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新しいシステムはオランダから生まれる

企業、政府、NPOが対等な「オランダモデル」を読み解く

[長坂寿久]拓殖大学客員教授

オランダから生まれたシステムが世界に普及していく。世界がオランダに近づいていく。そんな流れがあるように思います。典型はオランダ型のワークシェアリングです。働いている時間と仕事が同じであればフルタイムとパートタイムの間に格差はつけないという「均等待遇」の方式。すでにヨーロッパ全域に広がりつつあり、ILO(国際労働機関)でも採択されています。

あるいは、日本が10数年前に取り入れた高齢者の在宅ケアの仕組み。ドイツから制度を持ってきたと言われていますが、そのドイツはオランダから持ってきている。実はオランダがオリジンなんです。

ほかにも、ソフトドラッグとハードドラッグを分けてソフトドラッグを許容する政策、同性婚を認める政策、安楽死なども独特の政策をとっています。これらもオランダに始まり、そしてヨーロッパが、世界が取り入れようとしています。私はオランダ駐在時から、こうしたオランダの独自性に関心を持ってきました。

オランダは世界一NPOが多い国の一つ

最初に指摘したいのは、オランダが「世界一NPOセクターが大きい国*」であるということです。背景には、オランダの「水との戦い」の歴史があります。オランダは堤防の国です。堤防をつくり干拓し、自分たちの手で国土をつくってきた。「神様は地球を造りたもうたが、オランダはオランダ人がつくった」のです。こうした水のコントロール(制御)の手法が土地のコントロールに、さらに社会のコントロールに及んでいるのがオランダ文化ともいえます。麻薬や飾り窓(売春)のように、取り締まっても決してなくならない犯罪は、禁止するのはなく一定の管理下において監視することを選んだのです。禁止すれば地下に潜りマフィアがはびこり、一層根深いものになるからです。

また、水との戦いのなかで、オランダ人は平等主義と個人主義を育みました。一カ所でも堤防が決壊すれば被害は広大な地域に及び、国土が失われる。その現実の前に、国民は平等です。洪水がくるまでは彼らは激しく議論し、自分たちの意見を主張し合いますが、洪水がくるまでには合意形成することを学びました。それは、オランダの社会づくりに国民ひとりひとりが参加してきた歴史でもあります。

それが現代オランダのNPOセクターの大きさに結実しています。普通のオランダ人に「NPOの会員になっているか」と尋ねると「10個以上」と答える人が珍しくありません。日本で同じ質問をしても100人中10人が「1つ」と答える程度でしょう。

フィールドの最前線にいるのはいつもNPO

そして、NPOと政府、企業が対等なパートナーシップで話し合い、合意形成しながら社会を運営していく。私はこれを「オランダモデル」と名付けています。たとえばオランダでは、ODA予算の2割以上がNPOに提供されている。福祉だってNPOが実行しています。フィールドの最前線にいるのは、いつもNPOです。そのため彼らは新たなニーズの変化をいちはやくキャッチできる。ニーズを満たす新たなアイデアをすぐに試し、それがうまくいけば、政府なり自治体なりが制度化する。そんな仕組みがオランダにはあります。

ここでは、政府とNPOが対峙しています。政府は、NPOセクターから、ひいては市民社会から提示された「公共益」を実現することで国をつくっていくことが役割です。そこでの合意形成システムも、オランダ特有のものです。各省庁に審議会が設けられ、そこにはNPOの代表者が集まってきます。そこで提案されたものを、政府は可能な限り実行します。もちろん全てを実行するのは無理ですが、実行できない理由を回答する義務を負います。この仕組みがあるおかげで、市民の意見も政府に吸い上げられているという感じを持てるわけです。

政府・NPO・産業界の3者で熟議

産業界においても同様です。オランダ最大の空港であるスキポール空港は、アムステルダムの街のすぐ近くに位置しています。普通は、市民からの反対に遭うため、そんなところに空港はできません。仮に日本で同じような空港をつくろうとしたらどうなるか。政府と産業界が案をつくってから、「市民の声もちゃんと聞いています」という証拠づくりだけのために、説明会を開くでしょう。NPOにしてみたら、自分たちの意見がまるで採用されていないと、問題点を指摘するばかりになるのは当然のことです。そこで厳しい指摘を受けた政府・産業界側は案を引っ込める。数年後に同じようなことが起こる。最後はこうなったら裁判か、という事態にもなって、10年たってもその案は実行されないままなわけです。

