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製薬業界の常識を超える透明性が
結果重視のつながりを作る

イギリスのトップ製薬会社のアメリカ本社

[GSK]Philadelphia, USA

  • 時代に適した新しい組織像と働き方を実践できていない
  • 新本社の構築とスマート・ワーキングの実践
  • ワーカーが主体性を発揮、ロイヤリティ向上につながった

イギリスの製薬メーカー「GSK(GlaxoSmithKline)」は、時代に適したワークプレイスを模索し、積極的な投資を続けてきた会社だ。今回訪ねたのは2013年に完成したフィラデルフィアにあるアメリカ本社だ。ここにはスタッフ部門のほかマーケティング部門などが入居している。

旧オフィスは30年間、ダウンタウンの中にある古いビルにあったが、新オフィスはネイビーヤードという海軍施設の跡地を再開発した港湾地区に場所を変えた。

ここで彼らが目指したのは、社内外に透明性が高く、情報が可視化されながら、柔軟性の高い働き方を実践できる環境。それはまた、社員がより仕事に集中し、生産的になるための環境でもある。インテリアデザインを担当したFrancis Cauffman社のジョン・ B・キャンベル氏は 新旧の働き方を次のように対比させた。

ワーカーの働き方を変えた「ネイバーフッド」という概念

「テクノロジーが働き方を変えた結果、伝統的なオフィスは労働環境としてもはや効率的ではなくなってしまいました。新しいオフィスでは、ビジネスカルチャーと結果を生むプロセスを結びつける環境を重視しています。それは社員がどこで仕事をしようと構わない、結果にこだわる働き方です」

彼らはその新しい働き方を「スマートワーキング」と表現する。社員は同僚とともにいる「ネイバーフッド」を本拠にするが、1日の間で違う作業環境へシームレスに移動することもできる。これで部門内外の交流がスムーズなものになった。

ワークプレイスの席を減らしたかわりに、階段の踊り場にミーティング用のソファを、カフェテリアや屋上にもたくさんのチェアを置いた。「オフィスに属する社員が全員出勤したとしても必ず席は見つかる。天気のいい日はルーフデッキでミーティングをしてもいい。」(キャンベル氏)

「個人がその日その日で最も使い勝手の良い場所を選んで仕事するこのシステムが、より一般的な『オープンプラン』と当社の『スマートワーキング』の違いだ」とGSKのネイビーヤード・プロジェクトでエグゼクティブを務めたレイ・ミロラ氏は説明する。

「ネイビーヤードのすべてのデスクとチェアはエルゴノミクスに基づいて設計され、ほとんどは社員によって選定されました。デスクもチェアも高さを調節でき、必要ならモニターも使えます。チーム向けに用意したスペースには特殊な形状のチェアを置き、仕事環境の多様性を演出しています」(ミロラ氏)

採光の効率から施設はユニークな形状をしている。各エリアは中央階段の横のhubと呼ばれる空間で結ばれ、社員たちのインフォーマルな交流が進むという設計だ。

創業 : 1999年
売上高 : 264億ポンド(2012)
経常利益 : 74億ポンド(2012)
従業員数 : 99,488人(2012)
※数字は全てグローバルの合計
http://www.gsk.com/


GSKの新オフィスが打ち出す「透明性」の象徴であるアトリウム。過ごし方はさまざまだ。


席が決まっていないため、社員はどの席で仕事をしてもいい。身長や働く姿勢、その時の作業内容に合わせて、各自がデスクやチェアの高さを変えることができる。社員の労働環境をケアするための工夫だ。

  • 仕事をしている様子が外からも中からも見える。製薬業界に属する会社では異例のことだ。

  • 執務スペースでは、ホワイトノイズ(周囲の雑音を消して集中力を高めるとされる、意図的に作り出された雑音。「白色騒音」とも呼ばれる)が流されている。また、建物の側面が斜めになっているため、太陽光が直接入るのを防ぐことができる。

  • 優しい自然光が入るオフィス。天気や時間などによって外からの光が入らなくなると、照明の明るさが段階的に変わるようになっている。

  • 出張などでオフィスにいない社員も多いため、新オフィスを設計する際、席の占有率は80%として計算した。フリーアドレス制を採用しているため、執務スペースに限らず、写真のようなソファスペースで仕事をするのも自由だ。

すべてはGSKで働くワーカーの
“Well-Being”のために

空間作りにおいて一貫するキーワードは「コネクテッドネス」だ。旧オフィスが36フロアだったところを4フロアに圧縮し、社員皆がどこで何をしているのか見渡せるようにした。その象徴とも言えるのが建物中央のアトリウム。オフィスのどこにいても眺めることができる「建物の心臓部」だ。

米GSK社長のディアドリ・コネリー氏はアトリウムに面した1Fのネイバーフッドにいる。今では社員が一日中彼女にアクセス可能だ。その結果、彼女に送られてくるEメールは35%減ったという。各種イベントもアトリウムで開催されている。

全フロアの中央に配された「hub」という空間もユニーク。これは社員が集まるインフォーマルなスペースだ。ソファ、冷蔵庫、リサイクルボックス、自動販売機、電子レンジ等が置かれ、あらゆる用途に使用できる。仕事をしてもよし、ランチを食べてもよし、社員の誕生日を祝ってもよし。文字通り、社員をつなげるハブになっている。

