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世界有数のデザインスクールが見据える
デザイン3.0の未来

学際的なデザイナーを育成する環境とは

[id KAIST]Daejeon, Republic of Korea

  • デザイナーの新しい職能を獲得したい
  • 新コンセプト「デザイン3.0」を実行する
  • デザインスクールとして有数の人材輩出校へ

予算の3分の1を韓国政府が支援するKAIST(Korea Advanced Institute of Science and Technology)では、優秀な学生を集めるために様々な優遇措置を用意した。学生は授業料が実質無料、男子学生ならば兵役が免除される(現在は大学院以上のみ)。そのため設立当初から優秀な学生が殺到した。

校舎は工業デザイン学科が誕生する以前の1970年代に建てられたもので、廊下の両サイドに教室が並ぶ、ごく一般的な大学と同じ空間構造を持つ。「こうした古い空間でどうしたら人々がオープンになり、ビジビリティ(視覚性)を高め、コラボレーションが進められるか」(リ・クンピョ教授)がリノベーション時の課題だったという。

他大学の校舎との違いは、第一にその広さだ。他大学の教授室は約20㎡ほど。しかしid KAISTでは一人の教授に同じサイズの部屋が三つ提供されている。「空間はどれも教授独自の個性が尊重されています」と学科長のチョン・キョンウォン教授。また全体が共同研究室となっているフロアも用意された。そこに集まれば研究室の区分なく、周りの教授や学生がどんな研究をしているか、逐一把握できるというわけだ。

各分野の深い知識も備えたデザイナーを育てる

「日本の国立大学の研究室は講座制だと聞いています。それは深い研究ができるという長所がある一方、研究室同士が壁をつくり、孤立する恐れもあります。私たちは、コラボレーションを促すため、その壁を取り払いたかったのです」(チョン・キョンウォン教授)

校舎の一角には学生の作品の常設展示スペースがある。この日は、学生が3Dプリンタで制作したものが展示されていた。しかし、展示スペースに限らず、校舎の至るところに作りかけのプロダクトが置かれているのが目に留まる。これも、学生たちの交流を後押しする仕掛けだと言えるだろう。

学際的な教育カリキュラムを反映して、専門性が異なる者どうしが集まるオープンスペースが各所に設けられている。「一般の大学のデザインプログラムでは、造形教育にフォーカスしています。しかし私たちは、造形はプロダクトの一要素に過ぎないと考えているのです。工学や経営、人文学などの知識を備えて、その専門家ともいつでも対話できる。そんな未来のデザイナーがここから巣立ってほしいと願っています」(チョン・キョンウォン教授)

広大なKAISTキャンパス内にある工業デザイン学科の校舎。

創立: 1971年
学生数: 1万249人(2013)
教員数: 1140人(2013)
http://www.kaist.ac.kr

チョン・キョンウォン教授
Kyung-won Chung

id KAIST学部長。専門はストラテジックデザインマネジメントなど。現在はコーポレートデザインマネジメントシステムや知的財産、ブランド・エクイティなどに関する問題に取り組んでいる。

  • 教授一人につき、3部屋があてがわれている。どの研究室も教授の個性が発揮され、さまざまなインテリアで彩られている。

  • 学生の手による作品が展示されているギャラリー。このスペース外にも、つくりかけの作品が至るところに置かれている。

  • 研究室でのディスカッションの様子。集まる学生は韓国において成績上位0.1%の秀才たちだ。

  • 3Dプリンタなど一通りの工作機器が置かれている。学生はコンセプトやデザインだけでなく、自らの手で試作ができるようトレーニングを受ける。

リ・クンピョ教授が提唱する
デザイン3.0の考え方

未来のデザイナーを育てるために重要なのが「デザイン3.0」という考え方だという。id KAISTのディレクターを務めるリ・クンピョ教授に、「デザイン3.0」について聞いた。

─KAISTの取り組みはどのようなものか。

KAISTに工業デザイン学科「id KAIST」が設立されたのは1986年のこと。国内屈指の優秀な学生を選抜し、グローバルスタンダードに合わせ講義は全て英語。数学や科学の知識を教え、エンジニアやマーケッターとも協働できる学際的なデザイナーを育てる。

それは近年の「デザイン観」の変化を踏まえたものだ。かつて韓国の製造業は他国企業の製品をマネすることで成長した。デザイナーの役割といえば外装を変えるだけ。だが韓国経済のグローバル化に伴い、製造業は多品種生産から少品種生産にシフト。モノ中心からユーザーエクスペリエンス中心のデザインへという変化も顕著だ。結果、以前とは異なる役割のデザイナーが切望されるようになった。いまLGやサムスンはユーザーエクスペリエンス、消費者研究、文化人類学などに精通するデザイナーを揃えている。そこで大きな役割を果たしているのがid KAISTの卒業生たちだ。

