Management
Nov. 9, 2015
「聞く」マネジメントで
プロジェクトメンバーの能力を引き出す
ステークホルダーとの信頼関係が合意形成を成功に導く
[桑子敏雄]東京工業大学 教授
企業のイノベーションや製品開発で合意形成が必要な場面は多々あるでしょう。公共事業や街づくりなど、不特定多数の人々の間で合意を形成する社会的合意形成と同じく、企業内での合意形成でもプロジェクト・マネジメントの手法を取り入れることが重要だと私は考えています。
人間の集団は3つに分けられる
定常業務では今までなされてきたことをきちんと引き継いで、きちんとこなしていくことが求められます。例えば、生産の現場で同じ品質のものを一定量作り出すような場合、余計なことをしたらむしろリスクになるわけですね。でもプロジェクトはそうじゃない。唯一的な生産物を、ある時点で開始して、ある時点で終結させる形で作り出していく、そういう時限的、有機的な作業です。
時間的枠組みがあるわけですから、全てをリーダー1人がこなすことは難しいでしょう。プロジェクトはチームで取り組むべきだというのが私の基本的な認識です。では、どのようにチームを編成すればいいのか。
私は人間の集団は3つに分けられると思っています。学校のクラスのようにたまたま選ばれた人たちがまとめられる「クラス集団」と、友だち同士がグループを組んで親しむ「仲良し集団」、そして目標を共有する人たちがそれぞれの能力を発揮しながら目標に向かって協働する「プロジェクト集団」です。
メンバーが対等に能力を発揮できる体制を作る
プロジェクトはやはりプロジェクト集団でなければ成り立ちません。単純な寄せ集め集団ではだめだし、仲良しグループにやらせてもだめ。目標を達成するのに多彩な才能を持った人たちが対等な立場で議論しながらそれに向かっていく、プロジェクトチームはそういう集団でなければなりません。
ただ、それは理想であって、たまたま役職で集まった人たちがプロジェクトチームを作らなければいけないこともあります。その場合は個々のメンバーにプロジェクトチームだということを認識してもらう必要があります。
例えば、下位のメンバーが遠慮してプロジェクトのリスクをリーダーに説明しないようなことがあれば、そのリスクに対するマネジメントがおろそかになります。プロジェクトチームの中ではメンバーが対等に能力を発揮できるような体制を作らねばなりません。
メンバーの能力をうまく引き出すことができる人こそリーダーであって、自分の思った通りに引っ張っていく人はリーダーの資質に欠けると言わざるを得ない。これは企業内の合意形成でも社会的合意形成でも同じです。
東京工業大学大学院 社会理工学研究科 価値システム専攻 桑子研究室では、社会的合意形成と住民参加型社会基盤整備のプロジェクト・マネジメント研究を進めている。
http://www.valdes.titech.ac.jp/~kuwako/
ステークホルダーのインタレストを分析して
それを満足させるアウトプットにする
企業内の合意形成と社会的合意形成で違うのは、開かれているか開かれていないかという点です。企業では数名、多くても10名程度の閉じたメンバーの間で合意を形成するわけなので、そこが違うと言えます。つまり、ステークホルダー(事業の影響を受ける人たち)のインタレスト(意見の理由を構成する関心・懸念)が限定されることになる。
ただ、だからといってステークホルダーが少数というわけではありません。例えば、商品開発の場合ならステークホルダーはプロジェクトメンバーの他、社内の関係部門、経営層、その商品の購買層、商品の素材の仕入れ先、販売店など多岐に渡ります。それぞれのステークホルダーのインタレストを分析して、それを満足させるような商品を作り出すことができるかをプロジェクトとして議論することが重要です。
まずはチーム内のコミュニケーションをきちんと取ること
チーム内で議論して得たニーズが社内や経営層のインタレストと一致していればいいけれども、一致しない場合が問題です。それは社会的合意形成の場合にも起こり得る課題です。
