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対立を恐れず、役割を越境していく
【日本のシリアル・イノベーター(2)前編】

プリウスやアクアを生んだリーダーシップとは

[小木曽聡]トヨタ自動車株式会社 製品企画本部 副本部長、常務役員

成熟企業においてイノベーションを起こす人材・組織のあり方を研究する「シリアル・イノベーター研究会」(株式会社リ・パブリック主催)とのコラボレーション企画。日本の大手企業で活躍するイノベーターをシリーズで紹介する。

シリアル・イノベーターとは、「重要な課題を解決するアイデアを思いつき、その実現に欠かせない新技術を開発し、企業内の煩雑な手続きを突破し、画期的な製品やサービスとして市場に送り出す。この過程を何度も繰り返せる人材」* のこと。

プリウスは「人と地球にとって快適であること」というコンセプトの元にトヨタ自動車(以下、トヨタ)が開発した、世界初の量産ハイブリッド乗用車です。1997年12月に発売後、2003年9月に2代目、2009年5月に3代目をリリースしました。

また、2011年12月に発売した「アクア」は、「2020年のコンパクトカー」をコンセプトにしたもの。より多くの方に楽しんでいただけることを目指した小型のハイブリッド乗用車です。

私は3世代のプリウスとアクアの開発に関わってきました。今回はこれらハイブリッドカーのR&D(研究開発)事例をベースに、イノベーションについて私なりの考えをお話しします。

「燃費は2倍」実現困難な社命に立ち向かう

1993年、トヨタ上層部の主導で次世代型乗用車を開発しようと、「G21プロジェクト」が立ち上がりました。「G」はグローバルのGで、これが後にプリウスの開発プロジェクトへと発展していきます。

当時私は設計部でサスペンションの設計などしていましたが、入社前からずっと製品企画の仕事がしたかったんです。それで30代になって、そこそこ経験も積んできたということで、ことあるごとに企画をやりたいと声を上げていました。そんな経緯があって、「じゃあ、お前やってみるか」と、G21プロジェクトの事務局の仕事を任されることになったんです。

中長期のビジョンに立つと、自動車メーカーは資源枯渇、ガソリン高騰、大気汚染、Co2対策といった社会問題や環境問題に直面せざるを得ません。そこで我々は何をすべきなのか。プロジェクトでは、「できること」ではなく「やるべきこと」を軸にビジョンを描いていきました。

最初に出た企画は、新型(D‑4直噴)ガソリンエンジンでエネルギー効率と出力を同時に追求するというもの。燃費を良くしようとすると、どうしても走行性能が落ちてしまいます。そこを両立させつつ、燃費は従来車の1.5倍という線を狙いました。

ところが上層部から「1.5倍なんて生ぬるい。燃費は2倍だ!」と大号令がかかった。そこでG21とは別に研究部門で開発が進められていたハイブリッドシステムを活用することになりました。といっても、ハイブリッド技術はまだ全然確立していなかったんです。モーターショー用に試作してみたけれど、やっと動くという程度で路上走行なんて到底無理というレベル。しかも発売は京都会議(COP3)* に間に合うよう97年中とのことで、残された開発期間は2年半しかありません。まあとにかく破天荒なオーダーでした。でも言われたからにはやるしかない。技術者としての意地もありました。

高いモチベーションのまま走り抜いた2年半

私は製品企画部へ異動して、プロジェクト全体のアシスタントチーフエンジニアとなり、現場を駆け回る日々が続きました。エンジン、モーター、ブレーキを制御してハイブリッドシステムをどう機能させるか。バッテリーは3分の1の大きさにしないといけない、モーターは効率が良くてコンパクトなものにしないとダメ、電池はどうする、燃費は、安全性は、コストは、量産は……。山積みの課題に、開発責任者であるチーフエンジニアや、ハイブリッドシステムや設計など各ユニットのリーダーらと必死に取り組んでいきました。

中でも大きな課題となったのは、ハイブリッド用の電池の開発です。できるだけ小さくて、できるだけパワフルなものが必要でした。しかも熱に弱い電気部品と、発熱するエンジンという水と油の関係のものを、狭いエンジンルームに同居させるなんて前例がありません。協業したパナソニック** の技術者の方には「トヨタさんの要求は電池業界の非常識です」と言われました。本当に難しかったけど、技術者のみなさんに働きかけて何とか目標に沿うものができました。

クルマの開発現場には毎日深夜までエンジニアたちが大勢詰めていました。私は夜10時ごろ引き上げて朝5時に出社し、夜の間に出てきた課題をまとめたり、資料を整理したりといった仕事もこなしました。この2年、睡眠時間は1日5時間くらいでしたね。きついことはきつかったですけど、全く新しいクルマを作っていることが無性にうれしくて、モチベーションはずっと高いまま維持できました。

