Workplace
Jan. 27, 2014
自然の魅力やアナログ感を活かしたデザイン教育
米国トップクラスの美術大学
[RISD]Rhode Island, USA
- グローバルで活躍できるデザイナーを育成する
- 自然から学び、アナログ感を活かした教育を続ける
- 企業から見てもユニークなアイデアを持つ学生が育つ
ロードアイランドスクールオブデザイン(Rhode Island School of Design/以下RISD)は、アメリカ合衆国ロードアイランド州プロビデンスに1877年に創立された美術大学。歴史の長い名門校でその評価は世界的に高く、卒業生にファッション・デザイナーのニコール・ミラー氏がいることでも有名だ。
街と建物が見事に調和した広大なキャンパスにはアパレルや建築、インダストリアル・デザインなど90もの学部(うち16学部は大学院生向け)が存在し、現在、2,000人以上の生徒が学んでいる。WORKSIGHTでは今回、特にユニークな試みを進めているファニチャーデザイン学部に注目した。
『作ること』と『考えること』を切り離さない、という哲学
「この学部の原理的な哲学は、『作ること』と『考えること』を切り離さないということです」と語るのは、RISDファニチャーデザイン学部の学部長、ジョン・ダニガン氏(John Dunnigan)。同学部では、いわゆる座学をしたりミーティングをしたりするスペースを「ホームスペース」、実作業を行うスペースを「ワークショップ」と呼んでおり、現在ではこれらのスペースは分かれている。しかし、この学部には、大学院生が入るいわゆる「研究室」というものは存在しない。
「この活動はこの場所で行う」という区別には意味がなく、学校という空間は「『作ること』と『考えること』を切り離さない」という哲学を反映したものであるべきだとの思いからである。「座って考える、図書館に行く、パソコンでリサーチする、ワークショップで何かを作る、3Dプリンターを使う。「『作ること』と『考えること』の間に流動性と一貫性を保ちながら、これらすべてがRISDというラボの中で一連の流れで行われなくてはならない」とダニガン氏。
ファニチャーデザイン学部の学生数は現在、1学年に約25人、3学年合わせても約75人と少数精鋭である。そして、この1学年25人に対して大学院生16人と2人の教授がつく体制で授業は行われている。さらに教授は学期ごとに入れ替わる仕組みだ。
創立:1877年
学生数:2,386人(2012年秋)
アイビーリーグの一つであるブラウン大学があり、学術都市として知られるプロビデンスの古い街並みに合ったRISDのキャンパス。学内に新しい建物はなく、全て古い建物を改築して使われているそうだ。
http://www.risd.edu/
ジョン・ダニガン
John Dunnigan
(RISDファニチャーデザイン学部長)
デザインの基本は
「アナログ」にある
また、この学部の伝統的な教育法として、「手を使ってモノを作る(hands-on making)」というものが挙げられる。
デザインの世界にデジタルの要素が入って久しいが、他の多くの学校がデジタルだけを使ってデザインを教え、組み立ては外部の業者に委託するという傾向が増える中、RISDではその逆、hands-on makingを諦めることなく続けてきた。
手を動かしてデザインすることを通じてコンセプトを理論的に突き詰め、そして自らの手で作り上げる。この過程で他社とのコミュニケーションを学ぶだけでなく、自分自身の内面を知ることができるのだという。
「自然美」に触れるための研究所
こうした考え方はカリキュラムにも表れている。学生は1年生時にドローイング(デッサンや製図)の基礎を学ぶことになっているが、その全ては手によるものだ。デジタルドローイングの方法を学ぶのは2年生になる直前のことであり、あくまでアナログ→デジタルの順で技術を身につけられるようなカリキュラムが組まれている。
アナログを重視するという意味では、「自然研究所(Nature Lab)」の存在も欠かせない。ここはかつてRISDでドローイング(デッサンや製図)を教えていたエドナ・ローレンス氏(Edna Lawrence)が1937年に設立した施設だ。
彼女がドローイングの際に参考にした希少な動物の剥製、人体模型、昆虫の標本などがぎっしりと収められている。学生はそれらを借りてドローイングの練習に励むのだ。ローレンス氏は既に亡くなっているが、この場所はRISDの中でも特に有名で、いつも多くの学生で賑わっている。
