このエントリーをはてなブックマークに追加

開発者に問われる変革のリーダーシップ

包容力のあるマネジメントでイノベーターを活かせ

[レイモンド・L・プライス×ブルース・A・ボジャック]イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校工学部教授/イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校工学部副学部長・非常勤講師

成熟企業においてイノベーションを起こす人材・組織のあり方を研究する「シリアル・イノベーター研究会」(株式会社リ・パブリック主催)とのコラボレーション企画。『シリアル・イノベーター ~非シリコンバレー型イノベーションの流儀~』(プレジデント社)の著者に、企業で活躍するイノベーターについて聞く。

シリアル・イノベーターとは、「重要な課題を解決するアイデアを思いつき、必要に応じて新しい技術をも開発し、企業内の煩雑な手続きを突破し、画期的な製品やサービスとして市場に送り出す。この過程を何度も繰り返せる人材」* のこと。

ボジャック

イノベーションを成功させる上で欠かせないのが、人に共感する力です。顧客を理解するにも、メンバーの信頼を得るにも必要なものですからね。実際、私たちがインタビューしたシリアル・イノベーターの多くが共感力を備えていました。面白いことに、彼らはそれを先天的に持っていたわけではないんですね。技術畑や科学畑を歩んできた人は一般的に内向的です。

プライス

そう、私たちが話をしたイノベーターは、みな内向的でしたね。彼らは他人からの励ましや援助がなくても、自発的に行動します。それは決して独善ではありません。他者に気を配り、より大きな善のために動く。内向的でありながら、外の世界と深く結び付いているのです。
技術開発者たちに共感力を学ばせたり、外に出て消費者と話す方法を教えたりすることは可能です。彼らに「心」と「頭」、すなわち感性と理性のバランスを取りながら人の話を聞き、ことの本質を探る方法を体得させることもできるでしょう。シリアル・イノベーターが直接消費者とやりとりすれば幅広い視点を得ることができますし、消費者の悩みや要求を高いレベルで理解することができるでしょう。
企業内にイノベーターの集団がいて、彼らが活動的であるならば、その企業はうまくいっていると思います。イノベーターがいるのに活動的でない、あるいは会社を去っていくという場合は、大きな利益を生むかもしれない機会を逃しているかもしれない。組織として何かが間違っているのです。

過剰な効率化はイノベーションを排除する

プライス

成熟した大手企業は、一般に規模が大きく、工程がシステム化され、事業には広範性があります。イノベーションを間断なく実現し続けてもおかしくないのに、なぜイノベーションが少ないのか。理由の1つに、ビジネススクールでイノベーションプロセスの効率化を指導していることがあるでしょう。消費者の話を丹念に聞いて隠れた要求を探り当てるという、手間と時間のかかる方法を排除するのです。
ある会社のCTOがしてくれた話が印象的です。社員が10人という規模の会社ならイノベーターは何人いるでしょう? 少なくとも1人はいなければ、会社を設立することはできなかったはずです。100人の会社なら? おそらく2人。1000人の会社なら? おそらく3人。では、1万人の会社なら? ゼロです。1万人規模になるまでの間に、すべてのイノベーターを外に追いやってしまったからです。これは効率性を重視した弊害です。

ボジャック

この話を聞くと、「ならば、成功するには企業規模を小さくすればいい」と考える人が多いのですが、私たちの結論は違います。大企業には大きく成長する要因があるし、効率化は重要です。効率を度外視せよと言っているのではなく、それ以上の何かが必要だということです。究極的に言えば、企業の規模は関係ありません。小規模企業と同じように、大企業がイノベーションを促進できないわけはないのです。

プライス

販売や生産のマネジャーはみな目先の作業を効率化せよと言われていますからね。大企業ではビジネスの将来を重要視している人々はごくわずかと言っていい。面倒で効率の悪いやり方こそ鉱脈につながる道だと知っている人は、さらに少ないでしょう。
一方で、大きなリソースにアクセスできることを期待して、多くのクリエイティブな若者が大企業を志望し、入社します。才能ある彼らを適切にマネジメントできる素晴らしい仕組みが大企業の中にできれば、小規模企業にいる場合と比べて、より多くの消費者に、より速くリーチできます。大企業がシリアル・イノベーターの価値を認め、適切に評価できれば、その企業にも社会にも大きな恵みをもたらすということ。だからこそ、イノベーターの行動を理解し、感謝し、評価するマネジャーや役員が必要なのです。

マネジャーはルーティン業務にとらわれず、将来の戦略を考える

――シリアル・イノベーターが少ないのではなく、シリアル・イノベーターをマネジメントできる、賢明で包容力のあるマネジャーが少ない。イノベーションを起こせない企業の課題はそこにありそうですね。

プライス・
ボジャック

その通りです! それこそがまさに問題なのです。

プライス

私はよくこう言います。「イノベーターは希少な存在だ。けれども、優れたイノベーターよりもさらに希少なのは、彼らをまとめる優れたマネジャーである」と。マネジャーはビジネスのすべてを効率化することにフォーカスしすぎるきらいがあります。イノベーションが研究開発や投資によって実行できると考え、愚直なプロセスの持つ意味に目を向けようとしません。

