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イノベーションの起点は「人」である
【日本のシリアル・イノベーター(4)前編】

イノベーション・フレンドリー・カルチャーを醸成せよ

[田村大]株式会社リ・パブリック共同代表

成熟企業においてイノベーションを起こす人材・組織のあり方を研究する「シリアル・イノベーター研究会」(株式会社リ・パブリック主催)とのコラボレーション企画。日本の大手企業で活躍するイノベーターをシリーズで紹介する。

シリアル・イノベーターとは、「重要な課題を解決するアイデアを思いつき、その実現に欠かせない新技術を開発し、企業内の煩雑な手続きを突破し、画期的な製品やサービスとして市場に送り出す。この過程を何度も繰り返せる人材」* のこと。

「日本のシリアル・イノベーター」をテーマにしたシリーズ企画ということで、これまでに花王・石田耕一さん(前編後編)、トヨタ自動車・小木曽聡さん(前編後編)、パナソニック・大嶋光昭さん(前編後編)が登場されました。私たちが主宰するシリアル・イノベーター研究会でもみなさんにご協力いただいており、お三方はもちろん、他にも多くのイノベーターをよく存じ上げています。

今回はこのシリーズの締めくくりとして、石田さん、小木曽さん、大嶋さんの共通項や、シリアル・イノベーターが仕事をしやすい環境作りなどについて、私の知見をお話しします。

エンジニアらしい集中力の高さで課題を突破

石田さん、小木曽さん、大嶋さんの共通点としてまず挙げられるのは、エンジニアであることです。しかもみなさん現場が好きで、現場のために行動されている点は大きな特徴といえるでしょう。

例えば小木曽さんはプリウスやアクアの開発を経て常務となりました。役員になると現場に出ていかないのが通例でしょうけど、小木曽さんは現在もクルマの開発の最前線で尽力されています。大嶋さんも日本で有数の発明家となった今でも現場で奮闘されているし、花王の石田さんも主席研究員でありながら、もの作りの第一線で業務を続けておられます。

「現場が好き」ということの根底にあるのは探求心の強さだと思います。必要な場合は社内調整もいとわないけれども、基本的にはマネジメントや渉外について頓着しない。もの作りそのものに面白さを感じて、探求心を満たすことにプライオリティを置いているんだと思います。

いかにもエンジニアらしい集中力の高さですけど、これが課題の突破力につながっているんじゃないでしょうか。エンジニアは「まずは、動いてなんぼ」と考える。精緻な理論を組み立てるより、動くもの、うまく機能するものをとにかく作りたいという純粋な実践思考がベースにあるように感じます。シリアル・イノベーターにはエンジニアだけでなくマーケッターもいるので一概には言えませんけど、お三方の事例を見る限り、エンジニアであることはイノベーションを主導するうえで大きな力になっていると思います。

若いうちに大きな共通体験をしている

もう1つ、みなさんに共通しているのは、入社して5〜10年くらいの間に広い視野を獲得されたのではないかということです。

例えば大嶋さんは技術職で入社されましたが、5年後に技術管理の事務方へ異動しました。ご自身の感覚でいうと「左遷」だったようですが、技術管理を経験されたことで得たものは大きいとおっしゃっています。研究所内で進んでいる研究、そこに割かれている予算、生まれている成果、さらに今後の展開までもが手に取るように分かったと。技術の「出口」を見渡す力を若いころに養っていたのは大きいと思います。

イノベーションというとアイデア勝負と思われがちですが、私の感覚だと、アイデア出しの貢献度はせいぜい5〜10パーセントではないでしょうか。肝心なのはそこから先、アイデアを製品化して、世の中に出していく90〜95パーセントの部分です。上市した製品が結果的に社会にインパクトを与えたらそれがイノベーションになる。だから企画したものをどうやって製品化して流通に乗せるかという見通し感がものすごく大切なんですね。その見通しの力は若いころに培っておくべきで、それが繰り返しイノベーションを実現できる基盤になっている気がします。

