Foresight
Jun. 8, 2015
10年後、人工知能に取って代わられる職業とは
人間と機械がいい関係を築くために必要なこと
[松尾豊]東京大学 大学院工学系研究科 技術経営戦略学専攻 准教授
前編で人工知能の発展の歴史や成果について話しましたが、後編では技術の進展が社会にどんな影響を与えるかを考えてみます。
図1は技術の発展と社会への影響を図式化したものです。横軸の(1)から(6)は前編でも触れた、ディープラーニングの発展のステップです。
2030年ごろには人工知能が秘書を務めるか
(1)の段階だと画像の認識精度が上がるので、例えば医療現場でより正確な画像診断ができるようになったり、広告の分野でもターゲティングの精度が上がったりすることが期待できます。
(2)でマルチモーダルな(複数の感覚の)認識ができるようになると、Pepperのように人の感情を認識できる、防犯で怪しい人を見つけられる、ビッグデータから購買行動のおかしな人を見つけたり典型的な行動パターンを抽出したりといったことができるようになります。
次の(3)の段階で行動とプランニングができるようになると、自動運転や農業の自動化が可能となり、さらに(4)では高度な環境認識が実現するでしょう。行動に基づいてモノの性質を抽象化できるようになると、「コップが割れないように気を付けて扱う」「柔らかいソファは体が沈むのでそっと座る」といった、より人間らしい振る舞いができるようになり、家事や介護の担い手として期待が持てます。
(5)の段階で言葉と紐づくと、翻訳ができるようになります。人の心に響く感動的な表現を紡ぐことは難しいでしょうけれども、ある言語を別の言語に置き換えたり、短いニュースなどデータを簡潔にまとめた文章作成は上手くできるはず。また、キャッチコピーのようにトライ&エラーのサイクルを速く回して最適化するような作業も、人間よりコンピュータの方が上回ることになるでしょう。
最終段階の(6)は、コンピュータが自力で知識を獲得できるようになるということです。このあたりになると教育や秘書の役割も果たすことができ、多くの仕事を肩代わりできるようになると思います。
東京大学の松尾豊准教授の研究室では、ウェブと人工知能のコラボレーションで社会をいいほうに変えていくプロジェクト「GROW」(Growing Roles of Organizing Web)を展開。ウェブマイニング、ウェブサービスの構築、人工知能の研究の他、関連するイベントやプログラムを実施している。
http://weblab.t.u-tokyo.ac.jp/
マニュアル化しやすい職業はなくなる可能性が高い
結果的に、人工知能の発展によってなくなる職業も出てくると思います。以下は、オックスフォード大学の論文で示された「あと10~20年でなくなる職業」の一部です。
電話販売員(テレマーケター) | 銀行の窓口係 |
不動産登記の審査・調査 | 荷物の発送・受け取り係 |
手縫いの仕立て屋 | レストランの案内係 |
コンピュータを使ったデータの収集・加工・分析 | 動物のブリーダー |
保険業者 | 給与・福利厚生担当者 |
貨物取扱人 | レジ係 |
税務申告代行者 | 娯楽施設の案内係、チケットもぎり係 |
銀行の新規口座開設担当者 | パラリーガル、弁護士助手 |
図書館司書の補助員 | 苦情の処理・調査担当者 |
データ入力作業員 | メガネ、コンタクトレンズの技術者 |
保険金請求・保険契約代行者 | 殺虫剤の混合、散布の技術者 |
証券会社の一般事務員 | 測量技術者、地図作製技術者 |
(住宅・教育・自動車ローンなどの)融資担当者 | 造園・用地管理の作業員 |
自動車保険鑑定人 | 建設機器のオペレーター |
スポーツの審判員 | 訪問販売員、露店商人 |
図1:技術の発展と社会への影響
(松尾氏提供の図版を元に作成)
これを見ると、スポーツの審判や動物のブリーダーなど正確性を要求される職業、電話販売員や施設の案内係といった単純作業であったりマニュアル化しやすい職業はなくなる可能性が高いといえそうです。また、人工知能は過去の判例を持ってくるとか、訴訟に関連した情報を抽出することは得意なので、パラリーガルにも影響がありそうです。税務、会計関連もコンピュータ化しやすい分野ですね。
