このエントリーをはてなブックマークに追加

心を整えてパフォーマンスを向上。
人と会社を変えるフロー理論

一流アスリートも実践する「自分の心の作りかた」とは

[辻 秀一]スポーツドクター 株式会社エミネクロス代表

私の仕事は「“楽しくて仕方ない”心の状態をつくり、みなさんの仕事や人生に役立ててもらうこと」。少し固めに説明すれば「フロー理論を応用したスポーツ心理学を用いて、アスリートやビジネスパーソンのパフォーマンスを高めること」でしょうか。

キーワードである「フロー」に触れる前に、まず前提として確認しておきたいことがあります。それは「人間のパフォーマンスは心の状態で決まる」という事実です。

仕事においても、結果にとらわれすぎず、やるべき作業に夢中になっているときのほうが結局は成果も上がる。そんな個人が集まる組織があれば、当然大きな目標を達成できます。逆に、ストレスに苦しみ、やる気が萎えた社員ばかりの組織はパフォーマンスが落ちる。ここまでは、体験的にも理解できますよね。

問題は、人間の心の状態が「目に見えない」ということです。

携帯電話のようにアンテナが表示されて「ここは圏外だな」と見てわかれば対策が打てるのですが、人間の心はそうはいきません。「今自分は機嫌が悪いな」と気づく感性も養っていない。そのせいで、いわば心が圏外にある状態で仕事をしている人がたくさんいるのです。

これでは、その人が持つ本来の力を発揮することさえできません。必要なのは、心を整えるためのトレーニングです。そんなわけで私は、多くの企業の中に入り込み、楽しくて仕方がない心の状態をつくるためのお手伝いをしているんです。

行動の「内容」を決める脳、「質」を左右する心

私のトレーニングは、フローに関する知識を学んでもらうことから始まります。

1970年代半ば、シカゴ大学(当時)のミハイ・チクセントミハイ教授* が「フロー理論」を提唱しました。彼の定義によればフローとは「1つの活動に没入しているので他の何ものも問題とならなくなる状態。その経験それ自体が非常に楽しいので、純粋にそれをするために多くの時間や労力を費やすような状態」のことです。

ただ、これはかなりシビアな定義です。私の定義ではもっと単純に「機嫌がいい」心の状態をフロー、「機嫌が悪い」状態をノンフローとしています。

人間は24時間365日、何らかのパフォーマンス(行動)をしています。スポーツも仕事もパフォーマンスの1つです。極論すれば、人間は死ぬまで「生きる」というパフォーマンスをしているとも言えます。

パフォーマンスには2つの構成要素があります。1つは戦略、「何をするか(things to do)」、つまり行動の「内容」ですね。これを決めるのが「脳」です。もう1つ、行動の「質」を左右するのが「心」の状態です。機嫌がよければ仕事の質は高くなり、機嫌が悪くなれば下がります。みなさんも思い当たるでしょう? 機嫌がいいときはいいアイデアも出るし、仕事もはかどる。でも機嫌が悪いと、いつもより能率が下がりますよね。

「だったら、いつでも機嫌よくしていればいいじゃないか」。その通りなんですが、多くの人は気づけばノンフローに陥り、行動の質が下がっています。なぜか。心を整える習慣がないせいもありますが、それだけではありません。「そもそも人間にはノンフローを作り出す仕組みが備わっている」ことが、すべての元凶なのです。

「認知の脳」がノンフローを生み出す

人間にはノンフローを作り出す仕組みが備わっている。具体的には、脳が備えている「認知」という機能のことです。

私たちの行動の内容を決めているのは、この認知です。このとき認知は「外界」に意味づけする作業も行います。例えば「朝から雨が降っている」と、どんな気分になりますか? 服が濡れるから、傘で手がふさがるからといって「憂鬱になる」人が多いはずです。つまり、心がノンフローに向かう。

しかし「雨は憂鬱だ」というのは事実ではなく、認知による意味づけです。雨はただの水であって憂鬱が降っているのではない。生まれたての赤ん坊が「雨は憂鬱だ」なんて思いませんよね。歳をとって経験を積み、雨だと服が濡れる、傘が面倒、寒いとわかっているから、雨に対して「憂鬱だ」とネガティブな意味づけをする。

