Foresight
Mar. 24, 2014
オープンデータがビジネスにもたらすインパクト
「地域」「モバイル」「リアルタイム」の掛け算がカギ
[庄司昌彦]国際大学GLOCOM講師/主任研究員
オープンデータはビジネスにもメリットをもたらします。オープンデータを活用するビジネスの型を大きく分けると、次の3つになるでしょう。
(1) G to C
(2) G to B to C
(3) G to B to B to C
まずは(1)「G to C」ですが、これは行政機関からリリースされた情報で国民や消費者が直接メリットを受けるというものです。子育てや福祉に役立つ地域情報などは最たる例でしょう。行政がデータを開放するためのシステム開発などに企業参入の余地がありますが、このタイプはビジネス色はやや薄いといえます。
行政情報にゲーミフィケーションを盛り込んだアプリも登場
行政と消費者の間にビジネスが介在するのが、(2)の「G to B to C」です。行政のデータを企業が加工して消費者に提供するというもので、典型的なパターンはアプリ販売です。
具体例として、東京都下水道局が提供する降雨情報サイト「東京アメッシュ」があります。下水道局が保有するレーダーや地上150台の雨量計のデータを解析して、都内で雨がどれだけ降っているかを最大250メートルメッシュのアニメーションで示すというもの。5分ごとに情報が更新されるので、きめ細かい気象情報がほぼリアルタイムで入手できます。
ただ残念なことに、これが従来型の携帯電話にしか対応していないんですね。そこで腕をまくったのが外部のエンジニアで、iPhoneやKindleから参照できるように勝手アプリを作って公開しています。まさに公共データ活用の分かりやすい事例といえるでしょう。さらに他のデータと組み合わせれば、農作物の管理や人出の予測といった展開も考えられます。
全国の図書館の貸出状況をリアルタイムに検索できる「カーリル」も、「G to B to C」のタイプ。今までは地域をまたがって図書館の蔵書を検索できなかったので、とても便利なサービスです。しかもアマゾンとデータ連携しているので、本の詳しい内容がわかるのも魅力です。
もう1つ、面白法人カヤックが開発・運営する「鎌倉ごみバスターズ」も同じ型ですね。鎌倉市のごみの減量を目的に作られたアプリで、「分別する」「食べ残しをしない」「リサイクルをする」といったアクションを実行してポイントをためると、鎌倉にまつわるアイテム画像がもらえます。行政の情報を外部が加工して、ゲーミフィケーションを盛り込んだアプリに仕上げたわけです。カヤックとしては本拠地を置く鎌倉市に対するプレゼントとのことですが、間に企業が介在するという意味で「G to B to C」に該当するでしょう。
グーグルの元社員が作った農家向け保険商品
オープンデータビジネスの3番目の型が、「G to B to B to C」です。Cに直接つながるBの業種は、農林水産でも観光でも伝統工芸でも何でもいい。とにかくそのビジネスがしやすいように、支援ツールを提供するのが手前のBというわけです。
このパターンの世界的な成功例としては、アメリカの農家向け保険商品「Total Weather Insurance」が挙げられます。悪天候で農作物の収穫に打撃を受けたとき、農家に収入補償を提供するというもので、開発したのはグーグルの元エンジニアが中心となって作った保険会社「The Climate Corporation」です。
補償の検討素材は、気象局がリアルタイムに提供する全米250万か所の気象データや、農務省が提供する過去60年の収穫量データ、さらに1500億か所の土壌情報といったビッグデータです。それらを掛け合わせて、どの農場のどこに何を植え、そこがどんな気象条件だとどんなリスクがあるかを詳細にリスク計算し、保険商品にするわけです。
2013年10月に Climate Corporation はバイオ科学企業モンサントに買収されましたが、その額は10億ドルといわれます。それだけビジネス価値があるということです。
