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付加価値を創るプロジェクトは何が違うか

フラクタル構造がレジリエンスを強化する

[野中郁次郎]一橋大学 名誉教授、米カリフォルニア大学バークレー校 経営大学院 ゼロックス知識学 特別名誉教授、早稲田大学 特命教授

前回の記事で、SECIスパイラルを高速回転させて知識機動力を獲得するには、組織の一体感が重要だと説明しました。鍵を握るのは組織の構造です。前回、組織のすべてのレベルで組織全体と同じ決断ができるフラクタル型の組織は、スピーディに判断力と行動力を発揮できると述べましたが、もう少し詳しく説明しましょう。

知識機動力を組織のすべてのレベルで持つことができるようになると、柔軟な構想力と行動力を組織のどのレベルにおいても発揮できるようになります。プロジェクトが良い例です。プロジェクトはミニ会社のようにプロジェクト内で完結して意思決定し行動しますが、組織全体の方向性とも合致しています。また、世界最強と言われる米国海兵隊では、小隊は全隊の組織編成と相似形になっています。師団レベル、旅団レベル、大隊レベルと三層構造になっていますが、どのレベルでも、陸海空・支援が常に一組となって行動する。指揮命令系統のレイヤーはあるものの、構造はまさにフラクタル型です。この構造によって、海兵隊はいつでも臨戦態勢が取れるし、状況の変化にも現場の判断で柔軟に対処できるのです。

たとえるなら、入れ子構造のロシア人形のマトリョーシカみたいなものです。中の人形は全体を相似的に凝縮しています。

階層型組織は一度折れると復元不可能

フラクタル型組織の対極が階層型組織で、これは官僚制に通じます。こちらはさしづめ鉛の兵隊人形でしょうか。表面はガチガチに固いけれども、折れると復元できない。折れた部分で全体を表すこともできません。官僚制は平時のオペレーションは遅滞なく進めることができるけれども、官僚主義に陥る恐れが常にあり、変化に柔軟に対応できません。これはレジリエンスの面で脆いと言わざるを得ません。

フラクタル型の組織を構築するには、プロジェクトをフラクタル化することです。多くのプロジェクトは、機能・役割のマトリクスで編成され、メンバーは出身部門の利益代表のようになることがありますが、そうでなく、プロジェクトを企業全体の縮図として考えるわけです。

具体的には、プロジェクト・リーダーに人事や予算の裁量権を大胆に与えます。資源を獲得しやすくすることでミッションをスピーディに実現できるでしょう。また、プロジェクト・リーダーに人事権があると人が育ちます。OJTのような徒弟的な関係で仕事の型や価値観を身につけられるし、修羅場で高質な経験も得られる。メンバーはプロジェクトチームに移籍する方が、しがらみを断ち切ることができるのでより良いでしょう。このようにすれば、現場の一人ひとりまで、トップのビジョンに共振・共感・共鳴できる組織ができます。

バーチャルカンパニー化で成功したダイハツ「ミラ イース」

フラクタル型プロジェクト運営の成功事例では、ダイハツ工業の「ミラ イース」* 開発が挙げられます。

トップ直轄のタスクフォースでプロジェクトチームを構築し、プロジェクト・リーダーに人事権を持たせました。リーダーが各現場から求める人材を招集できただけでなく、集めたメンバーの所属をプロジェクトに移すということまでしました。しかも設計や製造だけでなく、管理部門のメンバーも召集しましたから、まさにミニ会社です。企画、開発、調達、生産、販売まで、各部門のエキスパート30人が参加しました。

プロジェクトに移籍したことで、人事評価をリーダーが行うので、出身部門の利益ではなく、プロジェクトの利益のためにベクトルを合わせて、知識を創造・蓄積・活用することができました。部分最適でなく、プロジェクトとして全体最適が実現できたわけです。

また、人事権がプロジェクト・リーダーにあると、ミッションをスピーディに実現する人、即戦力のある人を選び、配置できるので、チームの機動力が圧倒的に高まります。

さらに、このプロジェクトは組織全体を凝縮したバーチャルカンパニーですから、メンバーは経営者としての観点も持って高質の経験を得ることができた。人を育てるにはマニュアルだけでは不十分です。その時々の状況で押さえるべき勘所はどこか、何をどう判断すればいいかという実践知は、実践のただ中で、徒弟的な関係で先輩と一緒に仕事することで身についていきます。その意味で、このプロジェクトでは特にいい人材が育ったと、リーダーの上田亨氏が話してくれました。ダイハツは、その人材をプロジェクト終了後に会社全体のハブに配置していきました。そうすることで、組織全体にプロジェクトの経験知がいきわたり、組織の知識機動力はさらに高められるのです。


