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市民自ら首都ビジョンを描く
“フューチャーセンター”

市民が社会構造や自ら関わりを捉え直す拠点

[Seoul Creative Lab]Seoul, Republic of Korea

  • 市民自らが都市の未来について考えられる市政にしたい
  • 自律的に考えるキッカケとノウハウを提供する
  • 市民が社会や自らの人生を考え直す契機へ

ソウル・クリエイティブ・ラボ(以下、SCL)は市民自らの手で都市の未来を考える場。政府・自治体によるトップダウンではなく、市民によるボトムアップで都市問題の解決を目指す、そのためのオープン・プラットフォームだ。

しかし同時に、SCLで実施される各種講義やワークショップは、ソウル市民が自律的に生きるきっかけとノウハウを提供するものでもある。参加しているのは、公募により選ばれた学生や社会人たちだ。SCLクリエイティブ・インダストリー・チームディレクターのムン・キョンイル氏が補足する。

「基本コンセプトは『人材育成』。実は、現在のソウルが抱える課題についてソリューションを生み出すこと自体は、さほど重要視していないのです。私たちには、たった5年後に何が起こるかすら、わからないのですから。また、現在のソウルが直面している課題に対してソリューションを考える人材は、他にいるはず。ここでは、未来の課題に対するソリューションを生み出せる人材を育てたいと考えているのです」

自律的に考えるきっかけとノウハウを提供する場

用意されている教育プログラムは、大きく四つのカテゴリに分類できる。「融合型人材の養成」「新職業群の創出」「地域社会の問題解決」「未来志向」だ。

具体的な授業の一例を紹介しよう。高校生を対象にした「クリエイティブ探求団」は、「ソウルの魅力を探す」をキーワードに、ドキュメンタリ番組やニュース、広告、映画などを制作するもの。それぞれ異なる背景を持つ大学生や社会人が集まる「ソウルコミュニティクリエーター」では、未来都市の社会問題に関するソリューションを模索している。異なる分野の出身者が自ら問題提起し議論していくなかで、彼らの自発性や自律性が啓発されていくクラスだという。

また、衣類の市場で知られる東大門市場とのコラボレーションでは、新人デザイナーとマッチングさせ、新たなブランドを立ち上げるなどオープンイノベーションの試みも続けられている。そしてSCLの空間デザインは、彼らの議論を活性化し、自律性の発露をさらに促すものとして設計された。

訪問者はここに関わった証として自分の名刺を壁に残していく。
創立:2013年
職員数:4人
http://creation.seoul.kr

ワークショップや様々なプロジェクトの様子がいたるところにピンナップされている。

  • 各種セミナーやワークショップなどが実施される「ヨルリム(開ける)」と名付けられたスペース。

  • 空間の仕切りをゆるやかにするためカーテンを使用。視界を遮りつつ、隣の空間から聞こえてくる議論の声に刺激を受けられる。

  • 「トゥイム」(開く)と名付けられたスペース。外気を感じつつ、ゆったりとしたラウンジのような空間で語らう。

  • エントランスそばにあるカフェテリア。議論中のアイスブレイクやリフレッシュなどインフォーマルな会話の場。

  • 「バンオルリム(半分上げる)」と名付けられた空間。階段形式のスペースでイベントやセミナーなどに使われる。本棚には窓があり、隣のミーティングスペースの様子を見通せる。

人間の思考の順序に沿って
デザインされた建物

建物は印象的なドーナツ型。どこにいても視線がよく通り、参加者どうし互いの動向をつねに観察できるのが特徴だ。エリアによってはパーティションとしてカーテンを活用している。他人の視線を遮断しながらも、音声はしっかり耳に届く。「隣の空間からわいわい喋っている雰囲気が伝わってくるほうが、議論は盛り上がりますから。空間を区切るなら“ゆるやかに”がポイントです」とムン・キョンイル氏。

フロア内は、人間の思考の順序を示すように「ヨルリム(開ける)」「トゥイム(開く)」「クルリム(引き寄せる)」「スイム(使う)」「チャイム(まとめる)」などのスペースが展開する。どのスペースも、空間に足を踏み入れた者が用途を直感できるようデザインされた。たとえば「ヨルリム」は、屋外に向けて大きく開かれた空間。日光が差し込む広々としたスペースに、多様なバックグラウンドを持つ市民が集まり、セミナーやワークショップを実施している。

