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正しいビジネスを突き詰める。
それが新しい価値の源泉

「制度」と「人」の両輪で新規事業を生み出す

[深堀昂×八木田寛之]全日本空輸株式会社 マーケティング室/三菱重工グループ(三菱日立パワーシステムズエンジニアリング株式会社 プロジェクト本部)

新規事業創出や組織改革など、日本の大企業を変革する若手が台頭してきている。企業の活性化、ひいては日本経済の再生につながるか。それぞれの企業の現場で躍動する若手の対談をシリーズで紹介する。

ANAで「Blue Wingプログラム」のリーダーを務める深堀氏と、三菱重工グループで「K³プロジェクト」を指揮する八木田氏。前編から話が続く。

八木田

新規事業のプロジェクトを進めるにあたって、個人的に重要だと思うポイントがいくつかあるんです。
1つは、どれだけ多くの上層部に話を通せるか。僕の直属の上司は予算執行の意思決定ができる立場にいるんですけれども、そうは言ってもさらに上役がいるし、特に新規事業は想定外の事態が起こりうるので、万が一の場合に相談できるよう、なるべく広く周知しておいたほうがいい。社内報に出す前段階ですね。
その妙案が思い付かずに悩んでいたら、小惑星探査機「はやぶさ」プロジェクトマネジャーの川口淳一郎さんが、たまたまうちの会社に講演に来ることになったんです。はやぶさの苦労話を聞いて僕も元気になろうと思っていたら、最後に新規事業とかイノベーションの話が出て、「これからの時代、実現不可能に見える課題でも挑戦しなければいけない」といったことを熱弁されたんですね。この機会を逃しちゃいけないと思って、質疑応答の際に思い切って手を挙げたんです。「三菱重工が変わるにはどうしたらいいですか」と聞いたら、「変人を許容すればいいと思います」と即答されたんですね。内心ガッツポーズですよ。「これでいろいろな提案ができるようになります」とお礼を申し上げました。

深堀

会場も湧いたでしょうね。

八木田

湧きましたね(笑)。翌日、早速役員にK³プロジェクト立ち上げを打診したら、「川口さんもああ言っていたからな、いいよ」と許可が下りて、気持ち良くスタートが切れたんです。やっぱり深堀さんのときと同じで、外部の方の言葉が役員の何かに触れたんでしょうね。影響力のある人の手を借りることは大事だなと思いました。
逆に言うと、川口さんにもし来ていただく機会がなかったならば、その機会をこちからからお願いして作るくらいの意気込みでプロジェクトのブランドデザインをしていく必要があると思います。無理矢理始めたところでコンフリクトが起きるだけですから、どれだけ応援者を増やすか、応援してくれなくても少なくとも存在を認めてくれる人をどれだけ増やせるか。そこにプロジェクトの成否がかかっているといっても過言ではないと思うんですね。
あとは、2つ目が前編で話した「センミツ」。事業が1,000あれば、そのうち3つしか生き残れない。新規事業の世界はそれくらい厳しいのだと覚悟すると同時に、1,000のアイデアは緻密に設計したプロセスを経て考えに考えて出したアイデアの集合ですから、いいものが必ず1,000の中にあると信じて、苦しい状況でも前向きになって走り続けられたことは非常に大きかったです。
3つ目が既存事業とのコンフリクトをどう乗り越えるか。会社は事業計画を社内で策定して株主総会でも説明しています。つまり、すでに出来上がった計画に何とか割り込まなきゃいけないわけですよね。僕らがそのための武器として考えたのが特許だったんです。

深堀

特に技術系の会社でしたら、特許は上層部を説得する格好の材料になりそうですね。でも取得に時間がかかりますよね。

八木田

そうなんですよ。普通、審査に3年くらいかかるんです。でも、2カ月後に役員プレゼンを控えたある日、「事業の数字は言えなくても新しさを定量的に訴えた方がいい」と社内でアドバイスをいただいて、どうしたらいいんだと頭を抱えていたら、知財部から参加しているメンバーが「スーパー早期審査を使えば最短1カ月で特許が取れる」というんです。いろいろな条件をクリアする必要はあるんですけど、ともあれ、その彼がフル回転で頑張ってくれて、結局20件の特許を申請して、1.5カ月で2件の権利化、現在では合計14件が権利になりました。

