Innovator
Oct. 1, 2012
カムアウトできる環境が企業価値を高める
"LGBT"にとって働きやすい職場づくりに挑む
[村木真紀]虹色ダイバーシティ 代表
私が取り組んでいるのは、LGBTなど性的少数者が安心して働ける職場づくり。「虹色ダイバーシティ」の代表として、情報発信や企業向けコンサルティングなどをしています。
以前、従業員が数万人いる大きな会社の人事部長さんに、「ウチの会社にはいないけど」と言われたことがあります。でも現実には、どんな職場にいてもおかしくはない。国内外の調査では、30人の職場があれば、そのうち1人はLGBT当事者がいると試算されています。
にもかかわらず、「いないものとされている」のはなぜか。日本企業で働くLGBTの多くは、カムアウト(公表)していないからです。「ウチにはいない」といった人事部長さんの目には姿が見えず、また彼らの声も聞こえない。すぐそばに、きっといるはずなのに。
職場にいるLGBTがカムアウトできない理由
職場にいる性的少数者は、見えない。別の言い方をすると、彼らが働いている職場の多くが、周囲の人に打ち明けられるような環境ではないということです。具体的には、こんな問題があります。
まず、ほとんどの日本企業において、職場の差別禁止規定に、性的指向についての内容が盛り込まれていません。差別的な発言をしても罰を受けない、傷つけられた人が訴えることもできないのです。
そのため、日常的に性的少数者をからかうような雰囲気があります。例えば飲み会の席でゲイを笑うようなジョークを言ったり、ホモ、オネエといった人によっては侮蔑的に聞こえる言葉を使ったり。これが無形の圧力になるのです。カムアウトするどころか、仕事の相談をするのもためらってしまう。LGBTであることがバレて、就職差別や昇進差別を受けた、解雇されたという事例すらあります。
虹色ダイバーシティのホームページ。「虹色」は多様性を意味し、性的少数者のシンボル的な色だとされている。メンバーは民間企業などで働くLBGT当事者たち。村木さんが支援活動を始めたきっかけは、自身がレズビアンであることだ。「社内では異性愛者として振る舞わなければならなかった。ずっと嘘をつきながら仕事をしている感覚でした。そのせいか、いまひとつ会社にも仕事にも忠誠心を感じられなかった。友人で同じような感覚を持っている人がいることを知って、そういう人の役に立てればと思ったのです」
http://www.nijiirodiversity.jp/
誰にも相談できない環境が
社員の生産性低下を招く
労働組合や産業医も味方ではありません。正しい知識を持っていないことが多く、利用しにくいのが現状です。さらにいえば、異性と結婚していたら使うことができる忌引きや家族手当などの福利厚生が、同性のパートナーにはまったく使えません。
その結果、LGBTの人たちは、性的少数者であることを隠して生きることになります。普段から、同僚や上司とコミュニケーションをとるのに、いちいち壁を感じます。困ったことがあっても、誰に相談したらいいかわかりません。
こうして会社に対する信頼感、ロイヤリティを失い、職場で孤立します。強いストレスからメンタルヘルスを崩し、仕事の生産性も下がります。じつは私自身、今の活動を始めたのは、軽いうつを発症し、会社を休職した経験がきっかけなんです。直接の原因は仕事が忙し過ぎたこと。でも、その悩みを上司や同僚に相談できていたら、あんなことにはならなかったと思うのです。
社会正義のためではなく、会社の利益のために
最初にお話した通り、虹色ダイバーシティの活動が目指すのは、性的少数者が安心して普通に仕事ができる職場をつくることです。もっともこれは、LGBT当事者のみならず、会社にも社会にもプラスになると考えています。
一つには、企業のダイバーシティ(多様性)推進のためです。人種や性別、宗教もさまざまな人材が活躍できる職場を作ることで、企業価値を高めていく。私たちはそこに、性的少数者を加えることを提案します。また生産性の向上も期待できます。職場がこうした施策に取り組み、カムアウトしても差別的な扱いを受けないと安心できれば、当事者のストレスが軽減され、その力をフルに発揮できるからです。
具体的に考えられる対策としては、差別禁止の明文化、正しい知識についての社員教育、関連のイベントへの協賛といったものです。
私の目には、こうした対策をしないことで、日本企業は「損をしている」ように見えるのです。それでも少しずつ、LGBTが働きやすい職場づくりを始める企業が出てきています。それは、何も社会正義のために取り組んでいるのではありません。会社にとって大きなメリットがあると期待してのことなのです。
LGBT
