Foresight
Mar. 17, 2014
オープンデータが実現するデータ循環社会
官民が情報を共有・活用することで社会課題を解決
[庄司昌彦]国際大学GLOCOM講師/主任研究員
「オープンデータ」という言葉を日本語に翻訳すると、多くの方が「公開データ」「公開情報」と考えるのではないでしょうか。でも、この訳語は本質を外しています。中国、台湾では「開放資料」と書きますが、こちらの方が的を射た表現といえるでしょう。
オープンデータとは、自由に使えて再利用もでき、かつ誰でも再配布できるデータのこと。主に政府や地方の行政機関、企業などが持っている資料を、広く一般に開放して自由に使える状態にするわけです。
ですから、単なる情報公開ではないんです。「オープン」は「公開」ではなく「開放」。オフィスや建築物などを「公開します」と言われると見学だけできる印象ですけど、「開放します」と言われたら中に入って自由に使えるイメージですよね。それと同じで、ウェブ上に情報を公開しているだけではオープンとはいえません。閲覧できるだけでなく、オープンライセンス、すなわち開かれた利用条件のデータにすることが「オープン」という言葉に込められています。
行政や企業が囲い込んできた情報を広く提供する
とはいえ、ウェブに公開されている情報の多くは「©」や「All rights reserved.」とあります。著作権法が認める一部の引用しかできず、丸ごと引用して別のものにリミックスするといった自由な使い方ができないということです。したがって、「オープン」という言葉は著作権緩和の必要性も含んでいるといえます。
もうひとつ、オープンデータの「データ」という言葉も、数値的な情報だけでなく、文書、写真、画像、動画まで多様な広がりがあります。例えば、地方自治体の中には、地元の観光地の写真や映像をほぼ権利放棄の状態で提供しているところもある。だから「資料」と表現する方がしっくりくるわけです。
行政や企業がこれまで囲い込んできた情報を、従来の広報誌のような紙媒体だけでなく、機械で扱いやすいデータ形式でも提供し、それを民間が自由に使えるようにしていく。それは事業化支援となり、さらに豊かなデータの生成へとつながっていきます。オープンデータの名の元に、データ循環社会への環境整備が始まっているのです。
Open Knowledge Foundation Japanは、オープンデータの推進や普及活動を目的としたOpen Knowledge Foundationの日本支部団体。全国各地のイベント主催者のサポートや全体コーディネートを行っている。設立は2012年7月。
http://okfn.jp/
オバマ政権が与えたインパクト
オープンデータへの取り組みはヨーロッパが先行しています。端緒となったのは、2003年に出されたEU指令です*。その後、OECD(経済協力開発機構)などでも情報開示強化へ向けた議論が進められてきました**。
世界的なインパクトを与えたのは、2009年に発足したアメリカのオバマ政権です。就任初日に発表したオープンガバメント(開かれた政府)についての覚書で、「透明性」「参加」「協働」をキーワードに、政府運営に関する情報を一般に開放していくと表明しました。
透明性が高まれば国民の参加を引き出すし、参加が進めば組織を超えた連携が実現します。そしてそれは既存のセクターを超えた協働へと発展していくでしょう。単なる情報公開というイメージを超えた、革新的なコラボレーションの実現まで見据えたもの――オープンガバメントはそういう大きな考え方であり、そのキーになっているのがオープンデータという考え方なんですね。
これに呼応するように、2010年にイギリスのキャメロン首相は「大きな社会」の実現を政策課題として打ち出しました。国家は財政難でお金がない。その代わり情報は出すよ、というもの。情報を開放することで社会セクターを強くして、地域の課題を自ら解決してほしいと訴えたのです。
東日本大震災もオープンデータ推進の引き金に
こうした世界の流れに合わせて日本も変化しています。日本では従来から行政の力が強く、政官財の狭いサークルに情報が囲い込まれて、意思決定もその中で行われていました。しかし今は利害関係も問題も複雑化しているため、広く民間の力も含めた総力戦でことに当たる必要が生じています。
そこで1990年代後半から、情報公開法が作られたりインターネットによる政府の情報発信が次第に広まったりしてきました。そして2009年の政権交代は大きなインパクトとなりました。2010年には、当時首相だった鳩山由紀夫氏が施政方針演説で「新しい公共」を訴えました。市民やNPOが主体となって公共サービスを提供しようとするもので、「大きな社会」に似た考え方です。