深堀

すごいですね! やっぱり専門家をチームに引き入れると強いですよね。

大企業が変わるから社会的インパクトが生まれる

八木田

おかげで役員のプレゼンでも中止を言い渡されずにすみました。このとき実感したのは、新規事業はそれがいかに革新的なものであるかを、どういう切り口で説明するかがポイントだな、と。イノベーションといってしまうとその定義が曖昧であったり個人差もあるので議論が発散しかねない。特許だと実現性と新規性を特許庁に担保してもらった形になるので、より客観的な指標として分かりやすいと思います。アイデアの新規性を特許で検証できることは1つの発見でした。
もう1つ、社外の媒体に取り上げられることも社内の説得材料になりますね。修了した慶應SDM(慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科)のルート他で本や雑誌に事例を紹介したいと話をいただくんですけど、世の中で注目されることで社内への説得力が増すのを感じます。それに社外へ情報を出すと仲間も増えます。僕らがプライベート・ウォーターシステムで目指すのは水の完全再循環なんですが、これはおそらく1つの会社では解決できないと思います。とにかく外に積極的に発信して、連携先も探れたらと思っていました。
それから、プロジェクト立ち上げ時に「新規事業」でなく「試験研究」とか「実証研究」という言葉を使えばよかったなと。新規事業だと大々的な投資が必要なイメージがあり、注目が集まる反面、社内決済が増えて自由度が低くなるデメリットもあります。後者なら事業の前段階なので、社内で目立たずに動けたかもしれないと思うんです。ただ、若手は新規事業だからと奮起する面もあるので、社内でリクルーティングするときは新規事業、伺い出するときは試験研究/実証研究と、言葉を使い分ければよかったかもしれませんね。
あとは、もう1つ、最初から投資ファンドに話をして事業化の予算を社外で持つオプションを準備しておけば良かったなと。会社の財布の中身は決まっているので、社内はいろいろな事業間で予算の取り合いにならざるを得ません、そうなるとここぞという時に動けないリスクがあります。良い事業アイデアがあれば気合でいけるだろうと考えていたけど、そこはちょっと浅はかだったなと、今になって後悔しているところです。

深堀

最初から全体を見通すのは難しいですよね。特に企業内で何かことを起こす場合、必要な手続きがたくさんありますし。
プライベート・ウォーターシステムもBlue Wingもそうですけど、一企業の利益ではなくて、世の中や未来を変えるところに大きな目標がありますよね。壮大なビジョンを実現するには、企業同士が連携してお互い強みを生かしてタッグを組んでいく必要もあると思います。
思い出すのが、あるメンバーを誘ったときに「会社を辞めよう」と言われたんです。その人は大学時代にベンチャーを立ち上げていたので、投資家は知っていると。社外に飛び出した方が話がスムーズに運ぶぞと言うんですね。でも私は、いや、そうじゃないんだと、ANAのような大企業を変えることに興味があるんだ、と答えたんです。
大企業が変わったときのインパクトは大きいと私は信じているし、おそらく日本はそれをしない限り、世界的なスタートアップの流れについていけないでしょう。創業者はスタートアップの精神でやってきて、今はそれが埋もれてしまっているだけだと思うので、創業者よりもさらにそれをオーバーライドするようなビジョンを語る若手もいる必要があるかなと思います。だからちょっと大変でも、私自身はあえて社内で変革を起こすことにこだわっているんです。

八木田

インパクトで言うと僕も三菱重工に所属していた方がいろいろできると思っています。慶應SDM時代に学生起業家選手権やキャンパスベンチャーグランプリで賞をいただき、個人としてチャレンジする機会が来たかなとも思ったんですけど、考えてみれば首になりそうだった僕を今の上司が拾ってくれて、先輩には仕事のやり方も教えてもらった。恩もあるし、受け継いでいるものもある中で、個人の成功を追いかけたところで何があるのかなと。なので、ちょっと時間はかかりますけども、まずは会社でやれるところまで頑張ってみようと思っています。
もっとも、企業の中か外かに正解はなくて、どちらもありだと思います。経営者の方と話をしていると、目指すゴールは企業内起業家も独立起業家も同じで、立っている場所が違うだけだと感じるんですよ。

深堀

同感です。選択肢はいろいろあった方がいいですよね。ただ、大企業が大企業として存在感を発揮しながら生き残る必要はあると思います。大勢の雇用を抱えているし、その先にそれぞれの家庭の生活もありますしね。
途上国でも、アショカ・フェローや社会起業家がサポートしたあとで現地の人たちがボトムアップしたときにマスの企業体がないと、貧困から脱却できなかったりすると思う。なので、個人の起業家や他の企業とも手をつなぎながら、世の中をよくするというところに向かってビジネスを持続させて、雇用も維持するのが大企業の1つの役割だと思っているんです。

全日本空輸株式会社は乗客数では日本最大を誇る航空会社だ。航空会社連合「スターアライアンス」メンバー。
http://www.ana.co.jp/ana-info/