石田さんは、今回の記事にはありませんけど、入社8年目に医薬品研究から畑違いの化粧品研究へ異動を命じられました。その異動直後に開発を依頼されたのが「ビオレ毛穴すっきりパック」だったんです。ですから、石田さんも社内の研究を広く見渡す目を持っていらっしゃったのだと思います。

小木曽さんは、プリウス開発のプロジェクトでマーケティングにも深く関与されていました。技術者でありながら、社内調整もしっかりこなす経験を、若いうちに積まれています。与えられた役割を超えて動いたからこそイノベーションが達成できた。

重要なのは、自分が活用できるリソースをできる限り幅広く獲得することです。決して経験の幅を広げること自体が目的ではない。「若手にいろいろなことを経験させよう」という発想だと、ジョブローテーションを連想させます。それでは単にそれぞれの部署でインターンシップしただけに終わりかねない。リソースにしっかり結節できていなければイノベーションには結び付きません。

1つの専門性に縛られないから効率よくイノベーションを起こせる

他にみなさんに共通することといえば、1つの専門性に縛られていないこともあるでしょう。

石田さんが研究領域をまたがっていることは前述の通りですし、小木曽さんは自分のことを専門性が複数ある「Π(パイ)型人材」だとおっしゃっています。大嶋さんは以前個別にお話ししたとき、「2〜3年に1回、領域を変えていく」とおっしゃっていて、それは複数の専門性を持つことを行動で示されているように思います。

ある領域で成功したら、そこでまた同じリソースを使って、同じようにやればいいと普通は思いますけど、イノベーションを何度も起こす方はそれが嫌なんでしょうね。常に新しいところで挑戦したい。もっとも、別の領域にトライした方が全く新しい境地にたどり着きやすいだろうということは察しがつきます。例えば無線の規格を研究し始めるということは、無線の世界の常識を吸収するということでもある。研究のキャリアが短いぶん、ベテランよりは新しいアイデアを取り込むことはできるけれど、さらに先へ進もうとすると自分が構築した認識世界に縛られてしまう。そこで思い切ってドンと領域替えをして、ゼロから取り組んだ方がイノベーションを起こすうえで効率がいいのかもしれません。

私自身は、シリアル・イノベーターと胸を張って言えるような立場じゃありませんが、やはり、3年に1回、意識的に研究の領域や手法を大きく変えるようにしてきました。過去の研究で得たリソースが別の分野で応用できることもあるし、たどってきた軌跡を振り返ることで自分のアイデンティティやテーマを明確にできることも実感しています。具体的にいうと、私は人間行動モデルから、デザイン、イノベーション教育、そしてイノベーション・プラットフォームへと研究領域を変えてきたんですが、振り返ってみると、「自律」「自発」というテーマが自分の根底にあると気づきました。さらにそれを軸に別の領域にも展開したいという、自分の立ち位置の再確認にもつながっています。

大嶋さんのいう「シームレス」も同じではないでしょうか。ご自身の発明に共通するコンセプトに「シームレス」があるということですが、それが明確になれば次の発明にもつなげやすくなると思います。

ただ、これはいろいろな領域をやった結果見えてくるもの。少なくとも3つくらいの課題に必死に取り組んでみないと、これだというテーマは見えてこないと思います。でもそれに早めに気づけると、イノベーターとして強みになると思います。

社内で一目置かれる存在であることもイノベーターの要件

もう1つ言うと、みなさん「愛されキャラ」でもあると思いますね。小木曽さんはコミュニケーションを重視しているし、大嶋さんは誰とでもすぐ仲良くなるとおっしゃる。石田さんも事業部から新規開発を依頼されたときのことを「暇そうに見えたんでしょう」なんておっしゃっていますが、そういうユーモア精神や声をかけやすい温かい雰囲気にあふれています。