日本では、徳島県上勝町の株式会社いろどりが手がける“葉っぱビジネス”があります。料理を引き立てるのに使う葉や花、山菜などを収穫・栽培して販売するというものです。地域活性化の事例として有名で、映画にまでなっていますが、このビジネスをオープンデータで捉えてみると、GはJAなど公共の市場ということになります。そこから、いろどりが今何の葉が売れるかという情報を仕入れ、さまざまな情報を集約し、農家へ伝えるのです。売れ筋の商品情報が現場に流れるので、農家は効率よく動けます。公が作って出しているデータを、間に入ってビジネスセクターである農家の人々に提供するということで、これもオープンデータビジネスの一形態といえます。
Open Knowledge Foundation Japanは、オープンデータの推進や普及活動を目的としたOpen Knowledge Foundationの日本支部団体。
http://okfn.jp/
東京アメッシュ
http://tokyo-ame.jwa.or.jp/
カーリル
運営は株式会社カーリル。
https://calil.jp/
鎌倉ごみバスターズ
http://bmsp.kayac.com/gomibusters/
Total Weather Insurance
Climate Corporationは2006年にグーグルの元従業員が設立。数字、統計、神経科学などの博士号を持つデータ解析の専門家も業務に従事している。
http://www.climate.com/products/total-weather-insurance
株式会社いろどり
http://www.irodori.co.jp/
開発ツールを提供するビジネスや
ニーズを探るコンサル業にも可能性が
こうした事例に限らず、オープンデータはさまざまな分野にビジネスのインパクトを与える可能性があります。
データを活用したソリューションを開発するビジネスが発展するだけではありません。開発ツールを提供するビジネスも増えていくはず。アメリカのゴールドラッシュでジーンズやツルハシを作るビジネスが盛んになったのと同じで、ビジネスの生態系が広がっていくわけです。データ活用社会に向けて道具立てを整備していくビジネスは実際に出てきていて、公開データを機械が判読しやすい形に整えたり、位置情報を地図データに示すアプリが提供されたりしています。
また、社会や企業のニーズを汲んで行政に働きかけるコンサル的ビジネスも見込みがあります。公開情報と独自情報を掛け合わせて新しい価値を創出するということで、これも中間ビジネスといえます。
ビジネス的価値でいえば、地方自治体が持っているデータにも注目が集まると思います。というのも、消費者の生活に密着した情報だから。消費者の多くがスマホを持っている時代です。したがって、地方自治体が持っているデータを加工して、今その場にいる人に必要な情報を届けるサービスは可能性を秘めています。
例えば飲食店の開廃業情報は、営業の許認可権を持つ保健所が最新データを持っています。これを定期的に公開してくれれば、グルメサイトは営業をかけやすくなるし、ユーザも行ってみたら店がつぶれていたなんていう空振りがなくなる。どこに何があるかという正確な最新情報がオープンになれば、間にビジネスが入って、より価値の高い情報を提供することができます。「地域」「モバイル」「リアルタイム」の掛け算は、オープンデータビジネスの1つのカギとなるでしょう。
オープンデータの市場規模は1.2兆円
ではオープンデータが実際にどれだけの経済効果をもたらすのか。気になるのは市場規模です。
イノベーションの話なので予測は極めて難しいのですが、ヨーロッパ全体での試算を元に日本のGDPなどを勘案して計算すると、オープンデータの市場規模は1.2兆円、経済波及効果も含めると5兆円あまりにのぼるとされています*。2013年にマッキンゼー・グローバル・インスティテュートが発表した試算はさらに上を行っていて、オープンデータを活用することで年間3兆ドルもの経済的価値を生み出すとのこと。あまりにも大きすぎて、「本当かなあ」と疑う向きもあるのではないでしょうか。
この感覚は、インターネットやソーシャルメディアが登場したときと似ているように思います。インターネット黎明期は、お店がなくてもモノが売れるらしい、Eコマースができるらしいなどと経済界が色めきました。それは確かに実現しましたけど、インターネットが経済に与えたインパクトはそれだけじゃないですよね。仕事のやり方、組織のあり方、人々の時間の使い方まで変えているわけです。ソーシャルメディアもそう。顧客とのコミュニケーションや口コミの形が変わるといわれましたが、趣味グループの活動の活性化、働き方や人脈の作り方まで変えてきました。
