Innovator
Feb. 3, 2014
業績向上をもたらす「ビッグデータ」活用法
ビッグデータ時代にその真の使い道を考察する
[矢野和男]株式会社日立製作所 中央研究所 主管研究長
われわれは10年ほど前からビッグデータの可能性に気がつき、大量のデータを収集する技術やその分析に力を注いできました。例えば「ヒューマンビッグデータセンサ(以下HBDセンサと呼ぶ)」は2007年に開発した行動計測システムです。首にかける名札型の端末で、これにより誰が、誰と、いつ、どこで、どれくらい活発に話していたか、データを事細かに集めることができる。これまで蓄積したデータはのべ100万日、10兆個に上ります。
「ビッグデータ時代」などと呼ばれる昨今、この10年に渡る試行錯誤の経験を生かせる場面が増えています。ビッグデータ導入はまだ各社手探りで、どんな可能性がどこにあるのか模索している段階のように見受けられる。しかしわれわれは、ビッグデータをどう使えば何ができるのか、具体的にわかるようになってきています。
電話セールスを行うコールセンターでの実証実験をご紹介しましょう。このコールセンターはもともと、どんな電話をしたらどれだけの売上が上がるか大量のデータを集めて検証していました。一方で、人の動きや周囲の人間関係にまつわるデータがなかったのです。そこでわれわれは、「HBDセンサ」を用いて従業員たちの身体の動きと受注率の関係を分析することにしました。加えて、電話セールス担当者にはスキルレベルに関するアンケート調査を行いました。
そこで得られた結果は意外なものでした。事前の予想は「従業員の個人プレイの良し悪しが受注率に影響している」というもの。つまり「業績がいい拠点は電話によるセールススキルが高い人材が集まっている」あるいは「能力の高いマネジャーがいる」などと考えていたのです。
ところが実際には「休憩中の従業員の身体運動の活発度が受注率に強く相関している」ことがわかりました。ここでいう身体運動の活発度とは、1分間に身体がどれぐらい動くかを示しています。そして休憩中の活発度が高いとは、要するに「従業員どうしが和気藹々とおしゃべりしている」ということ。受注率に対するその影響力は35%に上り、トークスキルなどの個人プレイの影響力が20%を大きく上回る結果でした。
「休憩中のおしゃべり」が業績を向上させる
これだけでは、「休憩中に活気があると受注率がよくなる」のではなく、逆に「受注率がよいとハッピーになって休憩中も活気が出る」のではとも考えられます。そこで、それまでバラバラにとっていた休憩を4人1組、それも同世代のチームで同時にとってもらうようにしたところ、休憩中の活気が10%以上向上し、受注率は13%も増えました。やはり「休憩中に活気があると受注率がよくなる」のです。
他にも明らかになったことがあります。例えば、コールセンターの従業員を監督するスーパーバイザーが的確に声がけすると受注率は向上します。この結果を受けて「今はこの人に声がけするといい」「過去この人にはこんな指導をした」といったデータをスーパーバイザー間で共有する仕組みを入れたところ、受注率が27%も伸びました。
こうした結果は、このコールセンター特有のものではありません。ほかにも数カ所のコールセンターで実証実験をしていますが、同様の結果が出ています。共同研究先のMITのグループも、アメリカの銀行で同じような実験をしています。日本のコールセンターとは業務も違えば従業員の人種も違うわけですが、結果は同じ。休憩中の活発度をあげる施策を打ったところ、最大で20%の生産性向上、12億円ものコスト削減効果が見られました。
一見すると個人プレイ的に思えるコールセンターの仕事に、身体運動や人間関係が強く影響している。あるいは、機械的に見える「一分間に身体が何回揺れている」といったデータが、職場の活気や従業員の積極性などに関係している。そんな事実が、大量のデータを収集し、検証するうちにわかってきているのです。
ここからは仮説ですが、おそらくこの現象は、さまざまな組織において普遍的に生じるものと私は見ています。コールセンターで実証実験を行ったのは、たまたま休憩中の活発度と、そこに紐づけられる受注率が非常に定量化しやすく、はっきり検証できる場だからというだけ。ほかの業務で同様のことが言えない理由はどこにもありません。
中央研究所は、株式会社日立製作所の研究部門で、次世代のエレクトロニクスや情報通信、ライフサイエンスの技術開発に取り組んでいる。
http://www.hitachi.co.jp/rd/crl/index.html
「HBDセンサ」で使われる名札型の端末。ワーカーにこの端末を首から下げて仕事をしてもらい、行動やコミュニケーションの状況をデータ化する
あるスポットに人を立たせると
それだけで店内が活性化する
広さ1000坪のホームセンターでも実証実験を行いました。ここでは売上データや店舗スタッフのシフトなど業務に関するデータに加え、従業員や顧客の身体運動、店内での動線、顧客接客、従業員どうしの会話などのデータを記録しました。やはり結果は予想外のものでした。
というのも、店内の特定の場所に従業員が立っていると業績が向上するのです。私たちが「高感度スポット」と呼ぶ特定の場所に10秒長くいるごとに、顧客単価が平均145円も向上しました。
より具体的に見ていくと、高感度スポットに従業員が立っていると接客時間が増える、顧客の滞在時間が増える、顧客の動線が広がるなどの影響があることが明らかになりました。私たちが普段暮らしていても「何だか賑わいがないな」「入りづらいな」と思わせるお店を目にすることがあります。例えば、そんなお店に賑わいをもたらすために、高感度スポットに従業員を立たせ、接客を増やし、店内を活性化していく、といった応用が考えられると思います。
人間の行動がもたらす影響を定量化できる
「そんなことは言われなくてもわかっていた」といった反応もあり得るでしょう。特にその場で働いている従業員は経験則として知っていたかもしれません。しかし確実に言えるのは、ビッグデータの登場以前、これらは定性的にしか語ることができなかったということです。「職場が賑わっている会社は業績がいい」、あるいは「従業員はいつも同じ場所に立って接客しているお店は繁盛する」と経験的に知っていても、「○○円の売上に繋がる」と定量化できませんでした。
しかし、われわれは「あの場所に立っていれば10秒ごとに145円ずつ売上がアップする」と言えるわけです。この発見は、企業におけるワークプレイスの作り方、あるいは従業員の働き方、管理の仕方を大きく変える要因になるでしょう。従来から、「きれいなオフィスをつくれば従業員は喜んでくれる」「コミュニケーションが活性化すればいい仕事が生まれる」と考えられてきましたが、その効果が数値化されることはありませんでした。そのため直接的に業績向上に繋がるとは誰も確信できず、それらが経営上必要な投資であるとも考えられていなかったはずです。
しかし今後は「○○円の売上げ向上に繋がります」と明確に言えるようになる。これでは企業も積極的に投資をせざるを得なくなるでしょう。したがって今後、ビッグデータあるいはそれを収集するためのウェアラブルコンピュータの導入はますます進んでいくと考えられます。「ビッグデータ」という言葉そのものはブームが去るかもしれません。しかし、これまで軽んじられてきた「人間」にまつわるデータを収集・分析し、定量化して業績に結びつけていく流れは加速していくはずです。
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(2013.12.9 東京・国分寺の同社オフィスにて取材)
矢野和男(やの・かずお)
1984年、株式会社日立製作所に入社。中央研究所で半導体や携帯電話用プロセッサなどのシステムLSIの研究に携わる。2000年頃からビッグ・データの収集、活用技術に取り組み、世界を牽引。論文引用件数は2500件を超え、特許出願も350件以上。IEEEフェロー、東京工業大学大学院連携教授などを兼任。工学博士。