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プロ不在の人材育成がなぜ成果をあげられたのか

「思い」を共有し、組織全体を巻き込めば人は育つ

[板谷和代]日本航空株式会社 意識改革・人づくり推進部 教育・研修グループ グループ長

モチベーション&コミュニケーション研修が始まって1年ちょっとしか経っていませんから、まだまだグループ内の組織の間でも温度差があります。人が元気に働くことを重要だと考えてくれない組織だと、手が足りなくなるから、社員を研修に出すのを渋るんですね。

先日も、グループの総務部長が集まる場で時間をもらって「こういう研修を用意しているし、人材育成は中期経営計画のなかでも重視されている、ぜひ研修に出してあげてください」とプレゼンしてきたところです。破たんしてから人手が減って、社員を研修に出す大変さはわかります。でも、一人ひとりの社員に成長してもらわないと、いつまでも大変なままですから。

お願いをする以上は、私たちにも「いいものを作らなければ」とプレッシャーがかかります。私も、チームのメンバーにはかなり厳しく接しているつもりです。JALグループのみんなを元気に働く人に育てるのは私たちのチームなんだ、私たちしかいないんだと。その責任の重さをみんなで共有しながら、精一杯やるしかありません。

社外の勉強会にも積極参加して知恵を絞る

とはいえ、私たちは人材育成のプロでも何でもないんです。もともとJALは、スペシャリストを養成するよりも、定期的な人事異動を繰り返していく文化のある会社ですから。それなのに研修を内製化したので、正直かなり大変です。今は、誰かが倒れたら研修を代わりにやる人がいない状態です。私自身、考えながら、作りながら、しゃべりながら組織をマネジメントしています。この1年は本当に苦しかったです。

研修内容については、今だに悩んでいます。会社における人材育成に関しては、ステイクホルダーからの声が特によく聞こえてきます。みなさん一家言お持ちなうえに、結果がすぐに明らかになるものでもありません。だからこそ、なぜこのような人材育成をするのか、きちんと答えられなければならないのです。

外部の力に頼れないこともあって、個人個人の勉強がかなり重要になっています。他のメンバーにも、機会があれば外へ出て勉強してほしいと言っています。私も越境学習者となって、社外の勉強会に参加していますし。もともと「組織を元気にする」という問題意識から組織行動論を学んでいたので、そこで得た人脈にも助けていただきながらなんとか頑張っている、という状況です。

私自身の学びという意味では「ダイアローグ」という手法を知ることができたのはすごく大きかったと思います。意識改革といっても目の前の人間を「変えたい」と思うとうまくいきません。こちらが強制するのではなく、本人が変わりたいと思う状況を作ることが大切です。それも仲間と「対話」しながら一緒に気づいていくのがいい。これはディスカッションとは違うんです。お互いの意見を戦わせながら正しい/間違っているを議論するのではありません。お互いの理解を深めていき、気づきを促すようなコミュニケーションの形がダイアローグです。私たちのグループワークはいつもダイアローグを用いています。

かつてはグループ各社で行われていた研修は現在、一元化されている。32000人という巨大なJALグループの研修のプログラムは、そのほとんどが内製化されている。
http://www.jal.com/ja

意識改革・人づくり推進部は、整備、客室、運航の各訓練部門と共に羽田整備地区の「JAL教育センター」に位置している。

新入社員研修も
グループで実施予定

悩みはつきませんが、少しずつ耳にする成果が、私たちの支えになっています。例えば、うきうき、わくわく、いきいきの3コースと同じ手法を用いて、日本航空健康保険組合を元気にしたことがあります。

あるとき、JALから健保に出向していた者が私のところに相談に来ました。何が問題なのかと聞いたら「暗いんです」「みんな幸せそうじゃないんです」と言う。行ってみたら本当に暗い。朝、「おはようございます!」と部屋に入っていっても、挨拶がないんですから。

何が悪いかというと、ほとんど異動がない部署で、部員がみんな一緒に歳をとっている。会社が破たんし、収入は減った。研修にもほとんど出てきていない。仕事上、外に出る機会もないから「ガラパゴス健保」と言われていました。

