Foresight
Sep. 1, 2015
モノが知能と駆動機能を携える「モノ2.0」の未来
「困ること」から創造が生まれる
[田中浩也]慶應義塾大学 環境情報学部 准教授
ファブラボ(FabLab)に年齢、性別を問わず多くの人がやってきて、それぞれのモノづくりを楽しんでいることを前編で話しました。ファブラボでのみなさんの取り組みを見ていると、モノづくりのステップが3段階に分けられるように思います。
第1段階は、お店で買えるものであっても、まずは自分の手で作ってみることです。陶芸でコップやお皿を作るような感覚で、例えばレーザーカッターでコースターやアクセサリーを作ってみたりするわけです。既存のアイデアをベースに作る楽しみを味わい、形がいびつでも愛着が湧くモノを手に入れられます。自分でその体験をすること自体に意味があるんですね。あるいはワンポイント自分の名前を入れてみるとか。
第2段階は、すでにある「モノ」の、オリジナルのデザインを追求するというものです。例えば3Dプリンターを使って、新しいデザインや形、素材のコップを作ってみる。そういう気持ちが湧きあがるのがこの段階です。「デジタル」の特徴である可塑性とか複雑な造形などを試してみるということです。
本当のファブリケーションは、どこにもないものを作ること
ただ、本当のファブリケーションは次の第3段階で、お店で買えないだけではなく、まだどこにもない、名前も付いていない、新しい種類の「モノ」を作ることなんです。これが「発明」ですね。たとえるなら、ドラえもんの秘密道具みたいなものでしょうか。名前もついていないものだから、作ったら、自分で固有の名前をつけないといけないわけです。「どこでもドア」は他にないユニークなものだから「どこでもドア」という名前を制作者本人が付けている。それと同じで、まったく新しい物を作って、それに新しい名前を付ける。この2つで完結するわけですね。
第1、第2の、お店でも買えるものを自分で作ってみようとしたり、デザインを変更してみようとするのは、これはこれで意味のあることなのですが、でもファブラボという環境があれば、まだ世の中にないものをゼロから創造していくことができます。それがファブラボの潜在的可能性としては最も大きくて、イノベーションにもつながる話だと思います。
さて、第3段階へ至るのに必要なことはなんでしょうか。まだ世にない、名前もないものをゼロから発想するのは確かに容易ではありません。ただ、鍵となるのは「困ること」ではないかと思うのです。実際「ドラえもん」でも、新しい秘密道具が登場するのは、のび太くんが問題に直面して困って助けてほしい時ですよね。やっぱり必要は発明の母なんです。
まず問題を定義して特定して、その問題を解決しようと必死でアイデアを考える。そしてファブラボの機材を使っていろいろ試作したり、ファブラボに集う仲間との交流から刺激を得たりする。その過程で、他のどこにもない新たなアイデアが生まれ、さらにそれを形にしていくことができるのです。だから今の日本が「課題先進国」だとするならば、ファブラボとはものすごく相性がいいはずです。課題こそが創造の源なので、それをモノのかたちで解決していく。日本の、特に地方のファブラボは、そういう場になっていくといいと思います。
市民満足度の向上を図るバルセロナの「ファブシティ構想」
ファブラボは途上国には親和性が高いが先進国では難しいのではないかと言われることもありますが、そんなこともありません。
スペイン・バルセロナでは、2014年から地元のファブラボを中心とした「ファブシティ構想」が進行中です。40年以内にバルセロナ市で使うものの半分をバルセロナ市内で生産するようにすると、市長が宣言したんです。
これはある種、過去にしてきたことの過ちの振り戻しといえます。これまでは、いろいろなモノの生産を中国などの工場にアウトソースして、そこから安く買っていたわけですね。そして、それらは国内で買っても、結局すぐ捨てられていた。この状況の根本的に良くない点は2つあると、バルセロナ市は考えました。
1つは製造を海外にアウトソーシングすることで、自分たち自身がモノの作り方を忘れてしまうこと。楽をしているつもりで、どんどん消費者になってしまう。もう1つは遠い国で作られたモノは愛着が湧かないので、ためらうことなく捨ててしまい、手元にはゴミが増えることです。結局、効率だけで考えてしまうと、「楽」をすればするほど、「創造性」を手放し、「破棄物」を身近に残しているだけじゃないか、となって、そこで反省するわけです。