誰に対しても気さくに、丁寧に接することで、社内にファンが増えます。「いいやつだ」「誠実だ」といった評判が立って、みんなから信頼してもらえるわけです。

また、花王の石田さんは「事情」で仕事をしません。会社の都合でなく、顧客や社会が求める価値に立脚している。だから開発しているものが発売延期になっても、仕事を投げ出すことなく、それをバネに製品の完成度をより高めることができた。小木曽さんや大嶋さんも、ご自身が手がけた技術や製品が発売されるまで、さまざまな困難がありましたが、この技術・製品は顧客が、あるいは時代が必要としているから何としても実現するんだという信念を貫き通しています。

その人がしたいこと、これまで情熱を注いできたことを周りが認めているんですね。提案する価値が誰もが納得せざるを得ないものであるかどうか。またそれを実現するために周囲を巻き込んでいけるかどうか。人間性や価値創出のセンスに優れているからこそ、情緒的な面でも、またビジネス的な合理的判断の面でも周りから一目置かれる。だからこそシリアル・イノベーターは繰り返しイノベーションを起こすことができるんです。

* シリアル・イノベーターの定義
『シリアル・イノベーター ~非シリコンバレー型イノベーションの流儀~』(アビー・グリフィン、レイモンド・R・ブライス、ブルース・ボジャック共著、プレジデント社)より。

株式会社リ・パブリックは、持続的にイノベーションが起き続ける「生態系」を研究(Think)し、デザイン(Do)する、シンク・ドゥ・タンク。「イノベーションの建築家」を掲げ、企業、行政機関、都市、教育機関、NPO、社会福祉法人まで、規模も領域もさまざまなパートナーとともに、学際性と実学性を伴った組織・社会のデザインを手がけている。
http://re-public.jp/

リ・パブリックのオフィス風景。ソファやハンガーラックなどインテリアの絵が壁に描かれ、天井にはカラフルな三角旗がひらめく。遊び心にあふれた空間だ。

イノベーションを制度化しようという
信仰心をまずは捨てること

こうしてみると、シリアル・イノベーターという人は特別な存在ですよね。複数の専門性を持ち、優れたビジネス感覚と技術力を併せ持ち、なおかつそれを鼻にかけることなく魅力的な人間性で周囲を巻き込んでいける。

シリアル・イノベーター論は、「イノベーションの起点はイノベーターとなる人物である」という前提に基づいています。経営学の研究者の方に指摘されたことですが、これは経営学にはない発想だそうです。経営学の基本は人に差はないという考え方で、組織にどんな人材がいても有効に機能するという前提でモデルや理論を打ち立てている。シリアル・イノベーターのようなスペシャルな人が現れて、会社の動きを劇的に変えていくということは想定していません。『シリアル・イノベーター』を書いたのはアメリカの工学系の研究者なので、そういう新たな視座が導入できたということなんでしょう。

問題は、企業や行政の中枢にいる実に多くの人が、この経営学的な発想に縛られていることです。シリアル・イノベーターという存在は日本企業を、ひいては日本経済を活性化する牽引役になるのではないかということで広く注目されつつあります。それはいいことなんですが、例えば省庁や企業からシリアル・イノベーターを活用する仕組みができないかと相談されたりするんです。でも既存の枠組みを打ち破って独自のプロセスを生み出すのがシリアル・イノベーターですからね。パッケージ化されてしまうとシリアル・イノベーターではなくなってしまうというジレンマがある。

イノベーションそのものを楽しむ、それがシリアル・イノベーター

例えば、ある日本企業は、イノベーション創出を目的としてオフィスに“出島”を作りました。江戸時代、貿易の窓口として栄えた長崎の出島になぞらえたものですね。チームや部署を超えたコワーキングスペースを設け、外部と積極的に交流しながらイノベーションを育てて、最終的にはそれをコアの事業に反映させようという取り組みです。

しかし、出島で育てたアイデアはなかなか本体で受け取ってもらえなかった。あまりにもラディカルで既存の事業にそぐわないということです。出島の人たちは出島の人たちで、担当役員が変わったら出島は廃止になるんじゃないかと不安を抱えながら仕事をしている。そういう状況では何年もかけて新しいことに挑戦しようという気になりません。

