Foresight
Jan. 21, 2013
イノベーションが世界の辺境で生まれている
「問題の当事者」に近い企業が高い競争力を持つ時代
[加藤徹生]一般社団法人World in Asia 代表理事 経営コンサルタント
これまで10年ほど、社会問題の解決を目的に事業を行う「社会起業家」の支援や育成に関わってきました。特に近年、海外の社会起業家たちを取材するなかで、注目するようになった動きがあります。それは「イノベーション」が新興国や途上国から生まれているということ。
例えば「電気が通わない場所でも使える冷蔵庫」です。「チョットクール」という製品名でインドの家電大手ゴドレジ社が発売し、ものすごく売れている。日本で暮らす僕たちからしたら、何でそんなものにニーズがあるのか、という感じがします。でも話を聞いてみれば納得するんです。インドには今でも電気が通っていない地域で暮らす人が、電気代が高くて冷蔵庫に手が届かないという低所得者がいる。でも「ものを冷やしたい」というニーズは確実にあったわけですね。世界を見渡せば、おそらく数十億人規模のマーケットが期待できるでしょう。
イノベーションが先進国ではなく世界の辺境から生まれている。少し言い換えると、厳しい環境に置かれた「問題の当事者」こそが、問題を解決するために必要なイノベーションを生み出せる。特に、社会起業家が経営するソーシャルベンチャーやNPOは「当事者」のニーズに敏感ですね。彼らはそもそもの活動目的が、強烈なニーズがありながらも解決できていない課題を発見し、マーケット化するところにありますから。
その結果、先進国の名だたる大企業たちが、資本でも技術でも劣っているはずの途上国の企業やソーシャルベンチャーに追い越されています。どれだけ当事者に近いところで意志決定できるか、それが企業の強さに直結するのが、現在のトレンドだということです。
「問題の当事者」に予算と権限を与えない日本企業
日本国内を見ても、大企業がイノベーションを生み出せていない現状があります。これも、当事者性というキーワードから読み解けるのではないかと思っています。つまり、多くの日本企業は、ユーザーの当事者性から遠く離れてしまっている。
昔は日本企業だって、ユーザーの当事者性を大事にしていたと思います。例えば家電メーカーには、女性を家事から解放して社会進出へ突き動かす、あるいは女性のそういう欲求を後押しするというビジョンがあったように思います。それが今はどうか。スマホで操作できる家電が話題になりましたが、どんなユーザーのどんな当事者性を大事にしているか、まったくわからないわけです。
対照的に「ルンバ」は面白いですよね。ボタン1つ押すだけで家がきれいになるお掃除ロボット。忙しくて家にあまり帰れない人間のライフスタイルをサポートしてくれる製品です。しかし、ルンバは日本製ではない、アメリカのアイロボット社の製品です。
ソニーやパナソニックにも、ルンバは作れたはずなんです。彼らにはロボット技術があるし家電も扱っている。そして、ルンバのような製品を必要としている若い人たち、つまり「当事者」も社内にいたはずです。なのに、作ることができなかった。なぜか。彼らに予算と権限が与えられていなかったからです。現場から遠く離れた場所で、意志決定が行われている。日本企業がつまらない製品しか作れなくなってしまったのは、そこに原因があるんです。
GEが進める「リバース・イノベーション戦略」
もし、日本企業がイノベーションを目指すならば、当事者に権限を戻さないといけない。では具体的にどうするのか。そのヒントを海外に見ることができます。
たとえば、「リバース・イノベーション」と呼ばれる戦略をとっているのがGEです。これは、先進国を標準とするのではなく、新興国や途上国の市場に合わせた基本型となる製品を開発し、先進国市場にはその基本型に機能を追加していくというもの。すでに成功事例も出始めていて、中国で開発したポータブル超音波診断装置をアメリカに逆輸出しています。
興味深いのは、これまではアメリカ本社のものだった開発や経営の中核機能を新興国に移している点です。本社機能を新興国に出すなんて聞いたら、最初は「えっ?」と思うじゃないですか。でも素直に聞いてみれば納得できる。先進国の市場はすでに飽和状態、競争の舞台はまだまだ成長の余地のある新興国や途上国の市場へと移った。ならば、本社機能もそこに移すのが自然ではないか、というわけです。
World in Asiaは、2011年9月に設立されたネットワーク型のソーシャルベンチャーキャピタル。教育やヘルスケア、交通、まちづくり、職業訓練など革新に挑戦する社会起業家への支援・投資を行っている。