「クリエイティブな発想ができるような空間を、というのが全ての出発点です。私が個人的に気に入っている点を挙げるなら、ドーナツ型をした建物が持つ“回遊性”ですね。廊下が円を描いていて、始まりも終わりもありません。壁に突き当たることなく、それこそ一日中だって巡回していられるところに、インフィニティ(無限)を感じるのです。それから、高い天井もクリエイティビティを引き出す条件として意図したものです」(ムン・キョンイル氏)

手軽に空間をカスタマイズできるような設計

家具類には移動できるデスクなど、可変性のあるものを揃えた。少人数のグループでも手軽に空間をカスタマイズできるように、との配慮からだ。市民の反応は上々。その使い道に戸惑うどころか、むしろ「実によく空間を使いこなしている」とムン・キョンイル氏は舌を巻く。「彼らは本当に自由。ここは、韓国の国民性であり、得意としているところかもしれません」

前述のカーテンも可動式のデスクも市民はみな好き勝手に動かし、議論の活性につなげているという。これはムン・キョンイル氏が思い描く建築の理想の姿に近いという。建築家がするべき空間作りは“半分”に過ぎない。残り半分はユーザーが完成させるものであり、使う人が変われば空間も変わる。それが建築の妙味だと考えているのだ。

2013年7月にSCLがオープンしておよそ1年。ここで議論されたソリューションが政策に反映された例もあるようだが、第一の成果と言えるのは、やはり「人材の育成」だ。

「SCLのカリキュラムを通じて、自分はより社会的価値のある仕事を求めているのだと気づく人が多いのです。大企業を退職した人もいれば、ビジュアルデザイナーからソーシャルデザイナーへとキャリアをシフトさせた人もいます。普段は交流する機会がない40代女性と大学生が授業内で会話をするうちに、大学生が『自分の人生は間違っていた!』と感じるほどの衝撃を受ける、なんてことも。どうやらここに集まる市民は、たとえ優良企業に勤めている人であっても、『渇き』を感じているようなんです。自分が本当にしたいことに気がついておらず、満たされないままでいる。SCLは、そんな彼らが渇きを潤す何かを発見する機会になっている、ということなのでしょう」(ムン・キョンイル氏)

ソウル市のありようを主体的に考える人材を育成

「自分自身の人生を見つめ直した市民」の典型として、ムン氏はニ人の事例を紹介してくれた。一人は、サムスン・エバーランド(サムスン社運営の遊園地)の企画部に勤める男性。SCLの授業中に、「国有地活用の国民提案」という公募が開かれた。建築家の友人と参加したところ、1等を獲得、賞金500万ウォンを手にした。現在もサムスン・エバーランドに勤務しながら自分のキャリアを様々な方向に生かそうとしている。

もう一人は、ソウル大学病院で働く社会福祉士だ。SCLでのカリキュラムを終えたのち、患者のサービス改善を狙いとした公募が病院であった。SCLでの学びを応用し提案書をまとめると、優秀賞を受賞。ソウル大学病院の福祉を担当する責任ある役職につくことになった。

「すぐに結果が出る試みだとは思いませんが、継続さえすれば、やがて病院のサービスは改善され、それはソウルを飛び越えて全国に伝播していくかもしれません。最近では、SCLの修了生と一緒に卒業生のコミュニティ作りを始めています。『あのサービスを最初に始めた人は、ソウル・クリエイティブ・ラボの出身者』、そうあちこちで評判になる未来も、充分にありうるのです」(ムン・キョンイル氏)

これまでSCLを利用した市民は約1万人。良質なクリエイティビティに触れ、また都市のありようを主体的に考えるなかで、彼らは自分自身の人生をも見つめ直している。

コンサルティング(ワークスタイル):ユ・ヒュンジュン建築事務所
インテリア設計:ユ・ヒュンジュン建築事務所
建築設計:ユ・ヒュンジュン建築事務所

WORKSIGHT 06(2014.10)より


議論のかたちが変わればふさわしい空間も変わる。写真は、ポータブルな箱状のホワイトボードを組み合わせて大きな1枚にしたもの。


「あなたがソウル市長になったら何をする?」という問いに対して訪問者が思い思いの意見をつづっていた。


ソウル・クリエイティブ・ラボ
クリエイティブ・ヒューマンリソース・チーム
ディレクター
ムン・キョンイル
Kyong-il Moon


ユ・ヒュンジュン建築事務所
インテリアデザイナー
ユ・ヒュンジュン
Hyun-joon Yoo


「未来の公園を考える」というカリキュラム中に製作された模型。施設内に飾られている。

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