翌年に起きた東日本大震災も、オープンデータを推し進める契機となりました。1つは放射線量の問題です。電力会社や政府が繰り返す「ただちに健康を害するものではない」というアナウンスに、国民は「とにかく数字を見せろ」と詰め寄った。そうして被災地や周辺地域の放射線量の実測値が公開されるようになりました。また、電力の需給データも、当初電力会社はグラフで公表していましたが、途中から方針を転換して、今ではCSVファイルで細かい数字が提供されています。それを民間が活用して、さまざまなグラフ表示やメール通知サービスに発展していったという経緯があります。
こうした流れがあって、政府は国家戦略として2012年に「電子行政オープンデータ戦略」を決定し、公共データの活用促進に取り組む姿勢を示しました。産官学が連携してオープンデータの流通を促進する環境整備に取り組む「オープンデータ流通推進コンソーシアム」も設立されています。
さらに、2013年6月にはG8(主要国首脳会議)でオープンデータ憲章が制定されました。世界の主要国でオープンデータを推し進めることが公式に決まったわけです。日本政府も「世界最先端IT国家創造宣言」*** を閣議決定し、個人情報や安全保障に関わる以外の情報はすべて公開を原則として営利利用も認めるという、「open by default(オープン・バイ・デフォルト)」の方針を明示しています。
* EU指令
「公的機関が保有する情報の再利用が可能な場合には、商業・非商業の目的を問わず、これらの情報が再利用可能であることを確保しなければならない」としている。
** OECDの取り組み
2005年発行の報告書”Modernising Government”で、情報開示強化によるいっそうの透明化や政策形成への国民参加の期待を示した。2008年のOECD閣僚級会合では、公的セクターの情報やコンテンツを、よりいっそうデジタル形式で入手しやすくするというソウル宣言が採択されている。
*** 世界最先端IT国家創造宣言
「公共データについては、オープン化を原則とする発想の転換を行い、ビジネスや官民協働のサービスでの利用がしやすいように、政府、(略)地方公共団体等が保有する多様で膨大なデータを、機械判読に適したデータ形式で、営利利用も含め自由な編集・加工等を認める利用ルールの下、インターネットを通じて公開する」とした。
オープンデータによって
情報だけでなく人も開かれていく
オープンデータに積極的に取り組む自治体も出てきました。よく知られているのが福井県鯖江市でしょう。電子行政オープンデータ戦略の策定前から、市内の観光情報や避難所情報などをXML形式で提供し、それを元に民間がさまざまなアプリケーションに展開してきました。鯖江はメガネの生産を主産業としてきましたが、グローバル競争にさらされる中、「データシティ」の看板を掲げてITも新しい産業の柱にしていこうと頑張っています。
千葉市も熊谷俊人市長が通信会社の出身でITに強いということもあって、オープンデータが進んでいます。例えば、どこのベンチが壊れているとか、どこの道路が傷んでいるといった、行政では気づきにくい地域の課題を市民がレポートする「Fix My Street」というウェブサービスに似た「ちばレポ」というサービスを作り、その効果の実証に取り組んでいます。子育て世代向けのITサービスを充実し、人口減少に歯止めをかけようという狙いもあると、熊谷市長はおっしゃっていました。
ファミリー層をフォローしているのは横浜市も同じ。高齢化が進む金沢区には、子育て情報ポータルサイト「かなざわ育なび.net」がありますが、これを作る際に整備したデータを二次利用可能なライセンスで提供しています。また、横浜市は横浜オープンデータソリューション発展委員会を民間主導で設立し、さまざまなワークショップを行っています。AR(拡張現実)アプリを使った街歩きや、ウィキペディアに街の情報や写真を登録するなど、ユニークな取り組みを進めています。
こうした事例は、いずれも産業育成を図ると同時に、子育て支援やバリアフリーなど地域の課題を地域の人々と一緒に解決しようというもの。さまざまな立場の市民が知恵や技術を出し合って課題解決に取り組むわけです。そういう場で一番興奮するのは行政の方々なんですよ。「こんなにみんな真剣に議論してくれるのか」「スピード感に感動する」といった声が上がります。
オープンデータによって情報だけでなく、人も開かれていくんですね。データを一緒に見て、議論して、課題を練ろう、解決策を作ろうという、いわば共同作業の場が作られる。オバマ大統領は「開かれた政府」として「透明性」「参加」「協働」を挙げましたが、「開かれた街」を作る際にもオープンデータは大きな役割を果たしているといえます。
異なる専門性を持つ人々の協働が可能性を広げる
