Workplace
May. 9, 2016
旧来の銀行を激変させる「リアルタイムワーキング」
「開かれた金融機関」を追求する豪州最大手の銀行
[NAB]Melbourne, Australia
- 業務の効率性アップとオペレーションモデル改革
- リアルタイムワーキングの導入と健康的な環境作り
- 従来の銀行的ワークスタイルを激変させた
金融機関、という言葉から思い浮かべる閉鎖的空間とは裏腹の、「開けた」オフィスである。1階は、一般利用できるカフェとカンファレンスルーム、そして会員企業に貸し出されているコワーキングスペース。上階を仰ぎ見れば、各階の社員が働く姿が露わだ。顧客と社員を隔てる壁は極力取り除かれている。
「当社にとって何より大切なのはお客様」とオフィス構築に携わったロジャー・マクモラン氏は幾度となく口にした。
「顧客が安心して利用できる環境づくりがキーポイントです。目指したのは、『消費者のことをわかっていない』という銀行が持つイメージを打ち破る、開けた空間。当社の内部に入り当社を感じ、理解できる設計としました。これはまた、社員たちがお客様と接近できる設計でもあります。『何のために我々はいるのか。全てはお客様にサービスするためである』。このメッセージを日々、社員は受け取っているのです」
2009年リアルタイムワーキング制を本格的に導入
とはいえ、顧客志向は従来からナショナル・オーストラリア銀行が掲げていたもので、新オフィスによる産物とは言い難いかもしれない。より大きな課題は、効率性追求とオペレーションモデルの変化にこそある。
空間を有効活用し、63000㎡のなかにひしめく約6000人の従業員に自由と開放感をもたらすこと。そして「個人に自由を与えるステージを超え、チームが自由に働けるワークスタイル」(マクモラン氏)を与えることだ。
2009年、同社はリアルタイムワーキング(以下RTW)を本格的に導入。より速い意思決定、カジュアルなミーティング、効率的なコラボレーションを実現させるために集中作業用のブースや、ミーティングスペース等、多様なワークプレイスを各フロアに配した。
NAB社屋の外観。サザンクロス駅から徒歩1分のところにある。敷地形状を模した三角形のモチーフが先端的なイメージを伝える。
創業:1893年
売上高:約192億4800万豪ドル (2014)
純利益:約52億9500万豪ドル(2014)
従業員数:42,853人(2014)
https://www.nab.com.au
ビル中央の吹き抜け部。半島のようにせり出しているオフィス中央のスペース(写真右手)には、セクションを超えたメンバーが集う。
ビジネスの効率を上げる
多様なワークスペース
2013年に複数拠点を集約してできたこの新オフィスでは、各スペースに作業時間の目安を設け、チェンジマネジメントを円滑に進めるための一工夫を凝らした。ロング(3時間以上)、ショート(1〜3時間)、ドロップイン(1時間以内)の3段階のセッティングである。たとえば、キッチン脇で社員たちが談笑するベンチは「1時間以内」の使用が推奨されるという具合。
「わかりやすく表示されているわけではないのですが、働き方と場所がマッチしていない社員がいれば、その都度指導します。新しい環境で働くためには、社員教育は欠かせません。社員たちが、すぐ適応できると想定してはいけない。チェンジマネジメントは常に進行中のトピックです」(マクモラン氏)
特筆すべきは、RTWを導入しながらも、「チームのための空間づくり」が各所で意識されている点だ。
各フロアに全8カ所ある「ハブ」と呼ばれるスペースは、チームが集う場所という位置付け。中心部にあるソファ席でミーティングをし、掲示板でチーム内のプロジェクトの進捗状況を共有する。
また長期にわたるプロジェクトがあれば数週間〜数カ月単位で占有できる部屋を、全フロアに確保した。「オフィスのどこで働いてもよいといっても人は本来、自分の場所が欲しい生き物」とマクモラン氏は見る。意図的に「チームが必要とする場所」を提供することで、個人の自由なワークスタイルを推し進めつつ、チームワークを維持している、というわけだ。
集中ブース。1人こもって仕事をしたい時にはこうしたスペースを利用する。
オフィスの至るところに小さなキッチンスペースが配されている。
健康に悪影響を与えそうな事物は
なるべく排除していく
ウェルビーイング促進においても、同社は先端をいく。自然光と植物をふんだんに取り入れた建物内は、どの空間を切り取ってもフレッシュだ。天井、壁面の仕上げを廃したローコスト空間は「広さ」の演出に貢献する。
「まるでスタジオのように広々としているオフィス」とのマクモラン氏の評は、あながち誇張ではない。チルドビームシステム(冷暖房・空調設備)は世界最大級のものを設置。エネルギー消費量を抑制しながら、静かで新鮮な空気をオフィスに供給し続けている。
ビジネスの中心、サザンクロス駅から100mという好立地も、意図するところは明快だ。
「社員には車の利用を減らし、公共の交通機関を使ってもらいたかったのです。1日3時間も車を走らせて通勤しなければならないとしたら、社員の健康にどれだけの悪影響があるかわからない。駅から歩いて45秒のオフィスを社員に提供できれば、彼らの生活は大きく変わるはずです」(マクモラン氏)
ナショナル・オーストラリア銀行の新オフィスは、銀行特有の硬直的なワークスタイルを激変させるに足るものだった。組織が変化に対して寛容であれば、市場変化に対応できる可能性も増す。マクモラン氏は言う。「新オフィスの成功は『今』ではありません。本当の意味での成功を得られるのは、そう、今から15年後というところでしょうか」
コンサルティング(ワークスタイル):Calder Consultants
インテリア設計:Woods Bagot
建築設計:Woods Bagot
WORKSIGHT 08(2015.10)より
text: Yusuke Higashi
photo: Masahiro Sanbe
2階のエントランスフロアには社員向けの託児所を設置。子連れで出勤するワーカーも多数いる。
カルダー・コンサルタンツ
ロジャー・マクモラ