ファブラボがあれば、この2つの問題を解消できます。輸入に頼らなくても、自分たちの手元でモノが作れるようになるからです。そうするとモノづくりのスキルやリテラシーも上がるし、さらに自分で作ると愛着が湧きますよね。だから長く使うし、仕組みが分かっているから壊れたときも修理ができる。結果的に市民満足度、充足度の高い街ができるわけです。バルセロナ市長はそこを狙って、将来的に市内の各区にファブラボを整備する方針を打ち出し、精力的に進めています。世界のファブシティはこれに共感する市政を打ち出している市のネットワークです。
慶應義塾大学SFC田中浩也研究室は、ファブラボを深化・進化させる研究を行うための大学研究室。国内外のファブラボの連携の推進、ファブラボを効果的に運営するためのOS(FABOS)の開発、ファブラボの理想的な空間レイアウトの研究、都市全体にまで創造性を波及させるファブシティの提案を行っている。
http://fab.sfc.keio.ac.jp/
FabLab Japan Networkは、国内外のファブラボとモノづくり活動をつなぐネットワーク。国内のファブラボや関連施設の連携、世界のファブラボとの交流、モノづくり知識の共有と情報発信を軸とした活動を行っている。田中浩也氏が発起人となって2010年に設立。
http://fablabjapan.org/
木製マウス(左)と、樹脂で作った土偶に漆を塗ったもの。いずれも3Dプリンターで作られた。「伝統工芸の世界でも若い職人は先端技術を創作の一部に取り入れ始めています」と田中氏。
ファブシティのウェブサイト
http://fabcity.cc
田中氏が手にしているのは、3Dプリンターで作った自身のマスク。
2020年ごろには、自宅で誰でも
スマートフォンやロボットが作れるかも
ファブラボの関係者の間では、今後の展開として「ファブラボ1.0」から「ファブラボ4.0」の構想が形作られています。
「ファブラボ1.0」は既存のデジタルファブリケーション技術を用いて素材を加工する状態です。現在はこのレベルにあります。「ファブラボ2.0」ではモノづくりの道具である工作機械そのものを作り、「ファブラボ3.0」では「モノを構成する最小単位(構成素)」が設定され、「分解」と「組み立て」だけでモノが作れるようになります。不要になったものは廃棄する前に分解して部品に戻し、他のものに組み立て直すのです。ファブラボ鎌倉の「結の蔵」の原理です。
そして「ファブラボ4.0」では3.0で実現された「モノを構成する最小単位(構成素)」にコンピュータと駆動装置が組み込まれ、モノが自律的に自らの「分解」や「組み立て」、色の変換などを行うようになります。モノ自体が知能と駆動機能を携えるわけです。
すでに私たちの研究室では、3Dプリンタのように形だけを出力するのではなく、モノに電子回路やセンサー、通信機能を内蔵させ、一緒に出力できる「ファブリケーター」という機械を作っています。これが「3Dプリンタ」の発展形で、5年後ぐらいのリリースを目指しています。この装置で、自宅で誰でもスマートフォンやロボットのような、インターネットにつながるもの(IoT : Internet of Things)が作れるようにしたいと思っています。
結局、デジタルファブリケーションが、モノづくりの「主体」を変えただけでは、まだ半分なんです。残りの半分やらなきゃいけないことは、作られる「モノ」そのものを本質的にアップデートすること。それが目指しているゴールなんです。「なぜ?」という声が聞こえてきそうですので、もう一度、インターネットが過去20年で何を起こしてきたかを振り返ってみましょう。
物質と情報とが融合した新しい存在
インターネットは、それ以前の「マスメディア」だけが情報の発信を独占していた社会を激変させたと言われます。誰もが情報の発信の主体となることができて、ブログなどのパーソナルメディアや、SNSなどのソーシャルメディアなどが生まれました。それは確かに「主体」の変更です。
