Management
Nov. 2, 2015
プロジェクト・マネジメントの手法で
合意形成を確かなものに
合意形成とは、より良い答えをみんなで一緒に作ること
[桑子敏雄]東京工業大学 教授
公共事業や街づくりなどをめぐって日本各地で対立や紛争が起きています。地域振興や経済発展を目的とした大規模な開発では、開発を進めたい行政と、開発に反対する住民との間で厳しい対立が起き、事態が膠着状態に陥ることが少なくありません。あるいは、そうした膠着状態を回避したいと考える関係者もいます。
みんなが満足できる着地点へたどりつくための仲立ちをしてほしいと、私は国・都道府県・市町村などの行政府、地域住民などから招かれて合意形成のコーディネートを数多く手掛けてきました。携わってきた案件は道路や河川、海岸の整備、街づくりなど多岐に渡ります。
合意が成り立っていない状態から成り立った状態への移行
合意形成とは、「合意が成り立っていない状態」から「合意が成り立った状態」へ移行するための作業をすることです。特に私が携わっているような社会の不特定多数の人々との間で合意を形成することを「社会的合意形成」と呼んでいます。
地域の反対を受けて開発がストップするような場合、その原因は往々にして制度的な制約の下で無理に作業を進めようとする点にあります。強引に開発を進めれば賛成派・推進派と反対派・慎重派の間に深刻な亀裂を生みかねません。それは地域の崩壊にもつながります。
現状の制約で打開できない状況が生じているということですから、そこはいったん作業をストップして問題の構造そのものをきちんととらえて、みんなで議論し直し、解決策を作りあげていった方が有効です。遠回りに見えるかもしれないけれども、それが民主主義ということだし、衆知を集めればよりよい解決にもつながるというものです。
「治水」「街づくり」「環境」「景観」という課題の絡み合い
例を挙げてお話ししましょう。島根県松江市の「大橋川周辺まちづくり事業」は治水と街づくりを兼ねたプロジェクトでした。
松江市を流れる大橋川は斐伊川(ひいかわ)の水系で、宍道湖から松江の中心部を通って中海へ注いでいます。斐伊川・大橋川は昔から洪水がたびたびあって、大雨が降ると松江の街が水浸しになるんですね。大橋川上流の宍道湖がダムの役割を果たしているものの、宍道湖は水はけが悪いので、豪雨の際は持ちこたえられず街なかの排水路から逆流する。死者が出るような激流ではないけれども、地下には埋設された都市インフラも多いし、浸水被害* に遭う家もあります。
松江市内の大橋川周辺の改修も含めた治水の基本構想は1969年には既に策定されていたんです。しかし、実行にあたって住民などの反対を受けて、計画は37年もの間棚上げされていました。治水のために河道拡幅や河床掘削、堤防建設など行うと、さまざまな影響が起きることから賛成・推進と反対・慎重の意見が複雑に入り乱れていました。
例えば、川の拡幅のために橋を架け替えることについては「景観が損なわれる」という反対意見があれば、「新しい橋も同じような形にすればいい」という容認の意見もありました。また、拡幅するとした場合、川沿いの家屋は移転しなければならず、それも容易に合意を得られる話ではありません。道路の付け替えにしても、「街の景観が変わる」「松江の風情がなくなる」という声が上がっていました。
河床掘削もまた意見が分裂していました。松江の市街地は標高が低いので潮が逆流しやすいけれども、もともと大橋川の河床がでこぼこしているので塩分がそこでブロックされます。それを人為的に削り取ると川の塩分濃度が上がり、宍道湖のしじみの生息に影響があるという指摘がありました。同時に、松江の市街地より下流の水田や河畔には希少種が棲んでいるので、生態系への影響を懸念する立場からの反対もありました。
「治水」「街づくり」「環境」「景観」という4つの課題が絡み合って、それぞれが対抗関係にある。それぞれの課題に強い関心を持つ人たちが、その関心の元で話し合いをすると事業に対する反対意見となるわけです。