ボジャック

彼らは短期的な成果を出せば評価の対象になりますからね。しかもマネジャーは膨大な量の仕事を抱えていて、分刻みの過酷なスケジュールにとらわれています。毎月、数値目標を立てなければなりませんし、緊急を要する、しかし実際のところたいして重要ではない経営上の無数の意思決定に、毎日のように直面しているのです。そういう人が将来のイノベーションの促進について、どうして戦略的に考えることができるでしょうか。

* シリアル・イノベーターの定義
『シリアル・イノベーター ~非シリコンバレー型イノベーションの流儀~』(アビー・グリフィン、レイモンド・R・ブライス、ブルース・ボジャック共著、プレジデント社)より。

イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校は米国イリノイ州の州立大学。世界屈指の名門校で、中でも工学、会計、物理学、化学、建築学などは国際的に最先端の研究が行われ、ノーベル賞受賞者も多く輩出している。1868年設置。
http://illinois.edu/

イノベーションの開花を見守るか、
早々に見限るかは経営判断の岐路

プライス

抜本的な製品のブレークスルーがなければ企業の未来は危うい。それに気がつけるのは一部のマネジャーとシリアル・イノベーターです。
私はかつてヒューレット・パッカード社の70年の歴史をカバーする調査を行いました。同社には小さな事業単位ごとに数多くのイノベーターがいて、外の世界に目を向け、課題を発見、解決していました。これが彼らのビジネスを変化へと導いたのです。そして、ヒューレット・パッカードは今でもこれを実行し続けようと努力しています。多くの企業はこうした努力が不十分なように見えます。
数千億ドル規模の企業の経営幹部は、1000万ドル規模のチャンスに目もくれない。なぜならそれがビッグ・ビジネスに成長するかどうか分からないから――。この発想を改めなければ企業は先細りしていくだけです。

ボジャック

例えば、アップルが市場に大きな変革をもたらすことができたのは、社内に包括的な思考、ビジョンが行き渡っていたからです。初代iPodは完成品としてはそれほど優れていませんでしたが、より大きな商品システムをイノベーティブに捉え直すものでした。単なる機械装置ではなく、データ普及のためのまったく新しいシステムだったのです。あるイノベーターは、これを「新たな全体(the new whole)」と呼んでいます。新たな全体とは、新たな包括的な視点とは何か。それを社員みんなで考え続けることが革新をもたらします。

プライス

そう、最初の段階でヒットしないと多くの企業は諦めますが、アップルは簡単に引き下がらないんですね。包括的なコンセプトを実現するために彼らは商品を洗練させ続け、工夫を重ねました。その結果、iPodは世界的なヒット商品に成長したのです。
自社のイノベーターが作り上げたコンセプトを保ち、支援し、成長するまで見守るのか。それとも気短に早々と見限るか。ここが大きな岐路です。ビジネスの可能性を見極めるには時間がかかりますが、賢明な経営幹部は理想を保ち、初期段階における不確実性を克服するのです。

「出る杭は打たれる」状態はビジネスにダメージを与える

ボジャック

多くの人は、クリエイティブでイノベーティブな人たちは、大きな組織に存在することができないと言います。それに対する私たちの答えはこうです。「いいえ、彼らは存在できます。存在できるし、企業にとって強力な貢献者となり得るのです」。
もちろん、彼らを支援する環境が整っていなければ、彼らは会社を辞めるか知的活動を停止させるでしょう。日本には「出る杭は打たれる」ということわざがありますね。このような考え方は──日本企業でもアメリカ企業でも、場所にかかわらず──長期的に見てビジネスにダメージを与えます。多くの杭が出ていなければなりません。そして時には鋭く尖った方が出ていなければならない。オフィスにロボットのような社員があふれている状態は、マネジメントの上では理想的かもしれませんが、その会社は成長することはできないでしょう。

――シリアル・イノベーターは企業の中で働く起業家のようですね。アイデアを生み出し、メンバーを集め、資金やモノの支援を取り付け、製品が市場に出回るように努力する。

ボジャック

その通り。彼らはまさにそのような存在です。企業で働くイノベーターは、組織の力をどのように活用できるかさえ知っていれば、膨大な量のリソースを扱うことが可能です。そして、それこそが最大の困難なのです──自分の動かしたい方向に企業を動かすということが。
ですから、シリアル・イノベーターは社内で政治的な影響力を確立する必要があります。経営陣が自分のところへやってきて評価してくれるのを待つのでなく、またリーダーの役目をMBA保持者や専任マネジャーに譲るのでもなく、自ら上司に働きかけるのです。それもイノベーター自身が負うべき責務だと思います。「この会社を世界の舞台に押し上げるのだ」という強い想いはリーダーシップの根幹となるもので、それは技術開発者の中に存在すると私は見ています。
私たちの研究では、シリアル・イノベーターは最初からリーダーシップを発揮していたわけではありません。多くのイノベーターはマネジャーに課題を与えられ、それをこなすところから動き出していました。しかし、ある時点で橋を渡って、イノベーションを遂行するために責任を負うようになっていくのです。