例えば行政の上層部は「高い堤防を作るように」と言ってくるけれども、地域住民のみなさんとの話し合いで「高い堤防は要らない」となると、ちぐはぐが起きるわけですね。そういう場合、どちらかに一方的に折れてもらうということはまず不可能で、対立はエスカレートするばかり、という事態になりかねません。
対処としては、チームの上層部、この例でいえば行政トップの人たちも重要なステークホルダーであって、そのステークホルダーのインタレストをチームが改めて把握し直すことです。それに対してチームメンバーが自分たちの考えを理由とともにきちんと提示すること。まずはチーム内のコミュニケーションをきちんと取ることで、チームの上にいるステークホルダーとの円滑なコミュニケーションが可能になります。
良質なコミュニケーションの土台となるものは、メンバーやステークホルダー同士の信頼関係でしょう。信頼されるにはまず自分が相手の話を聞くことに尽きます。それぞれの人物がどういう問題意識を持ってこのテーマに関わろうとしているか、インタレストが形成されるに至る人間的な背景も含めて聞き、理解します。自分自身のインタレストももちろんあるでしょうけれども、いったん脇に置いておくのです。まずは丁寧に話を聞くことがとにかく大事です。
人は変わるという人間観のもとで合意形成は成し遂げられる
地域づくりなど社会的合意形成のプロジェクトでも、地域の人たちが誰でも話し合いに参加できるような場を作ることが基本です。実際にその場に全員が集まらなかったとしても、大事なのは参加できる機会を確保すること。参加する、しないは個人の自由で、参加したくない人を無理やり連れてくるわけにはいきませんが、でも参加したければ必ず誰でも参加できるような仕組みを作ることが鉄則です。
その際、私が大事にしているのは、みなさんがいる前できちんと自分の意見を言うこと。アンケートを取ることもありますけど、アンケートは本当の意見とは必ずしも見なせません。組織的に動員して数を稼ぐことだってできるでしょう。直接の話し合いの場、真剣勝負の場を作ることが重要なんです。
そのときファシリテーターは話し手の心理に注意を払いたいですね。人前で話すときって本音ではあまり話さないものなんですよ。建前で話そうとする。本音は自己中心的な利害で、建前はみんなのため、この町を良くするにはどうするかという理想論に近いんです。プロジェクトチームとしてはその人の本音もきちんと理解してあげることが必要ですが、建設的な意見は有益で尊重すべきだし、そこから解決への糸口が見つかることもあります。
みんなが見ているところでは自己中心的な意見はなかなか言いにくいですよね。「いい格好をしたい」という思いからの発言であっても、みんながそれを誉めればその人の本音になっていく。最初は批判ばかりだった人たちも話し合いを重ねるうちに、じゃあどうしたら問題が解決できるかと、一緒に知恵を絞るようになるんです。
人は変わってきます。全然変わらない人ももちろんいるけれども、変わる人も多い。人間は変わるんだという人間観のもとでこそ合意形成は成し遂げられるのだと思います。
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(2015.9.8 目黒区大岡山の東京工業大学にて取材)
話し合いの空間をどうデザインするか、すなわちコミュニケーション空間デザインも重要と桑子氏は説く。椅子の並べ方にしても、正面で向き合うロの字形でなく、Cの字型に配置すれば協調の雰囲気になる。さまざまな工夫を凝らして、前向きな議論を促すわけだ。
桑子敏雄(くわこ・としお)
1951年群馬県生まれ。東京工業大学大学院社会理工学研究科価値システム専攻教授。哲学、合意形成学、プロジェクトマネジメント論、価値システム論。一般社団法人コンセンサス・コーディネーターズ代表理事。東京大学文学部大学院博士課程修了、東京大学文学部助手、南山大学文学部助教授、ケンブリッジ大学客員研究員、フランス国立社会科学高等研究院客員教授、大連大学客員教授などを経て現職。