97年に入ってからは、開発は24時間体制となりました。評価チームが深夜にクルマを走らせてテストし、昼間に開発チームが問題点を修正するということを繰り返して、試作車は最終的には60台を超えました。少しずつ完成度を高めていって、何とか予定通り、1997年12月に発売にこぎつけることができました。

従来のクルマ作りからはプロセス的にもスケジュール的にもかけ離れていて、自分でも振り返ると「何でできたんだろう」と思います(笑)。技術的なハードルはとてつもなく高かった。その中でやり抜くことができたのは、みんなが無我夢中になって総力を結集できたからだと思います。

* シリアル・イノベーターの定義
『シリアル・イノベーター ~非シリコンバレー型イノベーションの流儀~』(アビー・グリフィン、レイモンド・R・ブライス、ブルース・ボジャック共著、プレジデント社)より。

トヨタ自動車株式会社は世界最大手の自動車メーカー。売上高25兆円(連結、2014年3月期)、従業員数33万人(2014年3月現在)。1937年創立。
http://www.toyota.co.jp/

プリウスは2014年5月現在、世界93カ国で販売され、2013年12月末までの累積販売台数は350万台を超える大ヒットを記録。ハイブリッドカーを代表する存在になっている。

アクアは2013年の年間普通車車名別販売台数でトップとなり、4年間首位を維持していたプリウスをしのぐ人気を見せる。2013年12月末までの累積販売台数は60万台超。(写真提供:トヨタ自動車)

* 京都会議 1997年12月、京都で開催された気候変動枠組条約第3回締約国会議。

** ハイブリッド車用の電池開発のため、トヨタ、パナソニック、松下電池工業による合弁会社「パナソニックEVエナジー」(現プライムアースEVエナジー)を1996年12月に設立した。

ユーザーの声を聞き、モデルチェンジを決意。
粘って引き出した「好きにしろ」

2代目プリウスの開発がスタートしたのは、1999年の暮れのことです。初代の販売時、販売店にハイブリッドシステムを理解する人がいないので、開発チームが販売員の教育をサポートしました。そこでつながりを持った人がユーザーの生の声をたくさん聞かせてくれたんです。そこから、もっと環境性能を高めて、なおかつスタイリッシュで室内空間を広くといった改善のポイントが見えてきました。

とはいえ、当時プリウスは年間販売台数が2万台に満たず、トヨタのコアの商品にはなり得ません。社内では「フルモデルチェンジは必要ない」とか、「プリウスは生産中止にすればいい」という意見さえ出ていました。そこへ僕が「いや2代目を作るんだ、パッケージを革新するんだ」と、酔狂な提案を出してきた。賛同はほとんど得られませんでした。

でもユーザーの要求は確かにあるわけです。それに応えることが技術者としての自分の役目だと思ったんですね。それで粘りに粘って、最終的に上層部から「好きにしろ」という言葉を引き出しました。2代目の開発ではチーフエンジニアが交代して、最初から関わっているのは僕だけでした。

調査サマリーに頼らず、自らユーザーの声を聞く

トップダウンで企画が下りてきて、全社的な後押しがあった初代と違って、2代目プリウスは逆境での開発でした。でも自分の責任で裁量していけた分、本当の意味での製品企画ができたかなとも思います。

初代プリウスのユーザーの意見を聞いて、どれももっともだと思ったし、本質を突いている意見も少なくなかった。それでもっとたくさんのユーザーの声を浴びる必要があると考えて、リサーチ会社のユーザーインタビューの記録動画をひたすら20時間近く見続けたりしました。目の前に企画書のベースを置いて、気になったキーワードやヒントになりそうなタームをパソコンに入力し、それをグループ分けして、さらに企画書を練り込んでいったんです。

結果的に、2代目プリウスには多くの新機能が搭載されました。例えば、鍵穴にキーを差さなくてもドアのカギを開けられるスマートキー、電子制御式シフトレバー、後退駐車をアシストするインテリジェントパーキングアシスト、EVドライブモードなどです。従来のクルマの開発からすれば非常識なことばかりで、クルマの信頼性を損なうんじゃないかと、ベテランの技術者たちには反対されましたけど、そういう意見に従っているだけでは何も始まらない。ユーザーの目線に立ったもの作りを徹底する、そのこだわりを貫くという、その意味でいい経験になりました。

ふたを開けてみたら、この2代目は日米の市場で大きな支持を得ました。2003年9月の発売後、2004年の国内プリウス販売実績は5万9000台に急伸、翌年以降も伸び続けました。2006年にはプリウスの世界累計販売が50万台を突破、2008年には100万台を突破するなど、今のプリウス人気にスピードをつけることができたんじゃないかと思っています。