一橋大学大学院国際企業戦略研究科では、グローバルに活躍するスペシャリストを育成。野中郁次郎氏が提唱する知識創造経営を基盤とする「国際経営戦略(昼間・英語、MBA・DBA)」のほか、「金融戦略・経営財務(夜間・日本語、MBA・DBA)」「経営法務(夜間・日本語、修士・博士)」という3つのコースで構成されている。
http://www.ics.hit-u.ac.jp/

* ミラ イース
ダイハツ工業が「第3のエコカー」をコンセプトに開発した軽自動車。従来車と比べて約60kg軽量化、部品点数15パーセント削減、40パーセントの燃費改善に成功。低コスト化で価格もリーズナブルに抑えた。2012年の軽自動車新車販売台数で首位を獲得。

哲学の確立を導くことのできる
実践知リーダーが求められている

日本航空(以下、JAL)の復活、これも示唆に富んだ事例です。2010年1月の経営破たんを機に稲盛和夫氏が会長となりました。企業再生にあたって稲盛さんが何をしたかというと、フィロソフィ、哲学の構築から入ったのです。JALの社員として、我々はどう生きるべきか、どういう仕事の型を身につけたらいいかを、社員みんなに徹底的に考えさせたのです。

それが結実したのがJALフィロソフィです。「土俵の真ん中で相撲をとる」とか、実にいい言葉が並んでいます。そのベースにあるのは稲盛哲学ですが、決してその受け売りではなくて、現場の人間から幹部まで、JALとしての仕事の型は何だったのか、JALとしての存在理由は何か、そして、そこから自分たちはどう生きたいかを考えて実践に結びつけています。

こういう実践的な経営哲学が組織メンバーで共有できれば、組織としてレジリエンスを発揮できます。不確実な世界の中でも理念、生き方、行動パターンを共有できるわけですから。JALフィロソフィを共有することができたのは、経営で実績のある稲盛さんの言葉だからこそ重みが違ったのでしょう。経営でも、生き方や哲学を打ち立てるのが一番難しいけれども、やらねばならない。それを導いてくれる実践知のリーダーが求められるということです。

予算権限を移譲し、分析派から実践派へパワーシフトを断行

稲盛さんの企業再生は、フィロソフィの注入だけにとどまりません。アメーバ経営も同時に導入した。これも注目すべき点です。

例えば、チームごとに時間当たりの付加価値が計算できる会計システムを構築し、市場の動きをダイレクトに伝え、即座に対応する自律分散の小集団を作りました。付加価値は環境の変化によって変動しますから、現場は素早く反応しなければならない。つまりアメーバ経営の導入によって機動的でレジリエントな組織になったということです。

フィロソフィで仕事のコミットメントの強化を実現し、アメーバ経営の導入でアメーバ・レベルの業務改善、超アメーバ・レベルでの資源配分の合理化、さらに全社レベルでの資源戦略の確立を図ったということになります。

そういう土壌ができたうえに、もう1つ、2012年2月にはパイロット出身の植木義晴氏を代表取締役社長に抜擢するという異例の人事を敢行しました。企画部門の出身者でない人が社長になるのは珍しいことだと思います。ちなみにこの方は昭和の名優・片岡千恵蔵のご子息です。私もお会いしたことがありますが、正義の味方を演じた方のご子息だからか、正義感にあふれた印象がある。そういう人物には人がついてきますね(笑)。

人望と現場経験のある植木氏を社長に据えると同時に、稲盛さんは予算でも大なたを振るった。それまでは経営企画部門が持っていた予算配分権を、路線統括本部、すなわち現場に移したんです。パワーが机上の分析派から実践派に移った。現実のただ中で考え抜く、そういう実践知のリーダーを予算権限の面から強力にバックアップしたわけです。JALは官僚主義と部分最適に陥ったからこそ経営破たんに至ったと思いますが、今では極めてレジリエントな組織体になりつつあると言えるでしょう。

三日三晩の議論でメンバーの共創を引き出す「ワイガヤ」

経営トップからもう少し下へ視点を移しましょう。プロジェクトを立ち上げる際、プロジェクト・リーダーができる工夫は何か。これについては本田技研工業(以下、ホンダ)の「ワイガヤ」が参考になります。

これは温泉旅館などに泊りがけで三日三晩に渡ってメンバー同士でワイワイ、ガヤガヤと議論を重ねるものです。よい宿、よい食事、よい温泉と、三拍子揃った快適な場所にこもって、逃げ場を作らずに真剣にメンバー同士が向き合う場を作るわけです。