日々の問題を発見し解決するコンシェルジュ

オフィスを巡回していると目に止まるのは、壁面に掲げられた各種のスローガンだ。たとえば非常階段には「Average person gains 2 pounds per year.Don’t be average,take the stairs(普通の人間は毎年2ポンド太る。普通になるな。階段を使え)」とある。この狙いは、GSK社が社員に発するメッセージを効率的に浸透させること。「well-being(健康である)」も、その1つだ。

よりよい仕事に心身の健康は欠かせない。社員に階段を使ってもらうのもwell-beingのためだ。単なるかけ声に終わらず、ビル1階にはジムを設置。さらにはバイクシェアプログラムがあり、自転車を借りてネイビーヤードを移動することが可能。食堂でもヘルシーなメニューを用意している。

各フロアには「コンシェルジュ」と呼ばれるスタッフが常駐する。彼らの役割は、日々フロアの問題点を発見し、ホワイトボードに書き込むことで全社に共有させること。実際の問題解決に当たるのも彼らの役割だ。

「社員がface to faceで助けを求められるスタッフがいることは、非常に大きなメリットです。電話してヘルプデスクにつないでもらうより、よほど素早く問題を解決できるからです。コンシェルジュはオフィスの有効活用も提案しています。空いているスペースがあれば、『このエリアは50%しか占有されていない。他から人を移してはどうですか』などとマネジャーに提案することもあります。社員1300人に対して3〜4人のコンシェルジュ、これはとてもコストエフェクティブです」(キャンベル氏)


インフォーマルコミュニケーションを促進させるための「hub」と呼ばれるスペース。


フロアの至るところに会社のスローガンが大きく掲げられ、フロアで働く社員たちの士気を高めている。


フロア中央にはホワイトボードが置かれており、社員や常駐するコンシェルジュが連絡事項やニュースなどを書き込む。

  • オフィス内にカフェテリアを充実させている。GSKのイメージカラーであるオレンジを基調にしており、写真のグラフィックは「Connectedness(つながり)」をテーマに作られた。

  • 社員が自由に使えるジム。GSKでは、「Energy for Performance」というプログラムのもと、心身ともに健康であることを目指している。カフェテリアもジムも、社員の健康に対する会社のコミットメントである。

  • オフィスの屋上には食事やちょっとしたミーティングができるスペースも用意されており、天気のいい日は屋上に上がってくる社員も多いそう。

  • オフィス内の目立つ位置にヘルスセンターがあり、看護師が常駐している。

環境にも働く人にも優しい
ワークプレイス

環境保全にも意識的だ。それは環境性能評価指標の「LEED」で最も格付けの高いプラチナを2つ獲得していることでも証明されている。目標はエネルギーと水の使用を最低限に抑えること。例えば、照明には使用者がいるときだけ自動的に灯るものを採用。その照度も日中の太陽光レベルに合わせて変化させている。

「デジタル化が進み、紙資料を読むことが少なくなった」(ミロラ氏)ことを背景に、全体的に照度を落としているのだ。また、ビル南側の壁はビルの内側に向かって反り、北側の壁はビルの外側に向けて反っている。こうすることで直射日光がオフィスに差し込むのを防ぎ、室温を一定に保っている。屋上の60%が植物で覆われているのも、ビル全体を冷やす効果を果たしているという。

環境に優しい建物は人間にも優しい。耳を澄ませるとワークプレイス全体に静かなホワイトノイズが流れていることに気づく。かといって、耳障りな音ではない。むしろ周囲の雑音を消して集中力を高める効果があるものだ。塗料には揮発性有機化合物の少ないものを使用し、においを抑え、社員の健康を気遣う。

「直射日光こそ入ってこないように制御されていますが、景色を見渡せる大きな窓から、全てのデスクが自然光を享受できることも重要です。自然光がないのは洗面所ぐらいです。建物内で季節を感じ、光を感じる。これがwell-beingにとって大切なことなんです」(キャンベル氏)

ビル全体を自分のホームだと感じられる空間

古い歴史を持つ会社が、新オフィスを通じて打ち出した様々なメッセージ。それは社員たちがより柔軟に、主体的に働ける文化をもたらした。社員間のコミュニケーションが増え、社外との接点も増えた。今後は、社内外のコラボレーションも加速していくだろう。『結果』こそを重視するスマートワーキングを支える環境が整ったといえる。そして最後にもたらされたのはロイヤリティ。つまり、この会社で働くことに誇りを感じるようになった社員たちだ。

「『ここは家のようだ』という例えを私は使っています。実際、自宅のようなプライベートな空間を念頭に考えた新オフィスです。そのためのコネクテッドネスであり、コミュニケーションなんです。かつては自分のデスク周辺だけがホームだった。それが、このビル全体が自分のホームに感じられるようになったのだと思います。それはまた、GSKが大事にする価値観にもホームを感じていることを意味している」(キャンベル氏)

「いまでは、社員たちは家族をここに連れてきます。ランチタイムにも配偶者や子どもたち、親戚を招いている。実に素晴らしいことです」(ミロラ氏)

コンサルティング(ワークスタイル):Faithful & Gould
インテリア設計:Francis Cauffman
建築設計:Robert A.M. Stern

WORKSIGHT 05(2013.12)より


ヒエラルキーを作らないようミーティングテーブルは円形になっている。


ロッカーにも社員のアイデアを採用。最終的に「上段がドア式、下段が引き出し式」になった。


血圧などを測れるスペースも。これも社員の健康を考えた設備だ。

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