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大企業を変える新しいベンチャーとは?

ベンチャー支援の立場から両者のマッチングの場をつくる

[斎藤祐馬]トーマツ ベンチャーサポート株式会社 事業開発部長

私たちトーマツ ベンチャーサポートは、大企業とベンチャーをマッチングさせる取り組みを続けています。象徴的なのは、当社と野村証券、Skyland Ventureというベンチャーキャピタルの3社の共催で都内で開いている「モーニングピッチ」というイベントです。

平たくいえば、ここはベンチャーと大企業が出会い、取引や提携が生まれるきっかけとなる場です。毎週木曜日の朝7時に大企業50社の前でベンチャー4、5社が事業内容やビジネスモデルを発表。テーマは、不動産や教育、農業といった具合に毎回違います。大手企業は、ここで新規事業開発などでの連携を検討するわけです。

これまでは、大企業がベンチャーと接点を持とうとしても情報が限られていて、人づてに頼るしかありませんでした。いざベンチャーを前にしても、今度は目利きが難しい。そこに「モーニングピッチ」の役割がある。おかげさまで毎回盛況です。

朝7時からという設定にもちゃんと意味があるんですよ。大企業のなかには、ベンチャーが好きで提携に意欲もあるけれど日中は本業を抜け出せないという方がいる。ですが始業前の朝7時なら、やる気次第で参加できますよね。つまり、ここに集まってくる人たちは皆本気。ベンチャー側が付き合いたいのも、そういう本気の方だけなんです。ベンチャーにとってもいかにそういう大企業の方を見つけるかが非常に重要な課題です。

発展版の「出張モーニングピッチ」もあります。通常のモーニングピッチは、主に大企業の新規事業開発部門の現場担当者とベンチャーを結びつけるもの。一方、出張モーニングピッチは、大企業の代表取締役含む役員たちを前に、ベンチャーがプレゼンします。

これが実に効果的なんです。それまで思うように進まなかった提携話が、出張モーニングピッチ後に、トップダウンで即決するケースもあります。どうやら経営トップからすると、自分が知らないベンチャーを自社の現場が提案して上げてくるのは、どうしても疑ってかかってしまう面がある。それが、自分の目でベンチャーがプレゼンするのを見ると、「なぜそんなことするんだ」という態度が、「なぜやらないんだ」に変わるんですよ。

リーマンショック後、大企業は新規事業のネタを失った

ベンチャー企業と手を組む大企業は、確実に増えています。以前なら、ベンチャーが大企業に話を持ちかけても「それは社内でもできるから」と真剣にとりあってもらえないことがほとんどでした。もともと自前主義にこだわる日本企業ですから、何か新しいことを始めるときも社内ベンチャーというかたちを好む傾向がありました。

しかし、社内ベンチャーの多くはうまくいかなかった。大きな売上をもつ既存事業が優先されて、社内ベンチャーに予算や良い人材が割かれなかったんです。大企業で働く社員たちも、わざわざリスクをとって新しい事業に関わるのは容易ではありませんでした。

ところが最近は、大企業のほうからベンチャーの側に近づいています。分岐点は、2008年のリーマンショックです。

リーマンショック後、大企業は新規事業の開発よりも財務体質の改善を急ぎました。今、それがやっと落ち着いて、また新規事業を始めようという段階に入っています。ところが、しばらく新規事業の開拓をストップさせていたせいで、社内には新しいネタが見当たらない。そもそも自分たちがどこへ進んでいけばいいのか、その定義づけから話をしないといけない。そうなると、自分たちだけでやるよりも、社外のベンチャーと組んだほうがいい、という話になるんです。

「金儲けより社会課題の解決」の2010年代型ベンチャーの登場

一方で、ベンチャー側も大きく変化しています。かつて、ベンチャー社長といえば「一攫千金」「金儲け」のイメージがつきものでした。しかし、2010年代のベンチャー社長はそうではありません。東日本大震災の影響もあるのでしょう。起業はお金儲けのためではなく、社会課題を解決するため。そんな強い思いで起業する人が劇的に増えているんです。

彼らの多くは、共通して、大切にしている原体験を持っています。それは、幼少期の個人的な体験だったり、働くなかで見聞きした業界の構造的課題だったりする。大企業出身者が多いのも目立ちますね。立派なキャリアを捨ててまで、社会課題を解決するために起業するんです。「お金儲け」を追いかけていた時代に比べれば、起業のあり方が多様になり、成熟してきているとも言えます。

ビーサイズ*の八木啓太さんは、そんな2010年代型のベンチャー社長の一人です。もともと富士フィルムに勤務していた彼は日本のモノ作りが抱えている構造的な課題を目の当たりにしました。大企業は自社工場を持ち多くの人を雇っている。するとモノ作りにおいても、「工場の稼働率を上げる」ことが優先されてしまうんです。面白いデザインやコンセプトを提案しても、「手間がかかりすぎる」「この工場では作れない」ということでハネられてしまう。そこで八木さんは、社員を2人と極端に抑え、生産部門は持たず、町の工場と連携する「ファブレス」のモノ作りを始めています。

