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利他的な経営が最終的に利に結びつく

“振り切る”ことでイノベーションを生み出す

[岩佐大輝]農業生産法人 株式会社GRA 代表取締役CEO

前編で、試行錯誤を経て高品質のイチゴが生産できるようになったことを説明しました。次の課題は、どうやってプライスに転化するかです。

震災前からイチゴは販売価格が下がり続け、イチゴ農家の収益性は右肩下がりでしたから、原状復帰するだけでは衰退していく農業とともに町は沈んでいくだけです。山元町が本当に再生するには、これまでのようにイチゴを1パック398円で売り続けるのではだめ。儲けの仕組みを根底から変えなければいけません。

コストとして見直せると思ったのは「パック詰め」です。イチゴは傷みやすく、傷ひとついただけで厳しいバイヤーには買い取ってもらえません。そこで農家は時間をかけて丁寧にイチゴをパックに詰めるため、この工程に人件費の75パーセントを取られます。ならば、パック詰めをしなければいい。その発想から「ひと粒入りのイチゴ」「箱入りのイチゴ」「イチゴを使った加工品」という商品のアイデアが導き出されました。

また、既存のイチゴビジネスは流通にも課題があります。従来の流通では商品を納めた後、市場に行って、さらに店頭へと運ばれるため、消費者の手に届くのは収穫してから早くて3日後、遅いと5日後くらいになってしまいます。そこで農家は6~7割熟れた状態で摘み取るわけですが、追熟では色こそ赤みを増すものの、甘さは乗っていきません。つまり完全に熟した本当においしいイチゴは店頭に並ばないということです。

僕はここに勝算があると考えました。僕らは地元の運送会社にかけあって独自の配送ルートを敷いたので、完熟ぎりぎりで収穫したものを都心まで素早く届けることができます。しかもパッケージは箱詰めで傷みにくい。甘くておいしい、見た目にも美しい最高の完熟イチゴを提供できるというわけです。

戦略的な訴求で「ミガキイチゴ」ブランドを確立

もう1つ、既存のイチゴビジネスで改善できそうなポイントとして、マーケティングやブランディングが不十分な点も目につきました。戦略的な訴求ができていないから買い叩かれてしまうのです。

NPO法人のGRAでは、プロボノ(職業上の経験やスキルを生かしたボランティア活動)という仕組みを取り入れています。そこに登録しているメンバーは約800名。僕らは、その中で広告代理店に勤めるコピーライターやデザイナーといったブランディング、マーケティングのプロの力を借りることにしました。

出来上がったブランド名は「ミガキイチゴ」。キャッチフレーズは「食べる宝石」です。おいしさは磨かれ、永遠の輝きを持つという意味が込められています。PRにもプロボノのメンバーが尽力してくれました。その結果、品質の高さとの相乗効果で東京の百貨店でも大きな注目を集めることができましたし、マスコミにも取り上げてもらえました。

これと平行して、ミガキイチゴを使ったスパークリングワイン「ミガキイチゴ・ムスー」や、白イチゴエキスを配合した化粧品シリーズ「白いちご」も製品化しました。ミガキイチゴ・ムスーは開発段階から会社員、学生などプロボノのメンバーが数百名参加してくれて、資金もクラウドファンディングを利用して200万円集めました。たくさんの人たちで作れば、たくさんの人に好まれる商品ができるはずという発想です。狙い通り、こちらも人気商品になり、農業の六次産業化* が実現できました。

ミガキイチゴ・ムスーは生のミガキイチゴと並んで2大看板商品になっています。全ての商品に山元町産を示す「YAMAMOTO」を付けているので、町名の露出機会も増えました。町で新しくイチゴを作っている方々が再起したとき、出ていきやすいような下地を作っておければという思いもあります。