こういう場合に多数決をしてしまっては後々までしこりが残るのは必至です。大切なのは全員が納得する形を取りまとめる合意形成をすることですが、その難しさから37年もの間、事業がストップしていたわけです。これを国・県・市の共同事業としてリスタートするにあたって行政の関係者から私に声がかかり、2005年11月、社会的合意形成のためのプロジェクトに着手しました。
メンバー全員に当事者意識と責任感を持たせる
事業のリスタートでは、河川整備計画に先立って大橋川周辺の街づくりも考慮した「大橋川周辺まちづくり基本計画」を策定することになりました。その議論をして、その中で決められた大橋川に関わる部分を河川整備計画に組み込んで河川整備をしようと、そういう段取りにしたんですね。
私はその「大橋川周辺まちづくり基本計画」の検討委員会の委員に就任し、それと同時に国・県・市それぞれの事業統括者ら6人と自分が中心になってプロジェクトチームを結成しました。そのプロジェクトのコーディネート役を私が担い、全体の話し合いをコントロールしながら街づくり基本計画を作ったんです。
プロジェクトであることを明確化したのは、メfンバー全員に当事者意識と責任感を持ってもらいたかったからです。特に官公庁の職員は異動があるので、主要メンバーがどんどん変わってしまう。引き継ぎにあたっても「事業に関する情報や知識」「地域や関係者との信頼関係」「事業に対する情熱」という3つの重要な要素がバトンタッチされません。そうすると後任者はあたりさわりのないことをして任期を済ませればいいと考えます。そんなことをしていたら新しいフェーズに行くことができません。
チームのメンバーには事業全体がプロジェクトであり、自分はそのプロジェクトを支える一員なんだという自覚をしっかり持ってもらうことが必要です。そのためには合意形成のプロセスもきちんとプロジェクトとしてマネジメントしなければなりません。合意形成とプロジェクト・マネジメントを統合することがポイントなんです。
3年がかりの話し合いで基本計画を策定
合意形成にあたっては住民や関係者と何度も話し合いを重ねました。合意形成は妥協や譲歩、調停ではなく、あくまで話し合いによって対立・紛争を解決するものです。そこで地域の主要メンバーを集めた委員会と、それからその委員会で承認された街づくり基本計画の骨子を元に、オープンな市民意見交換会を開きました。
話し合いにはおよそ3年かけたでしょうか。1か月に1~2回のペースで委員や市民と話し合いを重ね、市民意見交換会では100人以上集まることもありました。
市民の意見を取り入れながら、他にも景観や環境など各分野の専門委員会の議論の成果を組み合わせる形で検討を進めた結果、「出雲国風土記のスケール感で繋ぐ、宍道湖・大橋川・中海の水辺回遊公園都市」「大橋川周辺まちづくりの理念を踏まえ、治水対策と環境・景観・まちの活性化との調和」「沿川各地区の特性に応じた整備とまちづくりの一体化による全体の統一と調和」というコンセプトの基本計画がまとまったのです。みなさんの総意を反映したものが出来上がったということです。さらにこの基本計画を元にして河川整備計画もうまく作ることができました。
37年という長きに渡って解決できなかった課題を、プロジェクト・マネジメントの手法を取り入れることで解決に導くことができた。もちろん関係者のみなさんの尽力があってこその成果ですが、コーディネーターとして大きな手応えをつかんだ案件でした。
東京工業大学大学院 社会理工学研究科 価値システム専攻 桑子研究室では、社会的合意形成と住民参加型社会基盤整備のプロジェクト・マネジメント研究を進めている。
http://www.valdes.titech.ac.jp/~kuwako/
* 例えば、2006年7月の豪雨時は松江市内の212棟で床上浸水などの被害があった。
意思決定の責任を自らのものとすることで
街づくりに参加した実感が生まれる
