Workplace
Dec. 24, 2013
二つのアプローチで社内シーズを
イノベーションに結びつける
自社の技術とユーザーのニーズをマッチさせるR&D機関
[Deutsche Telekom]Berlin, Germany
- 社内シーズの有効活用し効率的にイノベーションを起こす
- 大学との日常的な連携やデザインシンキングが可能な場をつくる
- 様々なプロジェクトが具体的な形としてリリースされる
欧州最大の通信会社ドイツテレコムは、アプローチが異なる二つのイノベーションラボを社内に持つ。一つは「T-Labs」。ベルリン工科大学と連携し、アカデミックな視点からのR&Dを行っている。
オフィスはベルリン工科大学のビルの中にある。そこで働く約360名の研究員のうち、半分はドイツテレコムの社員で、もう半分は工科大学の職員だ。さらに6名の教授が常駐で勤務している。日常的に緊密な関係で結ばれた産学連携組織だ。「T-Labs」の問題意識は「既存の自社技術を低コスト・高スピードでイノベーションに結びつけていくこと」にある。
一方、外部の有識者やユーザーを招き、「ユーザーが望んでいるものは何か」という視点からサービスのコンセプトメイキングをサポートする機関が「クリエイションセンター」だ。組織図上はT-Labsの一部という位置づけになる。クリエイティブな仕事に携わっていない人々を多く招いてコラボレーションを行うことから、彼らのインスピレーションを刺激する遊び心あるアイテムをオフィス空間に配している。
このように異なるアプローチをとる二つのイノベーションラボ。前者が直近の問題解決に取り組んでいるのに対し、後者は中長期的な問題解決を志向する点も異なっている。
ヨーロッパ屈指の電気通信事業者。1989年にブンデスポスト(ドイツ連邦郵便)からドイツ国営電信電話会社として分離。95年に民営化された。近年は国際的な広域通信網やエンターテインメントも含めたコンテンツサービスにも注力している。
創設:1995年民営化
売上高:約586億ユーロ(2011)
純利益:約5億5700万ユーロ(2011)
職員数:約24万人(2011)
http://www.telekom.com/
ベルリン工科大学と連携した
イノベーションラボラトリー
ドイツテレコム社内のイノベーションラボとして、2004年に設立されたT-Labs。ベルリン工科大学との産学連携組織という形をとっている。「もともとドイツテレコムの会社組織のあり方がイノベーションに向いていなかった」。そう語るのはシニアプログラムマネジャーのヘルマン・ハルテンターラー氏。営利企業らしくR&D部門であっても直接的な成果を求められる。
当然、商品化に至らないなどのリスクがいつもつきまとい、継続的な成果を上げ続けるのは難しい。しかし大学と協働しR&Dに絡むプロセスを共有することで、コストを抑えスピードアップするメリットが期待できる。無論、ドイツテレコムが持つ技術力に学術的なアプローチを加え、産学連携ならではのイノベーションを呼び込むことも狙いの一つだ。
産学連携だからハイリスクな研究にも着手できる
基本的にプロジェクトはドイツテレコムのすべての部署に関連する。あるプロジェクトでは飛行機内で使用可能な携帯電話を開発中だ。また別のプロジェクトでは、自宅のインターネット経由でテレビを200チャンネル受信できるサービスを手がけている。
こうしたプロジェクトの多くはドイツテレコムからのリクエストによって始まるが、アイデアがあれば誰でもプレゼンテーションすることができる。大学側から提案される場合もある。毎週、ラボのスタッフ間でアイデアの良し悪し、ビジネスモデルやコストの検討が行われる。最終段階ではドイツテレコムからビジネスサイドのスタッフがやってきて、研究に着手するかどうかを決定する。
ハルテンターラー氏によれば「予算の20〜25%はハイリスクな研究に使われている」とのこと。ドイツテレコム既存のビジネスを超えて市場開拓していくためには欠かせないとの判断からだ。
背景の異なるスタッフの交流促す仕組み
オフィスには約360名の社員がおり、半分ずつをドイツテレコム社員と工科大学の職員が占める。ワークスペースにおいては、デスクシェアリングを導入し、コラボレーションの相手次第でどのスペースで働くのも自由だ。ネットワークを通じて、どの場所においても電話番号や照明の明るさなど、ベストな個人環境を再現できる。