インフラが不十分な場所での事業経験を生かしてインドへ

多角化と同時に、海外進出も進めてきました。2012年春、インドで社会貢献事業の一環としてイチゴを作らないかと、ある企業からお誘いを受けました。インドは電気もガスも水道もあまり整備されていません。やはりインフラが不十分だった被災地での事業創出の経験が生かせるのではということでした。

自社の事業の足場固めもまだなのにインドに進出するのは早いという意見もありましたが、3つのメリットを見込んで引き受けました。

1つは、雇用を生み出すことでインドの女性の地位向上に役立つこと。2つ目はインドはマーケットのポテンシャルがあるので、先行者として経験を積むという将来への投資目的ができること。3つ目は、東北でイチゴ農家を始めてまだ1年の会社がインドに進出するというスピード感を示したいということ。地元だけでなく、他の地域の農家の人たちにも勇気や刺激を与えたいということです。2012年11月にインドの農場が完成、翌年3月には品質のいいイチゴを収穫することができました。

今は中東への進出も視野に入れています。2013年にサウジアラビアの5つ星ホテルのシェフにイチゴを食べていただいたら高く評価されたので、手ごたえはありますね。うまく輸送できればシェアを大きく取れることでしょう。海外事業は今後の展開の主軸になります。

スピーディな事業展開で、経営に停滞感を持たせない

矢継ぎ早に派生商品を開発したり、時期尚早という意見を押しのけて海外展開を図ったのには理由があります。

経営にはフレッシュ感が問われます。常に躍動している感覚を見せておかないと、社員は面白く働けないし、株主は出資の意欲が湧きません。地域の方々にしても、地元企業に元気がないと活気が出てきませんよね。

その点、農業はリードタイムが長くて、1年たたないと結果が見えません。工業と比べると成長が遅いように見えて、経営はうまく軌道に乗っていけない。それを打破するために、いろいろなものを素早く開発してリリースし続けているわけです。幅広く事業を展開することは、経営に停滞感を持たせないうえでも重要だと思っています。

農業生産法人 株式会社GRAは、宮城県亘理郡山元町を拠点に、農産物の生産、産地開発、農業技術の研究開発、農業交流事業、分析業務、栽培管理システムの開発を行う。GRAはGeneral Reconstruction Associationの略。創業は2011年7月。
http://www.gra-inc.jp/

* 六次産業化
農業・水産業において、第一次産業の生産、第二次産業の加工、第三次産業の流通・販売を掛け合わせることで農林水産業を活性化しようとする経営形態。

自分の心をクリーンにしておくことで、
ハードな意思決定を素早く、冷静に下せる

農業生産法人GRAには4つの経営理念があります。

・「実行実現」(Without action, nothing happens.)
・「価値共創」(多くを巻き込み偶発的必然を起こす)
・「自利利他」(尽くして求めず、尽くされて忘れず)
・「電光石火」(早く速くやる。同じ波は二度と来ない)

5億円の借金をしてハウスを作ったことや、多角化や海外進出を素早く行っていることなど、「実行実現」「電光石火」は分かりやすいでしょうか。

「価値共創」は、イチゴ栽培の匠である橋元忠嗣さんやプロボノとしてGRAに集ってくれるメンバーなど、異なる背景、価値観を持つ人たちとの共創に重きを置いているということです。新しいものを生み出すときは、どれだけ多くの人の違う考えが重なり合えるかにかかっていると思います。

そこで大事にしたいのが、全体の利益だけでなく、関わった個人にも利益がもたらされること。お金のことだけでなく、例えばミガキイチゴのブランディングを成功に導いてくれた人たちは、その実績をぜひ本業に引っ提げていってもらいたい。ネットワークの拡大でもいいでしょう。我々はそのフィールドを提供するということです。