同性愛者(レズビアン、ゲイ)、両性愛者(バイセクシュアル)、性別越境者(トランスジェンダー、性同一性障害者を含む)といった、さまざまな性的少数者(セクシャル・マイノリティ)の総称として、それぞれの頭文字をとったもの。海外の統計によると、性的少数者はどんな社会にも人口の数%はいるとされる。しかし、多くの場合、カムアウト(公表)しづらい環境にあるため、”存在しない”とされているのが現状だ。
LGBT対策で先行するグローバル企業
同業他社と進捗を競い合う時代へ
LGBT対策に取り組んでいる日本企業の事例としてあげられるのは、野村證券などで有名な野村グループです。グループの役員および社員が遵守すべき倫理規定として、性的指向、性同一性を明記しました。女性・障がい者・外国人・高齢者に性的少数者を加えたダイバーシティを推進しているわけです。正しい知識を学ぶ研修を、人事担当者が受けています。
「ダイバーシティ&インクルージョン(多様性&受容・融合)」という試みの一貫として、社員の自主運営による「LGBTネットワーク」を設立し、社内に向けて情報を発信しています。このネットワークが面白いのは、当事者でなくても参加できること。参加=カムアウトではないために、誰でも気兼ねなく関われるということです。
野村グループにおける実利的なメリットが明らかになるのは、これからのことです。しかし、社内からは良いフィードバックが集まってきていると聞いています。LGBTの人からも、そうでない人からもです。
自分の会社が、社内外に対してサポートすると広言した。これは当事者だけでなく、すべての従業員にとってうれしいことです。「この会社は、従業員一人一人の生き方を尊重する」という力強いメッセージですから。どんなことがあっても、自分が自分らしく働ける。そんな職場は、誰しも誇らしく思える職場なのです。
「働きがいのある最良企業100社」すべてがLGBT施策を実施
これがグルーバル企業になると、性的少数者の問題への取り組みは、もはや必須項目です。とくに、優秀な人材を獲得する狙いが大きい。米国では、経済誌フォーチュンが選ぶ「働きがいのある最良企業100社」のすべてが、性的指向を含むあらゆる差別を排除する方針を打ち出し、LGBT施策に取り組んでいます。
先日、米国のLGBT団体アウト&イコール主催の、ワークプレイスをテーマにした国際会議に参加してきました。協賛企業に名を連ねていたのは、錚々たるグローバル企業たち。IBM、アクセンチュア、シティ、ディズニー、ブリティッシュ・エアウェイズ、ドイツ銀行、アーンスト・アンド・ヤング、マイクロソフト、HP。ちなみに日本企業はゼロでした。
そこで確認できたのは、企業がLGBT施策に取り組むかどうかという段階はもう通り過ぎている、ということです。取り組むのは当然で、同業他社と比べてどれだけ熱心かを競っている。
LGBTフレンドリーな企業を評価するランキングも
企業がどれぐらいLGBTフレンドリーかを評価し、ランキング化している団体もあります。そこで上位につけた企業は、LGBTフレンドリーな企業として、市場においても高く評価されるのです。ですから、アウト&イコールの国際会議は、まさにガチンコの勝負の場。
なかでも、ライバル同士のアーンスト・アンド・ヤングとアクセンチュアが、それぞれおそろいのシャツを着た何十人のスタッフを送り込んで、自分たちの施策をアピールしていたのが印象的でした。
コンサルティング会社にとって、人材こそが最大の資源。性的少数者がとくべつ優秀だということではありません。優秀な人の中にはLGBTもいる、という言い方が正確でしょう。世界中から優秀な人材を集めるために、LGBTフレンドリーな職場を作り、国際会議でアピールする。彼らにとって、これは企業の生き残りをかけた戦いなのです。
WEB限定コンテンツ
(2012.8.12 渋谷ヒカリエ8階にて取材/取材協力: Creative Lounge MOV)
野村グループでは「ダイバーシティ&インクルージョン(多様性&受容・融合)」推進の一環に、LGBTネットワークの構築と連携といった項目を導入。ホームページなどに明記している。「こうした条項があるだけで、LGBTの社員は安心して働くことができる」と村木さんは語る。
2012年7月、ロンドンで行われた国際会議「Out & Equal’s Global LGBT Workplace Summit」の様子。
村木真紀(むらき・まき)
1974年茨城県生まれ。京都大学卒業後、大手製造業、外資系コンサルティング会社などを経て、現職。レズビアンとしての自身の経験をふまえ、2008年頃からブログなどを中心にLGBTの社会的な認知不足、働き方といったイシューを提言。2011年、性的少数者がいきいきと働ける職場づくりを目指すグループ「虹色ダイバーシティ」を設立。調査・講演・コンサルティング活動を行っている。