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アジア最大級の通信会社が挑む
“変化を生み出す絆”づくり

シンガポールの総合通信事業者

[Singtel Comcentre]Singapore

  • 大企業の中に新規事業のタネを作りたい
  • 変化の力をもった異物を内包する
  • ディスカバリー+デリバリーの企業体質へ

100年以上の歴史を持つアジア最大級の通信会社「シンガポール・テレコム(通称:シングテル)」が、ドラスティックな経営改革に着手している。その舞台は、彼らのデジタル部門「シングテル・デジタルライフ」のオフィス「シングテル・コムセンター」。自らの体内とも言えるオフィスに、買収したスタートアップの社員や起業家を混在させているのだ。彼らはいずれも、新しいデジタルビジネスを開拓する先駆者の役割を担う。

シングテルが彼らに期待するのは、未来の収益の柱を担う新規事業の創出だ。すでにeコマースやモバイル広告、写真共有などの新ビジネスを立ち上げるに至っているという。

買収などによって参加してきた起業家は、シングテルにとって一種の「異物」だ。たとえば、両者の違いは意思決定のプロセスにも顕著に表れている。伝統的な通信業者たるシングテルは、問題把握から解決まで「直線的」なプロセスを経るのが通例。一方、デジタル分野の起業家は「非直線的」なプロセスを好む。つまり、一つの意思決定に固執せず、ときには方向転換して全く新しいアイデアの追究に向かうこともためらわない。通常、こうした対照的な意思決定プロセスを一つのオフィス内に同居させるのは極めて難しい。同社チーフ・コマーシャル・オフィサーのマイケル・スミス氏もそれは実感するところだ。

通信業の社員と起業家の価値観を融合させるオフィス

「私自身、大企業出身の人間として“ジグザグ”型の意思決定プロセスはすぐに馴染めるものではありません。ですが、新規事業を生み出すには、彼らの仕事の仕方を学ぶ必要があると考えました。私のような人間が集まるシングテルを変えるためにこそ、起業家をわれわれの体内に引き入れたのです」

そのために、起業家の受け皿として新たなオフィスが不可欠だった。というのも、起業家が好む職場環境は、一般的な大企業のそれとは大きく異なるからだ。スミス氏によれば「Interaction(相互作用)、Collaboration(協同)、Sharing(共有)、Openness(開放)、Ability to change quickly(素早く変化する能力)」が必要条件。現オフィスは、こうした価値観を体現するものとして設計されたものだ。

エントランス入ってすぐのシアター。クライアントに自社サービスをプレゼンテーションする。また、バイオメトリクス認証とも連動しており、入館した社員に向けてメッセージが流れる仕組みも。

創業: 1879年
売上高: 約181億8300万シンガポールドル(2013)
経常利益: 約52億シンガポールドル(2013)
従業員数: 約2万3000人(2013)
http://singtel.com

デジタルライフグループ 課長補佐
ニック・ヴァン・ヴェーン
Niek Van Veen/左

チーフ・コマーシャル・オフィサー
マイケル・スミス
Michael Smith/右

  • オフィス内には起業家たちのショールームやラボが点在する。ここでは新しいショッピング体験のためのシステムを開発中だった。

  • 生活家電のスマート化など、日常生活に関する新技術を体験できるスペース。起業家たちがもたらした成果を可視化するのが目的。

  • 右手にあるのは立ったまま仕事ができる「スタンディングデスク」。短時間に集中して作業をこなしたい時に向いている。

  • オープンスペース内に設置された、セミクローズドのスペース。オープンスペースならではの開放感を維持しながら周囲の雑音を遮断する。少人数でのミーティングに利用されている。

  • 「タッチダウン」と呼ばれるデスク。移動が頻繁で、ごく短時間しかオフィス内に滞在しない社員たちが好んで使用する。

ノンテリトリアルオフィスで
社員同士の交流を促す仕掛け

コムセンターではノンテリトリアルオフィスが採用されている。みなが自由に着席位置を決められる。ある日偶然隣に座った誰かとの会話から、ビジネスを方向転換させるヒントを得られるかもしれない、というわけだ。

