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大階段で加速される
アジャイル・ワーキング

世界最大級の消費財メーカー

[Unilever]Singapore

  • 部門ごとに点在する、効率性の悪いオフィス
  • 生産性を高めるため、すべてを1カ所にまとめる
  • コスト削減のみならずパフォーマンスも改善

イギリスのロンドン、そしてオランダのロッテルダムにグローバル本社を構えるユニリーバは、世界最大級の消費財メーカーである。

地域別売上構成比を見ると、本社のある西欧が27%であるのに対し、アジア・アフリカ・東欧・中欧で40%を占める(残り33%はアメリカ)。その中で特にアジア、オーストラリア、ニュージーランドをAAC地域と呼び、古くから貿易で栄えるシンガポールに置いたヘッドクォーターを軸に、同社はAAC地域での事業拡大を推進中だ。

「シンガポールにはブランド部門とマーケティング部門があるのですが、かつてのオフィスは4カ所に分散していました。しかし、シンガポールという小さな都市であるにもかかわらず拠点がバラバラに位置している状況は、決して効率的ではありませんでした。そこで、これらを1カ所にまとめようというプロジェクトが始まったのです」

そう語るのはユニリーバのシンガポール・オフィスでプログラム・マネージャーを務めるプラヴィーン・シャルマ氏だ。このオフィス移転プロジェクトにおいては、「生産性とパフォーマンスの改善」が重要な目標として掲げられた。ただし、それだけではない。「社員がハッピーでいられること」(プラヴィーン氏)も同時に目指したそうだ。新オフィスが誕生して約3年、この2つの目標はクリアできたのだろうか。

オフィス・スペースを有効活用するため、シェアデスク制を採用

「オフィス移転による最大の変化は、シェアデスクの形を採用したことでしょう。シンガポール・オフィスは東南アジアとオーストラリアを束ねるヘッドクォーターなので、社員の60%が常に出張で不在にしています。そこで、オフィス・スペースを有効に活用するため全員に固定の席を与えることを廃止したのです。もちろん、社員から席を取り上げる代わりに、これまでになかった新しい施設を導入することで両立を図りました」(プラヴィーン氏)

具体的な施設としては、ヘアサロン、フェイシャル・マッサージスパ、スポーツジムなど沢山のミーティング・スペース、そして社員が最新のガジェットやテクノロジーを体験できるメディア・ラボなどがある。スポーツジムに関してはシンガポールの大手企業「Fitness First」と契約を結び、使用料金を会社が補助する仕組みというほどの力の入れようだ。

オフィスの受付脇には、2000年からユニリーバの傘下に入ったアイスクリーム・ブランド「Ben & Jerry’s」のショップが。来客へのおもてなしの一環だ。

創業:1930年
売上高:498億ユーロ
従業員数: 17万4,000人(2013)
http://www.unilever.com

社員が気軽に使えるヘアサロン。こうした施設を導入することで、自分の席がなくなるというマイナス点をカバーすることに成功した。

  • シェアデスク制を採ったワークスペースの一部。業務特性に応じて場所を選択できる。

  • 固定席を廃止したことにより充実させたミーティング・スペースの一例。海外とのテレフォン・カンファレンスもできるよう設備が整えられている。

  • こちらもミーティング・スペース。新オフィスにはちょっとした打ち合わせに使えるカジュアルなスペースが多く、社員から好評を得ている。

  • 新たに設けられたフェイシャル・マッサージスパのブース。「社員をハッピーにする」ための工夫の1つである。

社員がいつでもどこでも働けるように——
「アジャイル・ワーキング」の実践

ユニリーバでは「アジャイル・ワーキング(社員がいつでもどこでも働けるようにするための仕組み)」にも力を入れており、この考え方も新オフィスの設計に色濃く影響を与えている。「我が社におけるアジャイル・ワーキングの考え方は、ワークスペース、IT、ヒューマン・リソース・プラクティスの3つの柱に基づいています」(プラヴィーン氏)

1つ目の「ワークスペース」に関しては、前述の通り、シェアデスクを採用し、そのぶんミーティング・ルールを多く設けたことが挙げられる。そして、それを支えるのが2つ目の「IT」だ。オフィス全体にWi-Fi環境を整え、ビデオカンファレンスが可能なスペースを増やすことにより、文字通り「いつでもどこでも働ける」環境を作ることに成功した。3つ目の「ヒューマン・リソース・プラクティス」については、就業時間の規定を緩やかにしたことが挙げられる。子どものいる社員は子どもを保育園に預けてから出社して遅めに退社することも、自宅での勤務をすることも可能だ。それだけでなく、1週間のうち4日間を長時間働く代わりに3日間を休むという運用もできるのだ。

フロア中央の階段が社員の移動を促した

「その他の大きな特徴としては、フロアの中央に吹き抜けの階段を設けたことですね。これまでは自分の席のあるフロアだけで出社から退社までの仕事が完結しており、他のフロアの社員が何をやっているのかまったく知らないということが普通でした。しかしこうしてフロアの中央に階段を設けることでフロアをまたがる上下の移動がしやすくなり、それによって他部署の社員とのコミュニケーションが生まれました」(プラヴィーン氏)

シンガポール・オフィスは賃貸契約。ゆえに、退去の際は原状回復義務が発生する。しかし、同社は階段の設置や取り壊しにかかるコストよりも、中央に階段を設けることで生まれるコミュニケーションが会社にもたらすベネフィットのほうが高いと判断したのだ。

これまであまり見られなかった、部門間のコラボレーションも

現在、シンガポール・オフィスに在籍している社員は900名。オフィス移転はユニリーバ全体のパフォーマンスに好影響を及ぼしているだけでなく、それぞれの社員にとっても好意的に受け入れられているようだ。「職場の満足度はどうか」、「仕事のために必要なツールやテクノロジー、リソースが与えられているかどうか」、「ユニリーバが社員に対して提供していることに満足しているか」などを尋ねる全社員対象のアンケート結果を見ても、非常に満足度が高いとの回答を得ている。

また従来はバラバラに位置していたブランド部門とマーケティング部門の間でも頻繁なコラボレーションが起こるようになった。「全員を1つの建物に収容することで、各分野の社員のコミュニケーションが増えました。部署にかかわらずコミュニケーションを図ることで、ナレッジや成功事例をシェアする動きが多く見られるようになってきています」(プラヴィーン氏)

グローバルの観点で見ても、消費財業界は市場環境が非常に厳しく、どの会社も利益確保に困窮している状況。ユニリーバではコスト削減を1つの重要な戦略に置いており、シンガポールの新オフィスもそれを念頭に置いて建てられたものであるが、当然のように「オフィスはあくまでインフラであり、そこから収益は生まれません」(プラヴィーン氏)。

ただコストを抑えるのではなく、必要な投資は惜しまない。オフィスにかかるコストを削減しながら生産性とパフォーマンスを改善させ、社員をハッピーにすることを目指したユニリーバのオフィス戦略は、ここまで成功を収めていると言ってもいいだろう。

コンサルティング(ワークスタイル):自社
インテリア設計:SCA design (a member of the ONG&ONG Group)
建築設計:SCA design (a member of the ONG&ONG Group)

WEB限定コンテンツ
(2014.4.17 シンガポールの同社オフィスを取材)



広く設けられた吹き抜けの階段スペース。この広い空間から他のフロアを見通すことができ、上下のフロア間での移動を促してくれる。階段のそばにはミーティング・スペースも用意した。

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