Innovator
Aug. 17, 2015
細やかな心配りと制御の効いた
温度のある技術が日本企業の真骨頂
クリエイターのマインドセットが先行きを左右する
[齋藤精一]株式会社ライゾマティクス 代表取締役
2015年4月にオフィスを移転しました。ビルの1階にある倉庫を改築し、高さ5メートル以上、奥行き30メートルほどの巨大な空間をワンルームとして使っています。
以前のオフィスはビルの2、3階にフロアが分かれていました。相談事があるときは、その都度移動して協議して、それをまた自席に持ち帰ってという感じで、コミュニケーションがスムーズではなかったですね。
それから、マネジメントとして全員が何をしているかも把握しにくかったので、全体を俯瞰して見られるオフィスがほしいと思っていました。また以前は東京の本社と厚木(神奈川)に機材庫があったので、同じ機材を重複して購入してしまうこともあったんです。費用も保管場所もかさむので、それも課題でしたね。
無駄を省くということはメンバーのナレッジやスキルについても言えることで、新しいメンバーが加わっても、フロアが分散しているとその人のオンリーワンのナレッジやスキルをみんなで共有しにくいんですね。そのスキルなり知識なりを得たいと思う人が本を読んで勉強するより、知っている人に聞いたほうが断然早いし合理的です。だから物理的にもナレッジ的にも、効率よくみんなでシェアできる環境を作るということもオフィス移転の1つの課題でした。
ノンバーバルコミュニケーションの意外な効用
新しいオフィスはパーテーションを少なくして、全体が見渡せる構造にしました。床に高低差をつけて起伏のあるデザインにしたのは、延床面積を確保するためと、他のメンバーがしていることを多方面から見られるようにしたかったという2つの理由があります。また、ワークスタイルを柔軟に変えられるように空間的に可変性を持たせようと、あまり作り込まずラフな仕上がりにしました。
結果的に、コミュニケーションは格段に増えました。バーバルなコミュニケーションはもちろんのこと、ノンバーバルなコミュニケーションも増えて、しかもその効用が意外に大きかったりします。単純に人のしていることを見るだけでもコミュニケーションになるんですね。
誰かがプラスチックを加工していたり配線していたりすると、何してるんだろうと思いますよね。で、「何してるの?」と聞くと、「これは○○の案件で、この部分が大変なんだよ」といった話も出てくるわけです。ただ見ることから始まるインタラクションが互いのリテラシーを高めつつ、組織として水かさを合わせることにつながっています。
これはオフィスが1階違うだけでもできないことだし、まして棟が違う、拠点が違うとなれば不可能でしょう。これくらいのごちゃごちゃ感があるからこそ深いレベルの共有ができるということです。
株式会社ライゾマティクスはウェブデザイン、インタラクティブデザイン、グラフィックデザイン、内装・建築をコア事業として展開するクリエイティブチーム。企業のマーケットコミュニケーションや製品開発のほか、コンサートやイベントの演出なども幅広く手掛けている。設立は2006年。
http://rhizomatiks.com
INTERSECT BY LEXUS × RHIZOMATIKS 「physical presence」
LEXUS「LFA ニュルブルクリンク・パッケージ」をモチーフにしたメディアアート作品。
(Youtube/作者:Rhizomatikscoltd)※音量注意
日本ではユーザーファーストの概念が
作り手にしっかり根付いている
海外の広告賞を受賞することも増えてきました。僕はアメリカの大学を卒業して、海外の案件も多く手掛けていますけど、ライゾマティクスの作品に限らず、日本人が作るものって他の国のものより綿密にできていると感じます。「おもてなし」という言葉があるように、ユーザーファーストの概念が作り手にしっかり根付いているからなんでしょうね。
例えば「The Museum of Me」(インテル)は、Facebookと連動してウェブ上に自分だけのバーチャルミュージアムを作ることができるシステムです。登録後はボタンを1回押せばスタートするようにしました。
