社 経営共創基盤 代表取締役CEO

多くの産業が成熟期を迎えている昨今、日本企業はイノベーションの道を模索しています。ところが周知の通り、順調に進んでいるとはいえない。

それは、日本企業の多くがクローズドなシステムを採用しているからです。クローズドなシステム、つまり同じ人員、同じ戦略上でビジネスを進めている限り、連続的な改善・改良はできても、イノベーションは生まれない。そこでは「オープン・イノベーション」がカギになります。

オープン・イノベーションとは、外から異質なものを取り込み、内部資源と組み合わせる試みです。あらゆるイノベーションは不連続なものですから、すなわちオープン・イノベーションである、と言ってもよいでしょう。

「速い馬車」から鉄道は作れない

たとえ話をしましょう。かつて移動手段といえば、馬車だった時代がありました。のちに鉄道や自動車が登場しましたが、馬車をいくら改良しても、速い馬車が生まれるだけで、鉄道にはなりません。実際、蒸気機関車の発明は、馬車とはまったく異なる領域からもたらされたイノベーションでした。繊維産業が動力として蒸気機関を利用しているのを見て、これは移動手段に使えるんじゃないかと、誰かが思いついたわけです。

このイノベーションは、馬車屋からは生まれませんし、生まれようがない。そんなことをしたら、彼ら自身の仕事がなくなってしまいますから。しかし仮に、彼らが「このまま馬車を作り続けても生き残れない」と気づいたらどうするか。外部を取り込むオープン・イノベーションしか手がないという結論に至ります。

一方、新しい産業においては技術革新が続いています。産業発展史には「奇跡の10年」と呼ばれる時期がいくつもありますが、今もそうなんです。インターネットが、モバイルが、世界を大きく変えるただ中にあるわけですから。例えば、スマートフォンがこれほど進化したのは、CDMA*の技術が伝送容量のケタを変えたからこそ。つまりイノベーションの種は、あちこちで生まれているんです。

クローズドな日本企業が限界を超えるには?

しかし、冒頭に述べた通り、日本企業はイノベーションの果実を手にすることができていない。それは日本企業の性質がオープン・イノベーションに向いていないことに起因しています。

これまでの日本企業は、クローズドな同質性の高いシステムの中でノウハウを蓄積することをよしとしてきました。終身雇用で人材の企業間移動がなく、社員同士が阿吽(あうん)の呼吸で仕事をする。効率のよいオペレーションによる大量生産、連続的な改善改良による高品質な製品というビジネスモデルには、こうしたクローズドなシステムが必要かつ有効でした。例えば、自動車産業は、クローズドシステムによる改善改良によってGMに勝ち、世界を席巻したという過去があります。

しかし、こうした同質性の高い組織の中に異質なものが入ってくると、むしろ面倒なことばかり起こるんです。暗黙知でコミュニケーションができなくなりますし、いちいちタスクを定義をし直さなければならないからです。

労力はかかりますが、しかし、クローズドシステムの中にいる限りイノベーションは起きません。それどころか、クローズドシステムの中で懸命に改善改良を進めている間に、業界外で誕生したイノベーションにすべてを奪われてしまう。これが現代の競争なんです。日本の“ガラケー”を追い詰めたのはiPhoneですし、かつてIBMもマイクロソフトに同じようなことをされました。

したがって、このイノベーション競争に勝つには、オープン・イノベーションを模索するしかない。そんなわけで、今や日本の自動車業界も、業界外で生まれた発明をイノベーションの原動力(イノベーション・ドライバー)として活用しています。リチウムイオン電池**はその一例ですね。

*CDMA
(Code Division Multiple Access)

無線通信の技術で、1つの周波数帯で複数の無線通信が可能。セキュリティや安定生に優れ、移動通信では周辺技術との組み合わせにより、周波数の利用効率を高めることに成功している。符号分割多元接続と訳される。

**リチウムイオン電池

ノーベル化学賞受賞者である白川英樹による電気を通すポリアセチレン(伝導性ポリアセチレン)の発見にヒントを得て、旭化成の技術者 吉野彰氏が開発した高容量、小型化を実現したニッケル水素電池に替わるバッテリー。

強烈な「個」を
取り込むために必要なこと

基本的に、成熟した会社はオープン・イノベーションに向いていません。これは日本企業に限らず、世界中のどんな会社もそういうものなんです。ただし、組織の本来的なありようがクローズドである日本企業の場合、かなり意識的にオープン・イノベーションへ振らないといけないのは確か。では、そういった会社がイノベーションの果実を手に入れるには、具体的にどうしたらいいのか。ポイントは2つです。

1つは、イノベーターになり得る「個」を社外から取り込んでくることです。イノベーションの種は若く優秀な個人が生み出しますから、彼らにとって“開かれた”会社でなければなりません。