いっぽう、オランダでは最初からNPOも参加した上で熟議し、案をつくります。自分たちの意見を主張できる場であり、実際に採用されるかもしれない。そこではNPOもしっかり責任を負うことになります。日本の例のように、政府と産業界だけで案をつくろうと思えば、完成まで半年から1年というところでしょう。オランダの場合は、政府とNPOと産業界の3者が熟議するぶん、2〜3年はかかる。しかし、いったん合意すれば、一気に実行されるのです。「まずは政府と産業界の間で合意を……」とやっているより、はるかに早く安く、いいものができあがる。オランダには、そのような成功体験が蓄積されています。


『オランダを知るための60章』
オランダの政治・経済から歴史、社会環境、文化背景まで、長い在蘭経験を活かして一つひとつ丁寧に解説してくれる。(明石書店)

*オランダのNPOセクターは、フルタイム換算で66万9000人を雇用している。これは全雇用者の7%にあたり、西欧諸国をはじめとした先進国平均の2倍だ(2003年調査)。

21世紀型の合意形成を
オランダに学ぶ

日本で合意というと、「無理矢理1つの意見にまとめる」というニュアンスがあるように思います。でも、ここで言う合意は、「お互いの意見を尊重しあい、認め合うこと」です。それができたら、あとは優先度だけ確認すればいい。自分の意見を主張し、それを聞いてもらう場があれば、人はいろいろなことを許せるようになります。優先度を決めるのは多数決ですが、そのプロセスをスキップして多数決をとると、「自分の意見が無視された」「強引に進められた」と感じて、いつまでも反対に回る人が出てくる。それでは合意形成に至りません。

合意はまた、本質的にギブアンドテイクでもあります。すなわち、自分が持つものを相手に譲る。相手が譲歩したものを自分がもらう。これがあってはじめて合意が成り立ちます。相手の優先度の高いものを認めてあげる。すると、ほかの部分で譲ってもらえる。その信頼関係ができていれば、譲歩もたやすい。3者の熟議において自分が譲歩すれば、残る2者から大きな譲歩を引き出せると考えればいいのです。

「コーディネーター」を内部化した日本の自治体も

こうした社会背景をふまえて、オランダには政府、企業、NPOの3セクターの意見をまとめ、調整する役割を担うコーディネーターという職種があります。特に都市計画などは、彼らなしにはできません。それこそ、アムステルダムの港湾地域をどう再開発するのか、なんて議論をやる。都市計画となると、副市長クラスの人間がコーディネーターを務めます。必要であればその人物が役所を動かし議会にかけ、法律を作っていきます。

「市民の時代」が謳われるようになり、日本の自治体でも、このコーディネーターという仕事が求められる場面は多くなっていくと思います。つまり市民と行政が向き合い、合意形成していくプロセスにおいて活躍する人材が。オランダに学ぶところは多いはずです。依然として日本の場合、コーディネーターを外部から連れてくることが多いのですが、私が暮らしている神奈川県逗子市では、市の職員としてコーディネーターを内部化しました。以降、市民、企業、行政の利害が対立し、にっちもさっちもいかなくなっていたプロジェクトが、動き始めています。

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(2014.12.12 コクヨファニチャー株式会社 霞が関ライブオフィスにて取材)

長坂寿久(ながさか・としひさ)

1942年神奈川県うまれ。明治大学卒業後、現・日本貿易振興機構(JETRO)に入会。シドニーをはじめニューヨーク、アムステルダムに駐在。99年より拓殖大学教授。主な研究分野はNGO・NPO論で、アメリカ、オーストラリア、オランダが主たる研究フィールド。主な著書に『オランダモデル−制度疲労なき成熟社会』(日本経済新聞社)、『オランダを知るための60章』、『NGO・NPOと「企業協働力」-CSR経営論の本質』『NGO発、「市民社会力」-新しい世界モデルへ』(共に明石書店)など多数。

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