http://wia.stonesoup.jp/
営利企業とNPOが
補完しあう関係を作る
あるいは「スケールアウト」と呼ばれる手法にも期待できます。旧来のビジネスが単一の組織体での展開を目指し大きな資本を必要としていたのに対し、スケールアウトでは、まず小さくスタートし、広くビジネスモデルを開放し、いくつもの組織体が同時にサービスを展開する中で共に市場を拡大していきます。
シングルドロップという、フィリピン僻地の村に安全な水を供給する活動をしているNGOがよい例です。彼らは地域住民を「顧客」ではなくサービスの主体者として扱うことで、持続可能なインフラ運営を成功させています。
営利企業とNPOが連携するパターンもあります。NPOがスケールアウトによって市場を開発した後に、営利企業が参入しシェアを獲得する。NPOは社会課題の解決が最優先ですが、営利企業に活躍してもらって市場を拡大させ、よりよく機能させるという道もある。また営利企業は、NPOのイノベーションの力を借りて市場シェアを獲得する足がかりをつくりたい。両者は補完しあう関係にあります。
とはいえ、言うほど簡単なことではありません。私自身、営利企業とNPOの連携をコーディネートする仕事をしていますが、最終的には個人と個人の信頼関係が重要になってくる。
普通は議論がすれ違うんですよ。営利企業には「利益になるか」というすごくシンプルな意志決定の原理がある。NPOにも「それが社会のためになるのか」という原理がある。この2つは、基本的には水と油です。連携するには、両者の思惑が重なる着地点を探さないといけないのですが、そう簡単には見つかりません。しかし、個人と個人の信頼関係があれば、少なくとも一緒に着地点を探す努力ができる。
大企業のなかにもソーシャルマインドの高い人がいる
国内の成功事例を1つ挙げましょう。これは僕らも積極的に関わっているものなのですが、東北の被災地で、すららネットというeラーニングのベンチャー企業と、アスイクという教育系NPOが連携しています。生活保護層や低所得者層向け限定という条件つきで、すららネットが破格でeラーニング教材をアスイクに卸すという内容です。
ここでは営利企業とNPO両者がベネフィットを享受しています。すららネットは「問題の当事者」により近いアスイクの力を借り、新しい市場の開拓ができる。アスイクは、本来なら数億の初期コストがかかるeラーニング事業を極めて低コストで被災地に提供できる。
両者の出会いはたまたまなんです。eラーニング事業に乗り出したいと考えていたアスイクの大橋雄介代表と、すららネットの湯野川孝彦社長をたまたま引き合わせたら意気投合した。というのも、アスイクの大橋代表はリクルート出身で、NPO代表とはいえビジネスをよく知っている。対してすららネットの湯野川社長は、営利企業出身でありながらソーシャルマインドが非常に?い。出会うべき人同士が出会ったんですね。
こういう素晴らしい出会いの数を、もっともっと増やせると思います。NPOのなかにもビジネスに好奇心のある人がいる。営利企業のなかにもソーシャルマインドが高い人がいる。むしろ、大企業の創業者や役員クラスの方ともなると、ちゃんと利益が出るかどうかを見る一方で、社会貢献にも熱心な、バランスのいい方が多いなという印象があります。それこそ、「水道哲学」を掲げた松下幸之助さんは社会起業家そのものだとも言えるわけです。営利と非営利、置いている軸足は違えど、ビジネス上で補完しあえるような人たちが、もっと自然に出会えるような環境を作りたい。僕自身、そう思って活動しています。
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(2012.11.28 コクヨファニチャー株式会社 霞が関ライブオフィスにて取材)
シングルドロップは、バイオサンドフィルターなどを使った水源の維持・管理技術の訓練を行い、現地の人や自治体が主体的にインフラ運営を行える支援をしている。
http://www.singledrop.org/
加藤徹生(かとう・てつお)
1980年大阪府生まれ。大学在学中にインターンシップでコンサルティングの手ほどきを受け、卒業と同時に独立。社会起業家の育成や支援を中心にコンサルティング活動を続ける。2009年アジア各国への旅のなかで世界的規模で活躍するNGOや社会起業家に触れ、2011年にアジアやアメリカの社会起業家とともにWorld in Asiaを設立。東北の復興を目指す社会起業家に投資・支援を行っている。