80年以上に及ぶ「バイオミミクリー」の蓄積
生物の形や仕組みを活かして技術開発を行うことを「バイオミミクリー」と呼び、近年注目を集めているが、デザインファニチャー学部では、まさに80年以上前からこのバイオミミクリーに取り組んでいる。
ここには顕微鏡をはじめとする美大には珍しい高度なハイテク機器が揃っている。学生たちはそれらの設備を使って、例えば蝶の羽の模様を家具のテキスタイルに応用したり、カブトムシが羽を開閉する構造を自動車のデザインに活かすべく検討したりといったことを行っている。
学生は自分のデスクでドローイングやモデル作成、クラスミーティングなどを行っている。
すぐにプロトタイプやモデル作りに着手できるよう、ワークショップルームには様々な機械や工具、素材が用意されている。
オフィスファニチャー分野は
より多様化へ向かう
ファニチャーデザイン学部では当然のことながら、オフィスファニチャーの分野にも力を入れている。ダニガン氏は「この分野は100年ほど取り組まれ続けられている分野ですが、仕事場での行動や姿勢の分析など、まだまだ開拓する部分があります」と言う。
現在RISDではさまざまな企業とのプロジェクトを進めており、そのうちの1社とは、寄りかかれるスツールや立って仕事をするためのデスクの研究を進めている。
入学したばかりの学生の多くは家で使われる家具やインスタレーション、布製品などに興味を持っているものの、4年生時に行われる6週間かけてチェアをデザインするという課題を通じて、オフィスファニチャーへの興味を徐々に強めていくそうだ。
企業と学生の共同作業は互いに多くの気付きを与える
事実、ファニチャーデザイン学部では、グローバルなファニチャーメーカーで働く卒業生も多い。「今学期はホームオフィスに興味を持つ学生も多くいました。この分野も注目しています」(ダニガン氏)
企業とのプロジェクトには、他にも実りが多い。まずは、学生が共同作業を通じて大学の外の世界、つまりリアルなビジネスシーンに触れることでたくさんのことを学ぶことができるという点。そして、企業側からは、RISDの教員や学生とともにプロジェクトを進めることでフレッシュな考え方が得られるという声が上がっているようだ。
「パートナー企業としては、特定の製品のデザインのためというよりは、むしろフレッシュな考え方に触れて自らの企業を活性化させたいという目的のほうが強いようです」(ダニガン氏)
「美術大学」という言葉ひとつでは括れないRISDだが、2008年6月から2013年まで学長だった日系アメリカ人、ジョン・マエダ氏の存在も非常に大きい。
アートとデザインがビジネスシーンを席巻する未来
「まず学長は、彼がMITメディアラボの副所長を務めていた頃のスポンサーシップの手法をRISDに持ち込みました。外部企業との連携を強化し、学費援助について取り組んだのです。このおかげでRISDは、資金的に余裕はなくとも資質のある学生を多く入学させることができました。これは非常にポジティブな変化だったと言えます」(ダニガン氏)。
グラフィックデザイナー、大学教授、作家など多くの肩書きを持つジョン・マエダ氏。彼は積極的にRISDを世界中へプロモーションし、RISDはアートとデザインの重要性を発信し続けている。
「これからはアーティストとデザイナーがエンジニアとともに仕事をすることで新しいイノベーションが起こる時代がやってくると思います。ペインティングやファニチャーといった伝統的な分野ではなく、アーティストやデザイナーが政府機関やヘルスケアなどの分野で活躍するシーンも見られるようになるでしょう」(ダニガン氏)。RISDが発信する新しい考え方は今後も、さまざまなビジネスシーンで活用されていくのだろう。
WEB限定コンテンツ
(2013.7.11 アメリカ ロードアイランドのキャンパスにて取材)
キャンパスは、ボストンの古い建物を使っている。かつては銀行で、壁や柱は当時のまま。地下には金庫室なども残っているという。
動物から樹木、昆虫、果実にいたるまでさまざまな生き物の標本が所狭しと並ぶ。
ジョン・マエダ
グラフィック・デザイナー、ビジュアル・アーティスト、コンピュータ・サイエンティストなどと、多くの肩書きを持つ。MITメディアラボでシンプリシティ・コンソーシアムを立ち上げ副所長を経て2008年6月よりRISD学長に就任。人生やデザイン、ビジネスを簡潔なものにするための方法を説いた著書『シンプリシティの法則』でも知られる。2008年には『エスクァイア』誌の「21世紀に最も影響力を持つ75人」に選出された。