「イノベーションを起こそう」と思ったとき、「じゃあ、その仕組みを作ろう」というのが、イノベーションを会社組織で起こすときの根強い考え方なんだということがこのケースからも分かると思います。プロセスや制度、人事システムをフレームワーク的に作れば後はイノベーションが起こっていくだろうと。その強い信仰心をまず捨てないと、イノベーションは起きないのです。

シリアル・イノベーターの方々は、イノベーションのプロセスそのものを楽しんでいます。技術的な壁や事業化の壁にぶつかりながらも、その困難も含めて、新しい何かを世に出すという行為そのものに没頭している。

例えば、私が存じ上げている日本の食品メーカーのシリアル・イノベーターの方は、国内マーケットでイノベーションをいくつも達成しています。普通に考えれば、会得した方法を別ジャンルに応用すれば高確率でヒット商品を生み出せるはずですが、ご本人は海外で商品開発をゼロからやりたいとおっしゃっています。ゼロからどうやってイノベーションをやり遂げるか、その冒険を面白がっているわけです。あえて茨の道を行く、イノベーション道の求道者のような方ですけど、シリアル・イノベーターはそういう人なんでしょう。石田さん、小木曽さん、大嶋さんも、イノベーションを楽しんでいることが言葉の端々から伺えますよね。

イノベーション・フレンドリー・カルチャーを社内に醸成

箱さえ作ればイノベーションが起きるという考え方が根強いけれども、それでは箱の中にイノベーターはいない、という事態になりかねない。一方で、イノベーター自身は未知の世界を探索することにスリリングな興奮を求めている。では企業はどうすればいいのか。

1つの答えは、企業内にイノベーション・フレンドリー・カルチャーを育てることだと思います。これは『シリアル・イノベーター』の共著者であるイリノイ大学のブルース・ボジャック先生の考えなんですが、私も強く共感します。つまり、新しいことにどんどんチャレンジしよう、失敗したっていいんだという考えを組織に浸透させるということです。

それはある種の無鉄砲さを認める姿勢につながります。50~60代の方々はよく、「昔の職場はメチャクチャだった。今なら懲罰対象になりそうなこともあったけど、でもそれが新しいものを生み出す力になった」と述懐しています。私自身、2000年ごろから何とはなしに仕事のやりにくさを感じてきました。一言で言えばコンプライアンスで表される話なんでしょうけど、それ以前にビジネスの風潮が品行方正になってしまった。真面目であることの同調圧力が強まったということなんでしょう。

でも「みんな同じように振る舞うべき」「無難が一番」という考えに全ての人が支配されてしまったら、イノベーションなんて到底起こりえないでしょう。イノベーション・フレンドリー・カルチャーは破天荒な人も、一見メチャクチャと思えるアイデアも認める、懐の深いカルチャーということです。それが浸透したとき、初めてイノベーションを起こすためのバックグラウンドが出来上がるのだと思います。

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(2014.6.26 文京区のリ・パブリックオフィスにて取材)

田村大(たむら・ひろし)

株式会社リ・パブリック共同代表。東京大学i.school共同創設者エグゼクティブ・フェロー。2005年、東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学。博報堂イノベーションラボにて市川文子とともにグローバル・デザインリサーチのプロジェクト等を開拓・推進した後、独立。人類学的視点から新たなビジネス機会を導く「ビジネス・エスノグラフィ」のパイオニアとして知られ、現在は、地域や組織が自律的にイノベーションを起こすための環境及びプロセス設計の研究・実践に軸足を置く。共著に「東大式 世界を変えるイノベーションのつくりかた」(早川書房)など。京都大学、九州大学、お茶の水女子大学、神戸情報大学院などで非常勤講師。情報処理学会学会誌編集委員、International Journal on Multi-disciplinary Approaches to Innovation編集委員等。内閣府、経済産業省、科学技術振興機構等でイノベーション推進・人材育成に関する研究会委員を歴任。

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