それに加えて、多種多様な機能を持つデスクを設置しているのは、社員各自の自律性を確保しビジネスのスピードを高めるためだ。たとえば、横幅の広い「ブーメラン・デスク」は、資料を広げてじっくり腰を据えて取り組みたい仕事に向いている。逆に、立ったまま使える「スタンディングデスク」は短時間に集中したいときによい。業務内容に適しているデスクを、社員たちは日常的に使い分けている。

もっとも、ノンテリトリアルだからといって即インタラクションが発生すると考えるのは早計だ。毎日同じ条件下で仕事をすることを好む社員も一定数存在しているし、インタラクションそのものを不要だと考える社員がいるのも事実。過去には、スタッフが私物をデスクに放置し、「ここは自分の机である」と主張して譲らなかった例もあるという。

“手応え”が個人にも会社にもいい影響をもたらす

これでは、起業家たちがもたらすはずの「組織を変化させる力」も、限定的な影響力にとどまってしまう。そこで会社が打ち出した対策は、数人のリーダーたちが率先して模範を示すというものだった。

「本当は決められた席に座るほうが好き」だというスミス氏も、積極的に席を動き、隣り合った社員とコミュニケーションするように努めている。また2週間ごとにリマインドを行い、「今夜までに移動しなければ私物を取り払う」と張り紙を残すという。それでもなお社員が移動しなければ、強制撤去に踏み切るのだ。

また起業家たちのラボや成果物を展示するショールームをオフィス内に設置したことも功を奏した。これにより彼らの仕事ぶりが可視化され、シングテル・コムセンターの社員を日々啓発し続けることになった。

新オフィスに移り4カ月。財務や人事などクローズドな環境が欠かせない職務につく社員を除く、約半数の社員が席の移動を好意的に評価している。この新しいワークスタイルが、個人にも会社にもいい影響をもたらしていると手応えを感じているからだ。

デリバリーとディスカバリーの2つを実現するオフィス

手応えの一つはスピード感の変化だ。かつてのシングテルは、その事業規模の大きさから一つの意思決定に多くの人間が関わるため、鈍重な動きを余儀なくされていた。

「ところが起業家たちは、朝9時に新しいアイデアを発見したかと思うと、1時間後には実行に移しているのです。彼らと同じ空間で働くうちに、シングテルの人間は彼らのスピードを学び始めています」(スミス氏)

もう一つは、リソースのかけ方の変化。これまで通信業といえば、1件のプロジェクトに「600万ドル・6カ月」をかけることも多々あったという。対して起業家たちは、「紙ナプキンにメモしたアイデアをもとに、たった600ドル・6日で完了させてしまう」とスミス氏。スモールビジネスを志向し、早く安く動くこと。仮に失敗するにも、早く安く失敗(Fail Fast, Fail Cheap)すれば、アイデアの改善点をより多く発見できる。「それこそ、私たちが見習うべき部分なのです」とスミス氏は強調する。

「デジタルビジネスの秘訣は、デリバリーとディスカバリーの二つです。デリバリーは、伝統的な通信業が得意としている部分。巨大な金銭的リソースを投じて、一息に大量のサービスを提供する。そしてディスカバリーは、起業家が得意するものであり、それこそ私たちが求めるもの。すなわちイノベーションです。彼らの『Fail Fast, Fail Cheap』のワークスタイルが、私たちにイノベーションをもたらしてくれるでしょう」(スミス氏)

コンサルティング(ワークスタイル):Woods Bagot
インテリア設計:Woods Bagot

WORKSIGHT 06(2014.10)より


フォンブース。吸音素材で覆われたボックスで、通話音声をオフィス空間に漏らさない。


オフィス中央に位置するシアター型のミーティングエリア。大人数の情報共有も可能だ。


エントランスに設置されたインタラクティブアートのギャラリー。自ら発した言葉に関するデータが瞬時に表示される。自社の技術を来訪者にPRする。


エントランス近くにあるカフェテリア。仕事や打ち合わせをしている人も多い。


シアターを降りてすぐのキッチン兼ロッカーエリア。天板がゲート状になっているのは遊び心。

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