このエントリーをはてなブックマークに追加

新しい働き方を機能させるための
デザインプロセス

オフィスづくりにおけるチェンジマネージメントとは

[松下千恵]ゲンスラー アンド アソシエイツ インターナショナル リミテッド シニア アソシエイト、デザインディレクター

ワークプレイスづくりでまず大切にしていることは、クライアントのビジョン、すなわち、会社が5年10年後目指している姿を確認することです。そのうえでプロジェクトゴールをクライアントと一緒に構築していくのですが、このゴールを共有するプログラミングフェーズの作業が重要です。

具体的に行うことは、物件によって異なりますが、経営トップやプロジェクトメンバーとのビジョニングセッションやインタビュー、またWPI(ワークプレイス・パフォーマンス・インデックス)というゲンスラー独自のオンライン調査もあります。これは、社員全員に行うウェブベースのサーベイで、「集中、コラボレーション、学習、交流」という4つのモードを基準に、一人ひとりがどういう働き方をしているか分析するものです。その結果は、私たちが持つ全世界の業種別ベンチマークと比較し、伸ばす長所、見直す短所を見つけ、現在自分たちの会社がどのようなポジションにあり、今後どのような姿であるべきか、などを浮かび上がらせます。

また、起業家精神のある若い人たちの考えを吸収することも大切で、ワークショップなどで彼らと意見交換をすることもあります。

こうしたリサーチプロセスを通じて、構築したプロジェクトゴールを、実際の空間に反映させていくことになります。ここで重要なのがコンセプトづくり。ゲンスラーの強みはまさにそこにあり、リサーチから生まれたゴールをどうコンセプト化し、実際のレイアウトに反映し、ストーリーを作っていけるかというところだと思います。その背景には、ゲンスラーのグローバルな経験とネットワーク、業態分野をまたいでアイディアをクロスできる基盤などがあると思います。


ゲンスラー社は建築、デザイン、プランニング及び戦略コンサルティング業務をグローバルに展開するデザイン設計事務所。東京のオフィスは南青山にあり、オフィスのインテリア設計からリテール、ホテルのデザイン設計まで幅広く行っている。
http://www.gensler.com/offices/tokyo

新しい働き方にチャレンジした
金融機関のオフィスづくり

ご存じの通り、オフィスづくりにおいては近年、ABW(アクティビティ・ベース・ワークプレイス)という新しい考え方が広がっています。これは、ワークプレイスに社員の行動パターン(アクティビティ)に合わせ、さまざまなスペースセッティングを設けるということ。

例えば弊社の最近の事例では、今年9月に2000人の社員が天王洲から東新宿に事務所移転した金融機関シティグループ(CITI)も、移転を契機に働き方をABWに移行しました。一般的に保守的であると言われている金融業界で、ABWに挑戦するということは画期的な取り組みであり、‘CITI WORKS’というプログラムをもとにグローバル展開され始めています。天王洲の旧事務所では、数多くの窓際個室、L字型個人机、そして会議室しかありませんでした。移転後の空間では、まず80%の個室を排除しました。そして仕事の行動パターンに合わせ、社員が自由に選択できるさまざまな「チョイススペース」を設けました。チームで働くコラボレーションエリア、1人で集中作業するフォーカスブース、2人での共同作業や電話会議用の2人用フォーカスルームなどです。

コスト削減しながら、社員が効率よく働けるワークプレイスを構築する。このゴールを達成するためABW移行にチャレンジされたのですが、今までずっとL字型個人机だけで仕事をしていた社員たちに、いきなりABWになりましたので働き方を変えなさい、と言ってもできるものではありません。そこで、CITIは、移転1年前にABWパイロットオフィスをつくり、実際に社員に使ってもらい、どこがよかったか悪かったかを抽出し、またつくり直し、再び使ってもらうということを繰り返しました。いわゆるラボのような感じですね。規模は850平米を150人の社員に使ってもらい検証しました。もちろん、この150人以外の社員の方たちにも、パイロットで新しい働き方を見てもらうツアーや説明会を何度も行い、一歩ずつですが、浸透させていきました。その結果、部門によってはABWが難しいこともわかりました。最終的には、移転時は6割にABWを導入、残り4割は将来的に導入可能なABW-Readyという形に決定しました。固定席はありますが、チョイススペースを取り入れ、将来に準備しているといった形です。

変化に適応するためのチェンジマネージメントの重要性

パイロットオフィスでの検証は徹底的に行いました。ワークプレイスでのさまざまなチョイススペースの使われ方、コラボレーションエリアとフォーカスエリアとの距離感の検証にはじまり、ファイルメーターの見直しや1人当たりのロッカーサイズ、モニターアーム機能の比較まで。ABWを導入するにあたり、テクノロジーのサポートは大切なため、IT、AV機器の検証も行いました。サポートエリアの使い勝手、ごみの量をどのくらい減らせるか、冷蔵庫やコピー機(MFD)の数はどのくらい削減できるか、またサインの大きさ、パントリーの使い勝手、グラフィックデザイン、内装カラースキームまで、とにかく使ってみては改良することを重ねました。

人間みなそうかもしれませんが、特に日本人は、やったことのないことに対し、保守的な傾向があります。実際新しいことにチャレンジしてみたら意外によかったということも多いのですが、そこにたどり着くためにはプロセスが大切です。つまり進化に適応するためのチェンジマネージメントがカギになってきますね。

チェンジマネージメントで重要なことは、会社がなぜ新しいワークスタイルにチャレンジするのか、社員が理解できることです。トップの意向で新しいオフィスをつくり、ただ与えるだけでは機能しない例もあります。会社がどのような考え方でゴールに向かいたいのか、社員一人ひとりにメッセージを伝えることが必要です。段階を踏み、変化を体験し、一人ひとりがプロジェクトに参加しているという意識を持っていただくことが、何より大切だと思います。

WORKSIGHT 特別号(2014.12)より


東新宿に竣工したCITIグループ新宿イーストサイドスクエアビルの新オフィス。

松下千恵(まつした・ちえ)

一級建築士 LEED®AP ID+C シニアアソシエイト ゲンスラー東京オフィス ワークスタジオ デザインディレクター。大規模オフィス移転プロジェクトをはじめとしたワークプレイスインテリアを中心に、ホテルから教育施設に至るまで幅広いプロジェクトを手掛けている。プロジェクトでは、社員の働き方の分析から、プログラミング、移転までの全てのフェーズでデザインチームをリードし、機能的且つ効果的なデザインを提案している。

RECOMMENDEDおすすめの記事

デザインシンキングに通じた経営人材を育成する大学院

[The University of Toronto Rotman DesignWorks & the Rotman School of Management]Toronto, Canada

明治期に起源を持つ日本の雇用慣行を、時代に即したものへ

[小熊英二]社会学者、慶應義塾大学総合政策学部 教授

TOPPAGE
2022年7月、「WORKSIGHT[ワークサイト]」は
「自律協働社会のゆくえ」を考えるメディアへと生まれ変わりました。
ニュースレターを中心に、書籍、SNS、イベント、ポッドキャストなど、
さまざまなチャンネルを通じてコンテンツを配信します。

ニュースレターに登録する