だいたい話の糸口になるのは上司の悪口だそうです(笑)。そこから始まって、仕事にまつわる議論が展開されていく。分析派は暗黙知が深くないから、ちょっと語ると種がなくなってしまいます。そうすると経験の質の豊かな人、思いの深い人が存在感を発揮していく。議論は熱を帯びて、時にはバトルにもなるけど、終われば一緒にうまいものを食べて酒を飲み、風呂に浸かって、ということをするので深刻な亀裂にはなりません。

翌日になるとまた議論が始まって、だんだん話が生き方や志を問うものになってくる。そうするとやっぱり思いの強い人間が出てきて、分析派の深いところを掘り下げていく。そこまで来ると、根本の思いは同じだということにお互いが気づくんですね。仕事観や志、いわば共通善が明らかとなり、それを共有することでチームの結束力が高まっていく。分裂から統合の方向に向かうわけです。3日めくらいには一緒に頑張ろうと肩を組む状態になる。

といっても、これはうまくいった場合の話で、全員が共鳴し合えるとは限りません。でも、初対面の人同士が集まるプロジェクトの立ち上げには、これくらい時間と労力とお金を使わないといけないということです。適切な場づくりは実践知の練磨、ひいては知識機動力の強化につながります。社員旅行などの機会を通じて胸襟を開くことは日本の伝統的なビジネスのやり方でしたが、時間や予算を惜しんで、これを社内で手軽に済ませるようになったために、実践知を共有する機会が廃れてしまった。それではだめだとホンダは気づいたんです。

上っ面だけの表面的な議論をしていても本当に善いものは生まれません。時には火花を散らすような議論もあってしかるべきです。異質なもの同士を総合し、新たな知識を創造するのはそう簡単なことではないと、プロジェクト・リーダーはよくよくわきまえるべきでしょう。

平時にどれほど緊張感を持続できるか

人間はぬるま湯に浸っていると、出せる力も出そうとしなくなります。保身は人間の本質のひとつです。でもそれが続くと成果は出ないし、事業は傾く。最悪の場合、経営危機だって招きかねない。平時のときにどれほど危機感を持ち、緊張感を持続できるか、それがマネジメントの1つの課題でしょう。

対策としては、プロジェクトを意識的に作ることだと思います。挑戦的な課題を意図的に作る。大きなビジョンを持ってみる。そういうことを時々実践しないと、組織体は官僚化していくばかりです。

もう1つの鍵は徒弟関係です。マニュアル経営では新たなことへのチャレンジ精神は育まれにくいと思います。しかも、部下や後輩を持つ人は、“弟子”に対して状況に応じたチャレンジを意図的に作っていくことが必要です。それは戦略の原点でもあるでしょう。戦略とは現状の対立を打破し、より良い明日へと進む挑戦の繰り返しです。

そのチャレンジを支えるのは、組織が共有する大きな物語りです。何のために我々の会社は存在するのか、何を成し遂げようとして我々は生きているか、わが事業部はどんな仕事をしたいのかといった未来をリーダーは物語らなければならないのです。

人間が最後に頼りにするのは「世のため人のため」という大義です。大義がないとイノベーションの苦境は乗り越えられません。だからこそ、実践知リーダーの最初の要件に、善い目的を作る能力を置いています。何が善いかをリーダーが示すと同時に、みんなでワイワイ語りあう、その場を設ける。そうして出てきた魅力ある物語りを実現するのがプロジェクトというフラクタルな組織なのです。

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(2014.6.4 千代田区の一橋大学にて取材)

稲盛氏の代表取締役会長の在任期間は2010年2月~2012年1月。2014年9月現在、稲盛氏は名誉会長。代表取締役会長は大西賢氏。


野中氏の最新のリーダーシップ論を展開した『史上最大の決断』(ダイヤモンド社、共著)。ノルマンディー上陸作戦をめぐるアイゼンハワーやチャーチルら、20人のリーダーの意思決定を描く。「凡人が非凡になるとはどういうことかが分かる本。執筆しながら、自分でもわくわくしていました」と野中氏。

野中郁次郎(のなか・いくじろう)

一橋大学 名誉教授、米カリフォルニア大学バークレー校 経営大学院 ゼロックス知識学 特別名誉教授、早稲田大学 特命教授。1935年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、富士電機製造株式会社(現・富士電機)を経て、カルフォルニア大学バークレー校で博士号を取得。南山大学、防衛大学校、一橋大学各教授、富士通株式会社取締役、エーザイ株式会社取締役などを歴任。主な著書に『失敗の本質』(中央公論新社)、『イノベーションの本質』(日経BP社)、『流れを経営する——持続的イノベーション企業の動態理論』(東洋経済新報社)など多数。

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