ブルームバーグは人工知能の発展で影響のありそうな事業を分析しています。産業では機械学習やディープラーニングをサービスとして提供するコアテクノロジー業界のほか、農業、教育、金融、法曹などに変化があると予測されています。企業内では営業・販売、人事、マーケティング、セキュリティといった部門への影響が見込まれます。
ルーティンワークは機械に任せ、人間は付加価値の高い仕事へ
いろいろ挙げましたけれども、個人的には短期では、というのは2020年ごろまではそれほど大きな変化は起こらないと思います。法律関係や医療、会計税務のあたりは多少の変動があるかもしれませんが、それでもワーカーに求められるスキルはあまり変わらないと思います。
2030年くらいまでの中期的スパンで見ると、監視系の業務がいらなくなるのではないかと思います。ディープラーニングが進展すると異常な行動、普段と違う状況を見つけるのがうまくなるので監視や警備の仕事が機械化されます。
オフィスで上司が部下のデスクを見渡せる位置で仕事をしているのも、監視的な面があるはずです。なので、人工知能が個々人の集中の度合いや成果を測定できるようになれば、マネジャーは生産性の低い時間に無理して職場にいなくてもいいということになります。
同様に店舗の店員や飲食店の従業員など、仕事の中に監視系の業務が含まれている職種で変化が見込まれるかもしれません。異常があれば人工知能が人間に知らせるので、何かおかしいことが発生したときだけ人間が対応するようになるでしょう。商品の検品・補充、売上金の管理といったルーティンワークはコンピュータが行う時代になっている可能性があります。より創造的なことや大局的判断が必要な仕事の比率が増すのではないでしょうか。
知恵を持った人工知能が産業競争を生み出す
2030年以降の長期的変化では、例外対応も含めて人工知能に任せられることが増えてくると思います。人間の仕事として重要なものは大きく2つに分かれるでしょう。
1つは経営や政治のような大局的判断を必要とするもので、判断の要素が複雑であること、人工知能が学習するためのサンプル数が少ないことからコンピュータの進出が難しいということがあります。説明責任や、従業員/有権者の納得性の問題など、コンピュータでは対応が難しい面もあります。
もう1つはセラピストや営業のような人間に接する仕事でしょう。人は人と触れていたいと本能的に思う生き物なので、生身の人間が相手をすることが高付加価値になるということです。
ただ、いずれにしろ長期的には多くの仕事を人工知能が肩代わりすることになると思われます。これまで人間が蓄積してきた経験知や暗黙知を人工知能に取り込ませることができれば、後はコンピュータによっていろいろな分野に横展開していくことも可能でしょうし、それは日本の産業全体を強くするでしょう。
例えば寿司屋の親父さんが目の前のお客さんを見て、「この人は何が食べたいんだろうな」と勘を働かせることは高いレベルの顧客プロファイリングです。同じことが銀行や証券会社で金融商品を勧めるときにも応用できるかもしれないし、あるいは子どもの進学の際の学校選びでも役立つかもしれません。知恵やノウハウ、勘といったものをデータ化さえできれば、どんどん人工知能に転移させて産業競争につながっていく。そういう期待は持てると思います。
東京大学の松尾豊准教授の研究室では、ウェブと人工知能のコラボレーションで社会をいいほうに変えていくプロジェクト「GROW」(Growing Roles of Organizing Web)を展開。ウェブマイニング、ウェブサービスの構築、人工知能の研究の他、関連するイベントやプログラムを実施している。
http://weblab.t.u-tokyo.ac.jp/
図1:技術の発展と社会への影響
(松尾氏提供の図版を元に作成)
図2:あと10~20年でなくなる可能性の高い職業(”The future of employment: how susceptible are jobs to computerization?” を元に一部引用して作成)