しかし、id KAISTはもう一つ未来を見据えている。「絵を描く」作業中心の伝統的なデザイン観を「デザイン1.0」、ユーザーエクスペリエンスや人間中心のデザインを「デザイン2.0」と定義した上で、卒業生たちとの「デザイン3.0」を模索している。

現在、学生や卒業生ともディスカッションしながら固めているもので、まだ未完成の部分もあるが、デザイン3.0を考えるためのキーワードを絞り込んでいる。それはOPEN、BIG、DEEPの三つだ。OPENは世間一般の人々を交えてデザインするオープンデザインの手法を指す。BIGはビッグデータの活用。過去のデザインはユーザーの行動観察を重視したが、今やユーザーはSNSを通じて自分の生活を詳らかにしている。その膨大なデータを活用すればデザイン手法も変わるはずだ。DEEPは、デザイン課題を解決するために、人間のニーズや欲求の奥深くを読みとり、充足させること。

id KAISTの使命は、このデザイン3.0時代に求められるデザイナーのコアスキルをいち早く把握し、教育プログラムに落とし込むことだと考えている。というのも、デザインのパラダイムが変われば、デザイナーのコアスキルも変わるのが必然。デザイン1.0から2.0へシフトした際、絵を描くスキルをコンピュータが代行するようになったのが一例だ。

デザイン2.0から3.0へのシフトは、クラウドソーシングとオープン化を契機にもたらされた。モノ作り、アイデア作り、インタラクション(相互作用)デザインなどが、技術革新により「民主化」したのである。3Dプリントの恩恵で誰でも簡単にモノ作りができ、オープンソースでアイデアを分かち合える。もはやデザインは専門家だけのものではない。デザイン2.0時代のコアスキルであるインタラクションデザインやモノ作りにこだわり続ければ、デザイナーという職業は衰退を免れない。

─これからの時代における、デザイナーの役割は何か。

私たちの考えはこうだ。デザイン1.0はデザインと体、2.0はデザインと認知を重視するものだとするなら、3.0は社会的関係、感性、文化の調和を重視する。アウトプットは「製品」ではなく、一つの「エコシステム」のかたちになるだろう。たとえば、デザイナーがプラットフォームを作り、そのプラットフォームを活用して、多くのユーザーがオリジナルの製品を仕上げる。ここでのデザイナーの役割は製品を完成させることではない。クラウドがクリエイティビティを発揮できるよう手助けする、いわば「EMPOWERER」である。

デザイン3.0の成果物は、まだ生まれていない。しかし、グーグルから携帯電話の「部品」のみを提供するサービスProject Araの計画が発表されたことは示唆に富んでいる。ユーザーはその部品を自由に組み合わせ、自分なりのユニークな携帯を作りあげるわけだ。

かつてデザインは「デザイナーが意図したものが100%ユーザーに伝達できなければ失敗」と言われた。今は逆だ。多くのユーザーが、デザイナーの意図から離れ、好き勝手なデザインに仕上げる。現在ではそれこそがデザインの成功だと私たちは考えている。

デザイン3.0を具体化するため、id KAISTの教育プログラムには今後も手を入れていく。デザイン3.0の国際シンポジウムも開催予定だ。デザイン1.0から2.0へのパラダイムシフトが起きたとき、id KAISTの学生は「なぜ絵を描かないのか」「なぜそれがデザインなのか」といった辛辣な批判にさらされた。同様のことが再び起きるかもしれない。しかし同時に、id KAIST発の新しいデザインパラダイムとデザイン教育を世に問い定着させること、これは何よりもエキサイティングなミッション。私が定年を迎えるまでに果たしたい野望だ。

コンサルティング(ワークスタイル):イレ・建築事務所
インテリア設計:イレ・建築事務所

WORKSIGHT 06(2014.10)より


リ・クンピョ教授
Kun-pyo Lee
専門は、人間の身体・認識・感情・社会文化的な側面を中心にインタラクションデザイン研究。直近ではデザインツールやウェアラブル端末のソフトウェア開発などにも取り組む。id KAISTで教鞭をとるかたわら、LG電子デザインセンターの副社長を兼任。


学生の自席は研究テーマに応じて、多種多様なモノに囲まれている。この学生は音楽に関するプロジェクトに従事。


卒業生たちが「後輩にお茶一杯を」と、5000ウォンずつ寄付。写真は、その卒業生がどの分野で活躍しているかをピンナップで示すオブジェ。

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