共創感は重要です。共創感をもたらすためにこそ、躍動感を見せる必要があるわけです。これが経営のフレッシュ感を醸成します。ビジョンを示すのも必要ですけど、それだけでは人は集まりません。ビジョンを立てつつ、実際にスモールスタートで小さいビニールハウスを作ったから人が参集してくれたわけだし、先端的農場を日本に建てたから、インド進出という引き合いが来たわけです。人が人を呼ぶ、そういう状況をつくるために、何かを実現・実行していく。最初はささやかでも構わないから、まずは実際に見える景色を変えてみる。そういうことが経営では重要だと思っています。

「自利利他」については、経営者である自分の戒めであり、なおかつ事業の永続性を考えたときに必要となる要素です。

自利的なものは心の中によどみや迷いを生む気がするんですよね。例えばシステム開発でちょっとお金を稼ぐのに成功すると、それを守りたいと思うようになる。つまり雑念が生まれるわけで、それは正しい意思決定や経営のスピード感とは相反する精神です。雑念にとらわれないようにするには、自分に利さないこと。逆説的ですけど、利他的な経営をすることが最終的には自分に利すると思います。

何といっても、社会や人のためを思って働いてると心が楽ですしね。自分がお金を貯めようと思っていたら、経営のプレッシャーに押しつぶされてしまうかもしれない。自分の心をクリーンな状態にしておくことで、ハードな意思決定を素早く、冷静に下すことができるのです。

批判や中傷は変化が起きていることの証

山元町のみなさんからは、GRAに対して大きく2つの反応をいただいています。1つは、世界的に活躍している企業が山元町にあるんだと、誇りに思っていただいていること。もう1つは、従来の農業の秩序を乱すような、破壊者のイメージですね。農業に経営を持ち込むことについては考え方が合わない方がいるのも事実です。

多くの方が前者の見方をしてくださっていて、それは大変ありがたいこと。応援の声は素直に受け止めつつ、やっかみの目で見られている方には、刺激物として一定の存在感を示してるんだと、ある種の自負を持っています(笑)。毒にも薬にもならないことは変革をもたらさないので、“振り切る”ことが大事。批判や中傷は変化が起きていることの証なんです。

うれしいのは子どもたちの反応ですね。コンピュータだらけの農場なんて他にありませんから、見学に来るとみんなびっくりしています。「自分も農業をやってみようかなと思った」という感想も聞かれるので、農業の未来に少し光明が差しているかな、そういう存在になれたらいいなと思います。

経営者として一番うれしい瞬間は、新しいパートナーと一緒に仕事することが決まったときなんですよ。誰かが入社してくるとか、新しいパートナーと共同開発を始めるとき――ビジネスが生まれる瞬間にエキサイトします。どちらかというと、ゴールよりもスタートが好きですね。結果より、うまくいくか、いかないか、ぎりぎりの意思決定をかいくぐっていくプロセスに楽しさを感じるんでしょうね。実行すること自体を楽しみたい。もちろん大変なこともいっぱいありますけど、楽しむという基本のスタンスは崩さずにこれからも走っていきたいです。

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(2014.10.24 港区の株式会社ズノウ 表参道オフィスにて取材)

クラウド型データベースによる営農計画の形式知化も、GRAの研究テーマの1つだ。農場スタッフは情報端末を持ち歩く。(写真提供:GRA Inc.)

岩佐大輝(いわさ・ひろき)

1977年、宮城県山元町生まれ。日本、インドで6つの法人のトップを務める経営者。大学在学中の2002年にITコンサルティングを主業とする株式会社ズノウを設立。東日本大震災後は、特定非営利活動法人GRAおよび農業生産法人GRAを設立。先端施設園芸を軸とした「東北の再創造」をライフワークとするようになる。故郷のイチゴビジネスに構造変革を起こし、地域をブランド化。大手百貨店で、ひと粒1000円で売れる「ミガキイチゴ」を生み出す。2012年にグロービス経営大学院でMBAを取得。2014年に「ジャパンベンチャーアワード」(経済産業省主催)で「東日本大震災復興賞」を受賞する。
http://www.gra-inc.jp/

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