三菱重工グループは、エネルギー・環境、交通・輸送、防衛・宇宙、機械・設備など、幅広い分野における産業インフラを提供している日本有数のものづくり企業だ。
http://www.mhi.co.jp/

社外のネットワークに飛び込むかどうか。
その差は後で効いてくる

深堀

各社の企業理念を見ると、利益よりも夢やビジョンを語るものが多いことに気づきます。ANAグループの経営理念も「安心と信頼を基礎に、世界をつなぐ心の翼で夢にあふれる未来に貢献します」というもので、Blue Wingはこれを徹底して追求していきたいと思っています。正しいビジネスを突き詰める。その結果、より多くの方に選ばれる企業になりたいです。

八木田

正しいビジネスを突き詰めるからこそ対価がもらえるんですよね。社会貢献という言葉が先行するのが僕はあまり好きじゃなくて。ビジネスとCSRは別だという人がいるけれども、それはちょっと違うと思うんですよ。「だって私たちのビジネスは地球のエネルギーを支えることでしょう?」と言いたい。

深堀

そう、確かに社会貢献という言葉は走るところがあるんですけど、私もそれは釈然としなくてですね。メンバーによく話すのは、コアの事業は、安全に、定時に、快適にお客様を目的地までお送りすること。そのうえでさらに差別化を図るものとしてBlue Wingのようなプログラムがあると言っています。

八木田

ちなみに、事業の魅力をPRするときに僕は特許という既存の指標を活用しましたけど、新しい価値を翻訳して説明することに葛藤もあります。Blue Wingでは数値的、客観的な説得材料はどうされたんですか?

深堀

そこは部署によって説明を変えました。弊社の場合、役員クラスは創業期に近いためか、チャレンジするパワーは認めてくれるんです。でもマネジメント層はショートターンで成果を問われるので、数字も交えて営業的に話をするようにしました。かえって役員クラスには数字で迫っても響かないようで、ある役員には「日々いろいろな企画が持ち込まれるけれども、自分が知りたいのは本当にそれをやりたいのかということだ」と言われました。細かい数字より、将来的な可能性の広がりを見ているような感触はありますね。
私は八木田さんのお話を聞いていて、社外のネットワーク構築も大事だと感じました。私自身、GASできっかけを作ってもらったことが大きかったです。

八木田

社外のネットワークに飛び込むかどうかの差は後で効いてきますよね。他では出会えない人と協働できるのは慶應SDMで学んだおかげです。今僕は慶應SDMで非常勤講師として教える立場になりましたけど、多くの社会人学生と知り合ってさらにネットワークが広がっています。
慶應SDM発のデザインファームであるiDのみんなにはいつも僕が苦しく弱気になりそうな場面で「できるできないじゃなくて、やるかやらないかだよ!」と背中を押してもらってこれまでやってこれました。仲間がいたからこそ自分が変われて挑戦を続けてこれました。また社会人学生にはアイデアを発展させるための連携先や投資先の選び方を教えてもらったりして(笑)。信頼できる人脈は本当に財産ですね。

深堀

GASも、受講料を払って英語でエントリーシートを書いてと、忙しい中苦労して通いました。でもそういうプログラムには質のいいメンバーが集まります。書籍や勉強会への出費を惜しむ後輩がいるけれども、お金を払うからこそ対価を100パーセント得ようと貪欲になりますよね。自分からチャンスをつかみに行く気概も重要だと思います。
それから「企業には変化の雰囲気がない」「挑戦できるフィールドがない」などネガティブな発言をする人もいますが、実際やってみて思うのは、自分の情熱次第でいかようにも変わるということ。アショカのサミットに参加するために、夏休みを使ってマイアミに行ったり、その後、アショカのファウンダーと急きょミーティングを行うチャンスが巡ってきてNYに飛んだけど当日、会えなくなったりなんてこともありました。そんなことの繰り返しでチャンスをつかんできたんです。

八木田

そういうときに支えになるのは何ですか?