しかし実は「主体」を変えただけではなかったのです。メディアの形式自体もデジタル技術的にアップデートしているのです。例えば「ハイパーリンク」を例に挙げればよいでしょう。ネット以前のマスメディアの時代、テレビ、雑誌、ラジオ、書籍などに、「リンク」という概念はありませんでした。ネットで情報発信する場合、「ハイパーリンク」はもう当たり前すぎて意識すらしていないと思います。でもそれはメディアの形式自体をデジタル的に確実にアップデートしていたのです。紙の上で読むプレーンテキストと、ネットで読むハイパーテキストは全く違うものでしたから。
つまりインターネットは、「新しい主体」が、「デジタルにアップデートされた新しい形式」のうえで情報発信を行えるようになったことが革新的だったのです。
それを踏まえて、現在のデジタルファブリケーションを考え直してみると、今はまだ、「つくる主体」は変わってきているけれども、つくられている「モノ」は、従来からの「モノ」の概念に引きずられて、留まってしまっていると思います。ここがすごく問題で、だから、インターネットに匹敵する大きなパラダイムシフトを起こすにはまだあと何かが足りないとみんな薄々感じているのではないでしょうか。つくる「主体」だけでなく、つくられる「モノ」自体が、以前の「モノ」とは根本的に違う何かなんだ、という感覚が必要だと思うのです。
そこで私はこれから、未来につくられる「モノ」を、「モノ2.0」と呼んで、これまでの「モノ」とは区別したいと思っています。「モノ2.0」は例えばセンサやRFIDタグなどで必ずインターネットにつながる「モノ」であり、知能や駆動装置を持った動く「モノ」であるようなもの。単なる物質の塊ではなくて、「情報」をまとっているような新しい存在です。「モノ」に対する私たちの従来からの認識に変更を迫るような、物質と情報とが融合した新しい何かなのです。これが、初めて「ハイパーリンク」が登場したときのようなものに匹敵するはずです。
3D検索エンジンやシェアサービス
「モノ2.0」では、モノ自体をデジタルな性質をまとった、これまでとは別の存在として革新していけるかにポイントがありますが、インターネットの力を使ってどこまでその「つくりかた」を変えられるのかということも大事な視点でしょう。
ひとついま研究室で開発しているのが、3D検索エンジンです。文章を書く際に、ペンやワープロを使っていたインターネット前と、インターネット後が決定的に違っているのは、常に検索して調べながら文章を書いていることですよね。同じように、3Dデータのモデリングをする際にも、これからはいろいろな「部品」をネットで検索して集めてきて、それを組み合わせたり、寸法を微調整したりしながら、より「編集」的に行うようになるはずです。それを支援するために作っているのが3D検索エンジンで、世界中のネットワーク上から3Dプリント用のデータ形式(STL)を発見してきてくれるものなんです。Fab3Dのサイトに公開していて、試験的ですがもう使うことができます。
もちろん著作権の問題などは考慮しなければいけませんが、実際には、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスなどで利用許可、改変可能とされているデータも3Dでは少なくありません。そういったデータの流通と利活用をより促進したいわけです。
またMozilla Japanと共同で開発しているのが「Fabble」という、モノづくりレシピ共有サービスです。こちらは3Dデータだけではなく、料理レシピサイト「クックパッド」のように、モノの作り方をステップ1、ステップ2、ステップ3……と順に整理して書き出し、共有します。これはコラボレーションやプロジェクトの進捗管理を劇的に改善してくれる好評のサービスです。
ファブラボが生まれてから、新しく定着した価値観として、「モノをつくって、顧客に売る」という従来型のアウトプットだけでなく、「つくりかたをまとめて、他人とシェアする」という副次的なアウトプットがあります。そしてこの2つは意外と矛盾しないんです。「つくったものは販売するけど、つくりかたはオープンにシェアする」というアプローチで、この2つを共存させている人は多くいます。こうして経済性と社会性を両立させる価値観のほうに、時代は動いているのだと思います。これもシェアリングエコノミー(共有型経済)のひとつでしょう。
「積極的公私統合」でモノづくりを楽しむ