海外のチームの制作だったら、スタートボタンを押して、認証のIDやパスワードを入力して、さらにいくつかダイアログがあって、ということになったと思います。彼らは、ユーザーは能動的だとどこかで思っているんですね。だからシステムを起動するのにいくつものステップを設けても気にならない。1回にするには開発が大変だからです。
でも、日本の会社はその手間を惜しまずに、使いやすさを追求します。いわば“温度があるテクノロジー”であって、それこそが日本人ならではのクリエイティブではないでしょうか。だから日本の企業はグローバルに見て競争力があるんですよ。海外へもっと出てくべきだと思いますし、出ていけば絶対に勝てると思います。
世界が手に届かない遠い存在と思い込むのは誤り
世界の舞台が手に届かない遠い存在だと思い込んでいる日本人は多いですね。やり方の壁や言語の壁をいろいろ感じているんでしょうけれども、やってもいないのに怖がっているという印象を受けます。
社内でも、メンバーのそういう考え方を変えていくのに3年くらいかかりました。でも海外の案件をこなすうちに、自然とみんな英語を話すようになります。最初はチャットのほうがいいと文字でコミュニケートしているんですけど、いつの間にかスカイプを使っていたりする。慣れの問題だと思いますね。
だから海外のビジネスに及び腰になる必要は全くないんです。にも関わらず、他社が海外に対してあまりアプローチをかけていないのが不思議で仕方がない。
もちろん最初はあちこち回ってプロモーションしなくちゃいけませんから、開拓が簡単でないことはよくわかります。僕も結構な数の国々でプレゼンしましたし、レクチャーやカンファレンスの際に周辺のエージェンシーやプロダクションを尋ねて売り込みもしました。海外のクライアント候補に対してもオープンな態度を示して、壁がないんだよとアピールする必要はあります。
でも、大変なのは最初だけで、取引に持ち込むことができれば日本企業は競争力があるわけだから、長期的にいい関係を結ぶことも可能だと思いますよ。
日本企業の存在感の薄さがじれったい
外国人に「ソニーは日本発の企業じゃない」「ニコンはヨーロッパの企業だ」と言われたときは、あぜんとしました。メイド・イン・ジャパンのブランドは強いのに、正しく理解されていない。主体であるはずの日本企業の存在感が薄いことが歯がゆくて仕方ないです。
しかも企業体がうまくいってるならともかく、僕の知り合いも含めて優秀なエンジニアやマネジャーが肩を叩かれて辞めていったり、早期退職を余儀なくされたりしているんですよ。あるいは、もうその会社で働くモチベーションがなくなって辞めるケースも少なくない。もったいない話です。
日本企業は企画からプロトタイプ製作、製品化、市場投入までのスピードが遅いし、コア事業にこだわって全く新しい分野に足を踏み出すことを躊躇しがちです。縦割りの硬直化からもういい加減自由になって、もっと世界へ打って出てほしいと思いますね。
エンジニアでもプログラマでもデザイナーでも、クリエイティブに携わる方々がどういう覚悟でモノづくりをしていくのか、これから問われてくると思います。
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(2015.6.15 渋谷区のライゾマティクス本社にて取材)
齋藤精一(さいとう・せいいち)
1975年神奈川県生まれ。ライゾマティクス代表取締役。建築デザインをコロンビア大学建築学科(MSAAD)で学び、2000年からNYで活動を開始。フリーランスのクリエーティブとして活躍後、2006年にライゾマティクスを設立。建築で培ったロジカルな思考を基に、アートやコマーシャルの領域で立体・インタラクティブの作品を制作している。国内外の広告賞を多数受賞。2013年D&ADデジタルデザイン部門審査員、2014年カンヌライオンズ・ブランデッドコンテンツ&エンターテインメント部門審査員。東京理科大学理工学部建築学科非常勤講師も務める。