この意味づけが、ノンフローのもとです。雨が降ったら傘を差せばいいだけなのに、「憂鬱だ」と意味づけするから機嫌が悪くなって、パフォーマンスが落ちるというわけです。

もちろん、そこでポジティブな意味づけができれば、ノンフローは生じません。でも実際、認知が行う意味づけの多くが、ネガティブなものなんです。しかし、「困る」「不便だ」と感じるからこそ人間は道具を発明し、文明が発展した。認知の脳があるから、人間は進化できたわけです。

認知は人間の行動の源泉だから、やめたくてもやめられない。どうしても外界の影響を受けて心が揺らぎ、それにとらわれてしまう。放っておけばノンフローに向かってしまう生き物、それが人間なんです。

辻秀一氏は応用スポーツ心理学をベースにした独自のメソッドを活用し、講演、メンタルトレーニング、産業医、カウンセリングなど多岐に活動している。
http://www.doctor-tsuji.com/

* ミハイ・チクセントミハイ
アメリカの心理学者。著書『Beyond Boredom and Anxiety : Experiencing Flow in Work and Play』(邦訳『楽しみの社会学』(新思索社))でフロー理論を提唱した。

心にフローをもたらす
「第二の脳」を養う

ここからが大事なところです。では、どうすればノンフローを脱し、フローな人になれるのか。すなわち、ハイパフォーマーになれるのか。

普通の人の考え方はこうです。1つは「外界を変えて気分を変える」。雨が晴れたら気分がいいし、仕事のトラブルが解決すれば嬉しいわけです。2つめは「行動をとることで気分を変える」。例えば、おいしいものを食べる、よく眠る、おしゃべりをする。

でも、この2つは「いつでもどこでも」はできません。雨が晴れないこともありますし、仕事中に眠るのは無理です。そこで3つめの「考えない、気にしない」という選択肢が出てくるのですが、これも難しい。「雨は憂鬱だけど気にしないようにしよう」って、そう考えること自体が気にしている証拠ですから。

4つめ、多くの人が「プラス思考」をするよう努力します。つまり、ネガティブな意味づけを無理矢理ポジティブに変える。例えば「雨が降るおかげで水が飲めるんだ、雨は憂鬱なものじゃないんだ」と。しかし、できると思いますか? 長年「雨は憂鬱だ」と意味づけしていた人が、「雨は好きだ」なんて。

それでもプラス思考を続けると、むちゃくちゃ疲れるんです。プラス思考って要は自分にウソをつくということ。ビジネスパーソンが疲れているのは、プラス思考しかノンフローを脱する術を知らないからでもあるんです。

「ライフスキル脳」が認知の暴走を抑える

ところが、超一流のアスリートたち、例えばメジャーリーガーのイチロー選手やレスリングの吉田沙保里選手は、上手に気分を切り替えて、自分の力でフローな状態を作り出しています。彼らは何がすごいのでしょうか?

答えは「第二の脳」にあります。

認知の脳は、いわば第一の脳です。多くの人は認知の脳だけで生きていますが、フローな人は、第二の脳が備わっている。私はそれを「ライフスキル的な脳」と呼んでいます。

前述の通り、認知の脳は外界を向いています。対して、ライフスキル的な脳は内側を向いている。ライフスキル的な脳がなければ、自分の心の状態を把握することができないのです。

多くの人は認知の脳しか使えず、しばしば心が不機嫌になり、なかなかそこからリカバリできません。しかし、「自分はいま不機嫌だな」という心の状態=感情に気づくだけでも、外部要因に対するネガティブな意味づけを解くことになりますから、認知の脳の暴走を抑えられます。そのときどきで心がどういう状態にあるかを意識すること、ライフスキルを働かせて自分の内面に意識を向けることが、フローな状態へ近づく第一歩なんです。

フローな人は「いま」を大事にしている

ライフスキル的な脳を養い、フローであるために、イチロー選手たち超一流アスリートがどんなことを実践しているのか。いくつか例を挙げてみます。

1つは、「いま」を大事にする思考法です。過去や未来ではなく「いま」に集中し、「いま」必要なことを「いま」やる。これがフローをもたらします。イチロー選手がこんなふうに話しているのを聞いたことがありませんか。マスコミに「連続試合安打が途切れましたね」と過去について問われて、イチロー選手が「別に」「いまするべきことをするだけです」と答える。あるいは「来年も200本安打打てますか」と未来について尋ねられても、イチロー選手は「別に」「今するべきことをするだけです」と答える。