これは口で言うほど簡単なことではありません。そもそも優秀な若い人は、オペレーショナルな組織で働きたいと思わないものです。共同作業による大量生産、大量流通に付加価値の源泉がある産業ならともかく、特にITではそうです。わざわざ会社に入らなくても、個人が開発からリリースまで安く手がけることができる。

それこそ、企業の何百人が改善改良で生み出した付加価値が1億円、一方で、秋葉原界隈に入り浸る1人の天才のひらめきが10億円、ということもある世界ですから。彼らを取り込もうと思ったら、彼らの付加価値を正当に評価し報いるシステムが、同時に必要になるでしょう。

そういう若者と目線の高さを合わせることも大切です。優秀な「個」は、相手が大企業だろうが政府だろうが、基本的には同じ人間であり、お互いは対等だと考えています。仮に、元請けと下請けのような関係を作ろうとしたら、彼らは絶対に振り向いてくれません。

ただし、逆にそこさえ押さえておけば、優秀な若者のほうから寄ってきてくれるチャンスもあるともいえます。彼らは彼らで、企業に期待するものがあって、企業の資本力、組織力、その他のプラットフォームを利用してやろうと思っていますから。ビル・ゲイツなんてIBMのプラットフォームを存分に利用して大成功をつかんだとも言える。そこは「利用されてあげる」つもりでいたほうがいいんです。

もう1つのポイントは、異質な「個」とのぶつかり合いから生じるストレスを辛抱することです。当然、阿吽の呼吸は通じませんし、彼らの多くは“変わり者”ですから、仕事はどうしても面倒になります。でもオープン・イノベーションとはそういうもの。efficiency(効率)においてはマイナスに働きますが、effectiveness(有用性)においてはプラスになる。社内の人間だけでは生まれないアイデアや商品が生まれる確率は、確実に高くなるんです。

土壌となるダイバーシティが職場にあるか?

こういった話は、優秀な経営者なら皆わかっています。わかっていますが、なかなかできないのが現状。無理もないんです。低リスクで事業を成長させようと思ったら、イノベーションに手を出すより既存のものを改善改良したほうが確実ですから。イノベーションが必要だと頭では理解しながらも、ビジネスにおいては、オープンよりもクローズド、不連続性より連続性が大事になる部分が確かにある。だからこそ経営者はジレンマを抱えるんです。

昨今の女性の管理職登用の議論とよく似ています。長期的に見たら、女性管理職を増やすべきだと企業トップはわかっている。そのほうが、戦略的多様性や将来に向けた発展性が生まれるので、将来的なメリットは大きい。しかし、「さはさりながら…」ということで、なかなか進展しない。

でもやはり、そこは克服しないといけない。さもないと、企業の競争力も失われてしまいます。馬車を頑張って改良していたら、突如、鉄道が登場して、一夜にしてシェアを奪われてしまう事態はいつ起こってもおかしくない、と言うくらいの緊張感がなければ。

後編の記事で触れますが、外部から異質なものを取り込む手法はいくつもあります。でも手順として最初に必要なのは、社内のダイバーシティ(多様性)を高めて、ストレス耐性を高めておくことでしょう。それこそ、「女性管理職はちょっと…」などと言っているようだと、ジョブズのような強烈な「個」が現れても、とうてい耐えられず、その強みを利用することができません。

人間の体と同じで、同質性の高い組織に異物を入れようとすると強烈な免疫作用が働いて、アレルギー反応を起こします。そうならないよう、性別、国籍、年齢と、時間をかけてダイバーシティを内部化していく努力をすることが必要です。

ダイバーシティというとCSR(企業の社会的責任)の観点から語られる傾向がありますが、それはナンセンス。ダイバーシティなくしてオープン・イノベーションは生み出せない。だから重要なんです。日本企業がイノベーションを手にし、長期的な競争力を維持するための先行投資。それがダイバーシティなんです。

WEB限定コンテンツ
(2013.6.27 千代田区のオフィスにて取材)

冨山和彦(とやま・かずひこ)

経営共創基盤代表取締役CEO。1985年東京大学法学部卒業。在学中に司法試験に合格。ボストンコンサルティンググループに入社し、コーポレイトディレクション設立に参画。その後、スタンフォード大学にて経営学修士および同校公共経営課程修了。2001年に同社代表取締役、2003年に産業再生機構代表取締役専務兼COOを経て、2007年より現職。近著に『稼ぐ力を取り戻せ!―日本のモノづくり復活の処方箋』(日本経済新聞出版社)、『結果を出すリーダーはみな非情である』(ダイヤモンド社)、『IGPI流 経営分析のリアル・ノウハウ』『30代が覇権を握る! 日本経済』(共にPHPビジネス新書)など。

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