人工知能をどう使うかは人間次第。
使う側の人間性が問われる
こういう話をすると、コンピュータが人間の仕事を奪うのか、雇用が不安定になり生活がおびやかされるのではないかといった疑問を投げかけられます。
前編でも話したように、コンピュータや人工知能はあくまで道具ですから、人間の仕事のやりがいや生きがいを奪うことがあってはなりません。社会的な議論も踏まえつつ、それは人間とコンピュータが共存するための大前提ではないかと思います。
また、小さい頃から勉強をがんばって親も教育に投資して、せっかく弁護士になれたと思ったら、人工知能が台頭して弁護士がいらなくなったと言われるのは理不尽ですよね。そういう場合は職能を守るなど、社会的な合意形成をしたうえで何らかの配慮は必要でしょう。
機械と協調しつつ、うまく使いこなす
それとは別に、人工知能の発展が産業や職業に与える影響については定義の問題も絡んでくると思います。例えば教師という職業はなくなるともいえるし、なくならないともいえる。というのは、生徒の特徴をつかんで適切な教材を適切なタイミングで提示するのは人工知能の方が上手にできると思われるからです。
しかし、生徒を励ます、どういう大人になりたいか問いかける、将来への夢を与えるといったことは、やはり人間でなければできません。これは教師の仕事がなくなるというより、教師の仕事の質が変わるということではないかと思います。
人工知能をどう使うかは人間次第です。検索エンジン使うとき、より目的に近い検索結果を得るためにキーワードの設定をあれこれ工夫しますよね。それと同じで、人間と機械が協調しながら、さらに人間の側が機械をうまく使うことを考えていく。そういうことになるんじゃないかと思います。
最終的には人間性、教養が大事になるのでしょう。ルーティンワークを人工知能が行って、その結果として何らかの判断を求められたとき、人間が「どういう仕事をしなさい」「どちらが大事だ」とコンピュータに指示しなければなりません。それは価値観に関わることなので、コンピュータを使う人には文化的な知識が求められるということです。
人工知能ができること、できないことを区別する
人工知能の研究に関して、ディープラーニングについていえば日本は遅れを取っています。ただ、研究の質や研究者人口の面では世界的に優位なポジションにあります。
1980年代に第5世代コンピュータプロジェクトとして通商産業省(当時)が数百億円の投資をしたことで研究者が育ち、それがまた新しい学習を生み出して成果を挙げるという好循環が生まれているんですね。結果として優れた人材が日本に揃っている状況だと思います。
企業も意欲的で多くの方が興味を持っています。ただ、人工知能に過度な期待をしている場合もあるので、できることとできないことを区別することがまず重要でしょう。
まだまだ発展途上ではあるけれども、人工知能が大きな将来性を持っていることは間違いありません。現状と可能性を正しく理解したうえで、人工知能を社会全体で活用する道を探ることが日本の再生にもつながっていくと思います。
WEB限定コンテンツ
(2015.3.6 文京区の東京大学・本郷キャンパスにて取材)
第5世代コンピュータプロジェクトは、先進のコンピュータ技術の実現を目指して、1982年に通商産業省が立ち上げた。1992年にプロジェクトは終結している。
松尾豊(まつお・ゆたか)
東京大学 大学院工学系研究科 技術経営戦略学専攻 准教授。1997年、東京大学工学部電子情報工学科卒業。2002年、同大学院博士課程修了。博士(工学)。同年より産業技術総合研究所研究員。2005年よりスタンフォード大学客員研究員。2007年より現職。シンガポール国立大学客員准教授。専門分野は、人工知能、ウェブマイニング、ビッグデータ分析。著書に『人工知能は人間を超えるか』(KADOKAWA中経出版)、共著に『東大准教授に教わる「人工知能って、そんなことまでできるんですか?』(同)など。
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