各所にカフェテリアやキッチン、リビングなどを設置しているのは、異なるバックグラウンドを持つスタッフ間の交流を促すためだ。自然発生的に生まれるコミュニケーションの中から、新たなイノベーションのタネが見つかることもある。
ビルの形状が船に似ていることから、オフィスのデザインに船のインテリア要素を取り込んでいる。
ヘルマン・ハルテンターラー
Herman Hartenthaler
シニアプログラムマネジャー
フライブルク大学卒業後、シーメンス社やT-Berkom社などを経てドイツテレコムへ。ITサービスのコンサルティング、市場調査などを手がける。「スマートワーキング・エバンジェリスト」として、スクラム手法を使った新しい働き方やワークプレイスの開発に取り組んでいる。
ユーザー視点から
コンセプトを作る場
T-Labsと並ぶ、もう一つのイノベーションラボがクリエイションセンターだ。T-Labsが「技術ありき」の商品開発を志向するのに対し、技術が先行しがちな企業体質の中でこちらは「ユーザーありき」という性格を持つ。ユーザーや外部パートナーらを招いてコラボレーションしながら「いま、ユーザーが望んでいるものは何か」との視点から商品開発を進めていく。
彼らのプロジェクトは、主にドイツテレコムのマネジャーから課題を持ち込まれるところから始まる。「携帯電話に入っているアドレス帳をどうしたら使いやすくできるか」などが一例だ。まず考えるのは、その課題を解決するための思考プロセス。マネジャーと一緒にプロセスを組み立てると、次はデザインシンキング(プロトタイプなどに実際に触りながら、消費者のニーズと技術をつなげていく思考法)に取りかかる。
「デザイン思考による課題解決」をサポート
クリエイションセンターのスタッフの主な役割は、このデザインシンキングのプロセスを一貫して実行・サポートしていくことにある。ユーザーの生活環境の観察(エスノグラフィ)、インタビュー、データ分析などを経て、ワークショップを開催。集められたユーザデータの意味付け(センスメイキング)はアナリシスワークショップで行われる。ユーザーほか、様々なバックグラウンドを持った人々がオフィスに集められ、アイデアを出し合うのだ。
「個人的な意見ですが、最初のリサーチに力を注ぐことが大切だと思っています」そう語るのは、デザイナーのジュリア・レイヘナー氏。特にエスノグラフィは普段ユーザーと直接触れ合わない社員が慣れていない部分でもあるが、潜在ニーズを探る重要なプロセスだ。
ワークショップを通じて集められたアイデアのうち、ビジネス的に優れているものや技術的に実現可能なものなど、いくつかのアイデアについてはプロトタイプ化(絵コンテなど)の段階へと進められる。その意味で、クリエイションセンターが関わるのは、商品開発全般のプロセスにおける初期段階に限られている。
「ここは将来の市場や多様性のあるサービス、また製品のアイデアを発見する場です」とレイヘナー氏。具体的な技術面での検討や、デザイン、生産など、最終的に商品を店頭販売するまでに持っていく作業は他の事業部門の役割となる。
大企業に所属していることのメリットを活かす
ただし、事業部門内の都合によっては、クリエイションセンターが意欲的なアイデアを提案したにも拘わらず、なかなか形にならないこともしばしば起こるという。これでは商品化まで時間がかかりすぎ、競合他社に先を越されてしまうリスクが大きいと考えられている。そのため現在は、クリエイションセンターがアイデアから商品が市場に出るまでのプロセスをトータルに請け負うことにも挑戦しているところだ。
一方で、ドイツテレコムに所属している会社であるメリットも大きいものだ。通常、外部の会社に依頼してデザインシンキングを取り入れようとすると、クライアント側のマネジャーとデザイナーとの迅速なやりとりや細かい社内調整に課題が残る。
しかしそもそもドイツテレコムの一部であるクリエイションセンターであれば、デザインシンキングの最初から最後まで、ドイツテレコムのマネジャーがスムーズに参加できるのだ。ユーザーの自宅訪問、データの分析、ワークショップによるアイデア出し等、すべてのフェーズにおいてマネジャーが密に関わっていくことになる。