街づくりにオープンデータを生かすという機運の高まりを如実に表しているのが、「インターナショナルオープンデータデイ」(以下、IODD)の盛り上がりでしょう。国や都市が取り組むオープンデータ政策を支援し、公共データ利用を促進することを目的に、世界各地で行われるイベントです。2011年にスタートしました。
私が代表理事を務めるオープン・ナレッジ・ファウンデーション・ジャパンは、2013年から日本でのIODDを主催しています。去年は世界で102都市が参加していまして、うち日本からは8都市、合計400名ほどが参加してくれました。2014年は日本からこの数倍**** のエントリーが見込まれています。こうした数字を見るだけでも、各地にオープンデータの動きが浸透していることを実感します。
IODDの当日に何を行うかは参加者が考えます。アイデアソンやハッカソン***** でもいいし、課題を発掘して可視化するのでもいい。その地域にふさわしいもの、やりたいものをやってもらいます。開発したものを使うのは地域の方々ですし、問題はより現場に近いところで解決してもらうのが本筋だと思うからです。
僕らはIODD以外にもハッカソンやアイデアソンを運営していますが、現場の様子を見ていると面白いですよ。例えば、エンジニアやジャーナリスト、デザイナーを集めてハッカソンを行うと、エンジニアは課題解決、ジャーナリストはニュース価値の発見にそれぞれ長けているとか、それでもやっぱりデザイナーがいないと見た目や使い勝手がイマイチとか(笑)、いろんな発見があるんです。さまざまな専門性を持つ人が集まって協働することで可能性がぐっと広がるし、主催側としては、それが実現するように参加者同士の対話を促す工夫を凝らしています。
オープンデータはビジネスにイノベーションをもたらす
日本でのオープンデータの動きは、欧米にやや遅れを取っているものの、着実に進んでいると思います。そもそも日本の公務員の方々は職務に忠実ですからね。政府の会議の議事録や配布資料は一通りウェブにアップされていますし、すでにかなりの資料が公開されていると言っていいでしょう。
しかしながら先ほどもお話ししたように、それが著作権保護の対象になっているケースが多くて、自由に使えないという実情がある。民間の側からもっとこういうものを使わせてほしい、こういうデータを出してほしいと声をあげていかないと、行政も緩和の方向に行きにくいと思います。
また、情報管理のルールづくりは注視していく必要があるでしょう。日本では特定機密保護法、米国ではウィキリークスやスノーデン事件により政府の情報管理が問題になっています。こうしたルール作りによって、行政内部でのドキュメントや資料の整備は進むと思われますが、オープンデータ推進に歯止めがかからないとも限らない。オープン化とクローズ化の動きが同時に進んでいるのが現状です。
情報を囲い込む壁を壊そうという働きかけは、ビジネスにもメリットをもたらします。多くの企業で行き詰まり感がある今、次の展開のヒントがオープンデータによって見えてくる可能性は大いにあります。
例えば、国際大学GLOCOMの「社会イノベーションラボ」では、さまざまな企業の方々とフューチャーセッションを行っています。企業がお互いに、自社のサービスや技術などをいったん忘れたうえで、課題の解決策をまず掘り下げます。そのうえで誰が何をどうするか考えていく、いわば課題中心のアプローチを採っています。これは既存の方法では解けなかった課題を解くのに有効な手段ですし、結果として新しいビジネスの種を見出すことにもつながります。
課題に向き合って創意工夫しながら知恵を絞っていく。そういう機会をもっと増やしたいし、それはイノベーションにもつながっていくはずです。
WEB限定コンテンツ
(2014.1.10 国際大学GLOCOMにて取材)
「Fix My Street Japan」のサイト。
https://www.fixmystreet.jp/
かなざわ育なび.net http://kirakana.city.yokohama.lg.jp/
**** 日本からのエントリー
2014年のインターナショナルオープンデータデイは、取材後の2月22日に開催され、日本からのエントリーは32都市、参加者は1000人以上にのぼった。世界のエントリー都市数も194と激増した。
***** ハッカソン
特定のテーマに関心のある人々が集まって、アイデアや技術を出し合いながら短期間でアプリケーションを開発するイベント。
庄司昌彦(しょうじ・まさひこ)
国際大学 グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)講師/主任研究員。Open Knowledge Foundation Japan代表。インターネットユーザー協会(MIAU)理事。1976年東京都生まれ。中央大学大学院総合政策研究科修士課程修了。2010~12年、内閣官房IT戦略本部 電子行政タスクフォース構成員。