プライス

受け身のままではいけないと気づくんですね。「自分がこのアイデアを社内で売り込まなければらちが明かない」と腕をまくる。それはもちろん自己中心的な理由からではありません。自分が起こそうとしているイノベーションが組織にとって重要であり、それを社内に知らしめて実現に持ち込むことが自らの責務であると感じているからです。
個人的には、すべての技術開発者は変革のリーダーであるべきだと思っています。肩書きはともかくとして、影響力を高め、組織を変えることのできるキーパーソンにならなければいけない。多くの企業がこうしたマインドセットを持ち始めています。それはよい傾向だと思います。

シリアル・イノベーターの育成は必ずできる

――日本企業へのアドバイスをお願いします。

ボジャック

これまで述べてきたように、シリアル・イノベーターを特定し、採用し、育成することはできます。彼らがいつの日か利益をもたらすことは決して夢物語ではないと米国企業に伝えていますが、私たちは日本企業にも同じメッセージを贈りたいと思います。
日本の成熟した大手企業がシリアル・イノベーターを育成することは、大きな可能性に通じることなのです。私たちは企業に助言するとき、いつも「これは実行『できる』ことです。過去に実行『されてきた』ことなのです」と言います。日本の企業が考えるべき問題は、「あなたの会社にとっての課題は何か。イノベーションが連続して起きるようにするために、あなたの組織の中にもたらされなければならない変化は何か」ということだと思います。少なくとも「これは不可能ではない」と認識することから始めていただきたい。

プライス

そう、それがスタート地点だと思います。シリアル・イノベーターの育成はアメリカで可能であり、日本で可能であり、大手企業でも明らかに可能です。もし私が日本の顧客に助言をするならば、まず「あなたの会社に1人でもイノベーターがいますか」と尋ねるでしょう。次に、「彼らを評価していますか」「彼らにリソースを与えていますか」「彼らに適切なタスクや課題を与えていますか」と尋ねます。
多くの場合、プロジェクトは適当に割り振られていて、それほど戦略的に行われていません。戦略を持って適切な人々に適切なタスクを割り当てたら、今度は彼らにチーム作りの自由と権限を与えましょう。そして経営幹部やマネジャーは相応の時間を割いて、こうしたクリエイティブな人たちと関わり続け、彼らを支えなければなりません。 私が尋ねたい次の重要な質問は、「社内に実績があって成功しているイノベーターのマネジャーがいますか」「その人たちを重要なタスクを担うイノベーターたちと共に働かせることができますか」「そのマネジャーたちは、イノベーターの後援者、擁護者になりますか」という3つです。この3点が実現できれば、そこから組織は成長し始めることができるでしょう。

WEB限定コンテンツ
(2015.3.25 コクヨファニチャー霞が関ライブオフィスにて取材)

日本のシリアル・イノベーターについてのシリーズ記事はこちら。
花王・石田耕一氏 前編後編
トヨタ自動車・小木曽聡氏 前編後編
パナソニック・大嶋光昭氏 前編後編
リ・パブリック・田村大氏 前編後編

レイモンド・L・プライス(Raymond L. Price)

イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校工学部教授。人間行動学William H. Severns記念講座教授。イリノイ大学工学部イノベーション教育センターiFoundry所長。 米アラガン人事部バイスプレジデント、米ボーイングの民間航空機部門人材教育・育成部長、米ヒューレット・パッカードの技術教育マネジャーなどを経て、現職。iFoundryにおいて技術者のイノベーション人材の育成に従事する傍ら、企業における経営ならびに技術戦略のコンサルティングを手がける。‎

ブルース・A・ボジャック(Bruce A. Vojak)

イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校工学部副学部長・非常勤教授。 イリノイ大学工学部にて学生の指導に従事する傍ら、米ミッドトロニクス取締役を務める。また、米プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)において経営戦略ならびに科学者人材育成プログラムに関するコンサルティングを手がける。

RECOMMENDEDおすすめの記事

左遷覚悟で臨んだ製品化へのゲリラ戦【日本のシリアル・イノベーター(3)前編】

[大嶋光昭]パナソニック株式会社 R&D本部 顧問、工学博士、京都大学 特命教授

「創造」より「拡大」に比重を置くことも大企業の戦略

[横田幸信]東京大学i.school ディレクター、i.lab マネージング・ディレクター

TOPPAGE
2022年7月、「WORKSIGHT[ワークサイト]」は
「自律協働社会のゆくえ」を考えるメディアへと生まれ変わりました。
ニュースレターを中心に、書籍、SNS、イベント、ポッドキャストなど、
さまざまなチャンネルを通じてコンテンツを配信します。

ニュースレターに登録する