ジュリア・レイヘナー
Julia Leihener
クリエイションセンター デザイナー
ロイヤル・カレッジ・オブ・アート、ベルリン芸術大学を修了後、Siemens Mobile / BenQ Mobileなどを経て2008年にクリエーション・センター創立メンバーとして参加。デザイン シンキング、サービスデザインなどを手掛ける。HPI School of Design Thinkingの講師を兼任。
クリエイションセンターのエントランス。非日常を感じてもらうため、歴史的なビルのスタイルとはまったく異なる明るいグリーンにペイントされている。
プロトタイピングエリア。プロトタイプ制作で立ち作業がしやすいようにデザインされている。
※画像をタップすると360°スライド表示が見られます
右脳を刺激するアイテムが
イノベーションのきっかけになる
これまでにないアイデアを出すためにオフィス環境は「社内外の人々が集まりアイデアを出し合う場」にふさわしいデザインがなされている。
例えばカラーリングだ。会社のテーマカラーをマゼンタに設定している同社だが、ワークスペースにおいては、マゼンタ1色にこだわらずグリーン、ピンク、ブルーとカラフルだ。一歩そこに足を踏み入れた瞬間から、思考を切り替えられるようにとの配慮からだ。
ワークショップルームにあるミーティングテーブルは高さを調節できるため、参加者からも好評だ。イスは長時間の議論にも対応できるよう自由に高さや角度が調整可能になっている。参加者にとってアクティブな姿勢になるよう保っていれば、居眠りなども防ぐことができる。丸一日かかるワークショップともなると座ってばかりいては参加者が疲れてしまう。そんな時は、そのテーブルを利用して立ったまま議論してみると気分転換になり、また議論が白熱していく。人間の右脳を刺激するアイテムを数多く揃えているのは、アイデアを出しやすくするための仕掛けだ。
生まれたアイデアはその場でビジュアル化する
「マテリアル・ラボ」と呼ばれるスペースには、日本を含む世界各地から集められたガジェットが置かれている。どれもがラテラルシンキングを刺激し、人々の創造、ひらめきを促すものとして活用されている。
例えばモバイルミュージックのプロジェクトを手がけるときは、マテリアル・ラボからヘッドフォンやギターなど、音関連のガジェットを持ち出してくるという。プロジェクトに絡めたガジェットに触れることで頭のスイッチが切り替わり、アイデアが生まれるとっかかりができる。
なお、全てのガジェットにはQRコードが印刷されており、スキャンするとデータベースが開く。そこではなぜそのガジェットが用意されているのか、説明を受けることも可能だ。コミュニケーションの中で生まれたアイデアは、ボードや付箋を用いて、すぐにビジュアル化する。それが新たなアイデアのヒントとなり、アイデアがアイデアを生む好循環を作り出していく。
体験した思考メソッドを本社に持ち帰ってもらう
ドイツテレコムのマネジャーのなかには、ガジェットの多さにびっくりする人もいる。遊びからは何も生まれないと考え、その価値を認めるまで時間がかかることも。しかしレイヘナー氏は言う。
「ここにきた時点では“おとぎの国”にやってきたかのような顔をしているのですが、仕事が終わって帰る頃には、大きな笑顔を浮かべています。自分たちが慣れ親しんだ仕事の形態とはまるで違うのに、効率的であり、生産性があり、楽しい環境だと喜んでもらえるのです」
一度ここにやってきたマネジャーは、ドイツテレコム社内にクリエイションセンターの思考メソッドやツールを持ち帰る。そのためドイツテレコム全体でデザインシンキングに対する理解も広まっているとのこと。
今では「マネジャーに思考プロセスとアイデアの具現化のプロセスを教えてほしい」「人事部にデザインシンキングのプロセスを適用してほしい」など様々な要望が届くようになっている。
WORKSIGHT 04(2013.6)より
オフィス内には襖のようなボードが多い。ピンや付箋でアイデアを貼り、壁に立てかけたりレールにはめて動かせる。
インスピレーション引きを出すためのカード。写真やイラストがアイデア出しを円滑にする。
ワークショップスペースのホワイトボードにはスキャナがついており、画像がパソコンに自動的に送られる。