出雲大社の表参道「神門通り」の再開発にも、社会的合意形成のコーディネーターとして携わりました。
神門通りは地域の生活道路であるうえ、参拝者が多く、車の通行も多い道です。歩行者がゆったりと歩けるにぎわいのある通りへと改修することを目指しました。
といっても地域住民、商店街関係者、参拝者など、それぞれの思いは必ずしも一致していません。例えば歩道を広げたいという意見がある一方で、車道が狭いと事故を引き起こすという意見もありました。そこで話し合いに参加した人々の意見を元に、両側の歩道を広げて実証実験を行ったんです。すると、車道が狭くなったことで車がスピードを落として走ることになり、結果的に安全性を高めることが分かりました。
道路の舗装デザインや街路灯のデザインなども含めて、2年間の話し合いで合意形成を果たしました。2011年11月、歩行者に優しい歩車一帯道路として神門通りは生まれ変わりました。街の活性化にもつながり、観光客も増えています。
街歩きを通して自分の意見を相対化する
島根県の温泉津(ゆのつ)でも、温泉街の上下水道、道路、街路灯を整備するという大規模な改修事業の合意形成をサポートしてほしいと依頼を受け、住民、旅館業者、観光客などの多様な意見をまとめ、地域の総意として計画をまとめる仕組みを作りました。
このプロジェクトではまず住民と街歩きをして、街のいいところ、改善したいところをそれぞれ持ち寄りました。すると、同じ場所を歩いても感じることがそれぞれ違うと分かるんですね。狭い路地は「このままがよい」「幅を広げた方がいい」、道端の草花は「季節感があってよい」「すっきりと刈り取った方がよい」という具合です。自分と異なる意見があると認識することで、自分の意見が絶対ではない、他の人の意見もいいかなと視野が広がっていく。解決の方向性を探りやすくなるのです。
議論が紛糾しても私個人の意見は控えて、あえて住民に発言を促します。みんなで考えれば何かしらの解決策のヒントが見つかるもの。住民自身が課題を明らかにして、解決策を考え、そのプロセスを共有することが大切です。決断、意思決定の責任を自らのものとすることで、街づくりに自分も参加できたという実感、喜びが生まれるし、それが計画を実行に移す際の大変さを乗り越える原動力にもなるでしょう。
話し合いを経て街路灯のデザインが決まり、さらに住民が気軽に語り合える温泉津の街づくりの拠点「きんさいや」も2015年4月にオープンしました。温泉津の街をみんなで作り上げていく、そのための1つの基盤作りに役立てたかなと思っています。
ステークホルダー分析とインタレスト分析
合意形成は徹底的な話し合いによって形成されるものです。そのためにはまず自分が相手を理解するよう努力すること。プロジェクト開始に当たって私がしているのは、事業の影響を受ける「ステークホルダー」の分析と、その人たちがなぜそういう意見を持っているかという理由すなわち「インタレスト」の分析です。
ステークホルダーはリスト化します。100人以上に上ると把握が大変なので、特に重要な人物20~30人に絞り込みます。これがステークホルダー分析です。
さらにその人たちの主な意見と、どうしてそういう意見を述べているかのインタレスト分析をします。インタレストはよく「利害」と訳されますが、私は「関心・懸念」ととらえています。相手の話を聞くときには「あなたがそういう意見をおっしゃるのはどうしてですか」「何を心配されているんですか」「どういうことに特に興味を持っていらっしゃるんですか」と尋ねます。そうやってインタレストを確かめ、それがどういう経緯で形成されてきたかが分かれば、それも一覧表にまとめておきます。
例えば道路建設の是非をめぐる問題で、建設に反対する意見があったとしても、そのインタレストはさまざまです。例えば「環境に悪影響を与えるから」「騒音が発生するから」といった理由があるでしょうし、あるいは環境や騒音の問題を建前として挙げつつ、本音では「建設によって自宅が移転を迫られるのが嫌だ」「建設によって自宅が移転を迫られるので、反対の姿勢を見せて補償金を釣り上げたい」と考えているケースもあるでしょう。