深堀

アイデアを思いついて、これはすごいと興奮して一晩中寝られなかったことが人生で2回あるんですけど、そのうちの1つがBlue Wingでした。企画自体にどれだけわくわくできるか、どれだけ愛情を持っているか。それがエンジンになると思います。
3年くらいうまく行かないと、周りの人たちの視線が「痛い子」扱いなんですよ(笑)。そういうときはきついですけど、この取り組みが飛行機を見たこともない人々の笑顔を生み出しているんだと思えば、必ず実現させなければと思えてきます。

八木田

少し前、僕はドツボにはまっていたんです。社内でなかなか企画を進められなくて、こうなったら若手の企画に理解がある役員に直談判しようと、10人以上のメンバーで飛び込んだんです。それこそ気合と根性を振り絞ってぶつかったけれど、結果は惨敗。「この計画はビジネスでは通用しない」と。「今、この場で即刻やめろ」とまで言われました。
気力を失いかけましたけど、メンバーの1人がとてつもなくタフで、「絶対あきらめちゃだめです」とひたすら言ってくるんですよ。おかげで何とかやる気を取り戻して、結局もう1回その役員にプレゼンさせてもらえることになりました。でも同時に外部からも有益な情報をいただいたりして、壁を乗り越えた後にチャンスが巡ってくるものですね。

企業というプラットフォームがもつ可能性

深堀

会社のサポートは重要ですよね。時間や権限がもらえれば当然ありがたいですけど、クリエイティビティを高めるために、クリエイティブな人たちとの接点もほしい。それに最近気づいて、社内で自発的にそういう場づくりを始めています。その第1回としてGASでお世話になった石倉洋子さんに講演をお願いして、150名の社員が集まりましたけど、それだけでも風向きが変わる感じがします。御社で講演された、はやぶさプロジェクトの川口淳一郎さんもそうでしたよね。

八木田

情熱に火がついたら、その後は自信を持つというフェーズも必要かもしれません。K³プロジェクトの場合、「アイデアなんて出せない」としり込みするメンバーも結構いました。でも、僕のしょぼいアイデアを見せたら、こういうレベルでもいいんだ、と顔に書いてあるような表情をしてるんです。その後はどんどんアイデアを出してくれるようになりました。そういうメンバーは良いアイデアのしきい値を勝手に高く設けているんですよね。一歩目が怖いというのは自然なことだと思うので、大丈夫だよと背中を押して自信を持ってもらうことも大事だと感じます。
この点についていえば、上層部の懐の深さにも助けられました。K³プロジェクトは僕に対しては新規事業創出が目的といっていたけれども、上層部の当初の主眼は若い世代を育てることだったと最近になって教えてくれました。演習だと言われていたら、本気で挑戦していなかったでしょうね。でも、プロジェクトを通じて何人も目の色が変わっていった。若い人の本気を見て上の人が本気になる。上の人の本気を見て若い人に火が付く。双方向の刺激があったんです。

深堀

それが組織やチームの強みですよね。私はゼロから1を生み出すことにわくわくするんですけど、1を100にするのは不得意なんです。そこはもう他のメンバーにお願いするしかない。さらには100を1万にするフェーズも出てくると思います。そこまで展開するにはチームの力が必要です。さまざまなバックグラウンドを持ったメンバーと連携できるのも大企業ならではのメリットだと思います。

八木田

社内で事業企画やプロジェクトメンバーを募る制度はあるといいですよね。ないとゼロから作らないといけないので、その過程で息切れしちゃうかも。もちろん制度さえあれば新規事業がぽんぽん飛び出すわけでは全くないですけどね。そこにいる人が何を思って、どういう人とつながって、どう進めていくか。制度と人は両輪だと思います。

WEB限定コンテンツ
(2014.7.25 コクヨファニチャー霞が関ライブオフィスにて取材)

深堀昂(ふかぼり・あきら)

全日本空輸株式会社 マーケティング室 マーケットコミュニケーション部 宣伝チーム。2008年東海大学工学部航空宇宙学科卒業。同年全日本空輸に入社。パイロットの操作手順などを作る運航系の業務のかたわら、営利と非営利の新しいビジネスパートナーシップを創出。Global Agenda Seminarの受講をきっかけに「Blue Wingプログラム」を考案し、Global Agenda Seminar 2010 Grand Prize受賞。2014年4月より現職。
https://www.wingsforchangemakers.com/

八木田寛之(やぎた・ひろゆき)

三菱日立パワーシステムズエンジニアリング株式会社 プロジェクト本部 サービス事業部 技術戦略グループ グループ長代理。2000年旧東京都立航空工業高等専門学校機械工学科卒業、同年三菱重工業株式会社入社。都市ごみ焼却プラントの設計、その後火力発電プラントのサービスエンジニアに従事するとともに、事業戦略立案および次世代新ビジネス創出プロジェクトを取りまとめる。2014年からは三菱日立パワーシステムズエンジニアリング株式会社に所属。米国PMI協会認定Project Management Professional。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了(システムエンジニアリング学)。東京大学大学院工学系研究科技術経営戦略学専攻後期博士課程在学中。慶應義塾大学大学院SDM研究科非常勤講師。NPO国境なき技師団正会員。

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