普通の人は、過去のことばかり考えています。行動の内容を決定するために、認知の脳は過去を振り返り、反省して、分析するからです。未来のことも考えます。目標を立てたり、その実現に向けた計画を練るためには、未来を見ないわけにはいかない。

でも、それがノンフローを招くんです。変えられない過去のことばかり考えると、人はそのことにとらわれ、後悔する気持ちが生まれる。未来のことばかり考えるのもよくない。未来のことは誰にもわかりません。わからないものを考え続けたら、不安、心配、焦り、緊張といったものにいっぺんに襲われてしまう。

そうならないよう、「いまに生きる」思考が必要になるんです。もちろんイチロー選手だって、過去のプレイを反省することもあれば、未来に向けて計画を立てることもある。でも、変えられない過去、わからない未来に縛られない。揺らがず、とらわれず、「いま」に注力するんです。

機嫌がよくなる言葉や態度を選ぶ

言葉や表情、態度を変える方法もあります。トップアスリートの立ち居振る舞いを見るとよくわかります。

ゴルフの宮里藍選手がなぜいつも穏やかな表情をしているのか。嫌なことがないからではないんです。仮に嫌なことがあっても、眉間に皺を寄せるより、笑顔でいることを選ぶ。それで気分が切り替わると知っているのです。

普通の人は「ボギーを打てば悔しい顔をする」。出来事に対して反応しているだけです。でも、「こうすると自分の心はフローに向かう」とわかっていれば、自分の心を整えることを第一に考えて、そのために必要な言葉や態度を選択できるのです。

だから、トップアスリートたちは、いつでもどこでもフローな心をつくることができる。これはビジネスパーソンにとってもぜひ身につける価値があります。別に悟りの境地を目指せと言っているわけじゃないんです。人間なら誰しも揺らいで、とらわれる状態になります。でもその状態にすぐ気づいて、いち早く脱出し、フロー状態にリセットできる術を身につけることが重要だということ。

どんなとき、どんな場所にいても、自分の心を整え、ベストなパフォーマンスを発揮する。そのために必要なのが、第二の脳、ライフスキル脳なんです。認知の脳と、このライフスキル脳の両方をしっかりと習慣的に働かせる。両方がバランスよく機能するバイブレイナー(Bi Brainer)こそ、閉塞感に満ちたビジネス環境で高いパフォーマンスを元気に維持できるのです。

WEB限定コンテンツ
(2014.3.13 渋谷区のエミネクロスオフィスにて取材)

辻秀一(つじ・しゅういち)

1961年東京生まれ。慶應義塾大学病院内科、同スポーツ医学研究センターを経て、独立。応用スポーツ心理学とフロー理論を基にしたメンタル・トレーニングによるパフォーマンス向上が専門。セミナー・講演活動は年間200回以上。多くの企業やアスリートなどをサポート。著書に『フローカンパニー』(ビジネス社)、『スラムダンク勝利学』(集英社インターナショナル)、『自分を「ごきげん」にする方法』(サンマーク出版)、『心を磨く50の思考〜誰でもできる「いい気分」のつくり方〜』(幻冬舎エデュケーション)など多数。また、プロバスケットボールチーム「東京エクセレンス」を設立。2013年度、NBDL(日本のバスケットボールリーグ)にて優勝を飾り、同リーグの初代チャンピオンになる。http://www.doctor-tsuji.com/‎

RECOMMENDEDおすすめの記事

台北市民に深く愛される「文創」スピリットの発信基地

[華山1914 文化創意園區]Taipei, Taiwan

ドイツ発「インダストリー4.0」が製造業を変える

[尾木蔵人]三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 国際営業部副部長

デジタルが実世界を呑み込む「アフターデジタル」とは

[藤井保文]株式会社ビービット 東アジア営業責任者、エクスペリエンスデザイナー

TOPPAGE
2022年7月、「WORKSIGHT[ワークサイト]」は
「自律協働社会のゆくえ」を考えるメディアへと生まれ変わりました。
ニュースレターを中心に、書籍、SNS、イベント、ポッドキャストなど、
さまざまなチャンネルを通じてコンテンツを配信します。

ニュースレターに登録する