そんな中から選ばれた4人の「ES/CSリーダー」と共にまず、意識調査から始めました。さらに人づくり推進室にも同じ調査を実施して、こんなに組織の温度が違うんだよと、見せたんです。私たちの組織はこんなに楽しそうに働いているのに、あなたたちの組織はこんなに温度が低い。これでいいと思う?何か変えたくない?って。すると「やっぱり会社は楽しいほうがいい」という言葉が出てきた。しめた!と思って、みんなで研修を受けてみましょうと誘い出しました。

それで、健保のスタッフ全員参加で半日がかりの研修を行いました。自己紹介も当たり障りのない話では終わらせず、「1週間で一番楽しかったことを話してください」と話を振ったりします。するとだんだん「あの人にそんな趣味があったの?」みたいな話で盛り上がってくる。要は、考え方次第で職場や仕事は楽しくなる、と気づいてもらったんです。

内容はかなり好評でした。スタッフ全員で受けたのがまたよかった。同じノリを保ったまま普段の仕事に戻ることができたんです。1年経ったら、部の雰囲気がすっかり明るく変わっていました。とても積極的にいきいきと仕事をしています。社内でも評判で「ガラパゴスから脱出した」と言われています。他の企業の健康保険組合さんもびっくりして、「何をしたんだ、是非教えてほしい」とやってくるぐらいです。

JALフィロソフィあってこそできた研修

普通、新しい研修を実施したところで、社員の腹に落ちて、実際に行動が変わるかというと、そう簡単にはいかないところもあります。しかし、JALではこうして少しずつ、成果は出てきていると思います。

何がよかったのかと振り返ると、やはりJALフィロソフィが大きいのだと思います。JALフィロソフィはいわば私たちの共通言語。そして企業理念という共通の目標もできました。

私たちが行うモチベーション&コミュニケーション研修の3コースは、JALフィロソフィ教育とは別物です。でも、研修をしていると、社員たちの口からJALフィロソフィの言葉が自然に出てくるんですよ。「一人ひとりがJAL」とか「最高のバトンタッチ」とか。これがいいんです。

こうした共通言語があると、別々の職種の人たちが集まっても、同じ言葉で語り合うことができる。それぞれ経験は違っても、JALフィロソフィという同じ言葉に基づいて問題を解釈できる。だからこそ一体感が生まれる。私たちの研修は、JALフィロソフィあってこそのもの、ともいえると思います。

新人研修をグループ全体で実施するのはJAL史上初

会社が経営計画のなかで「人材を育てる」とはっきり謳ってくれたのも成果につながりやすい動きでした。まだ組織間に温度差があるとはいえ、人材育成に対する社員の意識は確実に高まっています。

おかげで、組織全体を巻き込む試みもできる。例えば「自分たちはこう頑張ります」と上司に宣言してください、上司からは応援メッセージをもらってきてください、といった仕掛けを用意するとか。こうした働きかけは、私たち研修担当だけの頑張りでは実現しません。研修部門でも人を育てる、組織でも人を育てる、そうすることで人材も自ら成長したいと願うようになる。そんなサイクルが生まれつつあるのを感じています。

次の挑戦として私たちを待っているのは、JALグループ新入社員教育です。これはJAL始まって以来、初めてのこと。今までは採用も入社式も教育もグループ会社それぞれが個別に行っていたのですが、2013年度はグループ全体が同じ内容で実施できるよう準備をしています。4月1日からの4日間は合同で行うことになりました。新入社員も教育リーダーたちもグループを一緒くたにします。これによってまた、縦割り意識の解消が進むことを期待しています。いま一番頭を痛めているのは、500人もの新入社員を収容できる会場探しでしょうか(笑)。

WEB限定コンテンツ
(2013.2.19 大田区の同社内研修室にて取材)

「研修でまっさきに教えることは、私たちは1つのグループなんだということ。全員にそういう気持ちを大切に感じてほしいと思いながら、研修のプログラムを考えています」

板谷さんの職場の教育・研修グループは、6名からスタートし、自力で研修プログラムを作り上げてきた。

研修では、他のグループ会社の異なる職種で初対面の人と組んでワークを行う。JALフィロソフィが共通言語として、彼らの絆を深めていくという。

板谷和代(いたや・かずよ)

日本航空株式会社 意識改革・人づくり推進部 教育・研修グループ グループ長。1979年、JALに入社し、ウィーンで中東欧の営業支店長を務めた後、2009年4月、人財開発センター(現・意識改革・人づくり推進部)へ。2012年1月から現職。

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