意見の理由レベルの対立構造を明らかにして克服する
語られている意見と、その理由は必ずしも一致しているわけではないのです。そして、大事なのは意見レベルの合意ではなくて、意見の理由レベルの対立構造を明らかにして、その対立構造を克服していくようなプロセスを組み立てていくことです。
ステークホルダー分析とインタレスト分析を行うと、意見の理由レベルの対立構造がつかめます。大橋川のプロジェクトでいえば、橋の改修に反対する旅館業の人は、「景観を変えるとお客さんが来なくなって商売に影響がある」ということが意見の理由です。同じ旅館業でも、「もっと見栄えのいい橋にすれば、さらに多くのお客さんに来てもらえる」と考える人は橋の改修に賛同するかもしれません。両者は表向きの意見こそ違っていても、根っこの部分では「観光客に誇れる景観のある松江をつくりたい」というインタレストは一致しているのです。
意見の理由、インタレストまで掘り下げれば、対立する構造、対立しない構造が明らかになります。本当に解決すべき問題は対立する構造です。その問題の本質を話し合いの中で関係者全員に理解してもらうようなプロセスを組み立てるわけです。その組み立ても、最初からこうすればいいと分かっている例はほとんどなくて、話し合いをこういう方向で持っていけば打開策がつかめるかなといった具合に、常に模索しながら話し合いを進めていきます。そして、この問題をみなさんで議論しながら解決していきましょうと働きかける。
対立の構造を明らかにしてみんなで共有することがまず一苦労ですが、これができれば目指す目標が見えてきます。目標が見えたら、どういうプロセスでそこに到達するのか手順やスケジュールを示し、時間、コスト、情報管理などさまざまなリスクを考慮してマネジメントしながら着実に作業を進めてゴールまで至るというわけです。
話し合いの場ではそれまで考慮していなかった論点が出てくることもあるし、今まで議論に参加していなかった人が突然違った視点を導入することもあります。開かれた話し合いというのは、予想しない方向へ転がることもある。だからどんな状況が起きても、常に想定内という心構えでいます。
合意形成に関わるプロジェクト・マネジメントでは、正しい答えやあるべき答えに導こうという姿勢ではなくて、より良い答えを一緒に作るという姿勢が問われます。だから最終的な結論に至るプロセスに対して、関係者が積極的な参加者になってもらえるよう、プロジェクトの推進者には最大限の努力が必要とされるのです。
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(2015.9.8 目黒区大岡山の東京工業大学にて取材)
住民が主体となった街づくりの事例は全国で増加中だ。平成の大合併により、行政が担っていた役割や機能を住民に委譲するケースが増えていることが背景にある。
ここでは島根の事例を中心に紹介しているが、桑子氏は新潟、長野、群馬、千葉、静岡、京都、鳥取、沖縄など全国の社会的合意形成プロジェクトにコーディネーターやアドバイザーとして携わっている。
桑子氏は、一般社団法人コンセンサス・コーディネーターズを2014年8月に立ち上げ、代表理事に就任した。「ふるさと見分け・ふるさと磨き」などを通して、地域活性化のための社会的合意形成のプロジェクト・マネジメントを実践している。
桑子敏雄(くわこ・としお)
1951年群馬県生まれ。東京工業大学大学院社会理工学研究科価値システム専攻教授。哲学、合意形成学、プロジェクトマネジメント論、価値システム論。一般社団法人コンセンサス・コーディネーターズ代表理事。東京大学文学部大学院博士課程修了、東京大学文学部助手、南山大学文学部助教授、ケンブリッジ大学客員研究員、フランス国立社会科学高等研究院客員教授、大連大学客員教授などを経て現職。