このように、イノベーションがもたらす影響は実測に出てこない部分が大きい。ですから、オープンデータが経済に与えるインパクトも計り知れません。政府のあり方や企業間のコラボレーションの仕方、オープンイノベーションの促進など、極めて大きい変化を与えるもの、それがオープンデータだと思います。
特にオープンデータに関してはグローバルな流れがありますから、世界規模で相互に影響を与え合うことが予想されます。他の国ともデータを交換するため、すでに各国との協調が強化されつつあります。データを公開したインパクトは日本国内にとどまりませんし、ガラパゴスで済まない話も多い。否が応でも日本はオープンデータの渦に巻き込まれていくわけですから、むしろ渦の中に飛び込んで、こちらから提案していったほうが主導権を握れるでしょうし、先行メリットを得るチャンスも増すと思います。
日本は防災関係の情報整備が他国より進んでいます。地震や津波に関するデータの保存形式や使い方などをアプリやサービスを含めて世界に提示できればインパクトは大きいでしょう。
組織を超えた横の連携が力になる
実際に取り組みを始めている企業も出てきています。例えば、首都圏の鉄道会社が連携して、時刻表はもちろん、電車の位置情報や施設の混雑状況までオープン化する動きがあります。統一フォーマットでデータが提供されればサードパーティはアプリやサービスを開発しやすくなりますし、結果として利用者の利便性も向上するでしょう。
大手メディアも興味を持っていて、朝日新聞、日経新聞、NHKなどは、各地のオープンデータの動きをずいぶん報じるようになりましたし、自分たちの取材力と外部の知見や技術を融合して新しいデータジャーナリズムを自ら作れないかという取り組みを始めています。ローソンやリクルートなど、ハッカソンを主催する企業も出てきました。
ただ、オープンデータビジネスを手がける以前に、組織内でオープンデータに対する理解が広まらないという悩みもよく聞かれます。現場の担当者は意欲的なのに上層部が理解を示さず、組織として動くことができない。ハッカソンやアイデアソンを主催していると、そういう声をよく聞きます。
その際に威力を発揮するのが組織を超えたネットワークです。ハッカソンやフューチャーセッションなどに参加する人は、さまざまな立場の人とディスカッションしながら主体的に課題を解くことに面白さを感じている人が多いと感じます。そういう人同士がつながると強いですよね。
面白いのがイタリアの例です。2013年のオープンデータデイで、イタリアはアメリカに次いで参加都市が多かった。この理由を当事者たちに聞いたら、「国の動きが悪いから都市単位で頑張っている」というんです。この動きを後押ししたネット上のコミュニティに「スパゲッティ・オープンデータ」というものがあって、その中にはかなりの数の公務員がいるそうです。縦の動きでなく、横の連携が力になっていることを感じさせる事例ではないでしょうか。
ビジネス上でほしいデータがあった場合も、いきなり行政機関の窓口に行ってお願いしても難しいこともあります。外部のイベントやオンラインのコミュニティを活用して、オープンデータに意欲的な公務員とつながることができれば情報へのアクセスもスムーズになるでしょう。
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(2014.1.10 国際大学GLOCOMにて取材)
* オープンデータの市場規模
EUでは280~320億ユーロと見積もられ、これをGDP比で換算すると日本では1~1.2兆円に相当する。さらに直接的な経済効果は1.5兆円、経済波及効果は5.5兆円に上るという。(高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部・第21回 電子行政に関するタスクフォース(平成24年3月)において、欧州委員会に提出された調査結果を参照し、NTTデータが試算)
庄司昌彦(しょうじ・まさひこ)
国際大学 グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)講師/主任研究員。Open Knowledge Foundation Japan代表。インターネットユーザー協会(MIAU)理事。1976年東京都生まれ。中央大学大学院総合政策研究科修士課程修了。2010~12年、内閣官房IT戦略本部 電子行政タスクフォース構成員。