トーマツベンチャーサポートは、新規性や独自性、強い成長志向を持つベンチャー企業が抱えるニーズ(販路開拓、資金調達、知名度アップ、人材確保など)に応じた支援をしながら、大手企業、金融機関、自治体、大学、ベンチャーキャピタルなどとマッチング機会を提供する。斎藤氏が説明したモーニングピッチのほか、全国のベンチャー企業や関係者が一堂に会するベンチャーサミットなどのイベントも開催している。
http://www.tohmatsu.com/tvs/

*ビーサイズ(Bsize)
家電製品の企画、製造、販売を行うベンチャー企業。モノ作りにおいて“真善美”を追求し、スマートフォンのワイヤレス充電器や色再現性に優れたLEDデスクライトのリリースで注目されている。
http://www.bsize.com/

ストーリーをもった
ベンチャー社長が大企業を変える

もともとトーマツベンチャーサポートは、スタートアップのベンチャー企業の支援を目的に立ち上がった組織です。これは私自身のライフワークとも重なる部分があるんです。

中学2年のとき、父親が脱サラして事業を始めました。小さな事業でしたがすごく苦労していました。事業が軌道に乗ると支援者がたくさん現れるんです。ですが、起業から事業が立ち上がるまでを支援してくれる人は少ない。経営者からしたら、立ち上がるまでの支援こそ一番必要にも関わらず。私が会計士を目指したのは、ベンチャーの起業から事業立ち上げまでを支援する参謀のような仕事がしたいと思ったからなんです。

トーマツを選んだのもベンチャーのIPOを多く手がけているからです。ただ入社してみると、監査法人でのベンチャー支援は、上場を目指すほどに成長したベンチャーが中心。そのため、業務外の夜や週末を使って、創業間もないベンチャーの支援を続けていました。その結果、トーマツベンチャーサポートの事業立ち上げに関与することで、やっと本業として自分のやりたいことができるようになったんです。

では、彼らをどう支援するか。実際にベンチャー経営者と接するうちにわかってきたのは、彼らの頭のなかの7割は売上をどうつくるかで占められている、ということです。これは会計や税務といった私自身のバックグラウンドからは、なかなか支援しにくいところです。ただ、実際に動いてみるとトーマツのネットワークやナレッジを生かして出来ることはたくさんあることに気づき、販路の拡大や、メディアへのPR支援、資本政策の支援、税理士や弁護士の紹介、海外進出の支援、インターンの紹介などを行うようになりました。なかでも特に売上に直結する、大企業との協業やアライアンスを重視しています。これが「モーニングピッチ」などの取り組みにつながるわけです。

ベンチャー社長には「これをやるために生きている」がある

大企業とベンチャーが提携し、互いに事業規模を拡大させていけば、社会課題を解決する力を持てるようになります。大企業は、自社が持つ強力なリソースにベンチャーのスピード感を加えることで、インパクトのある新規事業が生み出せることでしょう。

意外なところでは、大企業の社員の働き方が、ベンチャーとの提携によって変わる可能性もあるんです。私の大学時代の友人はほとんど大企業に就職していきました。でも、今彼らを見渡してみると、「仕事が面白い」という人間がとても少ない。ベンチャー社長と大企業の社員とでは生き方がすごく違う。どうしてかな、と思いました。

考えてみると、大企業の社員は基本的にオンとオフで生きている人が多いんです。仕事は仕事、余暇は余暇で切り替えている。ところがベンチャー社長はずっとオン。ハイとローのギアチェンジがあるだけで、いつも仕事のことを考えています。

なぜか。ベンチャー社長は自分のストーリーが明確です。「これをやるために生きている」というミッションがある。事業もそのミッションの実現のためです。すると自然に、365日24時間、仕事のことを考えるようになりますし、仕事も面白い。短期的に考えれば、起業すると収入は下がることが多いですし、大企業に勤務していた頃のような名声やブランドも捨てることになります。彼らはそれでも起業したんです。どうしてもやりたいことがあるから。

そんなベンチャー経営者の生き方に触れると、大企業の社員は、大きな刺激を受けるんです。それまでは「仕事は仕事、余暇は余暇」と考えていたのが、自分なりのミッションを見つけて仕事をするようになる。そうすると、仕事が面白くなる。私自身、いまの仕事を通じて、ベンチャー社長の働き方を、大企業の社員たちに伝播していければと思っています。

WEB限定コンテンツ
(2013.10.22 千代田区のオフィスにて取材)

斎藤祐馬(さいとう・ゆうま)

2006年公認会計士試験に合格し、監査法人トーマツ(現・有限責任監査法人トーマツ)に入社。会計監査、株式公開支援業務、内部統制構築支援業務などに従事した後、2010年よりトーマツベンチャーサポートの事業の立ち上げに参画し、トーマツグループ史上最年少で事業部長に就任。300社以上のベンチャー企業に向けて販路開拓支援、パブリシティ支援、資金調達支援などを実施することに加えて、50社以上の大企業向けに新規事業創出支援を行っている。

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