作り手はみんな楽しんでいます。そもそもファブラボの「ファブ」には、「fabrication(モノづくり)」と「fabulous(愉快な、素敵な)」の2つの言葉が掛け合わされています。何かに熱中している人を見ると日本人は「趣味なんですか、仕事なんですか」と質問しがちですけど、モノづくりを心から楽しんでいる人たちに趣味と仕事の垣根はないんですよね。*
趣味からビジネスが立ち上がったら、楽しいことをそのまま仕事にするようなもので、もっと楽しく充実した毎日になるはず。それがfabulousの本質だと思います。趣味と仕事の間に線を引かないということで、「公私混同」ではなく「積極的公私統合」と私は呼んでいるんですけど。
そしてファブの世界では、試行錯誤が欠かせないために、「時間」という資源を持っている人が圧倒的に強いんです。それはリタイヤした高齢者や、主婦や子供、そして学生。いずれにせよ、これまでとは違うプレーヤーが活躍している、それがファブの世界なんですよね。マジョリティでなくマイノリティ、東京よりも地方の方にスポットが当たっている。これまで大企業しかできなかったことが個人でもできるようになったこと、東京でしかできなかったことが田舎でもできるようになること、選ばれた人しかできなかったことが誰でもできるようになること、モノづくりがもっと身近になること――根っこにあるのは全て同じ構造のパワーシフトです。中心から周縁へ。表と裏の反転。
「デジタル(情報)」と「フィジカル(物質)」を横断する創造性
時代の流れが変わって、先進国よりも新興国でイノベーションがどんどん生まれてくるかもしれません。ただ、ファブラボの普及によって大企業がなくなるかといえば、絶対にそんなことはありません。そういう極論は慎重に避けないといけない。
インターネットの黎明期も「これでマスメディアは無くなります」と大胆に予言していた人がいましたが、結局そうはならなかった。現在では、マスメディアもあり、ソーシャルメディアもあり、パーソナルメディアもあります。何かが何かを滅ぼしたのではなく、選択肢が増えて多様になったんです。それと同じことで、大企業もあって、ファブラボも社会の一部として当たり前に定着する、そんな時代が来ると思います。可能性の選択肢が増えるというのは社会の進化の方向としては絶対に正しいはずなんです。大企業には大企業にしかできないことがあります。
さて、こうやって自分自身の活動や考えの変遷を振り返ってみると、私が一番こだわっていることは、「デジタル(情報)」と「フィジカル(物質)」を横断する創造性そのものだということに改めて気づきました。21世紀で最も大切にしなければいけない価値は「創造性」ですが、新しいジャンルであるファブはまさに人間の創造性を必要としています。
そもそも「ファブ」という言葉自体、技術につけられた名前ではなく、結局は新しい種類の「創造性」につけられた呼称だととらえたほうが良いのです。「デジタル(情報)」と「フィジカル(物質)」を横断する創造性が、ファブです。そして、技術だけでなく、人も組織も社会も、ますます創造的になり、進化していく未来をつくっていけたらと思います。
WEB限定コンテンツ
(2015.6.12 横浜市の慶應義塾大学センター・オブ・イノベーションプログラム研究拠点にて取材)
Fab3Dのウェブサイト
http://fab3d.cc
Fabbleのウェブサイト
http://fabble.cc
* 趣味と仕事の垣根のない作り手として田中氏が例に挙げるのが、ドローン製造会社の3Dロボティクスを立ち上げたクリス・アンダーソンだ。子どもの遊び道具としてドローンを自作し始めたことをきっかけに会社を設立。アメリカ版『ワイアード』編集長の職を辞して、ドローン業界へ転身した。
田中浩也(たなか・ひろや)
1975年、北海道生まれ。京都大学総合人間学部、同大学院人間環境学研究科、東京大学工学系研究科社会基盤学専攻修了。博士(工学)。マサチューセッツ工科大学建築学科客員研究員などを経て、慶應義塾大学環境情報学部准教授。ネットワークと3Dを組み合わせた創造性支援の研究を続けながら、日本における「ファブラボ」「ファブシティ」の推進者としても知られる。2014年、総務省「『ファブ社会』の展望に関する検討会」座長。著書に『FabLife――デジタルファブリケーションから生まれる「つくりかたの未来」』(オライリー・ジャパン/オーム社)、『SFを実現する 3Dプリンタの想像力』(講談社現代新書)などがある。