「やりたがり精神」で現場にもぐり込んでいく

2代目の成功を受けて、3代目プリウスの開発でも顧客や市場を徹底的に探求する努力をしました。パワートレーン(動力伝達機構)を大きく改造し、環境性能や走行性にもいっそう磨きをかけました。その甲斐あってか、3代目は過去の2台を超えるヒットとなりました。2010年にはプリウスの年間国内新車販売が31万5000台あまりとなり、過去最高の年間販売台数を記録しています。

そうはいっても10億台という世界のクルマの数からいえば、まだまだ微々たるものです。環境車は普及することに意義があります。そこで、ハイブリッド車をさらに多くの人たちに楽しんでもらいたいという思いで、次にアクアを開発したというわけです。街中も気軽に走れるコンパクトさがあって、若いユーザーにも求めやすい価格で、スタイリッシュで、もちろん燃費もいい。2020年のコンパクトカーの理想を追求しました。

小型化すると、デザインや室内空間が犠牲になりがちです。ましてハイブリッド車の場合、エンジンと電池を搭載するわけですから制約は大きくなる。でもクルマは見た目がよくないと、どんなに性能が魅力的でも買う気になりません。一方で、デザイナーだけに任せているとどれか機能を落としたり、製造上のしがらみに縛られてバランスが悪くなったりします。そこで、デザインを考える際もデザイナー任せにせず、一緒になってじっくり検討を重ねました。

これはアクアに限ったことではないんですけど、全体のレイアウトを決めるときは5分の1サイズのシルエット図を自分で描くんです。盛り上がると1分の1サイズになったりするんですけど(笑)。それを床に広げて、この線は3ミリ上だとか4ミリ下だとか言って、「ありがた迷惑です」とデザイナーに言われたこともあります。でも、そう言いながらデザイナーもどこか楽しそうなんですよ。ハイブリッドシステムにしても、ユニットのリーダーと仲良くしつつ、現場へもぐりこんで担当者に「こうしたら絶対よくなるから」と無理難題をお願いしたりしましたね。みんな苦笑いしつつも、「仕方ないなあ」という感じで受け入れてくれました。

人一倍汗をかいて納得してもらう

無理を言っても相手が応えてくれるのはどうしてかなと考えると、まず1つには、人より一生懸命ものを考えているからじゃないかと思います。それによって自分の言うことに付加価値が付くわけです。

もう1つは、ユーザーの目線を徹底して意識していること。作り手側の都合で考えるんじゃなくて、「お客さんだったらこうしてほしいよね?」と訴えることで説得力が生まれます。

それから、丁寧なコミュニケーションを心がけていることもあるでしょう。自分の考えを伝えつつ、相手の考えもしっかり聞く。本音が言えないと建設的な議論にならないので、いかに敷居を低くするかにも気を配ります。プロジェクトの立ち上げで食事会や合宿をすることもあります。そういう交流を避ける風潮がありますけど、積極的にコミュニケーションを図ることはやっぱり大事だと思います。

難しいのはチーム内で複数の人が対立した場合ですね。大概の人は技術的なアプローチとか両立解を探るんでしょうけど、僕はどうやったらこの場が和むかなとか、テーマと関係ないことを考えたりもします。笑ってみようか、怒ってみようか、机を叩こうか、いっそのこと自分が怒られてみようかな、とか……。人と人をつないで、何でも言い合える仲になって、そのうえで同じ製品を作る仲間としてバトルしていく。そうすることで何かしら新しいものが生み出せると思います。

チームを引っ張るのは試行錯誤の繰り返しです。こんなふうにジタバタし続けて、決してかっこいいものじゃない。でも結果としてプリウスがあり、アクアがある。販売的にもお客さんに対しても、連続的なイノベーションとして一定の成功を収められたのではないかと思っています。

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(2014.5.9 渋谷区のトヨタ自動車オフィスにて取材)

小木曽聡(おぎそ・さとし)

トヨタ自動車株式会社 製品企画本部副本部長、シャシー技術領域領域長、常務役員。1961年生まれ。1983年トヨタ自動車入社。シャシー設計部を経て、1993年、初代プリウスの開発プロジェクトにつながる「G21プロジェクト」の立ち上げに参加。以降、初代プリウスから2代目、3代目、プリウスα、プリウスPHVまで、プリウスシリーズの全ての製品企画・開発に携わる。アクアの開発でも開発責任者を務める。現在もチーフエンジニアとして次世代環境車を担当。2011年4月より現職。

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