Innovator
Jul. 30, 2012
社員一人ひとりがアイデアを持つイノベーティブな職場とは?
会社とのゆるやかなつながりが豊富な意見を生み出す
[山崎亮]コミュニティ・デザイナー 株式会社studio-L代表
職場を活性化しよう、社員にクリエイティブな働き方をしてもらおう、と考える会社が増えています。たしかに変化の激しい時代だから、社員一人ひとりにアイデアを持って働いてもらわないと会社は生き残れない。しかし、狙いどおりの成果を出せているケースは多くありません。
その理由は「働き方=生き方そのもの」だから。職場のルールをいくら工夫しても、社員の生き方が本質的に変わらなければ、彼らの「働き方」は何も変わらないのです。
「勤め先を辞めれば、今の生活がダメになってしまう」──社員がそう考えている限り、会社にイノベーションを起こすような発想は出てこないでしょう。
社員を会社のしがらみから解放する
高度成長期以降、私たちは地域のしがらみを捨てて、自立した生活を手にしました。しかし、地域から逃れられた代わりに、会社に縛られてしまった。勤め先からの安定した収入があってこそ、「自立した生活」が続けられる。近年、雇用の流動化が進み、転職のハードルは下がりました。でも、「社員として勤務する一社に、収入のすべてを集中する」という形は同じ。職場で場違いな発言をしたり、問題となる悩みごとを相談したりして、白い目で見られることがないように、社員は注意を払わないといけません。
給料を払う側と払われる側、査定する側と査定される側──残念ながら、社員はその関係性から自由ではありません。会議のルールを刷新して「一緒のテーブルで無礼講」と促しても、組織構造を「ヒエラルキーからフラットへ」変えても、オフィスの配置を「固定からフリーアドレスへ」転換しても、社員は会社のしがらみから抜けられない。その金銭的な結びつきが強すぎて、会社と対等ではいられないのです。賃金体系をいじったところで大差はない。定期昇給制にすれば、社員はあまり努力しなくていいから、自ら変化を指向しないし、年俸制であれば、会社で加点評価されることに没頭し、査定に関わる行動しか考えません。
働き方と生き方が連動した職場を作る
ところが、仮にもし、「今の勤め先がダメになっても、別のところから収入が得られる」と社員が考えられたならば、どうでしょう。全く違うことが起きます。
思い切ったこと、少し適当なこと、ラフなことも口にできるし、自由なアイデアが出てくる。社長の発言に対しても、「今からの時代、それでは売れませんよ」と面と向かって反論できる。「なんだ、お前は意見が違うから辞めろ」と言われたり、もしくは左遷されて希望しない部署に行かされたら、「じゃあ、辞めます」と言える。ビジネスに変化をもたらすようなクリティカルな働き方は、「この会社を辞めてもなんとかなる」という生き方から生まれてくると思うのです。
僕がstudio-Lを作るときも、「働き方は、生き方と連動させて設計しなければならない」と真剣に考えたから、かなり特殊な事務所になりました。
studioーLの構成メンバーは建築士や編集者、グラフィックデザイナーなど多岐にわたる。様々なオーダーに応えられるのが魅力の一つだ。大阪や栃木、海士町のほかサンパウロやロンドンにも事業拠点があり、活動範囲をグローバルに広げている。
http://www.studio-l.org/
ゆるやかなつながりのなかで
お互いに柔軟な変化を遂げる
studio-Lでは、担当した仕事の量に応じて、給料を支払うしくみです。同時に、各社員は それぞれの裁量で、studio-Lとは別の、外部の仕事を自由に請けられます。ライターの人は出版社から請けた原稿を書いていたり、デザイナーの人はどこかのウエブサイトを作っていたりする。僕は誰がどこの仕事をして、どのくらい収入を得ているか、知らないし、そんなふうに収入源が一カ所じゃないから、僕とスタッフ、スタッフとスタッフの立場は対等になれる。
うちのグラフィックデザイナーを例にとると、冊子や本を作るといった本業の部分では、studio-Lで発生する業務は年にいくつかしかない。studio-Lからの収入だけでは食べていけないので、外部の仕事を受けていたりするわけですが、ほかのスタッフの仕事ぶりをみているうちに、いつのまにか、ワークショップのファシリテーターの勉強にも興味を持ち始めたりする。もちろん、すぐは使い物にならない。だから、彼は勉強のために給料に加算されない活動として現場に手伝いにくる。テーブルコーディネーターのやり方を学びに、何度も足を運ぶうちに、だんだん勝手がわかってくる。もともと口下手だから、そこを補うために、グラフィックを使ったファシリテーションの方向でトライしてみる。
「できる」「できない」ではなく、グラデーションで捉える
ちょこちょこと現場に顔を出すうちに、「よく喋るファシリテーターもいいけれど、彼は喋らない代わりに、グラフィックで意見を引き出しているね」と他のスタッフが注目をし始める。すると次から彼のファシリテーションにお金がつく。次第にワークショップのファシリテーターとして依頼が増えてくる。1年くらい無料で勉強しにきていたのが、いつからか、お金を払っても来てほしい存在になる。
そのゆるやかなつながりの中で、お互いに柔軟な変化を遂げていければ、組織にとっても、個人にとっても絶対にプラスになる。その状態を担保するために、設立以来、いろいろな試行錯誤をしてきました。相手のこの部分は使えるけど、ここは使えないと冷静にみる。そして、勉強して使える部分を増やした人には、どんどん発注をする。
人のつながりも、貢献の仕方も、白黒の二色ではなく、グラデーションでとらえることができれば、いろんな可能性が見えてくる。もう、そういう生き方・働き方の時代が来ていると思うのです。
WEB限定コンテンツ
(2012.5.21 京都造形芸術大学 東京・外苑キャンパスにて取材)
2009年に発表された「第四次海士町総合振興計画」の別冊として作られた『島の幸福論[海士町をつくる24の提案]』。島で暮らす15歳から70歳まで計60名から、生活者の視点を抽出、24のまちづくり具体案としてまとめられている。誰でも気軽に読めるよう、絵本のような体裁になっているのが特徴だ。こうした冊子などのコンテンツもstudio-Lの主導で作られていく。
山崎亮(やまざき・りょう)
1973年愛知県生まれ。設計事務所を経て独立、住民参加型の総合計画、建築・ランドスケープのデザインに携わる。「海士町総合振興計画」や「震災+design」などでグッドデザイン賞を受賞するなど、幅広く活躍している。京都造形芸術大学・空間演出デザイン学科長。主な著書に『コミュニティデザイン 人がつながるしくみをつくる』(学芸出版社)、 監修に『コミュニティデザインの仕事』(ブックエンド)など多数。